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「えっと、こちらは卵と……なんでしょうか? この赤いものは?」
3回目の『地獄蒸し』。
ミコは食材の入ったビニール袋を取り出しながら、不思議そうに言った。
黒目がちの瞳を何度も瞬かせながら、袋を遺留品のように透かして見ている。
これは事件だ! とばかりに一斉に立ち上がる仲間たち。
「ええっ、ミコ! あなた、ソーセージを知りませんの!?」
口火を切ったのはデカ長のユリ。
「先に行っておくと、双子のことではない」
「いいえ、存じております」という容疑者の言葉を遮ったのは、出世コースから外れたキャリア刑事のヤマミ。
「ソーセージ知んないなんて、マジっ!? いくらなんでもウソだぁーっ!」
ダアンと机を叩いたのはヤマミの相棒、はみだし刑事のソフィアだった。
「えーっと、みんな……そんなにビックリしなくても……」
容疑者をかばう被害者の妹のように、おずおずと間に入るコリス。
「そりゃビックリもするよ! ソーセージを食べたことがないなんて、人生の半分損してるようなモンだよっ!?」
素直な容疑者は、その言葉をまともに受け取ってしまう。
「ええっ!? こ、この赤くて小さなものに……わたくしの人生の、あと半分が詰まっているというのですか……!?」
その声は、禁断の麻薬を手にしたように震えている。
「えーっと、ミコちゃん、それくらい美味しいよ、って意味だよ」
「この、そうせいじ、というものは、一体なにでできているのですか? 拝見したところ、自然にあるものではなさそうですが……?」
「……牛、豚、羊の腸にひき肉を詰めたもの。使われる動物の腸や太さによって呼び名が変わる。それは羊の腸を使った『ウインナーソーセージ』」
ヤマミの淀みない説明は、まるでシリアルキラーのようであった。
第一容疑者であったミコの顔色が一変、第二の被害者のように青ざめる。
「ど、動物の腸に、お肉を詰めたもの……!? そ、そんな猟奇な食べ物があるのですか……!?」
「ミコ、落ち着くのです。そう考えるとちょっとグロテスクかもしれませんけれど……『このしろの姿寿司』みたいなものだと思えばなんともないでしょう?」
人情派のデカ長のひとことに、容疑者の顔に血の気が戻る。
「ああっ……! はいっ! おっしゃる通り、『このしろの姿寿司』だと思えばとても美味しそうに見えてまいりました……!」
「ソーセージの美味しさを理解できたのでしたら、そろそろ頂くとしますわよ」
「ソーセージは蒸すよりもフライパンで焼くのが一番だが、地獄蒸しだけは別格」
「ウチもー! 普段は生で食べるんだけど、地獄蒸しは別腹だよねー! ってかこの前、生で食べてゲリピーになっちゃってさぁ!」
「それは加熱食肉製品ではなく、生ソーセージを食べたから」
「なにそのかにょつにょくにょくせいひん、って!?」
「ぜんぜん言えておりませんわよ、ソフィア! それにおっちょこちょいなのも相変わらずですわね!」
事件解決のように、あっはっはっはっ! と笑い合う捜査一課の面々。
しかし、事件はまだ終わってはいなかった……!
「あの……ところで……『このしろの姿寿司』って、なに……?」
何気ないコリスの一言に、ついにはミコまでもが立ち上がってしまった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
小芝居を終えた一行は、蒸した卵とソーセージに舌鼓を打つ。
卵は棒に刺せなかったので、備え付けの網に入れて蒸した。
「このゆで卵、おいしーい!」
「はい、白身がつるんとしてて、黄身はほくほくで……! まるでサツマイモのようです……!」
「ゆで卵は、卵の良さがいちばん味わえる。おでんに入ったものだとなお良し。板東英二も納得」
「わたくしは目玉焼きのほうが好きですわね」
「ちょ、ユリユリ、なにゆで卵に粉チーズかけてんの!?」
「わたくしは味付けされていない卵にはすべて、パルメザンチーズと決めておりますの」
「ええっ、信じらんない! 目玉焼きにも!?」
「当然ですわ」
「うっそぉーっ!? 目玉焼きにはマヨネーズっしょ!?」
「迷いネズミですか……? わたくしは、目玉焼きでしたらお醤油をかけていただきます」
「タバスコ一択」
「みんな、いろいろあって面白いねぇ」
「そういうコリスは何をかけますの?」
「ええっ、わたし? わたしは……お砂糖……」
肩をすくめるコリスに、「ええーっ」と信じられない声をあげる仲間たち。
コリスは慌てて言い繕った。
「最初はみんなそう言うんだけど、食べてみるとおいしいよ?」
「コリスさんは甘いものがお好きなのですね。でも卵焼きも甘いので、同じ卵の目玉焼きにも合わないことはないと思います。今度わたくしも試してみますね」
やさしく微笑むミコに、コリスは子供のようにすがる。
「うん! あのね、あのね。食パンに目玉焼きを乗せて、そこにお砂糖をかけて食べるとおいしいんだよ。フレンチトーストみたいで!」
「破廉恥土臼ですか? 普通の土臼でしたら我が家にもあるのですが、破廉恥な土臼というのは……?」
「ううん、臼じゃないの。えっとね、食パンっていう四角いパンがあって……」
身振り手振りを交え、アセアセと懸命に説明するコリスと、真剣な表情で頷きながら聞き入るミコ。
「同じ言葉を使っているのに、異国の者どうしのやり取りのよう」とはヤマミの弁。
でも母子のようなふたりのやりとりはなんだか微笑ましくて、他のメンバーは口出しをせずに成り行きを見守った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
そして最後に、ひとりの少女に革命がおこる。
……パキッ!
弾けるような音とともにふたつに分かれたそれ。
片方は薄い唇のなかに吸い込まれていく。
瓜実の白い顎が上下するたび、パキッ、パキッと小気味よい音が漏れる。
皮の弾力はいままで感じたことのない食感で、そして肉汁のたっぷり詰まった中身はいままでに味わったことのない旨味があふれだす。
口の中に食べ物が残っているときは喋ってはいけないと、幼い頃から教えられてきた。
しゃべるときは、かならず中のものを飲み込みなさい、と。
十年以上守ってきたものを、そしてこれからもしっかり守っていくつもりだったものを、少女は破っていた。
「おっ……! おいひいれすっ……!!」
上品に口を手で押さえているミコの、瞬きが止まらない。
いま感じている味が、夢だと思っているかのように……。
「この、そうせいじ……! わたくしが頂いてきた食べ物のなかで、いちばんの美味です……! こ、こんなにおいしいものが、この世にあっただなんて……! ああっ、わたくしはまだまだ世間というものを知らない……! 本当に未熟者です……!」
少女は痛感する。
「ソフィアさんのおっしゃっていたことは、本当でした……!」と。
ソーセージに、自分の残り半分の人生が詰まっていると確信したのだ。
まわりの唖然とした視線にも気づかず、残りの半分もあっという間に平らげてしまう。
爪楊枝の尖端を見つめながら、「ああっ、もうなくなってしまいました……!」と悲しそうに柳眉を落としている。
その横から、ニュッと新たな希望が現れた。
「……はい、ミコちゃん! わたしの分、あげる!」
見ると、笑顔のコリスが今なによりも欲しいものを差し出してくれていたのだ。
ミコはその背後に、後光を見た気がした。
誘惑に負けて手に取りそうになったが、寸前で正気に戻るように顔をブルブルと振る。
「いっ……いいえ! コリスさんの分をいただくなんて……とんでもありませんっ!」
「ううん、いいの。だって今朝、ミコちゃんは卵焼きをくれたでしょ? だからのそのお返し!」
「ミコっちの人生、半分だったっしょ!? はい、ウチの分もあげる!」
「いままで食べなかった分、取り戻さないといけませんわね」
「十倍返しを期待」
さらに追加でソーセージが差し出されると、あわせて四本になる。
それはミコにとって、黄金の四菩薩が現れたような光景だった。
「み……みなさんっ……!」
ミコは感激のあまり、ぎゅっ、と仲間たちの手をまとめて握りしめた。
コリスはその口元に、ソーセージを持っていく。
「じゃあ、はい、ミコちゃん。あーんして」
「は……はいっ……! あーん……! あ、ありがとうございます、コリスさん……! コリスさんのそうせいじ、とっても美味しいです……!」
「なぜだか卑猥」
「コリスのソーセージもよいですけれど、きっとあたくしのソーセージがいちばんに決まっておりますわ。さぁミコ、がぶっとやるのです」
「はい……! がぶっ……! ううっ……おいしい、おいしいです、ユリさんっ……! とっても……!」
「ミコっち、ウチのソーセージも! ソーセージはね、ひと口で食べたほうがおいしーんだよ!」
「はい……! ひと口でですね……あむっ……おいっ……おいひぃ……くひいっぱいれ、おいひいれす……! そひあはんっ……!」
「……まず、さきっちょだけ咥えてみてほしい」
「はい……? ヤマミさん、こう、ですか?」
「そう。そしたら次は、口をすぼめてバキュームを……」
「ヤマミ! バカなことやらせてんじゃねーよ! ミコっち、気にしないでパクって食べちゃいなって!」
「はい……ぱくっ……おいしい……! どのソーセージも、おいしいです……! みなさん、本当にありがとうございました……! みなさんから、こんなにおいしいものをいただけるなんて……! ばあちって、本当に素敵です……!」
思わず涙ぐんでしまうミコ。
彼女のいちばんの好物が「そうせいじ」になった瞬間だった。
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