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追いすがるゴブリンたちを一気に引き離し、大浴場の中心にある湯船のまわりをスケートリンクのように回りはじめるソフィア。
その身体には、胸をエアバックにするようにして、子コアラのようにしがみついているコリスがいた。
「すっげぇーっ! コリスっちがいるとスピードがぜんぜん違う! 超はやいんですけどぉーっ!」
コリスの付与魔法のおかげでさらなる俊敏性を得たソフィアのスケーティングは、いつもの倍以上のスピードに達していた。
コリスは怖がっていて「も、もうちょっと、ゆっくりでも……」と声をかけているのだが、スピード狂と化したギャルの耳には届いていない。
追いかけてきていたゴブリンたちを引き離すどころか、周回遅れにするほどだった。
逆に背後を取られる形となったゴブリンたち。
目を剥いて驚く緑の小男めがけ、容赦なく追い打ちをかけるソフィア。
「いーやっほぉー!」
雄叫びとともに跳躍すると、
「まきまきせんぷぅ~きゃくっ!!」
フィギュアスケートの大回転ジャンプのように、グルグル回りながらの蹴りを放った。
「ギャッ!?」「ギャッ!?」「ギャアアーーッ!?」
巻き起る旋風に、軌道上にいたゴブリンたちは次々と弾き飛ばされていく。
ソフィアはシュタッ、と10点満点の着地を決めて大興奮。
「やばいやばいやばい、マジやばいんですけどぉ!? ガチで『巻々旋風脚』ができるだなんて、ホントやばぁーいっ!! ヴァーチ最高~っ!」
くぅ~っ! と歓喜に震えている。
「あの……ソフィアちゃん、まきまきせんぷうきゃくって、なに?」
「えっ!? 知らないの、コリスっち!? 『ガイトーファイター』のホームレス格闘家、タカシの必殺技に決まってんじゃん! タカシの『俺より強い奴にアイニーチュー』って決め台詞、知らない?」
「その台詞は知らないけど、タカシさんが使う技なんだ……カッコいいね!」
「でしょでしょ!? タカシの必殺技は他にも『ハロー拳』と『竜龍拳』があんだよ! どれもリアルで練習してんだけど、ぜんっぜんできねぇー! ってカンジでさぁ! でもまさかヴァーチでできるだなんて思わなかった! 超うれしー! あっ、でもそれなら『ファイヤー巻々』もできるかな?」
将来の夢を語る子供のように、目を輝かせるソフィア。
「ファイヤーまきまきって?」
そして母親のようなやさしい笑顔で、聞き入るコリス。
「『巻々旋風脚』はボタン同時押しでウルルンゲージを消費して出すと、炎がついた『ファイヤー巻々』になんの! 最大で3ヒットするうえに、そのあと『ファイヤー竜龍』も繋がんだよ!」
「そーなんだー! なんだかすっごく強そう!」
コリスは一緒になって盛り上がっている。
ゲームの技を現実でもやろうとしている仲間を、彼女は決して馬鹿にしたりはしない。
むしろどうやればその夢が実現できるのか、一生懸命になって考えていた。
コリスの答えはすぐに出る。
自信に満ちた笑顔で、ソフィアに頷き返した。
「そのファイヤーまきまき……うん、きっとできるよ! やってみようよ!」
「そ、そっかな……? でもコリスっちにそう言われると、なんかマジできそうな気がしてきた……!」
自分よりずっと年下のような、幼い少女……しかしその笑顔のパワーは無限大。
ソフィアの身体に、あふれんばかりの勇気が注入されていく。
「……よぉーし、いっくぞぉー!」「うん! いこー!」
少女たちの滑りはニトロを受けたかのように爆発的に加速。
草食動物の群れに襲いかかるライオンさながらに、猛然とゴブリンたちを追いあげた。
そしてジャンプ一番、ふたりの少女がハモる。
「「ふぁいやぁぁぁぁぁ……!」」
最頂点に到達した瞬間、ソフィアの右ヒザから下が炎に包まれる。
炎をまとい、さらに妖艶さを増す脚線美。
ファイヤーダンスの棒のように、勢いを持って高速回転をはじめる。
「「まきまきせんぷぅーーーーきゃくっ!!」」
……ゴォォォォォーーーッ!!
火炎放射のような音が、露天風呂じゅうを震わせた。
少女たちの蹴りは、もはや弾き飛ばすなどという生やさしいものではない。
まるで地獄の火車のように、次々とゴブリンたちを巻き込み、霧へと変えていく。
その光景に、仲間たちは石鹸を投げるのも忘れ……ただただ見とれていた。
「蛇魔たちを一気に焼き尽くしております……! まさしく浄化しているかのようです……! す……すごい……すごいです、ソフィアさん、コリスさん……!」
「う……美しい……なんと危険で、美しい技なのでしょう……! あれこそがあたくしが、ヴァーチに求めていたもの……! でも、あの技を出しているのはあたくしではない……! 悔しい……! 悔しいですわ……!」
「アレは、ファイヤー巻々……。ソフィアが足をガソリンに浸してまでやろうとしていた夢の技……それを実現するとは……コリス……恐ろしい子……」
そう……!
コリスはふたつの付与魔法をソフィアに与えていた。
ひとつは俊敏性をアップさせる『アジリティ』。
もうひとつは物理攻撃や魔法攻撃に炎の力を与え、パワーアップさせる『エンチャント・ファイア』。
しかし低レベルの『付与術師』はいちどにひとつの付与魔法しか行使できない。
コリスももちろんそうなのだが、彼女は付与魔法を瞬時に、そしてタイミングよく切り替えることにより、ふたつの付与魔法を擬似的に仲間に与えていたのだ……!
難なくやってのけているように見えるが、被術者の動きを熟知していないとできない高度なテクニック。
長年連れ添った老夫婦のように、心まで通じ合っていないと不可能な技……!
これにより、ソフィアは著しい機動性のほかに、高い攻撃能力をも有することとなる。
モンスターたちに蹂躙されつつあった露天風呂は一転、もはやふたりの少女の狩場と化していた。
何十という数がいたはずのゴブリンたちはもはや烏合の衆。
『ファイヤー巻々旋風脚』の前に、花火のように華々しく散っていった。
ゴブリンたちは戦意を喪失し、トロールの背後に隠れてしまう。
いままでは仏像のように動かなかったトロールが、ここでようやく戦いのリングに足を踏み入れた。
……ドスン!
地響きがおこり、温泉がちゃぷんと波打つ。
「へへへ……ようやくデブが出てきた……! こっからがガチの『ガイトーファイター』だよね……!」
ソフィアは不敵な笑みでボスを見上げたあと、
「よぉし、コリスっち、アイツもウチらでヤッちゃおう!」
胸元にいるコリスに視線を落とした。
勢いあまってふたりの小鼻が、こっつんこ、とぶつかってしまう。
しかしコリスは真剣な表情を崩さず、ソフィアをまじまじと見つめている。
ゴブリンたちには楽勝だった。
でも今のレベルではあのトロールには勝てないことを、少女は知っていた。
しかし、ソフィアの提案には反対するつもりはなかった。
なぜならば、今のソフィアのやる気に満ちた瞳に、勝機を見出したからだ。
仲間の闘志は無駄にはしない。
むしろ最大限に引き出し、困難を乗り越えていく。
それこそが『付与術師』の役目であると……自分を、そして仲間を信じていたのだ……!
コリスはポニーテールをピンと立てたまま、大きく頷き返す。
「……うん、やろう……! でも、わたしたちよりずっとずっと強いモンスターさんだから、普通に戦っても倒すのは難しいと思う。だから、落とそう……! トロールさんをよろめかせるんだ。お腹は攻撃を吸収しちゃうから、顔を狙って!」
「オッケー!」
返事とともに床を蹴り、滑り出すソフィア。
地響きとともに、ゆっくりと歩いてくるトロールに立ち向かう。
その後ろ姿を、息をするのも忘れて見守る仲間たち。
ある者は握りこぶしを固め、ある者は手を合わせ、ある者は石鹸の匂いの嗅ぎ比べをしながら……!
迎え撃つトロールは、片足を後ろへと振り上げていた。
サッカーボールのように、蹴り飛ばしてやろうというのだ。
……グォンッ!
丸太のような蹴りが、少女たちを真正面に捉える。
「……飛んでっ!」「オッケーっ!」
コリスの合図とともに、ソフィアはカエルのように飛び上がった。
そして、振り切ったばかりのトロールの蹴り足に着地すると、それを踏み出しにしてさらなる高みを目指す。
「「「……と、翔んだっ!?!?」」」
見ていた皆が、そう思い、そう口に出していた。
あのトロールまでもが、不意を突かれたように唖然としていた。
そう、あの蹴りは誘いだったのだ。
少女たちは蹴りを避け、軸足のほうを狙ってくるだろうとトロールは読んでいたのだ。
軸足の陰には、ゴブリンたちが待ち構えているとも知らず……!
コリスはその手を読み、トロールの攻撃を逆に利用した。
蹴り上げた足を踏み台にして、トロールの弱点である顔面……いわば本丸を一気に狙ったのだ……!
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