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 うじゃうじゃと群れをなしたゴブリン。

 ユリとソフィアを頭上に担ぎ、露天風呂のヘリに向かって歩いていた。


 リズムよくギャアギャアと叫ぶ、緑色の肌をした小男たち。

 それはワッショイワッショイと女神を祀る、異国の神輿さながらであった。



「こ……この無礼者っ! あなたたちのようなモンスターに担ぎ上げられる覚えはありませんわっ!」



「わあっ!? 降ろせ! 降ろせってば! このーっ!」



 もがくふたりの女神に、ふたりの天使が立ち上がる。

 コリスとミコだ。



「大変っ! このままじゃ落とされちゃうよ! 助けに行かなきゃ!」「承知しました!」


 天使たちはふたたび大浴場へと踊り込んでいくが、先ほどのリプレイのように転倒、大理石の床に盛大に尻もちをついていた。


 その様子を「面白い」と評するヤマミ。



「み、見てないで、ヤマミちゃんも手伝ってよぉ!」



「はい」



 コリスの抗議に対し、ヤマミはおもむろに手を差し出す。

 その手には、石鹸が乗っていた。


 「……石鹸?」「石鹸ですか?」というハテナマークでいっぱいの天使たちに対し、ヤマミは片膝をついてしゃがみこんだかと思うと、



「……こう使う」



 カーリングのようなポーズで、手にした石鹸を大浴場の床に滑らせていた。

 石鹸は音もなく、ゴブリンの群れの足元に向かっていく。


 群れの外側にいたゴブリンがちょうど石鹸を踏みつけてしまい、キレイな円を描きながら転倒。

 受け身を取るヒマもなく、後頭部をモロに大理石に打ち付けていた。


 白目を剥いて動かなくなるゴブリン。


 ……それは、天使たちにとっては思いもよらぬ攻撃方法だった。



「せ、石鹸でゴブリンさんを倒しちゃうだなんて……!」



「すごいです、ヤマミさん!」



 ふたりの天使は賞賛の眼差しを送る。

 ヤマミは感情を失った堕天使のように表情に乏しい少女だったが、この時ばかりは満更でもなさそうな表情を浮かべていた。



「ソフィアのM字開脚が見たくて、風呂場に石鹸のトラップを仕掛けたことがある。それを思い出した」



 「えむじかいきゃく?」とオウム返しにする天使たち。



「解説しよう、M字開脚とは……」



 しかしヤマミの言葉は、目の前にどっさりとわりこんできた石鹸の山によって遮られてしまう。



「さあっ! この宿にあるありったけの石鹸をお持ちしました! これで、お嬢様たちを助けてあげてくださいっ!」



「は、はいっ!」「承知いたしました!」



 会話を中断し、石鹸をする天使たち。

 「いいところだったのに……」と堕天使は人知れず唇を噛んでいた。


 コリス、ミコ、ヤマミは横一列に並び、次々と石鹸シュートをはじめる。


 水しぶきをあげ、シュバババと滑っていく石鹸。

 カコォーン! とゴブリンが頭を打ち付ける音が続く。



「人がゴミのよう。ゴブリンはボーリングのピンのよう」



「わたし、ボーリングってやったことないんだけど、こんな感じなんだ?」



防風林(ぼうふうりん)なら存じております。あの蛇魔(じゃま)たちが林であるならば、わたくしたちの石鹸は大嵐というわけですね」



 ミコはまたしても誤解していたが、表現としては実にピッタリであった。


 そよ風のように忍び寄った石鹸が、嵐のような威力を持ってゴブリンたちをなぎ倒していく……!

 それが断続的に続く様はまさに、台風の前に風前の灯となった防風林……!


 次々と神輿から脱落していくゴブリンたち。

 とうとう女神たちを支えきれるほどの担ぎ手がいなくなり、残った者は女神の尻の下敷きになってしまった。


 それは、大浴場のフチの間近……あと数歩というところで屋上から投げすてられてしまう、ギリギリの決着であった。



「や……やったぁーっ!」「や、やりました!」



 コリスとミコは、歓声をあげながらヤマミを抱きしめる。

 しかし、その喜びも束の間であった。


 ……ずべん!


 グローブのような大きな手が、露天風呂のフチに現れる。

 その手に相応しいほどの図体が、ぬぅ、と伸び上がってきた。



「あ……あれは……トロールさんっ!?」



 『トロール』……鏡餅のような身体に豚顔を乗せたような、不摂生の塊のようなモンスター。

 先ほどまで戦っていたゴブリンは子供サイズだったが、今度は大人……しかもプロレスラーのような巨大サイズ……!



「に、逃げて! ユリちゃん、ソフィアちゃんっ!」



 コリスは仲間たちに向かって叫ぶ。

 しかし仲間たちはコリスのいる脱衣所に滑ってくることはなく、背を向けたまま震えていた。


 トロールの迫力に縮み上がっているのかとコリスは思ったが、そうではなかった。



「そう……! これ、これですわ! この大きさ、この醜さこそがモンスターですわ! 美しく気高き騎士が、かようなモンスターを華麗に倒す……! これこそが、あたくしが『ヴァーチ』に求めていたもの……!」



「デブってことは、投げキャラっしょ!? 悪役面してっから、だいたいいつもデモ画面でボコられてるタイプのヤツだ! なら主人公タイプのウチには楽勝っしょ! 7:3……いや、8:2くらいで!」



 震えの正体は……求めていたライバルに出会ったかのような、熱き喜びだった。


 それなのに、逃げ出すなんてもってのほか。

 お嬢様とギャルはそれぞれの思いを胸に、威勢よくトロールに立ち向かっていく。


 しかし、ぺんっ! とトロールから軽くはたき返されただけで、



「「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!?!?」」



 ふたりは悲鳴とともに脱衣所に吹っ飛ばされ……いや、滑り戻されてしまう。


 お嬢様はミコとヤマミのふたりにぶつかってしまい、揃って倒れていた。


 コリスはちょうど目の前に滑ってきたギャルを受け止めようとしたのだが、



「そ……ソフィアちゃ……むっぎゅーっ!?」



 体格差がありすぎて、身体ごとかっさらわれてしまった。

 ギャルの大きな胸に顔を埋め、コアラのようにしがみつくコリス。


 ソフィアはエッジを効かせるように横滑りし、体勢をたてなおすと、



「……いくよっ! コリスっち!」



 再び猛然としたスケーティングでトロールに向かっていく。


 しかし敵は微動だにしない。

 大浴場の奥で突っ立ったまま、ボス気取りでニヤニヤと笑っている。


 その背後からは、新手のゴブリンたちがわらわらと沸いてきていた。



「わあああっ!? こ、怖い怖い怖い! 怖いよっ、ソフィアちゃんっ!」



 コリスはいきなり絶叫マシンに乗せられたかのように、必死になってわがままボディにしがみついている。

 むにゅーとソフィアの谷間に顔を埋めたまま、上目遣いで見上げていた。


 その仕草があまりにキュートだったので、まるで自分に赤ちゃんができたみたいにキューンとなるソフィア。



「……大丈夫っ! ウチがリードしてあげっから、しっかりつかまってて!」



「えっ、リードって……ひゃああっ!?」



 ぐるんっ! とソフィアの身体が一回転する。

 太ももを高くあげると、風を受けたバスタオルの裾がぶわっと広がった。



「とりゃーーーっ!!」



 勢いを利用した回し蹴りが、向かってきていたゴブリンたちをまとめて薙ぎ払う。


 ふと、胸元から鋭い声が突き上げてきた。



「……ソフィアちゃん! ゴブリンさんたちは固まってるし、そばにはトロールさんもいるから、このまま突っ込んじゃだめ! いったん離れて、ゴブリンさんたちだけを引き寄せて、バラバラにしてから倒そうっ!」



 声に驚いたソフィアが視線を落とすと……そこには、別人のようにキリッとしたコリスが。


 少し前までは赤ちゃんだった我が娘が、こんなにしっかりするだなんて……! とソフィアは熱いものがこみあげてくるのを感じていた。


 これは、ただ感情から来たものではない。

 コリスが『付与術師(エンチャンター)』の能力のひとつ、『アジリティ』の魔法をかけていたからだ。


 仲間ひとりの敏捷性を、大きく上昇させるBuff(バフ)……!


 ソフィアは百万の味方を得たかのように、大きく頷き返す。



「……うんっ! じゃあ、ひっかきまわし作戦だ! コリスっち、とばすよぉーっ!!」



 群れを蹴散らすのをやめて方向転換、Uターンしながら大理石の床を蹴るソフィア。


 そのスキを狙ってゴブリンたちは捕まえようとしてきたが、並外れた敏捷性を得た少女にとっては脅威ではなかった。

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