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おしくらまんじゅうの途中で力尽きてしまったコリスたち。
浴衣ははだけきっており、素肌のまま抱き合うという状態で眠ってしまう。
しかし早朝、誰よりも早く目覚めたミコの手によって皆の身なりは整えられ、きちんとした状態で寝かしつけられた。
毎朝の日課である祈祷と沐浴をすませたミコは、朝食の準備をしようと厨房へと向かう。
壁にかかっていたエプロンを借り、忙しく行き来している板前や仲居に混じって、てきぱきと準備を進めた。
ミコの手際があまりによかったので、巫女の格好に違和感はあったものの、新しく入った従業員なのだろうと誰も気にとめない。
自然な流れで各部屋への配膳まで手伝い、自分の泊まっている部屋にもお膳を運ぶミコ。
仲間たちはすでに起き出していた。
「おはようございます。朝餉をお持ちいたしました」
ミコは折り目正しく正座すると、当然のようにおひつからゴハンをよそい、ひとりひとりに配っていた。
皆はキョトンとしながら茶碗を受け取る。
「……って、何をやっているんですの? ミコ?」
「朝餉を作らせていただきました。おみおつけが冷めないうちにどうぞ」
「これ、ミコちゃんが作ったの!? すごーい!」
目の前の細やかな料理たちを、コリスは宝石のように眺めまわす。
メニューは焼き魚、豆腐、卵焼き、ふろふき大根、茶碗蒸し、冷菜の小鉢、佃煮海苔、生卵、お新香に味噌汁と、かなり手がこんでいた。
ミコは謙遜するような困り笑顔を浮かべる。
「はい、ですが全部ではありません。お魚と卵焼きと大根と茶碗蒸しと、あとはおみおつけだけです」
「それ、もう全部じゃん……」
「ミコ……あなたもしかして、旅館に泊まるのは初めてだったりしますの?」
「はい。おっしゃる通りです。よそさまのお台所でお料理するのは勝手がわからなくて戸惑いましたが、みなさんとてもよくしてくださいました」
ミコはほのぼの笑顔で、祈るように両指を絡め合わせた。
一同の間に、微妙な空気が流れる。
その沈黙を打ち破ったのは、誰からともない腹の虫の音だった。
「ま、とりあえず食べよーよ! いっただっきまぁーす!」
「「「「……いただきまぁーす!」」」」
ソフィアの音頭にあわせ、唱和する少女たち。
ミコは母親のような眼差しで皆を見回しながら「たくさん召し上がってくださいね」と付け加える。
そして大家族顔負けの、賑やかな朝食が始まった。
「うんまい! この魚、マジうんまい! コレなんて魚!? 鯛!?」
わんぱく坊主のようにかっこむソフィア。
「そちらは、アジの開きですね」
「味!? だからこんなにうまいのかー!」
「あたくしは朝食はいつもクロワッサンなのだけれど、たまには和食もいいですわね」
前菜のように小鉢を楽しんでいるユリ。
「黒輪さんといっしょに召し上がっておられるんですね。わたくしはいつもひとりでの朝食なのですが、食事はやっぱり大勢で食べるのがいちばんですよね」
「わたし、卵焼き大好きなんだ! ミコちゃんの作った卵焼き、とってもおいしーい!」
金色に輝く卵焼きを宝物を扱うように大事に大事に口に運んでは、至福の表情を浮かべるコリス。
「お口にあってよかったです。わたくしの分もどうぞお召し上がりください」
「いいの!? ありがとう!」
大喜びするコリスに、ミコは既視感のようなものを覚えた。
そして思い出す。
高祖母がいた頃、同じように好物を分けてもらっていたことを。
人知れず目頭を熱くしていると、ふと、蝋人形のような存在に気づいた。
ヤマミだ。紙のような白い顔で、箸を持ったまま固まっている。
「あの……ヤマミさん、お口に合いませんでしたか? どこかお身体の具合でも……?」
ミコは心配したが、隣のソフィアが問題ないとばかりにヤマミの頭をポンポン叩いた。
「ああ、ヤマミは低血圧だから、朝はこんな風になるときがあんの。でも心配いらないっしょ。ほっとけば、だんだん動くようになってくるから」
ソフィアの言うとおり、時間が経過していくごとにヤマミの動きはソーラー充電のロボットのようにいつもの動きを取り戻していく。
といっても、ヤマミは元々動きが緩慢なので、ナマケモノが亀になったような印象でしかなかったのだが……何はともあれ、一行はミコ手作りの朝食をキレイに完食した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
後片付けをしようとしたミコを止め、一行は温泉宿をチェックアウトする。
浴衣からバスタオルという、不思議な着替えをしたあと再びユークロースへの街へと繰り出す。
昨日よりも視線を感じるという違和感はあったものの、もう観光はしない。
次の目的地へと向かうため、街の出入り口にある更衣室へと一直線。
ロッカーに預けておいた装備に着替え、一日ぶりに街の外へと出たのだが……意外なサプライズが迎えてくれた。
ユークロースには街に入る前に大きな停馬場があり、新宿アルタ前のような大型ビジョンが掲げられている。
といってもリアルにあるディスプレイとは違い、大理石のようなツルツルした一枚岩に魔法で映像を映し出すという、ヴァーチならではの仕組みのもの。
通称『マジックビュー』と呼ばれるそれには、街のピーアールやコマーシャル、そして話題のニュースなどが流れているのだが、そこになんと、コリスたちが映っていたのだ。
『温泉大乱闘! ふたりの少女が素手でトロールを撃退!』と題されたその映像は、望遠レンズで温泉宿を撮影したものだった。
ソフィアとコリスがゴブリンたちを蹴散らし、トロールを屋上から落とすまでの一部始終が、俯瞰でバッチリと映っている。
動画にはおびだたしい数のコメントがついており、
『このギャルと幼女、なんていうの?』
『ギャルがソフィアちゃんで、幼女がコリスちゃんだって』
『コリスたんはボクのママ』
『ガイファイのタカシの技マネするなんて、オタギャルにオタ幼女だ!』
『すげー! こんな低レベルでトロール倒せんだ!』
『落としてるだけだろ』
『エアプ乙 このレベルだとノックバックさせるのにも相当テクがいる』
『チートじゃん、このレベルでダブルエンチャントしてるし』
『エンチャント切りも知らない雑魚乙』
『そもそもヴァーチでチートは無理だろ』
『エン切りってこんな一瞬の間にできるもんなんだな。それも何度も』
『よく見たら、ずらし詠唱も使ってね?』
『ホントだ! もしかして中の人ってプロ?』
『いや、ずらしとエン切り同時にやるなんて、プロでも無理だよ。もしできるとしたらリコリスくらいじゃね?』
『そんなことよりローアングルはよ』
『ここ、どこよ!?』
『解析班によると、ユークロースの温泉宿らしい』
『誰か凸』
『近所だから行きてぇんだけど、これ女湯のほうだから、入れねー!』
『♀だから凸してみる。コリスたんペロペロしたい』
巨大なビューをあんぐりと見上げていた一行の背後で、ひそひそ声がする。
「ねぇあれ、ソフィアちゃんじゃない?」
「あ、ホントだ! コリスちゃんもいる!」
「わぁ、動画よりちっちゃくてかわいい~!」
「一緒にスクショ撮ってもらおうよ!」
コリスは穴があったら入りたい気分でいっぱいだった。
しかしそんなことを考えている間にも、背後から黄色い声が迫ってくる。
少女は見えない重圧に背中を押されるように、仲間たちの手を引っぱった。
「み、みんな、逃げようっ!」
「いったいどうしたんですの? コリス?」
「いいから、早くっ!」
コリスのただならぬ気迫を察し、走り出す仲間たち。
ちょうど乗り合いの大型馬車が出発することころだったので、慌てて駆け込んだ。
乗り合いの馬車はリアルでいうところのバスのようなもの。
家のように大きな幌馬車を、何匹もの馬で牽引するという乗り物だ。
少女たちが乗り込んだ瞬間、馬車は走りだす。
コリスは助かった……とばかりにその場にへたりこんでしまった。
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