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『フルールビレッジ』内での施設、『フクロウの林』で、一行はたっぷりと堪能した。
コリスはフクロウの頭をナデナデ、仲間たちは抱っこしたコリスをナデナデ。
ヤマミいわく「これがWinWinの関係」だった。
最後は記念撮影。
フクロウを腕に乗せてスクリーンショットが撮れるというサービスを受ける。
ひとり1回ということで、まずはコリスが腕にシロフクロウを乗せて撮影をした。
「シロフクロウさんって、ふわふわで、もこもこで……わた菓子みたい……!」
コリスは間近にいるシロフクロウに頬ずりしたくてたまらなかったが、撫でる以外はNGということだったのでぐっとこらえていた。
そのいたいけな気持を察したのどうかはわからないが、シロフクロウは自らすすんで頭をコリスの顔にこすりつける。
ぬいぐるみのような感触が頬に触れた瞬間……コリスの顔がパアァッと晴れ渡った。
「わぁぁ……! ありがとう、シロフクロウさん……! うふふ、かわいい……!」
まるで長い間連れ添ったペットと、飼い主の笑顔……最高の一枚ができあがった。
撮り終えたところで、次はユリと交代。
名残惜しそうにシロフクロウを渡してくるコリスに向かって、ユリは言った。
「コリスはそのままでいなさい。わたくしがコリスを抱っこいたしますわ」
シロフクロウを腕に乗せたままのコリスを、ひょいと抱っこするユリ。
「ど、どういうこと? ユリちゃん?」
「わたくしはフクロウには興味はありませんの。だから腕に乗せる権利を譲ってさしあげますわ」
しかしお店の人は「撮影サービスはひとり1回までなので……」と止めに入る。
ユリは毅然とした態度で言い放った。
「ですのでこうしてコリスを抱っこしているのです。腕にフクロウを乗せているコリスを抱っこすれば、わたくしがフクロウを腕に乗せているも同然でしょう」
あまりに堂々とした言い草だったので、結局コリスも店員も丸めこまれてしまった。
ツンとすました表情のユリと、またしても満面の笑顔で頬ずりしあうコリスとフクロウの記念撮影が行われる。
当然、仲間たちも後に続いた。
コリスの頬を、フクロウと挟み込むようにするユリ。
最愛の娘とペットを抱っこする母親のような、慈愛に満ちた笑顔を浮かべるミコ。
ドサクサにまぎれてコリスの首筋を甘噛みするヤマミ。
バリエーションに富んだ5枚のスクリーンショットは、『フクロウの林』内のコルクボードに貼り出された。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
『ユークロース』でも有名なスイーツショップ『ユークロース・ミルヒ』のチーズケーキを食べながら、街を散策する一行。
「この洋菓子、とってもおいしいのですが……きちんと火が通っていないようですね」
いつになく素っ頓狂なミコに、思わず吹き出す仲間たち。
「ぶっ!? ミコっち、違うって!」
「ミコちゃん、これはレアチーズケーキっていって、こういう食べ物なんだよ!」
「はぁ……霊界案内地図、ですか……?」
「そんなケーキ、食べたくありませんわ。チーズケーキなら、昨晩厄介になった家でも頂いたでしょう。それの生焼け版みたいなものですわ」
「ああ、やっぱり、生焼けだったのですね」
我が意を得たりとばかりに頷くミコ。
「……いや、間違えましたわ。生焼けというのは正しい表現ではありませんわね、ええっと……」
「ミコに伝わるように表現するのであれば、生焼けというより、タタキといったほうが正確」
ヤマミの一言がミコにとっては一番わかりやすかったようで、納得したように何度もこくこくと頷いた。
「ははぁ……洋菓子のタタキというわけですね……。理解いたしました、またひとつ、お利口さんになりました」
それ以上はうまい説明が思いつかなかったので、とりあえず『タタキ』ということで話はおさまった。
「しっかしさぁ、今日は『レディースデー』でツイてたよね! タダで飲み食いできるんだから!」
「そういえばあたくしたち、『ヴァーチ』にログインしてから1円もつかっておりませんわね」
「『ヴァーチ』のお金の単位は¥っていうんだよ」
「では1円も、ではなくて、1¥も、ですわね。さっき所持品の財布を覗いてみたのだけど、1万¥ほど入っておりましたわ」
「うん。それがゲーム開始時に与えられたお金だよ。価値としてはリアルの1万円と同じくらいだね。『ヴァーチ』のお金はオンラインゲームによくある前払式のゲームマネーと違って、仮想通貨だから……」
そこまで言って、言葉を区切るコリス。
ヤマミ以外の仲間たちが、頭にハテナマークをいっぱい浮かべていたからだ。
「と、とにかく……『ヴァーチ』のお金はリアルの日本円と同じ価値があるの」
「へーえ! じゃあこのレアチーズケーキもリアルと同じ値段なんだ!」
「材料の価格とか流通の手間が違うから、同じじゃない場合もあるね。むしろ最近は『ヴァーチ』にお客さんを誘致するために、リアルより安くしてあるところが多いんだよ。このユークロースのレディースデーも、リアルのレディースデーに比べてたくさんのものをタダにしてくれてるでしょ? これは多分、ユークロースに女性のお客さんをいっぱい集めたいからだと思うんだ」
『ヴァーチ』のこととなると饒舌に、そして目を輝かせて教えてくれるコリス。
イキイキしているコリスをもっと見たくて、仲間たちはさらに尋ねる。
「コリスの『リアルと同じ』という説明で思い出したのですけれど……わたくしたちが『ヴァーチ』にログインしてから、リアルではまだ1時間ちょっとしか経っておりませんのよね? でもわたくしたちはこうやって、チーズケーキやらソバやらコロッケやら、昨日の食事も含めて何食も食べている……ヴァーチで摂った栄養は、いったいどうなりますの?」
「あっ、ユリちゃん、いい質問だね!」
どこかのジャーナリストみたいなことを言いながら、コリスはピッとユリを指さす。
ポニーテールの先っちょまでもが、ユリの方を向いていた。
「まず『ヴァーチ』で食べたものは、ちゃんと栄養になるよ。だからヴァーチで食べてさえいれば、栄養失調になることもないんだ。何年かに一回しかログアウトしない人もいるくらいだしね」
「でも、ヴァーチの1日はリアルの1時間なのでしょう? ヴァーチで3食普通に食べていたら、リアルに戻ったときは食べ過ぎになるのではなくて?」
「それも大丈夫。ヴァーチユニット内にある『ヨクトゼリー』がリアルの身体を維持するために必要な栄養分だけを、身体に補給してくれるから」
「よくわかんないけど、それっていくら食べても太らないってこと!? すっげーいいじゃん!?」
「あくまで『ヴァーチ』で食べ過ぎなければ、ってだけだよ。『ヨクトゼリー』はあくまでリアルとのギャップを限りなく少なくしてくれる、ってだけだから」
「食欲、睡眠欲、そして性欲……人間の三大欲求を全て満たすことができる……それが『ヴァーチ』」
「ええっ!? 性欲も!? それってマジ!? コリスっち!?」
さっきまで流れるような授業をしていた純情なちびっこ先生は、急に保健体育の代理を頼まれたかのように仰天する。
「えええっ!? ヤマミちゃんが言ったのに、なんでわたしに聞くの!?」
「いや、なんとなーく、コリスっちの口から聞きたいなーと思って」
「それは確かにその通りですわね。コリス、教えなさい」
「はい。わたくしも、コリスさんから教えていただきたいです」
かたや確信的に、かたや天然に、コリスにずいと迫る仲間たち。
「ううっ……ゆ、ユリちゃんや、ミコちゃんまで……!」
別に言う義理はどこにもないのだが、仲間が知りたがっている以上、律儀なコリスは断れるはずもなかった。
耳を染めたままうつむき、しばらく「うにゅにゅにゅ……」と困窮したあと、
「う……うん……ヴァーチでは……あの……えっちなこと、して……その……赤ちゃんをつくることも……でき……るん……だ……ょ……」
コリスは蚊の鳴くような声で言った。
直後、オーバーヒートしたかのように、顔がみるみるうちに赤熱していく。
少女にとっては、一世一代の告白にも等しかった。
だが、仲間たちは非情だった。
「よく聞こえなかった。もう一度」
「うん、ぜんっぜん聞こえなかった! コリスっち、アンコール! アンコール!」
「スクショって動画にもできるんですのよね? 今度こそ聞き逃さないように撮り納めておくので、もう一度教えるのです、コリス」
ひとりポンと手を打ち合わせていたのは、パーティ随一の天然少女。
「ああ、理解いたしました。ばあちでは、赤ちゃ……むぐぐぐっ?」
しかし空気を読めとばかりに、よってたかって口を塞がれていた。
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