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 昼食をとったソバ屋の系列店で扱っている、『黒糖揚げ饅頭』を食べながら大通りを練歩くコリス一行。



「このおまんじゅう、あったかくて、カリカリしてて、おいしい~!」



 両手で持った饅頭を、食感を楽しむようにかじるコリスは、子リスさながらだった。



「だしょ? ここの饅頭、スナックみたいにサクサクしてんのがいいよね~!」



 ヤマミにかじられ半分だけになった饅頭を、ひょいと口に放りこむソフィア。



「揚げているわりにベタベタしないので、ゲームプレイ中にもオススメ」



 独り言のように言いながら、ひと口で半分かじるヤマミ。

 残った半分を「もーらい!」とソフィアに奪い返されていた。



「餡が上品な甘さなので、紅茶にも合うのですわ。特にダージリン」



 饅頭と一緒にもらった緑茶の紙コップを、ソーサーのように扱いながら優雅な食べ歩きを披露するユリ。


 ユークロースの街は全体で『レディースデー』を行っているので、この黒糖揚げ饅頭もサービス品。

 道ゆく多くの女性たちも、同じように舌鼓を打っている。


 その様子にカルチャーショックを受けていたのは、最後尾にいたミコであった。



「た……食べながら歩くのは、行儀の悪いことだと……わたくしは高祖母様より教えられてきました。しかしながら、ここではその行為が当たり前のように行われています……」



 手つかずの饅頭を握りしめたまま、異星にでもに迷い込んだかのようにあたりを見回すミコ。

 前を歩いていた仲間たちは立ち止まり、振り返る。



「たしかにお行儀は良くないかもしれないけど……歩きながら食べるのも、おいしいよ?」



「そうですわね。いまのこの状況では、歩きながら口にするほうが美味ですわね。ミコ、(たしな)んでごらんなさい。そうすれば、わたくしたちがなぜ食べ歩きをしているのかがわかりますわ」



「そーそー! ミコっち、そんなストロングなこと言いっこナシだって! 標語とかでもあんじゃん、『おけつに入ってはおけつに従え』って!」



「それを言うなら、『虎穴に入らずんば虎児を得ず』か『郷に入っては郷に従え』のいずれか。ソフィアは後者のことを言っていると思われる」



 ヤマミの一言に、ハッと目を見開くミコ。



「た、たしかに、高祖母様はこうもおっしゃっていました……! ご……『郷に入っては郷に従え』と……!」



 ふと、胸元でカサカサ音がする。


 コリスだ。

 小さな少女はミコが握りしめた包み紙から饅頭を取り出すと、



「……はい! ミコちゃん、あーんして!」



 背伸びをしながら口元に差し出してきたのだ。



「こ……コリスさん……」



 ミコは逡巡したが、やがて天の岩戸のように……ゆっくりと口を開いた。

 薄桃色の唇に、茶色い饅頭が触れる。


 ……さくっ!


 大通りの喧騒の中に、クリスピーな音が響きわたった。


 ……さく、さく、さく……。


 厳しく育てられた少女の口の中で、その音は続く。

 やがてその音が小さくなったかと思うと……こっくん、と白い喉が上下した。



「本当ですね……! おいしい……! とってもおいしいです……!」



 感動に打ち震えるようなミコに、「ねっ!」とニッコリ笑顔を向けるコリス。


 そのまま一緒に歩きだすふたりの少女。

 それはアツアツのカップルさながらであったが、身長差があるのでアツアツの母子にしか見えなかった。


 その様子を、ヨダレを垂らしながら羨む仲間たち。

 真っ先に正気に戻ったユリは、アゴを拭いながらこう思っていた。


 ……コリスは恥ずかしがり屋なんだか積極的なんだかよくわからないと思っておりましたけど……ようやくわかりましたわ……!


 コリスは他人のことになると、積極的になる……!

 きっと……そうに違いありませんわ……!



  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 一行は街の一角にある『フルールビレッジ』を訪れていた。

 ここはイギリスの村を再現した観光スポットで、まるで絵本の中に迷い込んだかのようなメルヘンチックな気分に浸れるのだ。


 もともと中世ヨーロッパをモチーフとしている『ヴァーチ』とは非常に相性が良く、リアルにある『フルールビレッジ』よりも完成度が高かった。


 ユリとソフィアとヤマミはリアルで何度か来たことがあるのでそれほどでもなかったが、コリスとユリは大喜び。



「うわあーっ! すっごーい! かわいいーっ!」



「異国なのに古風な感じがして……とっても趣があって良い所ですね」



 ふたりして手をとりあい、あっちこっちを見て回っている。


 そして『フクロウの林』を見かけた途端、



「フクロウさんがいるの!? 入りたい、入りたい、入りたーいっ!」



 コリスは駄々っ子のように仲間たちの手を引っ張り、一も二もなく入場した。

 仲間たちはフクロウにはあまり興味がなかったのだが、レディースデーで入場無料だったので一緒についていくことにする。


 『フクロウの林』というのはフルールビレッジ内にある、フクロウと触れ合える動物園のこと。

 そんな場所に来て、動物大好き少女のテンションが上がらないわけがない。



「ふにゃっ!? ふにゃっふにゃっ!? ふにゃあああーーーーーーーっ!!」



 檻ごしではなく、すぐ間近にある木に止まっているフクロウたちに大興奮。

 コリスはウニャウニャ鳴きながら、まんまるお目々で木々を見上げていた。


 それは、空から鰹節が降ってきた猫さながら。



「フクロウさん! フクロウさん! フクロウさんっ! あっちもこっちもフクロウさん! わぁーい! フクロウさぁーん!!」



 ぴょんぴょん飛び跳ねながらちぎれんばかりに両手を振り回し、フクロウたちに挨拶しまくるコリス。


 あまりのはしゃぎように、店の人から「フクロウがびっくりするので、静かにしてくださいね」と注意されてしまうほどだった。


 「ご、ごめんなさい……」と我に返り、コリスはシオシオと小さくなる。

 仲間たちは「やれやれ」と苦笑いしていた。



「あらら、ただでさえちっこいコリスっちが、ますますちっこくなっちった」



「それ以上ちいさくなると、フクロウに捕食される恐れがある」



「なんにせよ、フクロウなど別段珍しいものでもないでしょう」



「そうですね。うちのお宮にあるご神木にも、夜になるとたくさん止まっております」



「……そうなの? わたし、フクロウさん見るの初めてで……」



「それであんなに大はしゃぎしていたんですのね」



「う、うん……動物さんに会うと、つい嬉しくなっちゃって……」



「いかがでしたか? 初めてご覧になった感想は?」



「えっと……想像してたとおり、ふわふわもこもこしてて、かわいい……思わず抱きしめたくなっちゃった」



「いちど抱きしめたことがあるが、触り心地は良いものの、あまりあたたかくはなかった。コリスのほうが触り心地もよく、よりあたたかい」



「ええっ、ヤマミちゃん、フクロウさん抱っこしたことあるの? いいなぁ……」



「あっはっはっはっ、思い出した! ガキんちょの頃、ここのフクロウをムリヤリ抱っこしたんだよね! その後メチャクチャ叱られて……なんでかウチまで一緒に!」



「抱っこは無理でしょうけど、ここのフクロウは撫でることならできるはずですわ」



「えっ、ホントに!? 撫でたい撫でたい!」



 コリスは施設内をめぐり、低い所に止まっているお触りOKのフクロウたちを撫でまくる。

 注意書きにならい、手の甲で、そっとやさしく。


 自分では手の届かないところは、仲間に抱っこしてもらって。


 その途中、コリスは気づいた。

 自分の身体を抱え上げてくれている仲間が、フクロウではなくなぜか自分の頭をナデナデしていることに。



「……あの、みんなはフクロウさん、撫でないの?」



「ここには何度か来たことがありますから、別によいのですわ」



「もう一生分撫でた」



「それよかコリスっちを撫でてるほうがいいよねー」



「はい。嬉しそうなコリスさんを抱っこしておりますと、つい撫でてさしあげたくなってしまいます」



「そ、そうなんだ……」



 コリスは皆の嗜好がよくわからなかったが、「みんながいいならいっか」と気にしないことにした。

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