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3つ目の分かれ道にさしかかる一同。
当然のように『泣いた赤鬼』の通路に進むユリを、コリスは呼び止めた。
「待ってユリちゃん。赤鬼さんのほうにいくたびに、モンスターさんがどんどん強くなってるの。前に戦ったファイヤー・スケアクロウさんはいまのレベルでギリギリの相手だったから、気をつけないと……」
ブーツのカカトを鳴らして振り向いたユリは、少し意外そうだった。
「それに何の問題がありますの? 敵は強いほうがやり甲斐がありますわ」
「うん、そうだと思うけど……負けちゃうのは嫌なんだよね?」
機嫌を伺うようなコリスの一言に、ユリは教育ママのように目を剥いた。
「負ける!? あたくしは生まれてこのかた負けたことなど一度もありませんわよっ!?」
「うっそー、ユリユリって、ジャンケン超弱いじゃん」「あっちむいてホイも最弱」
合いの手のようなツッコミに対し、「そんなことはありませんわっ!」と食ってかかる。
ヤマミが受けて立つように拳を揺らした。ジャンケンしようぜ、の合図だ。
ふたりの少女は視線で火花を散らしあったあと、以心伝心のような動きでお互いに構えをとった。
「「じゃーんけーん、ぽいっ!」」
ユリはグー、ヤマミはパー。
開いた手のひらが間を置かず、ピストルのような形に変わる。
「あっちむいて……ホイ」
左に向けられた銃口を、猟犬のように目で追うユリ。
一発で勝負がついてしまった。
「あっはっはっはっはっ! やっぱりー! ユリユリってば、超よえー! 犬っころみたい!」
腹を抱えて爆笑するソフィア。
「いまどんな気持ち? ねぇどんな気持ち?」みたいに挑発的なステップするヤマミ。
真っ赤な顔で震えていたユリは、振り払うように手をかざした。
「そ……それが何だといいますの!? このようなお遊びで負けたからといって、人生の黒星のうちには入りませんわっ!?」
「そのわりには悔しそうだよねぇー?」「ねー?」
と頬を寄せ合う二人組。
コリスは見かねた様子で仲裁に入った。
「ま、まぁまぁ……みんな、落ち着いて。わたしが言いたいのは、ここから先はちゃんとやらないと、負けちゃう可能性があるよ、ってことなの」
「……ちゃんとやっておりますわっ」
ぶんむくれるユリ。
「ごめん、そういう意味じゃないんだよ。行き当たりばったりじゃなくて、敵に合わせた作戦で戦わないと、勝てないんじゃないかと思って」
コリスは、敵の強さが階段状にあがっているのを感じていた。
今まで初動は各自の判断に任せていたのだが、ここから先は初手から役割分担ができていないと勝てないと判断したのだ。
だが、それをやるとレクリエーション感が一気に減ってしまう。
しかし、やらないとこの先で負けてしまう……。
悩んだ挙げ句、コリスは仲間たちに判断を委ねることにした。
ちなみにコリスは、どちらでもよいと思っている。
各人が歯車となり、作戦がぴったりとはまった場合、発揮される力は普段の数倍にも及ぶ。
それで強敵を打ち倒すのは、『ヴァーチ』のやりがいのひとつでもある。
しかし……そんなことは気にせず、気楽にワイワイやるのもまた、楽しみのひとつでもあるのだ。
「……ようは、コリスの命令に従うか、従わないか」
ヤマミは端的にまとめ上げる。
そして「自分はコリスの命令に従う」と意思表明した。
「ウチも! コリスっちの命令なら、なんか聞いてあげたくなっちゃうんだよねー!」
「はい、わたくしも同じです。命令というよりも、なんだかおねだりをされているみたいで……」
ソフィアとミコも同意見のようだ。
そして、肝心のリーダーはというと……ふてくされたように、コリスに拳を向けていた。
「……あっちむいてホイであたくしに勝つことができましたら、コリスの命令に従ってもよいですわ」
実のところ、今までずっとコリスの指示に従っていたので、これからも従うのもやぶさかではない。
だがお嬢様は、『私立百合学園』の理事長の娘にして、校長と教頭の妹。
教師にすら命令されたことのない人生を送ってきて、またそのように育てられてきた。
いままでは自然のなりゆきに任せていたので良いのだが、面と向かって尋ねられると、素直にウンというわけにはいかなかったのだ。
コリスは「別に、命令というわけじゃ……」と困ってしまったが、「ムゥ!」と駄々っ子のように拳を突きつけられ、仕方なくじゃんけんに応じる。
「じゃん、けん、ぽい……あっち、むいて、ほい……」
次の瞬間、一同は天を示すコリスの指と、お嬢様のほっそりとした下アゴを見ていた。
そのアゴから喉のくぼみにかけてのラインは、本人も自慢するほどの美しさを誇っている。
それがハッキリと見えているとなれば、非常に価値のある光景であるはずなのだが……今に限ってはなぜか、間抜けなトカゲのようにしか見えなかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
まずコリスは、隊列を整えた。
先頭にユリ、次にコリス、三番手にソフィア、そしてミコとヤマミ。
一列であれば、奇襲を受けてもユリの盾で防ぐことができる。
それに先制攻撃が必要な局面になっても、コリスが前衛ふたりの間にいるので、どちらにでもすぐに付与することができるのだ。
一同は、かつてゴブリンの洞窟を探索したときのように、赤鬼通路を慎重に進んでいく。
そして、開けた部屋で出迎えてくれたのは……。
「ボオォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!」
蒸気機関車の汽笛のような、耳を裂く雄叫びだった。
コリスは猛犬に出会った猫のように飛び上がり、ソフィアにひしっとしがみつく。
「こっ、この声は『ファイヤー・グレムリン』さんだ……! みんな! ユリちゃんの背中から離れないようにして!」
震えながら絞り出した指示に、皆は身体を寄せ合う。
コリスは「ごめんねユリちゃん!」と声をかけながら、ユリの背中に飛び乗った。
「『ファイヤー・グレムリン』さんは一撃のダメージが大きいの。わたしが、付与で援護するから、しっかりガードしてね!」
耳元で囁きかけるコリスの身体が、光に包まれる。
同時にユリの身体は、例えようのない安らぎに包まれていた。
『ファイヤー・グレムリン』は全身が燃えている木人のようなモンスター。
身体つきは『ファイヤー・スケアクロウ』に似て華奢だが、2メートル近い高身長から繰り出される攻撃はかなり強烈。
新米冒険者であれば、運が悪ければ一撃死もあえりえる。
現在の彼女らのレベルからすると、明らかに格上……!
もし誰かが見ていたならば、「無謀だ」とバッサリ切り捨てられているほどの相手であった……!
「ボオォッーーーッ!!」
炎のグレムリンは燃え盛る掛け声とともに、短距離走者のようなポーズで砂利を蹴った。
この部屋は他と違い、床に小石が敷き詰められていて足場が悪いのだが、走る姿は全くそれを感じさせない。
まるで水の上を走っているかのように一気に距離を詰めてきた。
がばあと脚を振り上げた途端、
「前蹴りが来るよ! 腰を落としてガードして!」
コリスのアドバイスどおりのケンカキックが放たれた。
「……どっせい!」
ぶつかり稽古のように、真正面から盾で受け止めるユリ。
ずずずっ、と後ずさるが、背後にいる仲間たちが支えてくれた。
「うん、まずはユリちゃんがターゲットされた! みんな! まわりを取り囲んで攻撃して! ソフィアちゃんは背後から! ミコちゃんとヤマミちゃんは少し離れて!」
コリスの合図とともに、ユリの背後から飛び出していく仲間たち。
さらなる強敵との戦いの幕は、切って落とされた……!
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