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ダンス・ウィズ・ファイヤー

・・・━ 原初げんしょより世界に息づく


火の精霊よ。我が呼びかけに答え、この手にほむら


輝きを宿せ ━・・・


「ファイヤアァァ!!!ンボオォォォルゥ!!」


 ポッという音と共に、シロの人差し指に豆粒程度の炎が宿った。

 その様を間近で穴が開くかと言わんほど熱心に観察していた勇太は、正直な感想を漏らした。


「なんか思ってたのと違う。」


「なんでじゃ!!格好良かったろうが!!」


 そもそもの流れは、簡単な魔法なら使えると言い出したシロに「見せて見せて!」と勇太が言い出したことから始まった。


 しかし蓋を開けてみればどうだ?勇太は若干シラけた顔をしていた。


「いや、マッチじゃん。そんなん。魔物が出て来たら倒せないでしょ絶対。」


「いやいやスライムやゴブリンとかなら余裕じゃって!火力が弱いのは認めるが、まだレベル1じゃからしょうがないのじゃ!!」


「それに最初のあの長い文。」


「あ?格好良かったじゃろう!詠唱!!この世界の詠唱は我が1ヶ月くらい寝ずに考えたんじゃぞ!!」


「え?あれシロが考えたの?」


「もちろんじゃ!そも、この“アガルタ”において魔法という概念を作ったのが我じゃから。詠唱も我が一個一個考え抜いて作ったんじゃ!!」


 そうやって自信満々に無い胸を張る。魔法の詠唱に関してはどうやら譲れぬこだわりがあるらしい。


「そんな詠唱に文句でもあるんかお主!?それとも・・・。」


 ここでシロは「ははぁ」と、何か思い当たったようにしたり顔をして勇太を見た。何も分かってない勇太は相変わらずすっとぼけた顔をしている。


「お主もしやあれか!?“え、詠唱!?中二病じゃん!恥ずかしくて僕できましぇ~ん”とか言う輩のひとりか!?」


「えっ?」


 勇太は驚いて目を見開くが、勇太の話など聞かずとも分かると言うように、シロは構わず続けた。


「いるんじゃよなぁ。そういう空気読めないやつ。いや、そりゃ現実の地球でやったら只のイタいやつじゃよ?でも、ここはどこじゃ?地球か?」


「地球じゃ・・・」


「そう!!ここは地球じゃない!!異世界じゃ!!ここは魔法が世界に根付く“アガルタ”じゃ!!!」


 そう言ってバッと両手を広げる。さながらシロは演説しているようだ。


「魔法を使うことこそ普通!!詠唱こそ常識!!何より異世界に来てまで“中二病乙”?それこそ無粋の極み!!!」


「無粋?」


「そう!!無粋じゃ!!むしろ不躾ぶしつけじゃろう!!結局そうやって馬鹿にするということは魔法を下に見ている証拠!!超常に憧れない俺カッケーアピールしたいだけじゃろう!!」


 どんどんシロのボルテージは上がっていく。勇太を置いて。シロは一体何と戦っているのかも勇太には分からなかった。


「魔法とは詠唱に始まり詠唱に終わる!本当に魔法を使いたいと言うのなら、二度と中二病なんて言葉を出すでない!!分かったか勇太!!」


「いや全然。」


 思わずシロはずっこけた。あれほど熱弁したというのに、勇太には何も響いてないようだ。と言うより、話が噛み合ってないような様子だ。


「言うなって言うなら言わないけど、そもそもチューニ病って何?病気なの?」


「えっ?そっから?ゆ、勇太は中二病を知らんのか?」


「分かんない。なんか聞いたことあるかなって位で意味は知らない。だからさっきからシロが言ってたことの大半が意味分かんない。」


「えっ・・・」


 シロは急に恥ずかしくなってきた。さっきの熱弁は、いざというときの為に前々から温めていた伝家の宝刀だったのだ。“中二病恥ずかしい”と罵られたときに“そんなこと言うお前が恥ずかしい”とカウンターを食らわせる一撃として、練りに練った保険だった。


 しかし、いざ出してみると勇太は中二病自体知らないという。これは想定外だ。見事に自爆してしまった。“中二病恥ずかしい”も“そう言うお前恥ずかしい”も、纏めて自分に降りかかってきた。完全な独り相撲だったことを自覚して、顔が真っ赤になってしまった。


「じじじ、じゃあ何じゃい!!詠唱の何が問題なんじゃい!!」


「いや、詠唱?っていうの?長過ぎて覚えらんないよ。」


「はっ?」


 恥ずかしいとか、恥ずかしくない以前に、勇太はそう言うオタク文化に無知な存在だということをシロはすっかり忘れていた。


 人によっては快感にも羞恥にもなる詠唱は、勇太からすれば数学の公式や理科の元素記号と似たような感覚のようだった。


「それに難しい言葉が多過ぎるよ。ねぇ、詠唱はシロが考えたんでしょ?なんであんな文にしたの?」


「!!!」


 シロにとって、本当の地獄はここからだった。詠唱は是か非かという争いの方が百倍マシと思えるほど、勇太の純粋な質問はシロの心を苦しめた。


ほむらって、炎ってことだよね?ねぇなんで炎じゃダメだったの?それにこの手に輝きを宿せだっけ?でも火が出てたのは手っていうより指先だったよね?つーかそもそもその後にファイヤーボールって言ってたじゃん。あれだけじゃダメだったの?ねぇねぇ?なんで?」


「・・・らじゃ。」


「え?何?なんて?・・・あれ?最近何か同じことあったような・・・」


 確かあの時は・・・


「その方が格好良いからじゃ!!察せばかたれぇぇ!!!」


 ごん!!と音が響く。勇太は宙を舞いながら、“そうそう、顎にキレキレのアッパーもらったんだっけ”と、そう思った。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「質問する度にいちいち殴るのやめてよ。・・・おーいてて・・・。」


「う、うるさい!お主がもう少し察せる男ならこんなことにはなっとらん!!」


 この反論が完全に逆ギレであることはシロもよく理解していたが、それにしたって勇太も勇太だ、とシロは思った。


 今のところシロが恥ずかしい思いをするだけで、実害はない。しかし、今後は予想以上に勇太の無知が厄介になるやもしれない。


 先ほどから目指していた街も随分近づいてきた。己の望むテンプレ的な展開が起こる前に、勇太には基礎知識だけでも叩き込んだ方が良さそうだ。


 そんなシロの思惑とは裏腹に、運命テンプレは2人をほっておかないらしい。


「きゃぁぁぁぁ!!」


「!!!」


「あれ?今の悲鳴?」


「行くぞ勇太!!」


「え?行くの?ちょ、ま、待ってよシロ!」


 慌ててシロを追いかける勇太。街へと続く道から外れ、脇の林に入った。程なく走るとすぐに周囲は開け、結構な広さの草原が見えた。


 悲鳴の出所は、草原の中心にあった。


「女の人が襲われてる!!」


「ゴブリンじゃ!!」


 草原の中心には、尻餅をついて固まっている女性と、女性に襲いかからんとにじりよる緑色の子鬼のような生物がいた。これがゴブリンらしい。


 身長はシロと同じくらいだが、ボロボロの布切れを身にまとい、無骨な木の棒を振りかざしている。つまり、道具を使う知性があるのだ。勇太にとって自然で害獣と遭遇する経験すら初めて。しかも相手は最低限だとしても知性を有している。その事実が勇太を戦慄させた。


 2人は女性の近くまで走り寄ると、女性とゴブリンの間に割って入るように立ちふさがった。


「だ、大丈夫ですか!?」


「た、助けて!!ゴブリンに襲われてるの!!」


「見れば分かるわい。まかせい。ゴブリンごときものの数ではないわ!」


 そう言ってシロはゴブリンと真正面から向かい合った。ゴブリンは人間の思わぬ増援に警戒心を高めたのか、少し距離を置きつつシロを睨んでいる。


 そしてシロは右手をゴブリンに向けてゆっくりと掲げ、高らかに叫んだ。



「さぁ!やってしまえ勇太よ!!!」



 場がほんの僅かな時間固まった。誰もが呆気に取られるなか、最初に口を開いたのはやはり勇太であった。


「は、はぁ!?ぼ、僕!?無理無理!!無理無理無理無理!!!!」


「な、なんじゃと!?何を言っておるお主!」


「こっちのセリフだよ!!シロが倒すんじゃないの!?」


「ばかたれぇ!!」


 シロは電光石火の拳で倒した。勇太を。そして、呆気に取られる残りの2人(1人と1匹)に向かって、


「少し待っとれぇ!!」


 と言い放ち、勇太の首根っこを掴んで2メートルほど遠ざかった。もう十分というところで勇太を放ち、小声で異世界的教育指導をかました。


(お主は馬鹿か!!なんで我がゴブリンを倒すんじゃ!!どう考えてもお主の仕事じゃろうが!!)


 小声にする理由は分からないが、とりあえず勇太もシロに倣って小声で返した。


(どう考えたらそうなるんだよ!大体シロが自信満々にゴブリンに向かっていったんじゃないか!)


(言い訳するでないわ!お主は自分より半分以上年下の幼女を盾にするんか!!)


(いやいや!散々否定してた癖に今更それは卑怯でしょ!!それにシロならゴブリンなら魔法で倒せるって言ってたよね!?)


(あんなマッチみたいな火で倒せる訳がなかろうが!!)


(はぁ!?自分で言ったんじゃん!?)


 理不尽ここに極まれり。もうどうやらシロは自分の過去の発言に拘らないようにしたらしい。体裁を捨てたシロは強い!


(つーかシロが倒せないならみんなで逃げればいいじゃん!もうすぐ街なんだから!あんなん僕にだって倒せないよ!!)


 勇太の意見はとても建設的な意見だった。地球にいる野犬や野猿が襲ってきても、普通は敵対するのではなく、一目散に逃げるだろう。


 それが今は未知の魔物。原始的といえど武器をもつ子鬼。絶対嫌だ。勝てる勝てないでなく、戦いたくない。幸いにもシロの凄みに圧されたのか、今は固まっている。この隙に女性を連れて走り出せばあるいは・・・


「ばかたれぇ!!」


「ぐはぁ!」


 再度勇太が宙を舞う。関係ない2人(1人と1匹)も、びくっと肩を震わせた。


「お主は本当に分からんやつじゃの!!ここはどう考えてもゴブリンを倒すところじゃろ!!」


 とうとう謎の小声も忘れて、シロは勇太に説教を始めた。並々ならぬ気迫をまとっている。


「あれを見ろ!冒険が始まってすぐに、うら若き女が魔物に襲われるところに出くわす!コッテコテの展開ではないか!!!」


「そ、そうなの?」


「そうじゃ!颯爽と登場したお主は華麗にあのゴブリンを倒し、そこな女はコロッとお主に惚れるまでがワンセットなんじゃ!!」


「ほ、惚れるの!?」


「当たり前じゃろうが!!よく考えてみい!!あの女、こんな林の中でなんの装備を持たずに1人でいるんじゃぞ!!あきらかにおかしいじゃろ!?」


 ここで何故か矛先が襲われていた女性に向いた。女性は「え、わ、私?」と戸惑っているようだ。ゴブリンはこの間も律儀に待ってくれている。


「あの女はな、助けた後で事情を聞くと、きっとこの辺りまで花を摘みに来たとか言い出すぞ。それはハッキリ言って嘘じゃ。」


「え?嘘なの?」


「ああ。大嘘じゃ。ゴブリンに襲われる危険を冒してまでただの花を摘みに行く馬鹿がどこにおる!!しかもたった1人で装備なし!!あり得ん!!あり得なさ過ぎるわ!!つまり、あの女はここでゴブリンと共にお主を待っとったんじゃ!!」


「え?グルじゃんそれじゃ。」


 そう言って勇太は女性の方に目を向けた。女性は凄い勢いで首を振っている。見ればゴブリンも一緒に首を振っているので、きっとグルではないのだろう。


 しかし構わずシロは続ける。


「ええか勇太よ!あの女は、ここで丁度いいタイミングでゴブリンに自分を襲わせて、お主が助けに入るよう仕向けたんじゃ!!全てはお主に助けてもらって“キャ、素敵!抱いて!!”とか言う為にわざわざこんなめんどくさい準備しとるんじゃ!」


「え?あの人そんなこと言うの?」


「い、言いません!!」


 そう言って真っ赤な顔で否定してきた。もう勇太は何を信じればいいのか分からなくなってきた。


「勇太よ!世の中ではこれをフラグという!!ここであのゴブリンを倒せば、あの女はお前にぞっこんラブじゃぞ!!そういうフラグをあの女は立てているんじゃ!!」


「フラグ・・・?」


「それを逃げ出すとは何事か!!それでは全員無事に助かってもあの女はお前に夜這いをかけることもできんじゃろがい!!」


「そ、そんなことしません!!」


「いや、ていうか助かるならそれでいいんだけど・・・」


 どれだけ力説しても世の常識が分からない勇太に、シロの堪忍袋の緒がとうとう切れた。


「いいからつべこべ言わずに・・・行ってこい!!」


「うわぁぁ!!」


「ギャギャ!!」


 小さい身の丈に勇太以下のステータス(MP以外)をものともせず、シロは勇太を背負い投げしてゴブリンにブチ当てた。勇太とゴブリンの悲鳴が草原に響く


「あいてて・・・」


 強打した腰をさすりながら立ち上がろうとすると、勇太の手に何かが当たった。これは・・・


「あれ?これゴブリンが持ってた木の棒だ。」


 いや、手に取ってみると本当に恐ろしい。たかが木の棒と思うなかれ、太さは勇太の胴体並みで、手に持つと鉄で出来ているのかと思う程の重みが感じられる。これで思いっきり殴られたら骨の一本や二本、簡単に折れるだろう。


 そこではた、と勇太は気付いた。“あれ?肝心の持ち主様は?”と。その答えを示すように、屈んでいた勇太の後ろの頭上から、影が差し込んだ。ふと振り返ってみると、目が完全に血走り、牙を見せて唸るゴブリンがすぐそばにいた。


「ぎゃあぁぁぁぁ!!」


「ギャアァァァァ!!」


 奇しくも字面は同じ悲鳴を上げて、両者は弾けるように動いた。ゴブリンは腕を振るって襲いかかり、勇太はすぐにその場から跳び退く。運良く鼻先を掠めるようにゴブリンの腕を回避した勇太は、猛ダッシュでシロと女性のいる場所まで撤退した。


「お、やるではないか!ゴブリンの武器を奪ったの!!」


 こいつ他人事のように・・・と、勇太の中で苛立ちが募るが、今はゴブリンから目を離してはならない。それに偶然とは言え、シロの言うとおりゴブリンの武器を奪うことに成功したのだ。ここはもうヤケだ。やってやろうではないか、と勇太は腹を括った。


 ゴブリンももう待ってはくれないようで、勇太目掛けて猛然と襲いかかってきた。


「う、うわぁぁ!!」


 素人の勇太にとって、がむしゃらに木の棒を振り回すのが限界だった。しかし、素人ゆえのビギナーズラックなのか、勇太の振るう木の棒は幸運にもゴブリンの顔にクリーンヒットした。



「よっしゃあぁぁ・・・あれ?」


 クリーンヒットした・・・と、思った木の棒は、ゴブリンの顔に触れたままピタリと止まった。一瞬顔にトゲでも刺さって抜けなくなったかと思ったが、すぐに違うことがわかった。


 ゴブリンが、木の棒を、噛み砕いたのだ。


「う、うそぉぉぉぉ!!!」


 ビギナーズラックなどただの幻想だった。勇太の振るった木の棒がゴブリンの顔面を捉えたのではない。ゴブリンが勇太の振るう木の棒に噛みついたのだ。


 状況は一転して最悪だ。せっかくの武器というアドバンテージが、一瞬にして消え失せた。今や柄の部分しか残っていない。


 対するゴブリンはどうやら勇太との実力差を見抜いたようだ。木の棒に噛みついたのが良い証拠。腕でも折るなり奪い返すなり出来たはずなのに、わざわざ口で受け止めて噛み砕いたのは、遊んでいるからに他ならない。


 勇太はこの瞬間、やっと己が“死ぬかもしれない”と気付いた。足は震え、歯はかちかちと音を立ている。


 しかし、一度死んでいるからか、勇太の頭は死の恐怖に囚われることこそ危険だと警鐘を鳴らしていた。今頭を回さねば死ぬ。せっかくの新たな人生をここで終わらせる訳にはいかない。


 ゴブリンは強者の余裕を振りかざし、足の震えている勇太の姿を嬉しそうに見ている。この隙に打開策を考えられねば死ぬ。自分だけでなく、後ろの2人も死ぬ。


 勇太の頭は恐怖で震える体と切り離されたかのように高速で回転した。


 逃げる。愚策。ことここに至っては、ゴブリンに背中を見せる方が危険。


 武器の使用。愚策。もはや木の棒は30センチも残っていない。


 素手での格闘。愚策。しかし、最後はそれに頼るしかない。


 魔法。不可。出来ない。シロもマッチ程度の火しか出せない。それでは・・・それだ!!


「シロ!!!」


「な、なんじゃ!?」


 突然呼ばれてうろたえるシロ。正直、自分が思ってるよりゴブリンが怖かったので、逃げるのが正解だったかもしれないとこっそり後悔していたのだ。


「魔法使って!!」


「はぁ!?だから我の魔法ではマッチ程度の火しか・・・」


「マッチでも、木に火を付ける位は出来るでしょ!?」


「な、なるほど!!」


 そう。ゴブリンといえど、獣は獣。火は本能的に恐れるはず。噛み砕かれて短くなったが、それでも手元の木切れなら火を付けて威嚇くらい出来るだろう。現状では最良の案に思えた。


が、しかし。落とし穴はすぐに見つかった。


・・・━ 原初げんしょより世界に息づく ━・・・


「なげぇ!!詠唱なげぇ!!!」


「うるさい!なんとか耐えんか!!」


「なんとかって・・・うおわぁぁぁ!!」


 痛恨のミス。詠唱の長さまで計算に入れてなかった。さすがに空気の読めるゴブリンも待ってはくれず、勇太に襲いかかる。



・・・━ 原初げんしょより世界に息づく ━・・・


 最初っからかい!!と、勇太は心の中で叫んだ。ここで声に出せばまたふりだしに戻ってしまう。なによりツッコむ余裕など勇太にはなかった。


・・・━ 火の精霊よ。我が呼びかけに答え ━・・・


 ゴブリンの牙を、爪を、勇太はほぼ足を止めてかわさないとならない。


 勝利を得るためには幾つかの条件が存在し、それが勇太の行動を縛っている。


 この手の中の木切れを失ってはならない。ゴブリンに詠唱を邪魔させてはならない。女性の方に行かせてもならない。


・・・━ この手にほむらの輝きを宿せ ━・・・


 しかし、その行動の制限こそが、勇太の動きにキレを生んだ。やるべきことが明確になったことで、恐怖が一時的に消えたのだ。今や勇太の瞳に希望が宿った。


 ゴブリンの爪は驚異ではない。多少肌が切れた所で死にはしない。掴まれる方が問題だ。噛み付きにも注意がいる。速さは落ち着いていれば自分と大差ないことが分かった。これなら時間稼ぎに徹すればなんとかなる。なってみせる!大丈夫。あと少し、もう少しで・・・



「受け取れ勇太ぁぁぁ!!」


「よっしゃあぁぁぁ!!」


 希望の火は放たれた。豆鉄砲のようなスピードだが、狙い過たず勇太の持つ木切れに当たった。


 簡単に火が付くかどうかは賭だったが、どうやらサイズのわりに火力は強いらしい。しっかりと木切れに火がついた。作戦通り、完璧だ!!


「よくもやってくれたなゴブリン!こっからが本当の勝負熱っちゃあぁぁぁぁ!!!」


 そう言って木切れを勇太は放り出した。狙いすらしなかったので、木切れはゴブリンに当たることなく明後日の方へ飛んでいってしまった。


「な・・・なにしとんじゃあぁぁぁぁ!!」


 余りの蛮行にシロが叫んだ。それももっともな話だ。希望の火が希望の火(笑)になってしまったのだ。


 勇太の詠唱を上回る最大の誤算は、現代っ子ならではなものだった。まさか、火のついた木切れがあんなに熱いとは思わなかった。軽く火傷してしまった位だ。


 もはや出来ることはない。絶望だ。所詮素人の付け焼き刃な作戦など上手くいかないものだという苦い現実を勇太は味わった。


「熱さがなんじゃい!男ならそんくらい我慢せんか!!」


「は、はぁ!?無理だって!!すげぇ熱いんだぞ!!」


 完全に他人事のシロにとうとう我慢ならなくなった勇太は現状も忘れて反論した。


「たとえ大火傷したとしても死ぬよりマシじゃろが!!」


「持ってないやつが簡単に言うなよ!そもそも最初に逃げようって言ったときにシロが無理して引き止めたのが悪いんじゃんか!!」


「はぁ!?我のせいにするつもりか!!」


「実際そうだろ!?何がフラグだよ!!こんなんで惚れるような人がいるわけないだろ!!つーか女の人にモテるより命の方が大事って言ったじゃん!!」


「あ、あの~・・・」


「嘘付けお主は!あの時鼻の下伸びてたの見たぞ我は!これだから彼女いたことのない奴は困るんじゃ!!」


「あ、あの~!!」


「い、今関係ないだろそれ!つーか何で知ってんだ!!いや、それより話を逸らすなよ!!逃げるのを嫌がったシロが悪いこと認めろよ!!」


「あ、あのぉ~!!!」


「認めません~!お主ゴブリン舐めるなよ!!ゴブリン先輩はマジで足早いんじゃぞ!!お主があのとき逃げていたとしてもゴブリン先輩は・・・」


「話を聞いてくださいぃぃぃ~!」


 ようやくなんの益もない醜い罵り合いを中断して、絶叫した女性を見た。


「大変なことになってるんですぅ~!!!」


 そう言って女性が2人の後ろを指差した。2人が同時に振り返ると、なんと・・・




 林が、盛大に燃えていた。



「「やば・・・」」



 ゴブリン先輩は既に姿を消したようだった。

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