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「ボオン! ボオン! ボオオオオーーーンッ!」
呪いの人形のような雄叫びととも、繰り出され続ける炎のグレムリンの攻撃。
激しさが増していくそれを、ユリは肩で体当たりするように受け止め続けていた。
敵の背後には、投石、矢、呪文と……援護射撃が次々と突き刺さっている。
外れた石が、ユリのスネにガツンと当たった。
思わず片足飛びしたくなるような痛さだったが、ユリは吹き飛ばすように叫ぶ。
「さあっ! じゃんじゃん打ち込むのですわ! 流れ弾のひとつやふたつ、なんのことはない……! あたくしにとっては嗜みのようものですわぁっ!」
リクエストに答えるように、手投げの石と呪文の石が示し合わせたように両スネを捉えた。
「ふんぐうっ……!? なっ、なんのこれしき……!」
悶絶したいのをこらえ、歯を食いしばるお嬢様。
「ソフィアとヤマミは、あとでデコピンですわ……!」と心に誓いながら。
その思いが伝わったかのように、不意にファイヤー・グレムリンの身体が翻る。
はためくような炎を残しながら、ユリから離れていったのだ。
「ボオオオオーーーンッ!」
シュタタタタ! とヤマミのほうに一直線に向かっていくグレムリン。
一番ダメージを与えていた魔法使いに標的を移したのだ。
ソフィアが援護に向かおうとするが、間に合いそうもなかった。
ローブのみの魔法使いは防御力が低く、また体力もない。
そんな身の上で、あの燃える丸太でぶん殴るような攻撃に耐えられるはずもなかった。
もし一発でも攻撃を受けようものなら、コリスの二の舞になるのは明白……!
不意に仲間を狙われてしまったが、リーダーであるユリは慌てなかった。
倒れているコリスの様子をチラリと伺う。
するとコリスは倒れたまま手を伸ばしていて、ユリに向かって何かを叫んでいた。
だがほとんど声にならず、聞き取れない。
しかしユリは「よろしくてよ」とばかりに頷き返す。
「……コリス……! きっと、アレをやれと言っておりますのね……!」
ユリは昨晩、ピロートークのようにコリスと枕を共にしながら、教えてもらったことを思い出していた。
ユリはサッとスカートの端をつまんでたくしあげると、闘牛士のマントのように揺らしはじめる。
そして叫んだ。
「……あたくしが強者ということに、ようやく気づいたようですわね! そうやって弱者のみを狙っているほうが、あなたにはお似合いですわよ!」
グレムリンの猛然とした走りが、ピタリと止まった。
ゆっくりと振り向いたその顔は、心なしかいつもより燃えているような気がする。
効いている……! と直感したユリ。
さらなる挑発感を出すために、カンカンダンスのようにステップを踏み、声を張り上げた。
「むしろあたくしくらいでしたら、このダンスでも楽勝ですわ……! さあいらっしゃいまし! スカートを覗き込もうものなら、蹴っ飛ばしてさしあげますわ……!」
しかしその言葉につられたのは、敵ではなく味方だった。
ソフィアとヤマミはサッとしゃがみこみ、イグアナのような低い姿勢をとる。
「あっ、白だ……!」「昭和風に言うなら『純白』」といった感想が飛び出し、ユリの頬はへんな熱を帯びる。
恥ずかしいのをこらえ、歯を食いしばるお嬢様。
「ソフィアとヤマミは、あとで絶対にデコピンですわ……!」と心に固く誓いながら。
その甲斐あってかグレムリンはついに踵を返し、元来た道を戻り始めた。
「ボオオオオオーーーーーーーーーーーーーンッ!!」
怒りを感じさせる甲高い雄叫びとともに跳躍、飛び蹴りを放つ。
火の玉がせまってくるようなそれを、ユリは闘牛士のようにヒラリとかわした。
そして再び戦闘態勢をとる。
「さあっ……改めて……! シャル・ウィー・ダンス!?」
……ユリのとった行動、それは騎士のスキルのひとつ、『挑発』であった。
敵一体のターゲットをしばらく自分に向けるという、防御役である騎士ならではのスキルである。
ユリの脳裏に、昨晩のコリスのアドバイスが蘇った。
「ユリちゃん。騎士さんは『挑発』スキルを取るといいよ。これはモンスターさん一体の攻撃を自分に向けさせることができるんだ。騎士さんは体力と防御力があって打たれ強いから、これでみんなを守ることができるんだよ」
「あたくしは、いつでもどんな時でも輝いた目で見られなくてはイヤですの。それは人間でも動物でもモンスターでも変わりはない……! あたくしにはピッタリですわね……!」
その時はそんな風に思っていた。
しかし今は、こんな風に思っている。
「……こうやって敵を行ったり来たりさせて、翻弄するというのも悪くありませんわね……! それが勝利に結びつくのであれば、なおさらですわ……!」
自分のスキルで敵が操り人形のように右往左往する様は、なんともいえない不思議な快感があった。
そしてそれが戦局の鍵を握るとなれば、目立ちたがり屋のお嬢様の好みにあわないわけがない。
しかもこうやって一身に攻撃を受け止めていると、敵の状態が手に取るようにわかる。
ユリは盾に感じる衝撃が弱くなっていたことで、相手が弱っているのをひしひしと感じていた。
仲間の援護射撃はゆっくりとではあるが、しかし確実に、ファイヤー・グレムリンの身体を蝕んでいたのだ……!
「ボオッ……!」
炎の嘆息とともに、ふたたび背中を向けるグレムリン。
その身体を覆う熱気は、かつての栄華が見る影もない。
もはや燃えカス同然……文字通り、風前の灯火となっていた。
ユリの瞳が、チャンスの星をキラリとつかまえる。
「これで、終わりですわっ! ……ナァァァァァァァァァーーーイト! スラァァァァァァァァーーーーーーッシュ!!」
ふたたび一閃する、光の白刃。
今度は敵の身体を、真芯から捉えていた。
……バキィィィィィィーーーーーンッ!!
命を支える大黒柱が、乾いた音とともについに折れた。
難敵ファイヤー・グレムリンは真っ二つになったあと……火事で倒壊する家屋のように、ガラガラと崩れ去った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「みんなすごい……! 今のレベルでファイヤー・グレムリンさんをやっつけちゃうだなんて……! 本当にすごいよ……!」
仲間たちから助け起こされたコリスは、開口一番そう言った。
「褒めるのはあとですわ。それよりも自身のケガの心配をなさい。コリスは治癒魔法を使えるのでしょう?」
ユリからそう提案されたものの、コリスは首を力なく左右に振る。
「そうなんだけど……わたしは付与術師だから、自分にはかけられないんだ。治癒魔法を使えるのは、仲間に対してだけ……」
「そ、そんな……!」と悲痛な声をあげるミコ。
ソフィアは「なにか他に方法はないの!?」と尋ねたが、再び首が左右に動く。
「……もう、どうしようもないよ……。むしろ、いまわたしが生きてるのだって不思議なくらい……ファイヤー・グレムリンさんの攻撃って、このレベルの付与術師では耐えられないはずなのに……えへへ、運が良かったのかなぁ……?」
コリスは皆を心配させまいと、笑ってみせる。
「だからみんな、わたしを置いて先に進んで……青鬼さんのほうに進めば、たぶんモンスターさんは強くならないと思うから……わたしはここで少し休んだあと、リタイアするから心配しないで……」
しかしリーダーは即却下した。
「それは絶対にありえませんわ。皆もそうですわよね?」
皆はそろって首肯する。まるで当然であるかのように。
「えっ……? まだ赤鬼さんのほうに進むつもりなの……? それはやめたといたほうが……」
コリスのとぼけた一言に、ミコ以外が一斉にがくっ、ズッコケてしまった。
「ちっげぇーよ! コリスっち! コリスっちを置いていくなんてありえねーって言ってんの!」
「はい。コリスさんがご一緒されないのであれば、先へ進む意味もありません」
「コリスのいないヴァーチなんて、野獣でない先輩のようなもの」
「……やはり、皆は同じ考えのようですわね。となると答えはひとつしかありませんわ」
ユリはそう言うなり、腕に抱いていたコリスの身体をリュックのようにひょいと背負った。
「ゆ、ユリちゃん……どうするつもりなの……?」
「見ての通りですわ。あたくしがコリスを背負って進むのです」
「そ、そんなのダメだよっ!?」
「なにがダメなんですの? コリスがこうやってあたくしにおぶさるのは、初めてのことではないでしょう?」
「そ、それは、付与のためだったから……! 今はただの足手まといにしかならないんだよっ!?」
「では立場が逆だった場合、コリスはあたくしを置いて先に進みますの?」
「うっ」と言葉に詰まるコリス。
「そういうことですわ。では、まいりますわよ」
もし「うん、進むよ」と言われたらユリはどうしようかと思っていたのだが、それは杞憂だったようだ。
「あっ!? アレ何!?」
不意にソフィアが叫ぶ。
指差す先は、かつてファイヤー・グレムリンがいた場所。
そこには、ドロップアイテムである食材の入ったビニール袋と、筒状の青白い光がたちのぼっていた。
「あ……! あれは、回復サークル……! ファイヤー・グレムリンさんがドロップしたんだ……! ユリちゃん、わたしをあそこに連れて行って……! あの光の上に乗れば、ケガが治せる……!」
コリスの言葉に、再び希望と力が戻ってくる。
ユリは若干の逡巡はあったものの、名残惜しむような足取りでサークルへと向かった。
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