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15 ユークロース

 次の日、フィールドアローの村じゅうの人々から見送られ、コリスたちは旅立った。



「こんな馬車で、モンスターに襲われたりはしませんの?」



 荷馬車の後部座席で揺れながら、ユリはコリスに向かって言う。


 大海原のような草原に波跡のように走る、ゆるやかな下り坂。

 その上をゆっくりと進む幌馬車は帆船のようで、実にのどかであったが……道はずれの茂みにはモンスターたちが息を潜め、目を光らせているのが見えた。



「このあたりのモンスターさんだと、道を外れなければ襲いかかってこないから大丈夫だよ。強いモンスターさんがたくさんいる地域だと油断できないんだけどね」



「いまは、どちらに向かっているのですか?」



 荷台の上でも正座しているミコが尋ねた。



「チュートリアルの続きだよ。『ヴァーチ』のチュートリアルはちょっと長くて、魔導列車に乗るためのパスを手に入れるまでなんだ」



「まどーれっしゃ?」



 ソフィアは荷台のフチに腰掛け、ウェーブのかかった毛先を弄んでいた。



「リアルでいう電車のことだね。『ヴァーチ』では電車に乗るために、クエストをクリアする必要があるの。『ヴァーチ』は広いから、遠くへの移動は魔導列車でするんだよ」



「東京に行くにも、魔導列車が必要」



 藁に埋もれて顔だけ出しているヤマミが、コリスの言葉を補足する。



「東京? みんなは『イースト・ヘブン』に行きたいの?」



 コリスは仲間たちを見回す。

 頷き返したのはユリだった。



「『イースト・ヘブン』というのはヴァーチでの東京の呼び名ですわよね。昨晩、コリスが入浴中に話し合って決めたのですわ。『VRMMO部』の当面の目的地を、『イースト・ヘブン』にすると」



「そうなんだ。じゃあなおさら魔導列車のパスが必要だね」



 他人事のようなコリス。

 パスを手に入れたらパーティから離れるつもりでいるからおかしな反応ではないのだが、リーダーであるユリは離脱を許すつもりは毛頭なかった。


 なんとしても、コリスと一緒に東京……『イースト・ヘブン』に行くのですわ……!

 たとえ幼児略取の(そし)りを受けようとも……!


 と密かに決意を新たにしていた。

 だがその熱い気持ちはおくびにも出さず、コリスに尋ねる。



「それで……そのパスとやらは、どこで手に入りますの?」



 黒い野望を向けられているとも知らず、コリスはニコッと無邪気な微笑みを返す。

 仲間たちが『ヴァーチ』をやる気になってくれているのが、嬉しくてたまらないのだ。



「うん! 各国……『ヴァーチ』では県じゃなくて国っていう分け方をされてるんだけど、この国、『ジャイアント・デヴァイド』の王様がいる場所に行って、王様から与えられたクエストをクリアすればいいんだよ!」



「王様!? 王様ってあの『2番が4番に頬ずり~!』とかってヤツ!?」



 驚くソフィアに、ピクンと反応するヤマミ。

 藁山から這い出たかと思うと、四つ足でコリスの元へと向かい、頬ずりをはじめた。



「ど、どうしたの、ヤマミちゃん?」



「2番が4番に頬ずりしている」



「ええっ!? ウチってば王様だったの!? しまったぁー! もっとすんごい命令しとけばよかったぁー!」



「王様の命令は一回限り……それが『王様ゲーム』の掟ですわ。では次の王様を決めるといたしましょう」



「王様……げえむ? クジラの夢のことでしょうか?」



「クジラさんの夢だったら、わたしたまに見るよ! 一緒に遊んで、潮吹きの上に乗せてもらうの!」



「『王様ゲーム』……クジ引きで王様を決定し、その王様の命令に従うという遊び。王様の命令は絶対。先ほどはソフィアが王様だった」



「あの……ヤマミちゃん、ソフィアちゃん……そんなゲーム、やってたの?」



「細かいこたぁいーじゃんコリスっち! ノリで決まったってことで! ヤマミ、とりまクジを作って……」



「もうできている」



 藁で作ったクジの束を、サッとソフィアに差し出すヤマミ。



「さっすがヤマミ! じゃあさっそくやろー! 王様だーれだっ!?」



 馬車の荷台で突如はじまった、女だらけの『王様ゲーム』。

 記念すべき最初の王様は……?



「おぉい、盛り上がってるところ悪いが、駅に着いたぞぉ」



 御者席のおじさんから声をかけられ、ハッとなる一同。


 まわりの景色はいつのまにか木造の建物が立ち並ぶ街中へと変わっていた。



「あっ……ありがとうございます! おじさん!」



 立ち上がってペコリと頭をさげ、荷台から飛び降りるコリス。

 馬車の前に回り込んで「お馬さんも、ありがとー!」と感謝の頬ずりをしている。


 仲間たちは「せっかくいいところだったのに……」と不満は残ったものの、各々なりの丁寧なお礼をして、荷台を降りた。


 ここはフィールドアローの街。

 フィールドアローの丘のふもとにある街だ。


 ちなみに丘の上にはフィールドアローの村がある。

 コリスたちは村にやってきた行商の荷馬車に乗せてもらい、ずっと丘を下っていたのだ。


 西部劇に出てきそうな木造の駅を中心に、店が立ち並ぶ。

 といっても人影はまばらで、街としての活気は感じられない。



「……うーん、学園のふもとにある街とたいして変わりませんわね」



 『ヴァーチ』で初めて着いた街なのだが、さしたる感動もなさそうなユリ。



「初めて見る造りの建物ばかりで、とっても珍しいです」



 それとは対照的に、おのぼりさんのようにあたりをキョロキョロと見回しているミコ。



「駅があるけど、パスがないと乗れないんだよね。でも誰もいないから、こっそり乗ったらバレなくね?」



「あそこに貨物が積んであるから、紛れ込むのもの手」



 駅が無人だとわかると、さっそく悪巧みを考えるソフィアとヤマミ。


 コリスはというと、駅前に停まっている馬車に向かってトトトトと走っていった。



「こんにちは、お馬さん! うふふ、かわいいーっ!」



 並んでいる馬たちに挨拶しながら、頬ずりする。

 かわいいお客さんの出現に、馬たちだけでなく御者席の大人たちの顔もほころんだ。


 トラックの運転手のような、いかつい女性が声をかけてきた。



「お嬢ちゃんは冒険者かい? ちいさいのに偉いねぇ」



「こんにちはおねえさん! はい! まだ新米ですけど……これから列車のパスをもらいに王様のところに行くんです! あの……お友達もいるんですけど、もしついでがあるようだったら、途中まで乗せてってもらえませんか?」



 コリスは御者席を見上げているので、自然と上目遣いになる。

 本人は全く意識していなかったのだが、その威力はかなりのものだった。


 その破壊力は年齢、そして性別の壁をもブッ壊す。



「う……うぅ~ん。王様のところなら『ジャイアント・ディヴァイド』か……。ちょっと遠回りになっちゃうけど……まぁ、いっか。途中の『ユークロース』まででよければ、乗せてってあげるよ」



「ありがとうございます! ……みんなーっ! おねえさんが乗せてくれるってー!」



 ぴょんぴょん飛び跳ねながら、仲間たちに向かって手招きするコリス。

 こうして少女たちは、目的地へと少しずつ駒を進めていった。



  ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 それから1時間ほど荷馬車に揺られ、コリスたちは『ユークロース』へとたどり着いた。


 『ユークロース』はリアルでいうところの『由布院』。


 リアルでの観光地は『ヴァーチ』での開発も盛んなのが特徴でもある。

 『ユークロース』はリアルに負けないほどの温泉地として有名だ。


 街は高い塀に囲まれており、ヤマミいわく「城塞都市」のよう。

 その理由を、少女たちは街に入るための石門の前で理解した。


 入り口には中華街のように『男湯・混浴』『女湯』の巨大な看板が掲げられており、入るなり脱衣所があったのだ。


 ユークロースは『水の町』ならぬ『湯の街』となっており、服を脱いで入らないといけない決まりとなっている。


 このまま街には入らず、『ジャイアント・ディヴァイド』に向かう次の荷馬車を探してもよかったのだが……協議の結果、せっかくだから温泉に入ろうということになった。


 さすがにこのあたりまで来ると、他の冒険者たちの姿もチラホラ見える。

 他のプレイヤーの見よう見まねで脱衣所のロッカーに装備一式を預け、バスタオル一枚になった少女たち。


 街へと繰り出すと、そこは湯けむりがたちのぼる幻想的な空間だった。


 道には足湯が流れており、大通りでは店を挟んで向こう側に男湯が見える。

 見上げれば『由布岳』にそっくりの『ユークロース・マウンテン』。


 薄布一枚の乙女たちが大勢行き交うそこは、ヤマミいわく「桃源郷」のようだった。

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