14
木目に囲まれた寝室。
レースのカーテンごしに見える窓の外は真っ暗だったが、部屋の中はランプの光で薄明るい。
三つ並んだベッド、その真ん中に陣取っているのは四人の少女たち。
パジャマ姿ではあったが、寝るのはまだ早いとばかりに誰もがお目々パッチリ。
彼女らは輪になって身体を寄せ合い、神妙な顔つきで拳を突き合わせている。
それは傍目には、穴ぐらで団欒するタヌキ一家のようであった。
「いっ、せぇーの、よんっ! ……それにしても、今日はいろいろありましたわね」
「はい。とても珍しいことばかりで、大変勉強になりました」
「ミコなら、ふもとの街でも勉強になる」
「はい。わたくしは白ハブ様のお側を離れるわけにはまいりませんので……。実を申しますと、見知らぬ土地に来たのは生まれて初めてなのです」
「いっ、せぇーの、さんっ! ウチもこんな外国みたいな所来るの、初めて! マジヤバだよね!」
「ソフィアが生まれたコロンビアも外国」
「そうなんだけどさぁ、ガキんちょの頃だったからぜんっぜん覚えてないんだよねー! そういうヤマミだって赤ん坊の頃、飛行機に紛れてロシアから逃げ出したんっしょ?」
「亡命者のようですわね」
「いっ、せぇの、いち。なぜ、お逃げになったのですか?」
「寒さに耐えられなかった」
「何度連れ戻しても逃げるもんだから、とうとう両親のほうが折れちゃって、家族ごと引っ越してきたんだよねぇ?」
「いっせぇのぜろ。自分は東京を希望したのだが、大分になった。親戚がいたため」
「いーよね東京! あー、ウチも東京行きたいなぁ!」
「それについてはまったく同感ですわ。いっ、せぇーの、ごっ!」
「東京は、そんなに良いところなのですか?」
「すべてのセレブが集まる白金がある場所が、悪いところなわけがないのですわ」
「オタクの聖地、アキバがあんだよねー! いっ、せぇーの、ろくっ!」
「池袋の早乙女ロード」
「早乙女ロード? なんですのそれは?」
「乙女ロードの親戚。乙女ロードが腐女子の巣鴨ならば、早乙女ロードは百合女子の巣鴨と呼ばれている」
「それを言うなら渋谷じゃね?」
「なにがなんだかさっぱりですわね」
「いっ、せぇの、さんっ。みなさんがそんなに憧れているのであれば、とってもよい場所なのですね」
「そーそー、思い出した! リアルで行くのはムリだけど、ヴァーチでは行けるんじゃないかってヤマミと話してたんだよねー! ね、ヤマミ!」
「『ヴァーチ』のフィールドはリアルと同じ。今では自治体や企業もヴァーチに参入してきているので、『ヴァーチ』での東京もリアルに近いはず。それを証拠に、白金も秋葉原も早乙女ロードも『ヴァーチ』で同じように存在する」
「……!」
「どうされました? ユリさん」
「そ……! それですわ! 『ヴァーチ』で東京に向かう……! それを『VRMMO部』の目標としましょう!」
「おおっ!? それ、イイっ!」
「いっせぇのろく。大賛成」
「あたくしは、ずっと考えていたのですわ……! お母様……理事長をギャフンと言わせることができる、『VRMMO部』の功績となるものを……!」
「理事長の東京好きは有名」
「東京に憧れてんのはウチらだけじゃなかったんだねー! じゃあ、ちょーどいーじゃん!」
「決まりですわね、さっそくコリスに東京への行き方を尋ねてみましょう。いっ、せぇーの、いちっ!」
「がんばってくださいね。陰ながら、応援させていただきます」
「ええっ!? ミコっちは行かないの!?」
「はい。わたくしは、白ハブ様のお側を離れるわけにはまいりませんので」
「ミコが抜けたら、おっぱい要員が不足する」
「いっ、せぇーの、さんっ! それヤダー! 『ヴァーチ』なら、いくら移動してもリアルの場所は変わんないんだからいーじゃん! 一緒に行こうよぉー!」
「……利上げ? お利息があがることですか?」
「リアル。ようは『ヴァーチ』と対になる現実世界のことですわね。『ヴァーチ』ではどこへ行っても現実世界の位置は変わりませんから、白ハブ神社の巫女をしながら東京に行くことも可能なのですわ」
「白ハブ神社にいながらにして、東京に行くことができるのですか……? あっ、理解いたしました。みなさんと一緒に東京に行く夢を見れば良いのですね。さっそく今晩、東京のお写真を枕元に入れて、お休みしたいと思います。いっ、せぇの、にっ。」
「……ダメだこりゃ」
「現実で寝るにしても、まだまだ先。現実ではまだ昼間。ログインしてから1時間も経っていない」
「『ヴァーチ』って時間が流れるのが遅いんっしょ? なんか不思議だよねー!」
「『ヴァーチ』での1日が現実での1時間に相当すると、コリスが言ってましたわね」
「へぇー! コリスっちって、『ヴァーチ』メッチャ詳しいよねー!」
「調査したところ、東京にいた頃はトッププレイヤーだったようですわ」
「いっせぇのよん。でもそれならば、我々と同じレベルなのは不自然」
「えっ、ヤマミ、それってどういうこと?」
「『ヴァーチ』のトッププレイヤーともなると、レベルは1000をこえている。でもコリスは我々と同じレベル帯にいる」
「いっ、せぇーの、ななっ! ……このあたくしがさせた調査が、間違っているとでも?」
「そうではない。コリスの戦闘時のスキルと知識量からすると、トッププレイヤーなのは疑いようがない」
「じゃあ、どういう……?」
「理由はわからない。でもコリスに何らかの事情があって、新規のキャラクターを使っているものと推測される」
「いっ、せぇーの、ぜろっ! なんかよくわかんないけど、コリスっちってマジヤバだよね! なにこの超カワイイの、お持ち帰りしたぁーい! ってカンジ!」
「はい。コリスさんとご一緒していると、とっても幸せな気持ちになれます」
「『ヴァーチ』では水を得た魚のよう」
「あっ、それウチも気になった! コリスっちって『ヴァーチ』だとテンション高いのに、リアルだと超ダウナーだよね! 転校してきたばっかだけど、いつまで経っても誰とも話そうとしないし、いつもひとりぼっちでいるし……!」
「いっ、せぇの、よんっ。そうですね、クラスでもいつもひとりで静かにされておりますね」
「もともとは明るい性格だったようですわ。『ヴァーチ』でのコリスが、本来の性格に近いようですわね」
「ウチ、リアルの大人しいコリスっちより、『ヴァーチ』での明るいコリスっちのほうが好きだなぁー!」
「同感。いっせぇのいち。」
「はい、わたしもです」
「コリスの笑顔を取り戻すのも、我が『VRMMO部』の使命……いっ、せぇーの、はちっ!」
少女たちの両の親指が、いまの気持ちを表しているかのようにピンと立っていた。
勝利を確信した瞬間、歓喜のあまり思わずバンザイをするユリ。
「……や、やりましたわ! コリスとの入浴権、あたくしが頂きましたわぁーっ!」
「おめでとうございます」と拝むように合わせた指先で、小さな拍手とともに爽やかな笑顔を送るミコ。
「あーあ、コリスっちと洗いっこしたかったのになぁー!」と不満たらたらなソフィア。
「コリスは寮でも温泉ではなく、自室の風呂を使っている模様。従って彼女との入浴権は、かなりのプレミアムチケット」と淡々と述べるヤマミ。
……少女たちが、合図とともに親指を立てる遊びで争っていたのは、『コリスと一緒に入浴できる権利』だった。
ゴブリンの洞窟からシャルロットを救出し、村の英雄となった彼女らは、昼食をごちそうになったおばあさんの家に厄介になっていた。
おばあさんの家の風呂はそこそこの広さだったので、ふたりずつ入ろうということになったのだが……誰がコリスと一緒に入るかを巡り、論争になってしまう。
そして今までずっと、勝負を繰り広げていたのだ。
「よぉーし、じゃあ次は、誰がコリスっちと同じベッドで寝るかの勝負ね!」
「えっ、それはさっきの勝負に含まれていたのではありませんの?」
「ありえない。入浴と就寝は行為からいっても別。勝負も別途行うべき」
「それでしたら、またわたくしも参加させてください」
「くっ……! し、しかたがありませんわね……! でも次も、あたくしが頂きますわよっ!」
少女たちは視線を交わしあい、見えない火花をバチバチと散らしあう。
コリスと一夜をともにする権利をかけ、再び拳をゴツンと突き合わせた。
それに待ったをかけるかのように、寝室の扉が開く。
「あぁー! さっぱりしたぁ! おばあちゃん、お風呂ありがとー!」
「お礼を言いたいのは私のほうだよ。こんなにたのしいお風呂、本当に久しぶりだねぇ」
部屋に小さな少女と老婆が入ってくる。
ほっこりした湯気をたちのぼらせるふたりは、今日会ったばかりだというのに孫と祖母のように仲良しだ。
「お風呂も入ったし、そろそろ寝ようかねぇ」
「うん、ねるー!」
少女と老婆はまるで長いことそうしてきたかのように、寝室の奥にあるベッドに入った。
頬を寄せ合わせるようにして横になると、あっという間に安らかな寝息をたてはじめる。
そのしあわせいっぱいのふたつの寝顔を……四人の少女たちは拳を突き合わせたまま、呆然と見つめていた。
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