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雨水くんは今日も幼馴染に慰められている

 






「好きです。僕と付き合ってくれませんか?」


 あなたが好きだった。


 まっすぐに好意を向けるあなたの瞳が眩しかった。わたしには絶対に出来ないと思ったから。わたしにもあなたみたいな素直さがほんの少しでもあったなら、この結末は違っていたのかな、なんて、くだらないと見下していた失恋ソングの一節みたいだ。


 わたしたちはどうしようもなく臆病で、ほんとうに大切な物を失うのが怖くて、真実に向き合うのが怖くて、目をそらし続けていたんだ。


 好きな人に好きだと告白されて嬉しいはずなのに、こんなにも虚しくて、こんなにも腹立たしいのは、きっとーー








 *****









 今日は本当についてない。

 日直の日に限って、一緒にやるはずだった結崎くんは風邪でお休み。

 四限目の体育が終わった後に日直だからって片付けを言い渡され、お弁当はしばらくお預けだ。

 早くやらないといけない仕事が残ってるからって先生はさっさと行っちゃうし、自称わたしの親友入住瑠奈はダッシュで購買に行ってしまった。

 なんでも新作パンの発売日だとか。早く行かないと売り切れるらしい。一日限定発売でもあるまいし、仮にも親友が雑用押し付けられて困ってるんだから手伝ってくれてもいいのに。

 ちなみに瑠奈と仲良くなったのは同じクラスになってからだから数ヶ月の付き合いだ。

 四十人近くいるクラスメイトはわたしをスルーしていった。わたしが嫌われるとか、手伝いとかだりーみたいな理由じゃなくて単純に気づいていないだけだ。

 日直がわたし一人だってことも、だから手伝って欲しいと思ってるなんて誰も気づかない。頭の中はお弁当でいっぱいで、友達と喋るのに夢中になっている。

 吐いたため息は煙のように宙をたゆたい、あっという間に消えてなくなった。けれど、憂鬱な気持ちは一緒に消えてはくれない。胸の内にくすぶる思いに目を背けラケットやらネットが入った籠を体育準備室に運んでいった。


 更衣室でひとり制服に着替えて教室に戻ると瑠奈はすでに座っていて購買で買ったパンを美味しそうに頬張っていた。瑠奈がわたしの存在に気づいたのは、目の前まで来てからだ。


「あ、おかえり〜。新作パン無事ゲットできたよ〜。見て見て!クロワッサンドーナツメロンパン!」


 瑠奈はクロワッサンだかドーナツだかメロンパンだか分からないパンをじゃじゃーんと掲げる。労働を強いられていた親友に労いの言葉はない。わたしは深いため息をもらし、無言で席に着くと、かばんから弁当を取り出した。


「およよ?ため息なんてついてなんか悩み事?るうが聞くから遠慮しないで何でも言って?」


 瑠奈はパンを下ろし、しかつめらしい顔をつくる。

 半分はあんたのせいだと思いつつ、口では疲れただけと答えた。


「ふーん。じゃあ、お疲れのちーちゃんにはこれをどうぞ!」


 はいと言って渡されたのは開封はされていないが瑠奈が持っていたものとまったく同じもの。


「クロワッサンドーナツメロンパン、ちーちゃんの分も買ってきたから食べて食べて!」


 瑠奈は得意げな顔でそれを差し出した。透明な袋の中にドーナツ型のパンが見える。真ん中に穴が空いて、メロンパンの皮のように表面がかりかりしているようだ。という事は生地がクロワッサンなのだろう。見た目からして不味くはなさそうだ。だからと言って得体の知れないそれを食べたいとは思わなかった。


「……いい。いらない」


「ええ〜!すっごくおいしいよ!一口でいいから食べてみなよ!」


 いらないと言っても瑠奈はしつこく勧めてくる。わたしはそれを無視して包みを広げるとお弁当を食べ始めた。

 けれど、ゆっくりとお弁当を食べるには今日はとことんついてないようだ。


「はーれーいー!また振られた〜!」


 バンッと勢いよく扉を開けて他クラスの男子が入ってくる。

 開けっ放しのドアからはすぐさま暖まっていた空気が逃げていき、代わりに冷気が忍び込んでくる。思わず身ぶるいし寒さの元凶を睨むが気づいた様子はなくお目当ての人物の元へまっしぐらだ。


「嘉人。報告してくれるのはいいけど他の人に迷惑かけちゃだめだよ。ドアは開けたらちゃんと閉めなくちゃ」


 軽い説教を受け、勢いのまま抱きつこうとした手をぴたりと止めて踵を返す。慌てて扉を閉めてくると今度こそ抱きついた。


「晴衣〜。僕の何がだめなんだろう。どうしていつも振られるのかなあ」


「今回は運命の人じゃなかったんだよ。嘉人は素敵な男の子だからきっといつか素敵な女の子が現れるよ」


「晴衣〜〜!こうやって慰めてくれるのは晴衣だけだ!」


 子犬のように頭を擦り付けてじゃれつく頭をぽんぽんと優しく叩く。

 教室にいる誰もが思ったに違いない。

 イチャつくなら他でやれ、と。



「雨水くんと森本さん、まーたやってるね」


 新作パンをかじりながら、瑠奈も呆れ気味に呟いた。

 森本晴衣と雨水嘉人は幼なじみらしい。家が近所らしく、小、中、高と学校も一緒。兄弟のように育ち、思春期を迎えた今でも気の置けない仲だとか。

 どこからどう見てもカップルがいちゃついてるようにしか見えないが、そういう関係ではないらしい。


「あれで付き合ってないんだもん。こっちにしてみればラッキーだけどね〜」


「なんで?」


「だって雨水くんはまだ誰のモノでもないって事でしょう?あたしにもチャンスがあるかもしれないじゃん!」


 そう言う瑠奈の瞳は肉食獣のそれだ。獲物に狙いを定めた瞳はどんなに見た目が可愛らしかろうとそら恐ろしいものがある。


 なんと言っても雨水嘉人は学校一のイケメンなのだ。


 雨水嘉人は大いにモテる。冗談だろうっていうぐらいモテる。なのに玉砕記録を日々更新している。


 告白はしょっちゅうらしいが、告白されてもすべて断ってしまうらしい。ならば何故、玉砕記録更新中なのかと言えば、雨水嘉人が好きになる相手は絶対に彼を好きにならない女の子ばかりだからだ。

 彼氏がいたり、他に好きな人がいたり、雨水嘉人に全然興味がなかったり。そういう人を好きになってしまうらしく、当然のごとく毎回振られ、その度に幼馴染の森本さんに泣きついている。

 クラスメイトもこの様子には慣れたもので、騒がしくはあるものの今では何事もなかったように普通にお昼ごはんを再開している。


「ちーちゃん。眉間にしわ寄ってて可愛くないよ?ほら、クロワッサンドーナツメロンパンあげるから、笑って笑って!」


「……だから、いらないってば」


 瑠奈は雨水嘉人にハートを送っていた目をこちらに戻すと、わたしの顔をまじまじと見てそんな事を言った。可愛くなくて悪かったわねと内心ふくれつつ、瑠奈に素っ気なく返す。そんなわたしに瑠奈はあっけらかんと笑った。


「ほんと、ちーちゃんって雨水くんの事嫌いだよね。あんなにかっこいいのに」


「女の子に振られる度に幼馴染に泣きつく情けない男のどこが良いのよ」


「だから、顔が良いんだよ〜」とはしゃぐ瑠奈を放ってお弁当を食べる事に集中したわたしは気づかなかった。


 雨水嘉人にわたしたちの会話が聞こえていたなんて。この後に起こる出来事をどうして知ることが出来ただろう。


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