04 フィールドアロー
『ヴァーチ』はやりたくないというコリスと、誤ってログインしてしまったミコ。
そんなふたりの少女を前に、腰に手を当てるリーダーらしいポーズでユリは言った。
「じゃあこうしましょう。ミコは理由はともあれ、せっかくログインしたのだからあたくしに付き合うこと。コリスはあたくしとミコに『ヴァーチ』の基本を教えること。それできまりですわ」
ユリの言い分は一方的だったが、ミコは迷うことなく頷いた。
「お誘いありがとうございます。はい、喜んで。ですが、こういった世俗のものには疎いので、お教えいただけると助かります」
「それはコリス次第ですわね。あたくしはキャラメイクまではしたのだけれど、まだプレイはしておりませんの。さっそく教えなさい、コリス」
「よろしくお願いいたしますね、コリスさん」
かたや高圧的に、かたや柔和に……タイプの違うふたりの美少女から見下ろされ、コリスは気後れする。
小学生のような幼い見目の少女は、まるで大人から悪い遊びに誘われたかのように、視線をさまよわせて迷っていたが、
「え……えっと……じゃ、じゃあ……ちゅ……チュートリアルが終わるまでなら……」
まだ戸惑いを残す上目遣いで、そう答えた。
……コリスは、ノーとは言えない性格なのだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ログインした地点は村の片隅の原っぱだったのだが、そのまま座り込んで話をはじめる三人の少女。
コリスは女の子座り、ユリは足を組み、ミコは正座と、座り方も三者三様だ。
「じゃあ、チュートリアルを始める前に、『ヴァーチ』について簡単に教えておくね」
コリスはすぅ、と息を吸い込んでから、説明を始める。
「『ヴァーチ』の始まりは、とあるひとりの天才プログラマーがヴァーチユニットにこっそりと仕込んでいた、中世ファンタジーをモチーフにしたロールプレイングゲームなの。
途中で隠しゲームに気づいたハードメーカーは、それを利用できないようにしようとしたんだけど……ゲームがあまりにも出来がよくて、すでにプレイヤーが爆発的に増えていたせいで、とうとうプリインストールアプリにせざるを得なくなったという歴史があるんだ。
『ヴァーチユニット』を使ったゲームには安全基準が設けられていて、それをパスする必要があるんだけど、そのチェックについてはソフトウェアメーカー側に一任されてるの。
でも『ヴァーチ』については開発したプログラマーが謎の失踪を遂げていて、独特のソースコードはぜんぜん解析ができないらしくて……いまだに多くの謎に包まれているそうなんだ。
すごいことに、『ヴァーチ』はわたしたちが暮らしている現実世界とほぼ同じ土地が存在しているらしくて、現実世界以上の動植物の生態系が存在しているといわれているの。
『ヴァーチ』が『第二の人生』と呼ばれているのは、その膨大なリアリティにあるんだけど……全貌解明はぜんぜんできていないらしくて、最近では国も調査に乗り出してきてるんだよ。アメリカや中国には、宇宙事業以上の規模の調査機関があるくらいなんだ。
宇宙、深海、地底に次ぐ、『第四の世界』とも呼ばれていて……ゲームの枠をこえた『世界』があるのが『ヴァーチ』の魅力なんだ。
いまや学校教育に導入されているのはもちろんのこと、企業や法人などもどんどん参入してきているのが『ヴァーチ』なんだよ」
コリスはそこで言葉を切った。
誰よりも小さい少女は、誰よりもやりきったように顔を紅潮させている。
額に玉の汗を浮かべ、小さな肩をふぅふぅと上下させていた。
急に人が変わったように饒舌になった少女に、あっけにとられるユリ。
話の内容の9割は理解できていなかったが、ニコニコ笑顔のミコ。
「ふふっ。コリスさんはこの、ばあち、が大好きなのですね」
好きなものに夢中になる我が子、それを見つめる母のようなやさしい微笑みを向けられ……コリスはハッと我に返る。
「そっ……! そんなこと、ない、です……」
恥ずかしそうに肩をすくめるコリス。
母子のようなやりとりを、厳格な父親のように静かに見守っていたユリは、改めて感じていた。
……やはり……口では嫌がってみせても、身体は正直ですわね……!
この子、『ヴァーチ』が好きで好きでたまらないようですわ……!
勢いを殺さないようにと、ユリは新たな燃料を加える。
「ようはこの『ヴァーチ』は中世ファンタジーの体をとっているけれど、あたくしたちの暮らしている現実世界とほぼ同じということですのね?」
「う、うん。わたしたちがログインしたのは『ジャイアント・ディヴァイドの国』っていって、ようは『大分県』のことなの。このあたりは『ナインバンドル地方』っていって、ようは、わたしたちの住む町……『九重町』のことなの」
「ということは、今いるこの村は……?」
「『フィールドアローの村』といって、わたしたちの学園、『私立百合学園』のふもとにある、『野矢』のことだね」
「地名まで似ている……ということは、他の都道府県……たとえば東京や大阪なども、『ヴァーチ』にはあるということですの?」
「うん。東京や大阪どころか、日本全土……ううん、アメリカやヨーロッパや中国……全世界がそのままフィールドになっているのがこの『ヴァーチ』なの」
うぅむ……と感心した様子で腕組みするユリ。
意味はぜんぜん理解できていないが、ふたりのやりとりを微笑ましそうに見つめるミコ。
コリスはというと、ピョコンと跳ねるように立ち上がっていた。
「じゃあ、説明はこのくらいにして……実際に村を歩いてみよっか」
「よろしくてよ」「承知いたしました」
颯爽と、そしてしずしずと、後に続くユリとミコ。
村はずれにいた少女たちは、『フィールドアローの村』の中心部へと足を踏み入れる。
フィールドアローは村というより大きな牧場で、広大な放牧地にぽつぽつと家がある、実にのどかな場所だった。
ある家の軒先で、窓からひょっこり顔を出したおばあさんから声をかけられる。
「ああ、お嬢ちゃんたち、新米冒険者かい? ちょっと頼まれてくれんかね?」
「はいっ! なんですか!?」
手招きするおばあさんの元に、トトトトと駆けていくコリス。
元気いっぱいな少女のあとに、ユリとミコも続く。
ユリは、一番楽しんでいるのはコリスなのではないか……とふと思ったが、口には出さずにおいた。
おばあさんは窓ごしに、取っ手のついた紙箱を差し出してくる。
「チーズケーキを作ったんだけど、おいしくできたから村のみんなにおすそ分けをしたくてねぇ。でも足が悪くて出歩けないから、かわりに届けてくれないかい?」
「はいっ、もちろん!」
「よろしくてよ。困ったときはお互い様ですものね」
三人娘のうちふたりは即答。
「ちいず景気……? 経済のことは疎いのですが、わたくしにできることでしたら喜んで」
残りのひとりは小首を傾げていたが、快く承諾していた。
年寄りの頼みごとにも嫌な顔ひとつしない、気持ちのいい少女たち。
おばあさんも嬉しそうに顔をほころばせていた。
「引き受けてくれてありがとうね。じゃあ、頼んだよ。配り終わったら、また戻ってきておくれ」
実はこのおばあさん、AIで動くノンプレイヤーキャラクター……いわゆるNPCというやつなのだが、少女たちは本物の人間と同じように接していた。
『ヴァーチ』のNPCは人間と遜色ない自律性を持って行動しており、普通に会話もできるので、見分けることは不可能に近い。
VRMMO初体験のユリとミコは、この事実を知らずにいた。
コリスは薄々感づいているのだが、やさしい彼女は中身が人間でもAIでも、分け隔てなく接するのだ。
おばあさんから受け取った、みっつのチーズケーキの箱。
それを大事そうに胸に抱えながら、あぜ道を歩く女の子たち。
「こうやってお使いをするのを『クエスト』っていうの。クエストをこなすとお礼やお金がもらえるんだよ」
「えっ、そんなのいりませんわ」
「はい。お礼だなんて、頂けません」
ユリとミコはびっくりしたようだった。
彼女らは現実でも村人から頼まれごとをするのだが、それは無償なのが当たり前なのだ。
「わたしも最初はユリちゃんとミコちゃんと同じ考えだったんだけど、この『ヴァーチ』ではお礼をするのが当たり前みたいで……受け取らないとみんなすっごく悲しそうな顔をするの。だから受け取ってあげて」
少女たちは村にある何軒かの家を回って、チーズケーキを届けた。
これはチュートリアルのクエストのひとつなので、さっさと届けて終わらせるのが効率的には良いとされている。
相手はNPCなので、挨拶もせず窓からチーズケーキを放りこむだけで届けたことになるのだが、少女たちは丁寧に挨拶を交わし、世間話をし、一軒一軒の家で長居をしていた。
ついでに牧草を運ぶのを手伝ったり、犬と遊んだり、赤ちゃんをあやしたり……効率とはかけ離れたプレイを楽しむ少女たち。
すべての家にチーズケーキを届け終えるころには、太陽はすっかり高い位置に移動していた。
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