02
『ヴァーチ』にログインしたコリスとユリ。
スタート地点の村である、ヨーロッパの片田舎のようなのどかな場所で、降り注ぐ朝日を浴びていた。
「ひ……ひどいよユリちゃん! わたしを騙したんだね!?」
夏服のブレザーではなく、童話の主人公みたいな赤いポンチョをまとうコリス。
彼女は制服でないともはや小学生にしか見えないのだが、スネるようなかわいい怒り方だったのでより幼さを加速させていた。
しかしそんなことにも気づかず、当人はポニーテールを犬のしっぽのように振り回しながら抗議を続ける。
革鎧を身につけているユリは、すべてを受け流すようにツインテールをかきあげていた。
「騙したとは人聞きが悪いわですわね。いったいなにをそんなに怒っていますの?」
「だ……だって、わたしは『ヴァーチ』はやりたくないって言ったのに、無理矢理ログインさせて……! それにユリちゃん、ヴァーチのことは何もわからないみたいで、教えてほしそうなフリをしていたのに……キャラメイクまで終わってるじゃない!」
「コリス、あなたはなにか勘違いしているようですわね。あたくしは試したのですわ。コリスに本当に『VRMMO』と『ヴァーチ』の知識……そして情熱があるのかというのを……」
「……わたしを、試した……?」
コリスの問いに、ユリは深く頷く。
……『VRMMO』。
バーチャル・リアリティ・マッシブリー・マルチプレイヤー・オンラインの略。
仮想現実技術を利用したオンラインゲームのことだ。
『ヴァーチユニット』という装置を使って生体をデータ変換するため、ほぼ現実と変わらないプレイ体験が可能となる。
ゲーム自体は様々な種類があるのだが、『ヴァーチユニット』にプリインストールされている『ヴァーチ』が最も盛んに遊ばれている。
『ヴァーチ』は中世ファンタジーをモチーフにしたロールプレイングゲームで、特徴としては他の追従を許さないリアリティにある。
生体データをフル活用できるゲームシステムになっており、睡眠、食事、生殖行動までもが可能。
それは『第二の人生』とも呼ばれるほどにリアルと遜色なく……いや、リアル以上とも評され、生活の場を『ヴァーチ』に移してしまう者もいるほどだ。
「……最近はどこの高校も、『ヴァーチ』を教育に採用していますわ。業務のスキルとして企業からも求められているから、必修科目になるのも時間の問題ですわね。我が校もその時代の流れに追従して、『VRMMO部』設立することになりましたの」
「もしかして……その部活に、わたしを入れようと……?」
「その通り。やはりあたくしの目に狂いはありませんでしたわ。コリス、『VRMMO部』に入りなさい。あたくしと一緒に『ヴァーチ』をプレイするのですわ」
「で……でも、なぜわたしに? わたしは嫌だって言ってるのに……他の人を誘えばいいのに……」
「……それには、ふたつの理由がありますの。まずひとつめ」
ひたすら戸惑うコリスに、ユリはピッ、とひとさし指を立てた。
「まず、あたくしは『ヴァーチ』を部活動ではなく、授業科目にすることをお母様……理事長に望みましたの。でもそのためには部活動で功績を残すようにと、条件を出されてしまいましたわ。だからヴァーチユニットも、4台しか導入できなかったのだけれど……。この元手だけで功績を残すためには、精鋭を集めるべきだと考えたのですわ」
続けて中指が立ち、Vサインをするユリ。
「それと、コリス……あなたは『ヴァーチ』をプレイしたくてたまらないのでしょう。だから勧誘してさしあげたのですわ」
意外な理由が飛び出したので、コリスは大きな瞳をパチクリさせた。
「ゆ、ユリちゃん? わたし、ヴァーチはそんなに得意じゃないよ!? それに言ったじゃない、ヴァーチなんて、もう……!」
「うそおっしゃい!」
コリスの言葉はピシャリと遮られてしまう。
「あたくしが何も知らないと思って? コリス、あなたは東京の学校で、ヴァーチの成績がトップだったのでしょう? それに嫌だというのも嘘ですわね。ヴァーチユニットを見たときのあなたの眼差しは、恋に焦がれる乙女のソレでしたわ……!」
「そっ、そんなこと……!」
コリスはなんとか言い返そうとするが、Vサインで目突きをするようにビシッと指さされ、また遮られてしまった。
「『ヴァーチ』にログインしてから、さらに確信が持てましたわ……! コリス、あなたのそのポニーテールこそが、何よりの証拠ですわっ……!」
大きな黄色いリボンに結われたポニーテールが、主人に甘える犬のようにちぎれんばかりにパタパタと振れまくっていたのだ。
「アイテムウインドウを見て理解しましたわ。それは『レインボーリボン』の効果ですわね。持ち主の気持ちをリボンの色と結った髪の動きで表現する、マジックアイテム……! 正直におっしゃい、コリス! 本当はヴァーチをプレイしたくてたまらないのでしょう!?」
指をつきつけられたまま、ついに告発されてしまうコリス。
被告人の少女の瞳は、驚いたように見開いたまま瞬きを忘れていた。
「あの……お取り込み中のところ、申し訳ありません……」
緊張を溶かすように、横から声が割り込んでくる。
コリスとユリは、ハッと声の主を見た。
そこには、巫女装束の少女が立っていた。
足元まで伸びた長い黒髪を束ね、可憐で凛とした日本人形のような美少女。
ふたりともその少女には見覚えがあった。
そして奇しくも、同じ印象を抱いていた。
想像通り、学園の制服よりも和装がよく似合うなぁ……と。
あと、相変わらず胸がおっきいなぁ……と。
「あら、あなたは……クラスメイトの羽生美子さんですわね」
ユリから名前を呼ばれた途端、少女はホッとしたように顔をほころばせた。
「ああ、やっぱり、ユリさんだったのですね。道に迷って見知らぬ場所に来てしまったのですが、安心いたしました。たしかそちらは、転校生の……」
ミコの大人びた瞳で見つめられ、コリスは居住まいを正す。
「はっ、はい! 皆好コリスです! よろしくお願いします!」
ポニーテールを振り乱すような勢いで、ペコリッと頭を下げるコリス。
「あら、コリスさん。ご丁寧にどうも、ありがとうございます。初めまして、羽生美子と申します。学園近くの白ハブ神社で巫女をやっております」
淑やかに腰を折るミコ。
『私立百合学園』は全寮制なのだが、彼女だけは例外として近くの『白ハブ神社』から通ってきている。
巫女装束がこの上ないほどよく似合っているのだが、それはリアルでも着ているためらしい。
「いっ、いえ、こちらこそ!」
再びガバッと顔を伏せるコリス。
「あらあら、二度もご丁寧に、ありがとうございます」
水飲み鳥みたいに、交互に最敬礼を繰り返すコリスとミコ。
その間に、ユリが割って入った。
「ふたりとも、挨拶はそのへんになさい。ところでミコ、なぜあなたがここにいますの?」
すると、ほころんだはずのミコの表情がまた曇る。
「はい、あの……信じていただけないかもしれませんが……実はわたくしは学校から帰って、お家のお掃除をしていただけなのです。でも、お兄様のお部屋にある、棺桶のようなベッドを拭いておりましたところ、急にフタが閉まってしまいまして……」
コリスとユリは、顔を見合わせた。
……棺桶のようなベッドって、もしかしてヴァーチユニットのこと?
と目で語りあっている。
「真っ暗な中で閉じ込められてしまって、心細い思いをしていたのですが……中に生あたたかい液体が急にあふれてきまして、それが葛湯のような触り心地で……しかも息ができないほどに棺桶じゅうに満たされても、苦しくなかったのです……!」
生あたたかい液体って……ヴァーチユニットでログインするときに出てくる、ヨクトゼリーのこと?
「そして気がついたら、なにもない夜空のような大地におりまして……ウサギの扮装をされた方がお見えになりましたので、お話をしておりましたら……今度はこちらに来ていたのです。……あの、信じられないかもしれませんが、本当なんです……!」
真摯な表情で、訴えかけるようなミコ。
夜空のような大地というのはキャラメイクするための場所で、ウサギの扮装というのはナビゲーターである『メイクくん』のことだろうな、とコリスとユリは確信していた。
ミコは話しているうちになにかに気づいたのか、「あっ!」と声をあげる。
まるで隠された真実についにたどり着いてしまったかのように、美しい顔が迫真に迫っていた。
「あっ……あのっ……! ユリさん、コリスさん……! わたくし、気がついてしまったのですが……!」
ミコの白い顔が、青みがかるほどに血の気を失っていたので、コリスとミコは思わず身構えてしまう。
「おふたりが、この世のものとは思えない珍妙な扮装をされているということは……もしかして……。わたくしは棺桶の中で溺れてしまって、死後の世界に来てしまった……ということなのでしょうか……?」
『この世のものとは思えない珍妙な扮装』呼ばわりされたふたりの少女は、がっくりとうなだれてしまった。
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