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 コロッケ1個だけではちょっと物足りなかったので、本格的に昼食と取ろうとコリスたちはユークロースの街中、湖を望むソバ屋に来ていた。


 いまはレディースデーなので、一杯目のソバはタダだった。

 ヤマミは『かけソバ』を、他は全員『せいろソバ』を注文する。



「足湯に浸かりながらおソバ食べるのって、はじめてー!」



 コリスはヒノキづくりの椅子に腰掛け、足を子供のようにパタパタさせてはしゃいでいた。

 さっそくヤマミがチョッカイをかける。



「コリスは足が届いていないから、浸かれていない」



「うう……すぐに大きくなるもん!」



「ソバをいっぱい食べたら、大きくなれんじゃね?」



 ソフィアはそう言うと、ハシで持ち上げた大量のソバをどぷんとタレに浸し、ずぞぞぞぞっと一気にすすりあげていた。


 椅子に片ヒザを立てて食べるその様は、実に豪快。

 バスタオルがめくれて太ももが丸出しになっているが、本人は気にする様子もない。



「そうなのかなぁ? だったらいっぱい食べる!」



 大人のマネをする子供のように、コリスはハシでソバをいっぱい持ち上げようとする。

 しかし途中でボトボト落としてしまい、わずかにハシに残ったソバをタレに泳がせ、ちゅるんとすすっていた。



「ここのおソバ、とっても美味しいです。わたくしもたまに打つのですが、こんなに上手にはできません」



 音もたてず、するするとたぐりあげるようにして口の中に収めるミコ。

 こくんと白い喉を上下させ、その喉越しにひと口ごとに感心していた。


 ソフィアとは対照的に脚をぴったりと閉じ、お行儀よく食べている。

 その様はまるでマナーの教材ビデオのようで、一分のスキもない。



「えっ、ミコちゃんっておソバ作れるの!? すごーい!」



「はい。年末などはお参りに来た方に、年越しのおソバを振る舞っております」



 それを聞いたコリスは「大晦日は絶対ミコちゃんの神社にお参りに行こう……!」と密かに決意する。



「洋風の建物の中で食べるソバというのも、よいものですわね。見慣れた『金鱗湖』もイタリアの湖のようですわ」



 湖に向かって優雅に足を組み、フォークで巻いたソバを口に運ぶユリ。

 まるで冷製パスタのように味わっている。


 いつもはハシでソバを食べる彼女なのだが、なんとなく雰囲気に浸りたくて外国人観光客用に置いてあったフォークを使っているのだ。



「この『金鱗湖』は、ヴァーチでは『ゴールデン・スケイル・レイク』っていうみたいだね」



「へー! 超カッコイイ! なんか『ハンハン』のレア装備みたいじゃん!」



 ソフィアはわんぱく坊主のように、拳で口を拭っていた。

 ふと、その手に皆の視線が集中する。



「ソフィア……あなた、なぜグローブをしておりますの?」



 ユリが指摘すると、ソフィアは指切りグローブをはめた両手を悪びれる様子もなくヒラヒラさせた。


「ああ、これ? ウチってばリアルでもグローブしてるっしょ? だからさ、着けてないと落ち着かないんだよね。あ、風呂入る時と寝る時だけは外すよ?」



 すかさずヤマミから「今は入浴中」と突っ込まれるが「足湯はノーカウントだって!」と切り替えしていた。



「ソフィアちゃんって、武闘家だからグローブしてると思ったんだけど……リアルでもしてるんだ……。でも、どうして?」



「そりゃいつでもケンカするからに決まってんじゃん! それにほら、カッコいいっしょ?」



「け、ケンカって……」



「ソフィアのいう『ケンカ』は対戦格闘ゲームのこと」



「なんだ、びっくりしたぁ……。あ、でも、ずっとしてるってことは……」



 コリスは席を立ち、テーブルごしにソフィアの手を取る。

 しばらくグローブを眺めたあと、



「やっぱり……これがソフィアちゃんの『持って生まれた物』なんだね!」



「『持って生まれた物』? なにそれ?」



「ヴァーチにログインするときにリアルの愛用品を持ち込むと、それがゲーム内のアイテムになることがあるんだよ」



「へぇー! そっか! なんかすごいじゃん! 特別な効果とかあんの?」



「特殊効果はアイテムウインドウに書いてあるよ。えっと……『このグローブをして指切りによる約束を成立させた場合、約束を破った者はペナルティを課せられる』……」



「それって、どういうこと?」



「えっとね、『指切りげんまん』ってあるでしょ? 『ウソついたら針千本飲ます』ってやつ。そのグローブをはめて指切りげんまんした場合、約束をやぶると針千本飲んだのと同じくらいのダメージを受けちゃうの」



「ええっ!? それって超スゴくね!?」



「うん。相手の同意が必要だけど、かなり強力なマジックアイテムだね」



「……ソフィアの指切り好きは異常。毎晩寝る前にやらされる」



「そういえば、昨晩わたくしたちもやらされましたわね」



「はい。あの時のソフィアさん、とっても楽しそうでした」



「みんなと指切りしたんだ。ソフィアちゃん、どんな約束をしたの?」



 コリスは何の気なしに尋ねたのだが、当のソフィアはなぜか気まずそうに顔を上気させていた。

 何事にも歯切れのいい彼女にしては珍しく、桜色の頬でしばらく迷うように視線をさまよわせたあと、



「う……ウチってばさぁ……ガキんちょの頃からずっと寝る前に指切りしてたんだよね。相手はママなんだけど……『明日もソフィアと仲良くしないと針千本のーます』って。それがさ、なんかクセになっちゃってて……今も寝る前に誰かと指切りしないと寝付きが悪いんだよね。いまはママがいないから……だいたいヤマミとやってんだけどね」



 ソフィは実に言いにくそうに、後頭部をボリボリ掻きながら白状する。

 いつもならここで「いー迷惑」と合いの手を入れるはずのヤマミは、何も言わなかった。



「……はい!」



 立ち上がったままのコリスは、小枝のように細い小指をソフィアに向ける。



「おやすみ前じゃないけど……わたしも、ソフィアちゃんと指切りしたいな」



 健気なその一言に、ソフィアの照れ顔はあっという間に消え去った。

 南国の太陽のような、実に彼女らしいまばゆい笑顔が戻ってくる。



「……よ、よぉーし! やろっか! やろうやろう!」



 グッ、と握手のように力強く、コリスと小指を絡め合わせるソフィア。

 見つめ合いながら、「せぇーの」と合図をとった瞬間、



「ちょっと待った」



 と横から小指がにゅっと突き出された。


 「抜け駆けはよくない」と立てたコリスの小指にさらに小指を追加するヤマミ。

 それを見た他の仲間たちも続く。



「就寝前の指切りも悪くありませんけど、食後の指切りというものいいですわね。あたくしもお呼ばれさせていただきますわ」



「わたくしも、またお約束させてください」



 次々と指を絡めあわせてくるユリとミコ。


 そしてソバ屋の店内に、ふたりの少女……いや、五人の少女たちの歌声がこだました。



「「「「「ゆーびきりげんまん、みんなで仲良くしないと針千本のーますっ!!」」」」」



 まわりの客や店員たちが、何事かと少女たちのテーブルに注目する。


 しかし少女たちはおかまいなしに指切りをしたあと、お互いの手をギュッと握りしめ……そしてどっと笑った。

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