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 初戦は全滅させられかけた格上の敵、『ファイヤー・グレムリン』。

 しかし今や少女たちは、2体を同時に相手にしていてもそれほどダメージを受けていない。


 ヤマミの『ヒプノスリープ』により1体は完全に無力化され、もう1体はユリの挑発で完全にターゲットを固定されている。

 相手が1体だけであるならば、すでに経験済み。遅れをとることはない。



「ボオン! ボオン! ボオオーンッ!!」



 激昂とともに振り下ろされる炎の一撃を、一手にになう少女。

 盾は衝撃とともに打ち鳴らされ、激しく軋んでいたが、受け止める当人にとってはもはや祭り囃子の太鼓同然だった。



「あなたの攻撃はすべてお見通し! もはやこのあたくしには通用しませんわっ! おーっほっほっほっほっほっ!」



 頬がゆるむあまり、お嬢様らしい高笑いが思わず飛び出す。

 すべての武道に通ずる彼女にとって、力任せの攻撃など、見切ってしまえば勢いを殺すだけでよいので簡単だった。



「出たぁーっ! ユリユリのへんな笑い! こっちも負けてらんねぇーっ! いくよっ! まきまきせんぷぅーきゃくっ!」



 ジャンプ一番飛び上がった少女の、フィギュアスケートのような高速回転キックがグレムリンの後頭部に連続ヒット。

 前のめりになり、顔から汗のような火の粉が飛び散る。


 立ち直った直後、スコォーンッ! と胸のすくような快音とともに、白羽の矢が頭部を貫いた。



「もう一矢、まいります……!」



 射抜いた少女は次なる矢をつがえていて、すでに狙いは定まっているかのように微動だにしない。

 お手本のようなフォームでビインと弦をしならせ、再び快音を轟かせていた。


 少女たちの攻撃は、吸い込まれるようにグレムリンに命中。

 木炭のような身体をもりもり削り、みるみるうちにやせ細らせていく。


 まだ1体残っているにもかかわらず、遺憾なくポテンシャルを発揮できているのは、ひとえに小さな少女のおかげだった。


 プレイリードッグのようにキョロキョロとあたりを見回し、己のいるべき場所にコマネズミのようにチョロチョロと移動、親に甘えるコアラのように仲間にしがみつく。


 彼女は一撃も放っておらず、また一撃も受けてはいない。

 まるで観衆であるかのように、戦いには直接関与していないのだ。


 しかし……戦況を握っているのは、まぎれもなくこの小さな少女……生まれて間もないリスのような少女……コリスであった……!


 コリスは常に、眠っているファイヤー・グレムリンに注意を払い、覚醒の予兆があればすぐに魔法使いであるヤマミの元へと向かい、追加の『ヒプノスリープ』を依頼する。


 『ヒプノスリープ』は格上の敵には効きづらいのだが、コリスの付与(エンチャント)で魔法の威力を底上げしているので、失敗することはない。


 彼女が目を光らせている以上、グレムリンに目覚めの時が訪れることはないのだ。


 スリープをかけ終えたあと、コリスは次は騎士であるユリの元へと走る。

 防御力の上昇と、減少している体力の回復に務めた。


 ユリの安定さを確保すると、次は武闘家であるソフィアの元へと急行。

 おぶさって、俊敏性をアップさせる『アジリティ』の付与で、常人ならざる跳躍力を与える。


 回転キックで、敵の弱点である頭部に連続ダメージをキメたあと、コリスは空中でモモンガのように飛び、ソフィアから離れた。

 巫女であるミコの足元でコロリンと受け身を取ったあと、袴にひしっとしがみつく。


 そして命中率アップの『コンセントレーション』をかけ、難しい頭部への弓撃を成功させる。

 短時間の間にヒットした攻撃は連続技(コンボ)扱いになり、ダメージが増大する。


 その間、コリスはただの一度も、敵に関与していない。

 しかし、ひっきりなしに仲間たちの間を行き来して、能力を最大限に引き出し、格上の敵相手に圧倒するほどの状況を作り出していたのだ……!


 それは人知れず絶大な効果を発揮。

 初戦の十分の一ほどの時間で、1体目のグレムリンを粉砕する。


 格上の敵どころか雑魚同然の圧勝に、仲間たちのテンションも跳ね上がる。



「ざっとこんなもんですわ……! 初戦は苦戦させられましたけど、やはりあたくしは、選ばれし者……! すべての武芸において、二回目で有段者と渡り合った超人的な成長スピードはヴァーチにおいても健在……! かつての強敵も、もはや木偶の坊なのですわぁーっ! おーっほっほっほっほっほっほっ!」



「ウチだって! もう完璧にまきまきできるようになったもんね! よぉーし、次は真空まきまきだぁーっ!」



「わたくしも、追物射(おものい)は初めてだったのですが、とても上達したような気がします。ヴァーチというのは弓道の練習にも適しているようですね」



「眠らせるの、面白い。そのうちコリスたんにかけて、あんなことやこんなことを……」



 もう勝利したような仲間たちに向かって、コリスは息も絶え絶えに叫んだ。



「はぁ、はぁ、はぁ……! み、みんな! まっ、まだ1体残ってるから、油断しないで! はぁ、はぁ……! さ……さっきと同じように協力すればすくだから、お願いっ!」



 フルマラソンを走りきったかのようになっているコリスに、事情を知らない仲間たちは不思議そうだったが、すぐに2体目へと向かう。


 マジメなコリスはまだ折り返し地点だとばかりに、己を奮い立たせて皆に続いた。


 ……それから小一時間後。

 一行は難なく2体目も沈め、軽く弾んだ息を整える。


 その真ん中で、力尽きたように地に伏すコリス。



「はあっ、はあっ、はあっ、はあっ……! み、みんな……! はあっ、はあっ、はあっ……! す、すごい……よ……! はぁ、はぁ、はぁ……ぐ、グレムリンさんを、2体もやっつけちゃうだなんて……! はぁ、はぁ、はぁぁ……!」



 ひとり死にそうになっている少女の元に、仲間たちが集まってきた。



「コリス、どうしてそんなにグロッキーになっておりますの? 戦いは楽勝だったでしょう?」



「大丈夫ですか、コリスさん? 汗びっしょりになられて……」



 ミコがしゃがみこみ、介抱するように抱え上げる。

 腕のなかで、12ラウンドを戦いきったかのように抜け殻になっているコリス。



「コリスっちが、燃え尽きちゃってる……そんなになるほど勝ったの嬉しかったの?」



「無理なダイエットは身体に毒。それ以上痩せるとまな板ではなくモノリスになる」



 的はずれな心配をする仲間たちに、コリスは力なく笑うだけで精一杯だった。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 圧勝の一同をさらに沸かせたのは、ファイヤー・グレムリンのドロップアイテム。

 それはなんと『エビカニ食べ尽くしセット』……!


 思いがけぬごちそうに、天に召されそうだったコリスの魂もすぐさま本体に戻った。



「わたし、エビさんもカニさんも大好き!」



「ウチもー! ぷりっぷりでうまいよねー!」



「はい、わたくしも……! 普段はお正月のごちそうですけれど、こんな所でいただけるだなんて……!」



「うーん、あたくしは別に……」



「ええっ!? ユリユリ、エビカニ嫌いなん!?」



「嫌いではありませんわ。普段から口にしているので、わたくしにとっては大騒ぎするほどのものではないと言っているのです」



「ええっ、マジでっ!? みんなぁーっ! ユリユリってば、エビカニいらないんだってー! みんなで分けよー! いぇーいっ!」



「ちょ、何を言っておりますの、ソフィア! 普段から口にしているのと、いま食べるかどうかは別の話でしょう!? あたくしも、ちゃんと頂きますわよっ!?」



「ちぇっ、なぁーんだぁ! ユリユリのけちー!」



「も、百合(ももあわせ)家の人間に、ケチなど……! それだけは聞き捨てなりませんわ! そこになおりなさいっ、ソフィアっ!」



「わぁーっ!? ユリユリがおこったぁーっ!?」



 ふざけあうふたりを微笑ましく見つめながら、コリスは隣で佇むヤマミに話しかけた。

 彼女だけは唯一、エビカニセットに反応を示さなかったので気になっていたのだ。



「……ヤマミちゃんはどう? エビさんカニさんは好き?」



「好き」



「そうなんだ、よかった! わたしはソフィアちゃんと同じで、ぷりぷりしてるから好きなんだけど……ヤマミちゃんはどんなところが好きなの?」



 そして飛び出す、ヤマミの意外な一言。

 浮かれていた場を一気に静まり返らせ、あのミコにすら、苦い顔をさせたその一言とは……?



「昆虫を食べてる気分になれるから」

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