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「あたくしは選ばれし者、百合由利……。『私立百合学園』の理事長の娘にして、校長と教頭の妹……。1年生にして生徒会長で、学級委員長も兼務している……。それだけにとどまらず『VRMMO部』の部長も担うことになりましたの。『ヴァーチ』での職業は騎士。いまは見習いですけど、いつかはペガサスを駆る上流階級騎士……いいえ、姫騎士になってみせますわ」
ユリが聞かれてもいないことをいきなり喋りだしたので、彼女を囲む少女たちは何事かと思ってしまった。
「どしたのユリユリ? 急に自分語りなんか初めちゃって……ユリユリのことなんて、みんな知ってるっしょ?」
ソフィアに突っ込まれ、少し照れたような咳払いを返すユリ。
「こほん。パーティーが5人にもなりましたので、改めて自己紹介をしたほうが良いかと考えましたの。クラスでは顔見知りでも、『ヴァーチ』では初めましてでしょう? それに、メンバーの職業も改めて把握しておきたいのですわ」
「それは素敵なお考えですね。ぜひわたくしもご挨拶させてください」
胸の前で拝むように手を合わせるミコ。
感銘を受けたときなどにこのポーズを取るのが、彼女のクセなのだ。
「わたくしは、羽生美子と申します。学園近くの白ハブ神社で巫女をやっております。職業は今は学生ですが、白ハブ様の巫女を目指しております。えっと、このばあち、では巫女のようですね。ひと足先に巫女になることができて、ちょっと嬉しく思っております。人々を惑わす『蛇魔』を祓うため、皆様にお力添えできればと思っておりますので、よろしくお願いいたします」
しっとりとした耳にやさしい声で述べたあと、三つ指ついて深々と頭を下げるミコ。
紹介の流れが時計回りとなったので、ミコの隣にいたソフィアが次は自分の番とばかりに立ち上がった。
「ウチは火陽熾奏日亜! コロンビア生まれのハーフなんだけど生まれてすぐに日本に来たからコロンビア語はサッパリでぇーっす! よく聞かれるんだけど、この金髪は染めてるんじゃなくて天然でぇーっす! 『ヴァーチ』は初めたばっかなんだけど、武闘家やってまぁーっす! ほら、ウチってば格ゲーとか好きっしょ?」
言いながら格闘ゲームのヒロインのごとく、ハイキックを繰り出すソフィア。
ミコと甲乙つけがたいほどの胸部が、弾むような勢いでぶるんと揺れる。
新体操のような股割りで、高く掲げたハイキックの姿勢のまま「よろしくっ!」とウインクをキメた。
彼女は南国の踊り子のような、肌もあらわな格好。
いささか露出過多ではあるが、豊かな胸とむっちりした太ももと、健康肌の少女にはよく似合っている。
水着みたいなビキニにヴェールをまとっているだけなのだが、それで脚を高く上げると完全にめくれあがり、股に食い込んでいるのがハッキリと見えた。
ふとその三角地帯に、木の杖が伸びてくる。
「つんっ」というヤマミの声とともにデリケートゾーンを突かれ、「あんっ!?」と股間を押さえるソフィア。
「ちょっと、ヤマミ!?」
「……コロンビアの公用語はスペイン語」
ソフィアの抗議をよそに、ヤマミはボソリと突っ込む。
「えーっ、スペイン語? ありえねーし! だってスペインって中国じゃん!」
素っ頓狂な声をあげるソフィアを無視し、ヤマミは自己紹介をはじめる。
「……自分は魔魅夜間美。マミヤ・マミってよく間違われるけど、正しくはマミ・ヤマミ。ロシア生まれのハーフ。でもロシアには行ったこともないし、行きたいとも思わない。この銀髪は生まれつき。『ヴァーチ』では魔法使い」
独り言のようにつぶやいたあと、冬山にいるように膝を抱えなおす。
彼女は黒いローブをまとっているのだが、せっかくの美しい銀髪もフードによって覆い隠されていた。
そのフードの上に、鏡餅のような胸をどすん乗せるソフィア。
「ヤマミはウチと同じハーフだし、キラキラネームだし、同じゲーム好きだからよくツルんでんの! 昨日もオールで『ハンティングハンター』やってたんだよね!」
「こっちはいい迷惑」
「ええーっ、別にいーじゃん! ウチのおかげでレアアイテムも出たんだしぃー!」
背後からヤマミの頬をつまんでムニーと伸ばすソフィア。
変顔になっても、顔マッサージを受ける猫のようにされるがままになっているヤマミ。
それだけで、ふたりの仲良しっぷりが伝わってくる。
コリスにとってはそれが羨ましいようで、「いいなぁ……」と見とれていた。
そしていつの間にか、まわりの視線が自分に集まっていることに気づく。
一瞬何事かと思ったが、「自己紹介を」とユリから促され、慌てて居住まいを正した。
背筋をまっすぐに伸ばし、ピチッと両膝を揃えて座り直す。
「えっ……えっと……皆好コリスですっ! 東京の学校から転入してきました!」
「コリス。ハイボールみたいな名前」
「はいぼうる? たまごぼうろみたいなものでしょうか?」
「違うけど、たまごぼうろっておいしいよね! わたし、お菓子大好きなんだ!」
「コリスっちってばお菓子好きなんだ! ウチもだよ! ウチはいま『ざがりこ』にハマってんだけどさぁ、コリスっちはどんなんが好き?」
「うん! いちばん好きなお菓子は『リコリス』かな!」
「りこりす? なんですのそれは?」
「リコリス。アメリカやヨーロッパで親しまれている紐状のグミ菓子。強いアンモニア臭と、漢方薬のような味が特徴」
「なんだか、お身体に良さそうですね」
「リコリスにはグリチルリチンという成分が含まれているので、喉には良い」
「へぇー、グリルチンチンかぁ~。ところでアンモニアシュウってなにー?」
「尿のニオイのこと」
「えっ、尿っておしっこのこと!? あっはっはっはっはっ! チンチンにおしっこって! そんなのが好きだなんてコリスっち、マジウケるんですけどぉーっ!」
「い、いや、そういう理由で好きなわけじゃ……でも、おいしいよ?」
「コリスがおいしいというのであれば、いちど口にしてみたいものですわね。どこで手に入りますの?」
「わたしが東京にいたころは『ヴィヴィットヴァンガード』っていうお店で買ってたんだけど……」
「ええっ!? ヴィヴィヴァン!? コリスっちって、ヴィヴィヴァン行ったことあんの!?」
「うん。東京にいたころはよくお菓子を買いに行ってたよ」
「マジでぇーっ!? 超うらやまなんですけどぉーっ!? いいなぁーっ、ヴィヴィヴァン! 行ってみてぇーっ!」
「日々番……? 毎日入れ替わるということでしょうか……?」
「ううん、ミコちゃん。ヴィヴィヴァンってのは雑貨屋さんの名前だよ」
「理解いたしました。日々、番をしてくださる雑貨屋さんなのですね。またひとつ、お利口さんになりました」
場には微妙な空気が流れたが、ミコは手を合わせて喜んでいたので、誰もそれ以上は訂正しなかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
自己紹介という名のおしゃべりを終えたコリスたちは、ゴブリンの洞窟を求めて森の中へと入っていく。
木漏れ日あふれる枝を、チョロチョロと駆けまわる小動物を見つけ、コリスは目を輝かせた。
「わぁーっ!? リスさん! リスさんがいるよ! こんにちは、リスさん! リスさん、リスさぁーんっ!」
有名人に会ったかのように、リスに向って両手をぶんぶん振るコリス。
リスはその声援に応えるかのように木をつたって降りてきて、コリスの手に乗った。
「うわぁ……リスさん……! うふふ、かわいいーっ!」
感激した様子でリスに頬ずりしているコリスを、仲間たちは生あたたかく見守る。
「コリスが子リスとじゃれてる」とヤマミ。
「リスがそんなに珍しいのかしら」とユリ。
「リスなんて、学校のまわりにいっぱいいるのにねー」とソフィア。
「うふふ、コリスさんは動物がお好きなんですね」とミコ。
ふと、コリスの手にいたリスが飛び出し、茂みの中へと入ってしまった。
「あっ、待ってリスさん、あぶないよ!? このあたりにはモンスターさんが……!!」
リスを追いかけ、四つん這いで茂みの中に入っていくコリス。
「んしょ、んしょ」と小さなお尻をふりふりしながら茂みに潜っていくその様は、逃げたリスよりもよほど危なっかしい。
「待ちなさい、コリス。どちらへ行こうとしてますの?」
「すぐ戻ってくるから、まっててー!」
ユリが呼び止めたが、コリスの姿は折り重なる緑によって見えなくなってしまった。
仲間たちは追いかけようかどうか迷ったものの、コリスの言葉を信じてその場で待つことにする。
……しばらくして、少女は茂みを突き破るほどの勢いで戻ってきた。
「わぁぁぁぁーっ!? た、たすけてぇぇぇぇぇぇーーーーーっ!?」
その頭の上には、さっきまで頬ずりしていたリス。
そして背後には、両手にナイフとフォークを手にしたゴブリンたちが、列をなして追いかけてきていた……!
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