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 ファイヤー・グレムリン VS コリスたち……!


 ゲームを始めたばかりの少女たちにとって、本来はもっと後で相手にするはずの敵。

 もしなんの知識もなく交戦していたら、1分も持たずに全滅していたであろう。


 しかしここでもコリスの判断が活きた。

 難敵の攻撃に唯一耐えられるであろう、騎士のユリにターゲットを固定させることで、開幕の被害を最小限に食い止めることに成功。


 防戦一方のユリは、ナイトスラッシュで反撃しようと剣の柄に手をかける。

 しかし、背後からの小さな手によって押し止められた。



「待ってユリちゃん! 反撃はガマンして、盾で防ぐことだけに集中して!」



「くっ……しょうがありませんわねっ!」



 すがるようなその声に、学園ではワガママ放題で知られたお嬢様も仕方なく折れる。

 約束した手前はあるものの、なぜこんなにも聞き入れる気になるのかと不思議に思いながら、盾を両手で構えなおす。


 頼みの綱の仲間たちは、すでに敵の背後に回り込んでいた。

 ソフィアが無防備な背中めがけ、正拳突きを放つ。



「あちょー! っちぃぃーーー!?」



 しかし全身が炎に包まれているので、逆に拳を焼かれてしまった。

 グローブに燃え移った炎を、ファイヤーダンスのようにブンブン振り回すソフィア。


 ユリの横から亀の子のようにニュッと首を出し、その様子を見ていたコリスはすかさずアドバイスを飛ばす。



「ソフィアちゃん! そういう時は昨日覚えたスキル、『指弾』だよ! 足元の石を使って!」



 『指弾』……石つぶてを指で弾いて飛ばし、敵にダメージを与えるスキル。

 武闘家が序盤に覚えることのできる、数少ない遠距離攻撃技のひとつである。


 ソフィアは「あっ、そっか!」と思い出したような声とともにしゃがみこむ。

 立膝のまま、両手の指に挟みこんだ石を「ばんばーんっ!」と2丁拳銃のように撃ち放った。


 しかし二発とも標的からわずかにそれ、ユリの盾に当たってしまう。



「ちょっとソフィア、なにをやっておりますの!? もっとしっかり狙いなさい!」



 ユリに叱られ「いーじゃん、惜しかったんだしー!」と口を尖らせるソフィア。



「ソフィアちゃん、射線をなるべくずらして! それから、落ち着いて狙って!」



 コリスに余裕があればソフィアの元に行って、命中率アップの『コンセントレーション』の付与をするところだった。


 しかしいまユリの元を離れるわけにはいかない。

 彼女にもしものことがあったら、戦線が総崩れになってしまうからだ。


「シャセンってなにー?」

「白いおしっこを出すこと」

「下ネタかよー!」


 リズミカルなやりとりと共に、今度はヤマミの『バレットストーン』が炸裂。

 指弾の数倍の威力を持つそれは、初期装備の盾を欠けさせつつ後逸していった。


 熱気あふれる攻撃を受け続けるユリの額には、玉のような汗が浮かんでいたのだが、そこに追加で冷や汗が伝う。



「……ちょっ!? ヤマミ!? 殺す気ですのっ!? ふたりとも、真面目にやらないと入部取り消しにしますわよっ!?」



「えーっ! そんなのヤダー!」「ぶーぶー」



「み、みんな、言いあいはやめてっ! ソフィアちゃんはこっちに当たりにくい角度に回り込んで指弾して! ヤマミちゃんは『マジックアロー』を使って! お願い! 早くっ!」



 コリスの必死の懇願に、帰国子女コンビは渋々ながらも従う。


 ギリギリのところで、ユリは溜飲を下げた。

 これでようやく、援護体勢が整う……そう安堵しかけた瞬間、


 ……ストォーーーンッ!


 正鵠を射るかのように、盾のど真ん中に矢が突き立ったのだ……!

 しかも、ファイヤー・グレムリンの身体をかすめたせいで引火し、火矢となったものが……!


 ……プツンッ……!!


 ユリはその時確かに、自分の中で何かが切れるような音を聴いていた。

 そして直後に突き上げてくる感情を、自分でも抑えきれなかった。



「うがあああああーーーーーーーーーーーっ!?!? あなたたちに頼ったあたくしが愚かでしたわぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!!!」



 抜刀を察知したコリスが慌てて止めようとしていたが、力ずくで跳ね除ける。

 腰のあたりにあった幼子の手が、怯えるようにビクッと引っ込んで、ユリの心はチクリと痛んだ。


 しかしその迷いを断ち切るように……ワガママ放題の自分を思い出すかのように……お嬢様は吠えた。



「怒りのナァァァァァァァイト! スラァァァァァァァァーーーーーーーーーーッシュ!!」



 きらめく白刃の軌跡が、薄氷のような筋となって広がる。

 しかし……その銀盤の上には、誰もいなかった。


 目を剥くお嬢様が見たもの……それは相方に愛想を尽かし、競技の真っ最中に離れていくペアスケート選手のようなグレムリン。


 さらにその背後には、仲間たちの放ったいくつもの攻撃。

 まるで敵をよけているかのように、まっすぐこちらに向かってくる。


 しかも五体満足のグレムリンはすでに身体を翻していて、反撃の回し蹴りを放とうとしている途中だった。


 このままでは故意か偶然かはわからないが、連続攻撃が成立してしまう。

 しかも、仲間たちのアシストによって……!


 スローモーションのようにゆっくりとした世界で、少女は思った。


 お母様の、おっしゃる通りでしたわ……。

 お母様の言うとおりに生きているからこそ、あたくしは辛うじて『選ばれし者』なのだと……!


 自分なりに一生懸命やっても、失敗ばかり……!

 『ヴァーチ』では違うと思っておりましたが、そうではなかった…………!


 不意に、何かが割り込んでくる。


 これ以上、なんの不幸が重なるというのですの……!

 でももう、なんでも結構ですわ……!


 残像だったそれは、ハッキリとした形を結ぶ。

 それは通せんぼするように立ちはだかった、ひとりの仲間の姿だった……!


 こ……コリスっ……!?!?


 しかしユリの叫びは声にならなかった。


 ……ガスッ! ガスッ! ドスッ!


 ふたつの石が、胸に、腹にめりこみ、肩に矢が刺さる。

 踊るように、小さな身体がわなないた。


 ……ドガアッ……!!


 傷ついた少女の身体にトドメを刺すように、燃える丸太のような蹴りが薙いでいく。

 身体をくの字に曲げて、紙のように吹っ飛んでいくコリス。


 ……ズダァァァァァァ……ンッ!!


 飽きて捨てられたボロ人形のように床に叩きつけられた瞬間、水の中にいたような時間が元の速さを取り戻した。



「こ……コリスぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」



 ユリはもはや戦闘中であることも忘れ、コリスの元へと走る。

 抱きかかえると、少女はもはや虫の息になっていた。


 ユリは声をかけようとしたが、小さなひとさし指が唇にあてがわれ、遮られてしまう。



「お願い、ユリちゃん……! みんなで協力して、『ファイヤー・グレムリン』さんをやっつけて……! でないとみんなでがんばってきたのが、無駄になっちゃう……! みんなは自分なりに、モンスターさんをやっつけようとしてくれてたんだ……! だから責めないであげて……!」



 じ……自分なりに……?

 閉じた唇で、反芻するユリ。


 指先で感じ取ったコリスは、ニコリと微笑む。

 それは病気の母親が自分を心配させまいと、我が子に見せる笑顔のようだった。



「さぁ早く、ユリちゃん……! 土還さんが押さえてくれている、今のうちに……!」



 敵のほうを見ると、今度は最前線にソフィが立っていた。


 ユリとコリスの間に立ちはだかり、グレムリンの攻撃を一身に引き受けている。

 不慣れなフットワークは身体をかすめ、あちこちが焦げ跡だらけになっていた。


 しかしその程度のダメージで済んでいたのは、ミコの出したモグラが懸命にグレムリンの足を押さえてくれているから。


 ユリは心の底から沸き上がった感情を、そのまま雄叫びに変えていた。



「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーっ!?!? あなたたちに頼らなかったあたくしが、愚かでしたわぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!!!」



 迷いを断ち切るかのような、その咆哮……しかしワガママ放題の自分はそこにはいなかった。


 お嬢様は陸上インターハイクラスの速さで疾駆すると、グレムリンとソフィアの間に身体を割り込ませる。



「……ソフィアっ! あとは任せるのです! それよりも指弾をなさい! あたくし当てても、かまいませんわっ!」



「えっ、当ててもいいの?」



「当てろって意味じゃありませんことよ!? 自分なりにきちんと狙いなさいと言っているのです! わざとじゃなければ責めたりはしませんわ!」



 「オッケー!」と離れていくソフィアを見送りながら、さらに仲間に向かって叫ぶ。



「ミコ! モグラはもう結構ですわ! 矢による援護をするのです! ヤマミ! なんでもいいからじゃんじゃん撃ちこむのですっ!」



「ボオン! ボオン! ボオオオオーーーンッ!!」



 指示を阻止するかのように、グレムリンの威嚇がユリの鼓膜をつんざく。

 しかしお嬢様は身じろぎひとつせず、鼻で笑って縦ロールの髪をかきあげていた。



「フッ……! 残念でしたわね……! あたくしはもうとっくの昔に、心も体も立て直し済みですわよ……!」



 「黙れ!」とばかりに、烈火の打ち下ろしが降り注ぐ。


 その全てを、しっかりと盾の真芯で受け止めるユリ。

 ボクシング部で助っ人を頼まれるほどの彼女は、鍛え上げられた動体視力を持っているのだ。


 柱が倒れてくるような衝撃とともに、身体がずずっずずっと後ずさる。

 この程度のノックバックですんでいたのは、女相撲で鍛えた足腰があったから。


 気迫では一歩も引いていない。むしろ逆に押し返しているかのようだった。

 ユリは盾ごしに、敵を睨みあげながら叫んだ。



「あたくしは百合(ももあわせ)由利(ゆり)……! 『私立百合(ももあわせ)学園』の理事長の娘にして、校長と教頭の妹……! 1年生にして生徒会長で、学級委員長も兼務する……!」



 燃えさかる一撃が盾に加えられるたびに、ぶわあっと火の粉が舞い散る。

 しかし今の彼女にとっては、自分の美しさを引き立ててくれる花びらでしかなかった。



「そしてなによりも、あたくしが初めて自らの意志でたちあげた部活……『VRMMO部』の部長……!」



 渦中すらも花の嵐に変えたお嬢様は、ニヤリ……! と不敵に笑った。

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