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『セパレートプリフェクチャー』……通称『セパプリ』はリアルでいうところの『別府市』にあたる。
ユークロース以上の湯の町であるが、床は足湯ではなく普通のレンガ道。
中世ヨーロッパ風の街並みをベースとし、主要なところは日本風の家屋となっており、和のテイストが取り入れられている。
朱色の欄干や鳥居で彩られた街にはそこかしこに鬼の像が置かれ、その頭からは蒸気が吹き出していた。
そしてここにも、頭から蒸気をたちのぼらせる少女がひとり。
閻魔大王との拝謁を終えたミコは、憧れの芸能人に会った後のように抜け殻となっていた。
全力を出し切ってグッタリしているが、もう今生に思い残すことはないとばかりに満足そう。
のぼせて上気した顔。額や頬には黒髪が汗で張り付いており、なんとも色っぽい。
達しきったような潤む瞳で、はぁ……と熱っぽく息を吐いている。
ぐにゃんぐにゃんになってしまったミコを抱え、コリスたちは通りの隅にあるベンチに腰掛けた。
皆の膝でベッド作り、その上に寝かせる。
ミコの頭はちょうどソフィアの膝の上にあった。
ソフィアの巨乳がまるで氷嚢のように、顔に乗っている。
いつになく折り目正しい彼女が、いまや酔っ払い同然だ。
初めて乱れた優等生の姿に、仲間たちは驚きを隠せなかった。
「閻魔大王と会って、こんなに興奮する者を見たのは初めてですわ」
「でも、お願いごとが叶ってよかったね」
「そいやさー、ミコっちがよく言ってる白ハブ様ってなんなん?」
胸の下から、かすかな声が漏れる。
「ミヅチ様という水の守り神です。かつて『白ハブ神社』の周辺にあった村々を厄災から守り、豊作のために雨を降らせていたそうです」
「白ハブというからには、白いハブの格好をしておりますの?」
「ミヅチ様はわたくしたちと同じ、人の姿をなしております。ですがわたくしたち人間の前に現れる時は、白いハブのお姿になって現れるのです」
「ミコちゃんは、ミヅチ様と会ったことあるの?」
「はい。白ハブ様のお告げがあるときに、巫女の夢の中にお見えになります。床で横になっている巫女の胸の上にとぐろをまいて、見下ろされるのです」
「ミコの胸だと、乗りにくそう」
「お告げというのには少し興味がありますわね。どんなことを教えてくださいますの?」
「はい。わたくしは巫女になってから三度ほどお告げを頂きました。一度目は『乗りにくいわ!』と……」
「あっはっはっはっ! ヤマミのが当たってんじゃん!」
「はい。ですのでお告げにならって、一時期は乗りやすいようにとサラシをきつく締めておりました。そしたら苦しくて、悪夢にうなされるようになったのですが我慢して続けておりましたところ、二度目のお告げがありまして、『ウンウンうるさいわ!』と……」
「小さくして乗りやすくするより、大きくして乗りやすくすべき」
「ど……どうしておわかりになったのですか? ミヅチ様も同じことをおっしゃっておりました。ですのでわたくしは、お胸をより大きくするよう励みました」
「……ミコちゃん、それってどうやったの? 詳しく教えて」
「はい。ですが特別なことは、なにも……サラシをゆるく締めるくらいでしょうか」
「スッカスカのコリスには、マネできない」
「ううっ……できるもん、たぶん……」
「それでそれで、三度目のお告げはどうなったん?」
「はい。『そうそう、これじゃ!』とだけおっしゃって、そのままわたくしの胸に身体を横たえ、消えていきました」
「お告げというよりも、寝床の注文みたいですわね」
「白ハブさんじゃない、人間さんの姿のミヅチ様とは会ったことがあるの?」
「いいえ。一度も……書物や絵も残されておりませんし、御本尊も白ハブ様のお姿ですから……高祖母様から口伝えで人の姿をなしていると伺ったことがあるだけです」
「神社へは何度かお参りに行きましたけれど、御本尊なんてあったかしら?」
「はい。実を申しますと、御本尊は十年にいちどしか表に出してはいけない決まりになっておりまして……巫女であるわたくしも、むっつの時に一度見たきりなのです。普段は鍵をかけたまま奉納してあります」
「むっつということは……もうすぐ次の十年だね!」
「はい。『白ハブ祭り』のときにお出しする予定です」
「『白ハブ祭り』って?」
「毎年秋にやってる祭りだよ! みんなして縄でシバキあいすんの!」
「たしか、白い縄を白ハブに見立ててるんですわよね」
「はい。言い伝えで、村を襲った蛇魔を、武器のかわりに白ハブ様を振り回して追い払ったことが始まりとされているお祭りです」
「か、変わったお祭りだね……」
「日本でも有数の奇祭」
「でも『白ハブ祭り』の前に閻王様がおられる場所がわかって良かったです。ご招待さしあげれば、きっと白ハブ様もお喜びになると思います」
「閻魔大王のゆるキャラを、縄でシバきまわす……さらなる奇祭になるのは間違いない」
「でも、なんだか楽しそう! ミコちゃんもすっごく嬉しそうだし!」
「はい。これもひとえに、皆さまのおかげです……。閻王様との御拝謁がかなうなんて……はふぅ……ここは天国でしょうか……」
「むしろ地獄じゃね?」
「そうですわね。別府といえば『地獄めぐり』ですけど、このセパプリはより『地獄』っぽさが強調されているような気がしますわ」
「セパプリは『地獄』をウリにして観光客を集めてるみたいだからね。そうだ、『ヘルズ・ズポット』っていうのがあるんだよ」
「ヘルズ・スポット?」
「セパプリにある、超高難易度のダンジョンのことだよ」
「男女……ですか?」
「ダンジョン……地下迷宮とか、洞窟のことだね。『ヘルズ・スポット』はすっごく強い炎属性のモンスターさんがたくさんいて、まわりは溶岩だらけで……ほんとの地獄みたいなんだよ」
「それ、いーじゃん! 行ってみよーよ!」
「街からはずれた所にあるから、だいぶ遠いよ? それに攻略推奨レベルが1000だから、そばまでは行けても中には入れないし……」
ベンチでダベり続けている一同の元に、看板を持った鬼がやって来た。
『鬼』という概念が根底から覆りそうな笑顔の着ぐるみが手にしていた看板には、
『ヘルズ・スポット本日オープン! クリアできれば無料のサービス中!』
と書かれていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
『ヘルズ・スポット』はセパプリのど真ん中にあった。
大仏のように巨大な閻魔大王の像があぐらをかいていて、手にした笏が、
ヘ
ル
ズ
ス
ポ
ッ
ト
と縦長の看板のようになっている。
像の足元が入り口となっていて、そのまわりでは大勢のスタッフが声を張り上げて呼び込みをしていた。
「『ヘルズ・スポット』は誰でも楽しめるインスタンス・ダンジョン! パーティのレベルにあったダンジョンが楽しめます! 中には絶品のセパプリグルメが待っていますよ! しかもオープン記念イベントとして、クリアしたパーティは無料! さらに限定記念品ゲットのチャンスも!」
どこからどう見ても、完全なる観光施設だった。
でもオープン初日とあって大盛況。長い行列ができている。
ユリとソフィアとヤマミは吸い寄せられるようにして列に並んでいた。
そう、都会に憧れる彼女たちにとって、『行列』というのは蝶にとっての花同然なのだ……!
残されたコリスとミコは、気後れしながらもみんなの後に続く。
「コリス、『インスタンス・ダンジョン』って何なんですの?」
「入ったパーティさん単位で分かれるダンジョンのことだよ。中に入ると別の空間に飛ばされて、他のパーティさんと会うことがないんだ。簡単にいうと『貸し切り』みたいなものかな。リアルだとそれだけの空間が必要になるけど、ヴァーチでは空間がひとつあれば、それを人工的に複製することができるんだよ」
「なになに!? ってことはひとつの犬小屋に、犬を1兆匹入れられるってこと!? マジで犬タンスダンジョンじゃん!」
「うん、それも理論的には可能だよ。でも1兆ともなると、大規模な『インスタンス・ユニット』とかなりの魔力供給が必要になるけどね」
「ヴァーチすっげー! ドガえもんのポケットみてー!」
「ああ、たおやかな閻王様も素敵でしたが、こちらの厳格な閻王様も素敵です……! 中ではどんな地獄が待っているのでしょうか……!」
「絶品のセパプリグルメ……じゅるり」
一行はまだ見ぬ地獄に思いを馳せながら、順番待ちをする。
行列は長かったが、列はどんどん前に進んでいくので待ち時間は短そうだ。
閻魔像の中に人がどんどんと吸い込まれていく様は、さながら裁きを受ける亡者の列のようだった。
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