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僅かな間に新規スキルを習得したコリス。
付与術師である彼女はスキルポイントをなるべく使わず、戦況に応じてスキルを取得するというプレイスタイルなのだ。
「……これでよし、っと! お待たせ! それでファイヤー・トーテムさんをやっつける方法なんだけど……」
するとヤマミが「待った」と手のひらを突きつけて遮った。
「どうしたの? ヤマミちゃん?」
「秘密の作戦なら、敵に聞かれないように耳打ちすべし」
「それなら大丈夫だよ。言葉を理解するモンスターさんもいるけど、ファイヤー・トーテムさんならわたしたちの言葉はわからないから」
「いいえコリス。もしもということがありますわ。もし敵があたくしたちの言葉を理解していたら、作戦が筒抜けになってしまう……ですので早くあたくしの耳に打ち明けるのです。それを伝えていきますわ」
賛同するユリに、「待った」と再び手形を向けるヤマミ。
「それはジャンケンで決めるべし」
「そーそー、ユリユリが一番なのは変じゃん! だからジャンケンするべし! べしべし!」
「ふたりとも、なにを言っておりますの? あたくしはリーダーなのですから、一番に決まっているでしょう」
「わたくしも、ここはじゃんけんするべき……いえ、するべしだと思います」
「ミコまでそんなことを……! コリスはどう思いますの? リーダーであるあたくしに耳打ちするべしでしょう?」
「わたしは誰が最初でもいいけど……」
ヤマミの「待った」に端を発した機密漏洩問題は、コリスの想像以上の盛り上がりを見せはじめる。
本来は耳打ちすらする必要はないのだが、それについては何も言わなかった。
この『ヴァーチ』は基本的にロールプレイングゲームなので、判断の正誤はともかく思ったことを実行するほうが楽しいとコリスは思っているからだ。
結局はジャンケンが行われ、耳打ちの順番はミコ、ソフィア、ヤマミ、ユリということになった。
コリスは一番手のミコの元に這っていく。
耳に手を当てて受け入れ態勢万全な仲間に向かって、作戦を伝える。
息がかかってくすぐったかったのか、ミコはすこし身をよじった。
「いい、ミコちゃん? ……ふたりずつのコンビにわかれて、交互に立ち上がるの。ファイヤー・トーテムさんが火の玉を撃ったら、反対側のコンビが立ち上がって、遠距離攻撃で敵の頭を狙う……。それを交互に繰り返すんだよ」
ミコからソフィアへ。
「ふたりで媚びをうるため、交互に立ち上がります。ふわふわとってもな人魂になったら、さらに媚びをうるため、遠距離恋愛? というものをするそうです……それを午後からはじめる、とのことです」
ソフィアからヤマミに。
「ふたりでコビって、高校に行って……えっと、とってもふわふわになったら、またコビって……夜にエンジョ交際すんだって。コリスっちとエンコーするんだったら、いっしょにゲーセンにカラオケでオールしたいよねぇ、もちろんハンハンも……トーゼン、ヤマミも来るっしょ?」
ヤマミからユリへ。
「……こしょこしょこしょ……」
最後に伝言を受けたユリは眉根をこれでもかと寄せ、かつてないほどの渋い顔をする。
「……ヤマミ! 『こしょこしょ』じゃ何だかさっぱりわかりませんわっ!」
「でも、ソフィアはたしかにそう言った」
「こしょこしょなんて言ってねーし! コリスっちと朝までオールするって言ったじゃん!」
「『朝まで負うる』? コリスさんを朝までおんぶするということですか? わたくしは『遠距離恋愛』と伺っていたのですが……」
「え、遠距離恋愛!? ミコちゃん、わたしそんなこと言ってないよ!?」
「えっ、コリスっちって、東京の恋人と遠距離恋愛してんの!? マジマジ? 相手はどんなん!?」
「それは聞き捨てなりませんわね。正直におっしゃい、コリス」
「だから、言ってないってばぁ! 遠距離恋愛もしてないよ! それよりも、ファイヤー・トーテムさんの作戦を……!」
「では、この話は現時点では保留にすべし。コリスの恋愛については、今晩のピロートークにて洗いざらい聞かせてもらう」
三度のヤマミからの待ったに、コリス以外のメンバーは「べし!」と頷き返した。
コリスは「してないのになぁ……」と調子を狂わされたものの、改めてメンバーたちに作戦を伝える。
そもそもなんで伝言ゲームみたいにしたのかなぁ、と首をかしげながら。
作戦はこうだ。
ユリとヤマミ、ソフィアとミコに分かれ、部屋の両端へとそれぞれ陣取る。
まずはユリとヤマミ組が立ち上がり、ファイヤー・トーテムの気を引く。
火の玉が来たらすぐにしゃがんで、その間にソフィアとミコ組が敵の頭部を攻撃する。
すると二発目の火の玉はソフィアとミコ組に向かってくるので、次はユリとヤマミ組が立ち上がり、攻撃……それを繰り返す。
ソフィアは遠距離攻撃の手段を持っていないので、ヤマミが呪文を詠唱している間に狙われないよう盾で守る役目を担う。
「……その間、コリスはなにをしますの?」
「わたしはみんなの間を行き来して、付与をかけるよ」
ユリの疑問に、コリスはそう答えてにっこり笑う。
しかし……仲間たちはまだ知らなかった。
この作戦において、コリスのさらなるポテンシャルを見せつけられることを。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「じゃ、みんな、準備はいい? いくよ? いっせぇーの!」
ユリとヤマミ組についたコリスのかけ声にあわせ、離れた場所にいるソフィアとミコが物陰から顔を出す。
「……いまだよ!」
続けざまの合図に、バッと立ち上がるユリとヤマミ。
ちょうどてっぺんの頭から火の玉を吐き出すファイヤー・トーテムの姿が見えた。
あたりをオレンジに照らしながら、燃えさかる火球はソフィアとミコに向かっていく。
陽動作戦どおり、こちらにはまだ気づいていない。
『マジックアロー』の詠唱をはじめるヤマミを、盾でかばうユリ。
コリスはヤマミの手を取り、付与を施した。
ヤマミの手が七色に光る。
いつもなら黒いオーラをまとった魔法の矢は、ツララのような鋭く冷たい見目となって放たれた。
……キィィィィィィィーーーーーンッ!!
耳鳴りのようなハイトーンと、レーザーのような軌跡をまといながら、氷のナイフはトーテムの頂点にヒットする。
……パキィィィィィィーーーーーンッ!!
氷結するように氷の膜で覆われる、ファイヤー・トーテムの頭部。
……コリスがヤマミにかけたのは、『エンチャント・アイス』。
物理攻撃や魔法攻撃に氷の力を与え、パワーアップさせる付与魔法。
ファイヤー・トーテムは防御力が高いことでも知られている。
現状のパーティレベルでは相当攻撃を加えないと倒せないだろうとふんだコリスは、敵の弱点属性をつくことを思いついたのだ。
しかも、『ジャスト・エンチャント』……!
これは付与対象の攻撃発動と同時にエンチャントを終えた場合、威力がさらにアップするというテクニカルボーナス。
『マジックアロー』発動の際、ヤマミの手が虹色に光ったのがその証。
呪文の詠唱というのは、いつも一定のタイミングで終わるものではない。
高威力の呪文は長くかかり、また術者の調子によっても毎回テンポが変わる。
なので一般のプレイヤーにとって『ジャスト・エンチャント』というのはクリティカルヒットなどと同じく、偶然決まればラッキーくらいのシステムでしかない。
だがコリスはヤマミの詠唱の癖を読み、意図的にタイミングを合わせたのだ……!
タイミングを取る、というだけならさほど難しいことではない。
ヤマミの詠唱の終わりと、自分の詠唱の終わりを合わせるのが難しいのだ。
長年連れ添った夫婦デュオのように、難なくやってのけたように見えたが……実は相当なテクニックが発揮されていたのである。
その凄さがわかるものは、その場にはいないかった。
コリスも特に誇ることもせず、当たり前のように次の仕事をこなす。
四つん這いでカサカサと這っていって、ソフィアとミコ組に合流。
そして次は、ミコの矢に氷結を施す。
強敵かと思われた『ファイヤー・トーテム』だったが、コリスの作戦によって完全にパターンにはまり、ほどなく撃沈した。
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