フォール・イン・アナザー・スカイ
「百歩、いや千歩譲ってスキル5個。これ以上は譲れません。」
フレイヤが2人に告げた。ブーブーとブーイングのひとつでもかましたい気分の2人だったが、フレイヤの鋭い眼光を見て、二の句を告げることが出来なかった。
「更に、5個の場合は、ランダムで選んでもらいます。もちろん1個にするならば、勇太様が直接選んでも構いません。どちらに致しますか?」
フレイヤの提案するルールの変更。一度冷静になって考えれば分かるが、明らかに自分たちの為のルール変更だ。ひとつでも破格の実力を得られるスキルが5つ。場合によってはスキル同士のコンボまで出来てしまう。そうすれば言っては悪いがヌルゲーだ。ランダムくらいは許容範囲だろう。
勇太は少し悩んだ素振りを見せたが、案外あっさり決断した。
「スキル5個で。」
「よろしいのですか?もしかしたら使い勝手の悪いスキルになってしまうかも知れませんよ?」
フレイヤの言い分にも、まぁ一理あるが、勇太が選んだ理由は至極単純なものだった。
「いや、よく考えてみれば、僕あんまり魔法とか詳しくないんですよね。昔仲の良かった友達の家で、少しだけゲームを見た時に知った程度です。だから、正直何がよくて何が悪いかきっと分かんないかなって。だから、それならランダムでも5個にした方がお得じゃないですか?」
「なるほどのぅ。その通りじゃな!」
そう言って、シロは笑った。勇太という青年の人となりが少しずつ分かってきた気がした。
「うむ。勇太の選択、間違いじゃなかろう。冒険とは未知の世界に一歩踏み出すことを指す。くじ運に頼るのもまた一興じゃろ。」
「お二方がそう仰るのでしたら、そうなのでしょう。では・・・」
そう言って、両手を差し出したフレイヤの手の中に、突如紙束が現れた。先程シロに託されたスキルの山だ。
「勇太様、この紙にスキルが封じてあります。目を瞑って適当に5枚お選びください。」
「はい。」
そう言って、5枚選び出す。薄目を開けるなどの不正をするつもりは、勇太にはない。どうせ見えても無知な自分には意味がないし、そもそもフレイヤには通じないだろう。そうこうしてる間に、5枚選び終わった。
「終わりました。」
「では一旦お預かり致します。・・・はい、目を開けても結構ですよ。」
そう言われて目を開けると、フレイヤは5枚の紙を紐で丸く束ねてくれたようだ。その紙束を手渡しながら、フレイヤが告げる。
「その紙を破けば、破いた者に書いてあるスキルが宿ります。折角ですから、どんなスキルが手に入ったのかは、異世界に行ってからのお楽しみとしましょう。」
これ以上ここで騒がれても迷惑ですし、という辛辣な言葉は心の中だけに留めることにした。
「そっか。分かりました。そうします。」
「楽しみじゃのう!勇太!!」
「あれ?シロは見てなかったの?」
「うむ!我もドキドキを味わいたくてな!!・・・あっ、勇太!見てみい!その紙束、横から覗けるぞ!!」
「あっ本当だ!一枚目なら分かるかも!!何々・・・ま、魔法・・・?後は読めない!!」
「なぬ!良かったのう勇太!!お前の大好きな魔法関連のスキルじゃぞ!!」
「ま、マジ!?ちょ、もう少し!!どっかに明かりない!?」
「おい、フレイヤ!懐中電灯!!懐中電灯持ってきて!!」
「迷惑だから早く行ってください。」
心の中で留めることが出来なかった。フレイヤをもってしても我慢出来ないほど、2人のウザさは群を抜いていたのだ。
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フレイヤが右手を前にかざし、何事か呟くと、地面に直径2メートル程度の黒い穴が瞬時に空いた。
「ここに入れば、神様の造りし異世界“アガルタ”へと行くことが出来ます。私も時々はここから様子を見るつもりですが、極力干渉は致しません。無論神の力を失ったシロ様では、私と連絡を取ることも出来ません。つまり、ここに入れば、正真正銘お二方の力で歩んでいくことになります。」
ここでフレイヤは一呼吸置き、2人に最後の確認をする。
「御覚悟は、宜しいですか?」
2人の答えなど、とうに決まっている。こんなのは、2人の果てない冒険心に更なる燃料を投下するだけの、言わば発破でしかないことは、フレイヤも重々承知していた。
そして2人も、フレイヤの思う通りの答えを返す。
「はい!!」
「もちろんじゃ!!」
「承知致しました。それでは、お二人のこれからの旅路に、幸あらんことを。」
そう言って、フレイヤは脇に下がった。勇太は黒い穴を見下ろす所まで近付いて、自分が少し震えていることに気付いた。
怖いのではない。いや、怖さもあるのだろうが、それだけではないのだ。緊張、期待、不安、焦燥。色んな感情が混ざり合って、心地良く勇太を震わせる。言わばこれは武者震いと言ったところだろう。
「おい勇太。」
「え?」
そんな勇太に、後ろからシロが声を掛けた。振り返ってみれば、さもイタズラしますよとでも言いたげな、悪い笑顔を浮かべてる。
「そんなところで震えるようでは、今から起こるイベントでちびってしまうぞ。」
「は?い、イベント?」
シロはこれまで散々自分を振り回した意趣返しとして、返答を行動で示した。
「つまりこういう・・・ことじゃい!!」
そういって走り込み、勇太に跳び蹴りをかます。
「ごふぅ!!」
「かっかっかぁぁ!!」
その勢いのまま、2人は黒い穴の中へと消えていった。
「・・・はぁ、最後まで本当に・・・」
眉間を押さえ、フレイヤは頭を降る。
頭痛を払ったところで、ひとつ手を叩いた。するとどこからともなくスーツ姿の男性が現れ、フレイヤに頭を下げた。どうやらフレイヤの部下のようだ。
「今から神様の造った異世界を地球へとしっかり紐付けします。各省庁に連絡を。・・・そうですね。位相を少しだけズラして配置しましょう。そうすれば今後世界同士が干渉することもないでしょう。」
「承知致しました。地球に起きた大小様々なトラブルは如何致しましょう?」
「時間軸にテコ入れを行います。一週間分くらい前に戻せば十分でしょう。原因は取り除いてあるのですから、同じことは起こりません。さっ、神様もとい問題児がいない今がチャンスですよ。」
「直ぐに準備に取り掛かります。」
そう言ってスーツの男性は姿を消した。フレイヤは、やはり神様を異世界に送って正解だと確信した。世界が増えて二倍になった仕事も、プラマイでプラスに激しく傾く程、仕事がスムーズに進む。
やはり、子どもは仕事場から隔離するに限る、そうフレイヤは思った。
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「ななななな、なんじゃこりゃぁぁぁぁぁ!!」
勇太が黒い穴に跳び込んで、いや跳び込まされて、視界は直ぐに変わった。黒から青へと。
そう、勇太は今、上空1000メートル以上の高さを物凄いスピードで・・・落下していた。
「うははははぁぁぁぁ!!!やっぱり異世界転生つったらコレじゃろう!!!」
「死ぬぅぅぅぅ!!さっき死んだのにまた死ぬぅぅぅぅ!!」
「安心せい勇太ぁぁ!!地面に着く直前に風の魔法が働くように設定しとるわぁぁ!!」
そうやって叫ぶシロの声は、全く勇太の耳に入っていないようだ。それもそうだろう。雲を下に見下ろすような高さからの落下、例え安全に着地出来てもショック死してしまうかもしれない。
しかしそんな勇太の気持ちなぞつゆ知らず、シロはとてもご満悦のようだ。勇太は惨めにも両手をバタバタさせている。その様がまたシロの笑いのツボを刺激する。
「わははははは!!!なんじゃそれはぁぁ!!鳥にでもなったつもりかお主ぃぃぃ!!」
シロはこの“上空1000メートルダイブ式召喚法”を採用して大正解だと思った。上空を舞う(おちる)快感と勇太にやり返して溜飲が下がる気持ちの両方を感じることが出来たのだ。
「さぁそろそろつくぞ勇太ぁぁぁぁぁ!!!」
「やべぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
そうこうしてる間にもう地上だ。神の設定通り、着地寸前に2人の体を風が包み、見事に減速して綺麗に地に着いた。
「気圧変化による体調不良もなし。うむ!我ながら完璧な仕事よの。」
「・・・。」
「ん?どうした勇太?まさか冒険の第一歩目で挫折か?いかんぞそれは!!これからめくるめく希望と危険に満ちた物語が始まるのじゃ!!お主は主人公なんじゃ!!しゃんとせい!しゃんと!!」
笑いを噛み殺しながら勇太にそうのたまう。シロのご機嫌も最早有頂天だ。
勇太はしばらく放心していたが、やっと復活したかと思うと、ゆっくり顔をシロに向けた。
「なんじゃ?何ぞ言いたいことでもあるのか?鳥になれない勇太や?プフフ!!」
そう言ってまだ勇太を小馬鹿にするシロに、勇太は無表情で告げた。
「残念な、とても残念なお知らせがあります。」
「なんじゃ?もしかしてあれか!?本当に漏らしたのか!!くーお主は15にもなってお漏らししたんか!?恥ずかしいとは・・・」
「スキルの紙がどっか行った。」
「思わ・・・ん・・・え?」
シロは記念すべき冒険一歩目にして、自分の心から挫折の音がしたのを感じ取った。
短いですが、今回はここまでです。この話までを第一章として、次回からは第二章の始まり始まり!!