ハロー・アガルタ
「なにをしてくれとんじゃお主わぁぁぁ!!」
シロの怒りが爆発した。
「この世界は日本みたいに平和にどっぷり浸かったぬるま湯とはちがうんじゃぞ!!油断すればいつ魔物が襲ってくるか分からぬというのに!!スキルがあればこそ、安全に冒険出来るというものをぉぉぉ!!!」
シロがもし未だ神の力を宿していたならば、きっと天には雷が走り、地は裂けていただろう。それほどの怒りを一身に浴びてなお、勇太は無表情だった。
「なんぞ申し開きがあるなら言うてみい!!おぉん!!?」
そう言って噛みつくように勇太を睨むシロ。そんなシロに、勇太はぽつりと答えた。
「あんな上空から落とすから悪いんじゃん。」
「うっ!!」
「そりゃ誰だってあそこから落とされたら紙くらい手放すよ。凄いスピードなんだもん。」
「う、うるさい!そんくらい根性でなんとかせんか!!」
「いやいや無理だって。すげぇ怖かったもん。つーかなんであんな上空から落ちる必要があったの?」
「ぐぐっ!!」
痛いところを付かれてしまった。シロは段々と劣勢に立たされつつあった。
「まさか特に意味がないなんて言わないよね?この世界のどこにでも出ることが出来るなら、普通そのまま地上に降ろすもんね。」
「そ、それは・・・その・・・」
「いやー教えて欲しいなぁ。あんな無駄に高いところから落ちる意味。最初はフレイヤさんが穴を作った場所でも間違えたのかと思ったけど、シロ言ったよね?“設定通り”って。」
「き、聞いとったんかお主。」
「必死過ぎて答えられなかったんだけど、ちゃんと聞こえてたよ。“鳥になったつもりかお主”だっけ?よくもまぁ死にそうな人間に言うよね。そんなひどいこと。」
「う、ううぅ・・・」
今までの一挙一動が裏目に出ている。シロは今こそ真に確信した。“上空1000メートルダイブ式召喚法”は、完全な悪手だ。金輪際やらない。
「さ、納得のいく説明をお願いしますよ。シロさん?」
「ご・・・」
「ご?」
「ごめんなさい・・・。」
シロは敗北を認め、膝を崩した。こうして、冒険の幕開けは最悪の形で行われた。
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「い、いや!きっとこれで良かったのじゃ!!」
シロは今までの失態を全て忘れたかのように勇太に告げた。
「レアスキルなんぞなくても、この世界で成り上がることはできる!!なんつったって造物主である我がいるんじゃからな!!!」
「はぁ~。スキル欲しかったなぁ~。」
「バカたれぇ!!」
「ぐはっ!」
そう言っていじける勇太に腹パンをかます。被害者である勇太に発言する隙を与えないように、シロはすぐにまくし立てた。
「勇太よ!お主、ゲームは見たことはあってもやったことなんてないじゃろう!?」
「な、ないけど・・・」
「そうじゃろう!!それでは、我がお主に天啓を授けよう!!!いいか・・・」
そう言って、一度言葉を切り、息を大きく吸って有らん限りの大音声で告げた。
「チートプレイは、すぐ飽きる!!!!!」
「チートプレイは、すぐ・・・飽きる?」
勇太にとって意味不明な天啓であった。
「そうじゃ!チートプレイとは、ゲームを不正に改造し、楽してプレイすることを差す。ちなみに勇太よ、お主が友達に見せてもらったゲームとはどんなもんじゃ?」
「え?えっと・・・ライオンクエスト3っていうゲームなんだけど。」
「あぁ、ライクエのう。あれはほんにシリーズを通しての名作じゃ。3はオーブを集めるのが大変でのう。」
シロの話が完全に脱線してしまった。神様もゲームすんのかぁ、と勇太はぼーっとした頭で思った。
「すまんすまん。話を戻すが、例えばライクエで言うなら、あれはモンスターを倒して経験値を得られるじゃろう?」
「そう・・・だね。それでレベルを上げてくこと位なら僕も知ってるよ。」
「うむ。では聞くが、最初からレベルが99だったとしたら、どうなると思う?」
「え?そりゃあ、強いモンスターも倒せて嬉しいんじゃないの?」
「甘いわぁ!!」
「うぎぁ!」
今度はシロの華麗なローキックでスネをやられてしまった。勇太はこの肉体言語をやめて欲しいと切に思ったが、発言する機会はまたも与えて貰えなかった。
「最初の内はそうじゃろう!今まで苦労した敵がいればいるほど、あっさり倒せたときの快感は大きい。しかし!人はすぐに気付くのじゃ!“あれ・・・?これゲームしてる意味なくね?”とな!」
「ゲームをする・・・意味?」
「そうじゃ。レベル99を目指すから長く楽しめるんじゃ。チートを使って、すぐにレベル99になったら努力の過程が楽しめんじゃろう!!」
「努力の・・・過程・・・!!」
「我は決してチートプレイを否定しない。対人戦に於いてはあってはならない行為じゃが、個人で楽しむ分には自由じゃからな。人それぞれ楽しみ方がある。レベル99で、全ての敵を一撃で葬るのが楽しい。戦闘はどうでもいいからストーリーだけ知りたい。そう思うなら、誰も咎めはせん。チートを存分に使うがいい。」
そう言って、シロは勇太に手を伸ばす。
「しかし!勇太よ!!お主がこの“アガルタ”で、全てを楽しみたいのなら!!努力も、失敗も、挫折も!!その全てを遊び尽くしたいと思うなら!!チートのようなスキルに頼ってはいかん!!!自分の足でこの世界を歩むんじゃ!!!」
勇太はシロの言葉に胸が打ち振るえた。そうだ、ここは幼い頃憧れたゲームの世界そのもの。そんな夢みたいな場所にこれたんだ。自分の力で頑張らなくてなんとする!!
「分かったよシロ!!僕、スキルなしでも頑張るよ!!!」
「よう言うた!それでこそ我のパートナーよ!!」
そう言って、2人は固く握手した。シロはこう思う。勇太が馬鹿で良かった、と。勇太が相手だったからこそ、己の“主人公のチートプレイが見たい”という当初の目的を捨てたことで、己の失態をうやむやにできたのだ。
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「それに勇太よ、この世界なら誰しも使えるスキルが実はあるぞ。」
「え!?まじで!?僕も使えるの!!?」
「もちろんじゃとも。手をかざして、“ステータスオープン”と言ってみ?」
「ステータスオープン?」
よく分からないまま唱えてみると、目の前にたくさん文字の書かれた青い液晶板のようなものが現れた。
「うわ!何これ!?」
「決まっとるじゃろう。ライクエと同じじゃよ。それが今のお主のステータスじゃ。」
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ユウタ・モチヅキ(15)
レベル:1
性 別:男性
職 業:無職
HP 10/10
MP 0/0
ちから・・・・5
まもり・・・・5
すばやさ・・・5
きようさ・・・5
かしこさ・・・5
まりょく・・・5
うん・・・・・5
スキル
(なし)
称号
異世界からの来訪者
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「おぉ~。凄いのかどうか全然分かんない。」
「なんじゃそら。これでもこの世界のシステムを作るときには“分かりやすさ”を重視したんじゃぞ。」
そうなんだ、と勇太は返す。しかし、唯一見たことのあるゲームでさえ、ほんの僅かな時間だった勇太にとっては、言葉の意味は分かっても自分が強いかどうかはさっぱりだった。
「この世界に来たばかりじゃからレベル1は当然として、ステータスがオール5というのは、まぁ鍛えていない勇太には妥当なとこじゃろ。」
「へぇ。」
「我はそれこそライクエリスペクトなところがあるからの。ステータスの数字が馬鹿みたいに高くなるのが好かんのじゃ。つーことで地球の一般的な成人男性の腕力を5としてみた。」
「じゃあ僕は一般的な強さってことか。」
少しほっとした。先ほどレベル99がどうのこうのと言っていたから、勇太には5という数字がとても低く感じられたのだ。
「ま、数字を低めに設定したぶん、1の中にも振り幅があるがの。例えば、地球で最も足の速い陸上選手がこの世界に来たら、“すばやさ”は何くらいになると思う?」
「え?そりゃあ・・・15くらいはあるんじゃない?」
勇太の100メートル走の記録は15秒丁度。確か世界記録は9秒半くらいだったはず。単純に考えてもそれだけで1.5倍くらいの差があるのだ。距離が伸びれば伸びるほど、その差は大きくなるだろう。しかし、シロの出した答えは予想に反したものだった。
「ま、良くて6ってとこじゃろうの。」
「え!?6!?低過ぎでしょう!?」
「いんや、そんなことない。この世界においては、勇太も世界トップクラスのアスリートも、大した違いはないということじゃ。」
勇太にとっては驚愕の情報だ。これは陸上選手を低く見ているのではなく、ステータスの数値を1上げるのにも相当な苦労を要するということなのだろう。
しかし、得心がいったこともある。個人的には頭を使うより、運動する方が得意なつもりだったのだが、全て数値は“5”。多少の得手不得手などステータスに影響を与える程ではない、ということだ。
「しかし、今の話はあくまで地球基準で言ったら、じゃ。この世界で冒険をするならば、最低でもレベルは10欲しい。10を超えてやっと1人前というところじゃ。その頃にはステータスのひとつくらい20を超えるじゃろ。」
「ま、まじで!?そんなにすごいのこの世界!?」
1人前レベルでも地球のトップアスリートの約4倍。恐ろしい実力差だ。
「それもこれも“ステータス”と“レベルアップ”という我の恩恵によるもの。この世界では経験値を貯めることで、しっかりと実力に反映するようになっとるのじゃ。」
「へぇ~。」
「ちなみにこの世界の頂点に立っとる連中は大体レベル55~60ってとこじゃ。ステータスでいうと軒並み100を超えとるはずじゃな。自分の長所だけを伸ばすような一転集中型なら200を越えとるやもしれんのぅ。」
「はぁ~。もう途方もない数字だなぁ。」
己との差が有りすぎて、最早別の世界の話のようだ。
「他にも色々と注意事項はあるが、ま、それは道中ゆっくりと話してやろう。」
「ありがとう、シロ。ところでさ・・・シロのステータスはどーなってんの?」
「ん?我か?平時ならいざ知らず、今は神の力を封印したからの。お主より低いくらいじゃろて。」
そう言って、ステータスオープンとシロは唱えた。早速現れたステータスを勇太が覗き込んでみると・・・
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シロ(5?)
レベル:1
性 別:女性
職 業:無職
HP 5/5
MP 5/9999
ちから・・・・3
まもり・・・・3
すばやさ・・・3
きようさ・・・3
かしこさ・・・3
まりょく・・・3
うん・・・・・3
スキル
(なし)
称号
元・神様
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2人の間に沈黙が流れた。明らかにおかしい点がある。それを見過ごすことは、勇太にはできなかった。
「・・・MPって確か、魔法を使うときに使うんだよね?」
「う、うん・・・まぁ、そう、じゃな。」
それが9999と。200を越えたら世界の頂点らしいのに、9999。これは、アレだろう。ついさっき勇太が習った例のアレだ。
「・・・チートだ。」
「い、いや待て勇太。違う。違うぞ。違うからちょっと落ち着け。」
「チートだチート!さっきあんなに偉そうに言ってたクセに自分だけチートしてる!!」
「ちょ、ちがっ・・・!」
「ち!い!と!!ち!い!と!!!」
「違うと言うとろうがぁぁぁぁぁ!!!」
晴れた青空の元、2人の言い争いは泥沼の様相を呈してきたようだ。
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「よいか勇太よ!ステータスとは互いに干渉し合っている数値が存在するのじゃ!!」
そう言って、どこかから持ってきた木の棒を使って、シロは地面に図を描いていく。
「“ちから”が伸びると、つられて“まもり”が上がる。この2つのステータスは、“HP”の項目にも影響を与える。必ず同じ数値になるわけではないし、“ちから”と“まもり”を足せば“HP”になるわけではないがな!」
地面にはこの3つの項目を三角形でつないだ。つまり他の数値には影響しないということか。
「これらの関係は、“MP”にも言うことができる!」
「“かしこさ”が高ければ高いほど、“まりょく”は伸びやすい。そして、この2つの項目の影響を受けて、“MP”も伸びていくのじゃ。」
「ふんふん。それで?」
「“かしこさ”とは読んで字の如く、そのものの頭の良さを表している。“まりょく”はそのものの魔法に対する素養を示し、主に魔法を行使した場合の威力や魔法を受けたときの抵抗力に影響を与える。」
そう言って、先ほどの図形の横に同じような三角形を注釈を付けつつ描いた。
「対して“MP”は、言うなれば器の大きさじゃ。例えばここに水の入ったコップがあったとする。コップが“MP”じゃな。」
「じゃあ水が“まりょく”?」
「いんや、水は残存MPと言ったとこじゃろう。コップの中の水をいかに使うかによって、魔法の種類が決まる。飲んでよし、かけてよし、草木にまくことだって出来よう。そう考えると“まりょく”はコップを持つ人物と例えることが適当かもしれん。コップを持つものが幼ければ、水は飲む以外に考えられまい。敵にかけろ、と命令されても、大人と比べて上手にはかけられんじゃろう。」
「うーん。何となくイメージが掴めてきた・・・かな?」
大人になれば、かける水の量も調節できるし、子どもより勢いよく水をかけることもできる。つまり“まりょく”は魔法を使うセンスのようなものかもしれない。
「そこで何故我の“MP”だけが突き抜けて高かったのか、じゃが・・・おそらく、我の力を封印したことに原因があるのでは、と我は思う。」
「何?“MP”だけでも神の力を残そうと思ったの?ずるーい。」
「違わい!我も確証があるわけではないが、内なる力を封印したものの、そこに器だけ残ったのではないじゃろうか?」
「器だけ?」
「うむ。先の例えでいうなら、水は捨てたしコップを持つ我も幼くなった。しかし、肝心のコップだけは残った、と。」
「なにそれぇ。手抜き工事じゃん。」
「仕方ないじゃろ!我だって自分の力を封印するなんて初めてだったんじゃもん!!」
結局のところシロの不手際だったということで落ち着いた。どうやら地球の神様は肝心なところで脇の甘いところがあるらしい。
自身への擁護もあって、シロは自分の主張を続ける。
「それに、これはおそらくチートにはならんじゃろ。大した利便性はないはずじゃ。」
「え?なんでよ?魔法使い放題なんでしょ?」
「使い放題でも使い手が未熟ではたかがしれてるじゃろ。例えコップが水になろうと、子どもが出来るのは水遊びが精々じゃ。」
「あ、なるほど。」
確かにその通りかもしれない。魔法使い放題なのは破格の能力なことに変わりはないが、少なくとも冒険の序盤は大した恩恵がないような気がしてきた。
「ま、我の職業は決まったな。魔法使いか、もしくはそれに類する職業が適任じゃ。」
「いいなぁ。僕もなれる?」
「なれるはなれるじゃろうが、我と同じではお互いの長所短所を補い合えまい。何か前衛職が理想的じゃな。」
「えぇ~。」
勇太は不満そうな表情だったが、シロは笑って答えた。
「なぁに、前衛でも魔法は使えるし、魔法以上にお主を虜にするものがあるやもしれん。これからの旅路は長い。ゆっくり考えたらよいのじゃ!」
そう言って2人は歩き出した。着地点もシロの設定通りだったようで、遠くに街のようなものが小さく見える。とりあえずそこを目指しながら、道中で勇太の質問にシロが答えることにしたのだ。
「そもそも他にどんな職業があるの?ライクエと同じ?」
「ベースはな。しかし種類は段違いじゃぞ。例えば・・・」
スキルを失った一大事はどこへやら。2人は希望に満ち満ちて進んでいく。それも仕方ないことだ。2人は冒険初心者。最も冒険を愛し、冒険を楽しめる瞬間だ。失敗も後悔も冒険のスパイスにしかならない。今を全力で楽しむ。これぞ冒険者の原点と言えるだろう。
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そんな冒険初心者たちを、相当距離離れた後方から、補足している人物がいた。
その者は頭からすっぽりフードを被って顔を隠していた。僅かに覗く眼に望遠鏡を当て、2人の姿を観察している。
そしておもむろに左手を耳に当てると、左手から小さな魔法陣が浮かび上がった。
「対象を補足しました。これより接触を開始致します。」
言うやいなや、その者の姿が霞の如く消えていった。
冒険に不穏な陰は付き物。しかし、これがスパイス程度におさまるかどうかは、神にも分からぬ話のようだ。




