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八雲さんと入住さんの馴れ初めは

 



「ちーちゃん!そのほっぺ、どうしたの!?」


 教室に戻ると瑠奈がわたしの顔を見て、悲鳴を上げた。大袈裟だなと思いつつ、わたしは自分の席に座る。


「別に。ちょっとぶつけただけ」


「そういうふうに言うのはだいたいなにかあった時のへたっぴな言い訳なんだよ!ほら、何があったか白状しなさい!」


 いつもは抜けてるくせにこういう時だけ勘がいいんだから。瑠奈は頰を膨らませ怒りを表現している。誤魔化したのがお気に召さなかったらしい。

 しかし、その怒りの表現方法は可愛いだけなので、こちらにダメージはない。


「……雨水嘉人大好き女子たちに呼び出されたの。彼に近づくなって忠告されて、最後に平手を一発もらっただけ。それ以上は何もなかったから心配しないで」


 ダメージはないのだが、ついつい口を割ってしまう。瑠奈の感情表現はストレートで、わたしを思っての事だと分かるから、意地を張るだけ無駄だ。


「そんな!?あたしがいたらちーちゃんに手出しなんかさせなかったのに!!」


 そう言って、瑠奈は悔しがる。瑠奈がトイレに行っていて良かったと心の底から思う。見た目こそ可憐で守りたくなるような容姿をしているが、中身は凶暴極まりない。


 その容姿ゆえに女子から嫌味を言われたり、因縁をつけられたりはしょっちゅうで、涙に明け暮れる悲劇のヒロイン……だったなら世の中はもう少し平和だったかもしれない。

 喧嘩上等、売られた喧嘩はすべて買う、やられたら倍返し、卑怯な手も厭わない。どこの世紀末だと言いたくなるほど、美少女にあるまじき血の気の多さなのだ。

 というか、仲良くなったきっかけも、瑠奈が女子たちと喧嘩しているところにわたしが遭遇してしまったところに起因したりする。


 瑠奈があの場所にいればまず間違いなく、一戦おっ始めていただろう。多勢に無勢ゆえに瑠奈もわたしも無事では済まなかったはずだ。しかし、こちらが劣勢にも関わらず、瑠奈なら勝利をもぎ取りそうで怖い。満身創痍は避けられないだろうが。


「復讐は今度にして、とりあえず今はこれ。保健室で氷もらってくるからちょっと待っててね」


 いつの間にやらハンカチを水道で濡らしてきたようだ。わたしの頰にハンカチを当てて持たせると、急いで教室を出ていった。


 聞き捨てならないセリフを聞いた気がするが、今は気のせいにしておこう。昼休みが終わるまで、もうしばらく時間がある。この時間なら雨水嘉人が来ることはないだろうし、森本さんも教室に戻ってきていない。

 クラスメイトたちも頰を腫らしたわたしに異常を察知したのか、根掘り葉掘り聞いてくることもなく。わたしは久しぶりに訪れた静かな時間に、彼女の帰りを待ちながら、彼女との出会いを思い返した。





 *****






「あんた頭悪いんでしょ?いくら見た目が良くたって中身空っぽとか、人間として終わってない?」


「いや、見た目からして頭悪そうじゃん」


「言えてる!行動からも馬鹿っぽさがにじみ出てるよね」


 ぎゃはははと笑う女子三人。さすがは女子というべきか悪口が次から次へと出てくる出てくる。一向に止む気配がない。恐らく言われたであろう本人はその間ずっと沈黙を守っている。なぜ恐らくなのかと言えば、わたしから彼女たちの姿は見えないからだ。


 腕時計を見てひっそりとため息をつく。わたしは今、トイレの個室にいる。お昼ごはんを食べる前に用をたしにきて、出ようとしたら、本人を前にしての悪口大会が始まってしまったようなのだ。

 声の響き方からして出入り口の真ん前だろう。わたしが今、個室から出ていけば、まず間違いなくエンカウントしてしまう。


 お腹すいたし、はやく終わらないかな、とトイレのふたの上に座って待っていたのだが、言われていたであろう人物がとうとう口を開いた。高く澄んだ声は可愛らしいのに、不機嫌さを全面に出したその声音は地を這っていた。


「……で?あたしが勉強できないからって、あんたらに問題あるの?てか、人のこと頭悪いって言うんだから、あんたらはよっぽど頭いいんだね」


「は?お前と比べたらみんな天才になるっつうの」


 そうやって三人が笑っていたのはそこまでだった。


「あたしと比べたら?じゃあ、あたしと比べたらみんなブスって事だね。るうってちょー可愛いから、比べるのはかわいそうだけど」


 最後の言葉は側で聞いてるわたしでもイラっときた。この子自分以外みんなブスって言ったからね。これで言ってる本人がそれほど可愛くなければ一笑されて終わるけど、彼女の場合は違ったようだ。


 面と向かって言われた女子たちはしっかり怒りスイッチを押されたらしい。


「んだと、てめえ!?」


「だって、本当の事でしょ?あんたらは成績もそこそこ。顔もそこそこ。なーんにも持ってないから、可愛いるうが妬ましいんでしょ?ふふふ。かわいそうだね。こうやって、三人がかりで悪口を言うしかできないんだもん。笑っちゃうよ」


 そう言って、くすくす笑う声は場違いに可愛らしい。それ故に空恐ろしく、そこに含められた嘲笑が女子たちの神経を逆なでする。


「うざいんだよ、お前!」


 そこからは乱闘に入ったらしい。「やめろ」だの「痛い」だの「引っ張んないで」だのの声と一緒にどすどすと暴れる音が聞こえてきた。


 それもしばらくすると止み「行こ」という言葉を最後にトイレに静寂が訪れた。やっと終わったか。もうしばらくだけ様子を見て、特に物音がしないのを確認するとトイレの錠を開けて個室の外に出た。


 のだが、まだひとり残っていたらしい。


「ちょっと、大丈夫!?」


 そのひとりは扉にもたれて膝を抱えて蹲っていた。たぶん、三人組ではない悪口を言われていた方の子だ。ゆるくパーマのかかったツインテールという特徴的な髪型からクラスメイトの入住さんだろうと思われる。


 先ほどのあたし以外みんなブス発言も納得だった。なんてたって他称学校一の美少女なのだ。彼女の美貌に文句をつけられる人間はそうそういない。


 それよりも、今は目の前の彼女だ。さっきの様子からして手や足を出しての喧嘩に間違いないだろう。女子同士だから大したことはしないと甘く見ていたが、そうとうな暴力を振るわれたのかもしれない。


 無事を確かめようと彼女の肩に手を置いた瞬間、ばしんと強く叩かれた。彼女は顔を上げ、わたしを睨みつける。その瞳はひどく剣呑で、ここまで鋭い視線を初めて受けた。まるで手負いの獣のようだと思った。


「触らないで。あんたもトイレの中でずっと笑ってたんでしょ。心配するふりして良い人アピール?意味ないからやめた方が……」


「そういうのいいから。怪我してるの?してないの?してるんなら保健室連れて行くし、してないならわたしは教室戻るからそこどいて」


 そう、わたしはその時、だいぶイラついていたのだ。彼女の言葉に対してというのももちろんあるが、お腹が空きすぎて、だ。


 昼休憩はすでに半分以上過ぎていた。人間、余裕がないと何をしでかすか分からない。普段ならもう少し穏便に済ませただろうに、空腹に苛まれたわたしにはそんな余裕これっぽっちも残されていなかったのだ。





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