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ディス・イズ・勇太

 そう、絶句だ。絶句しか出来ない。シロは目の前で繰り広げられた勝負を見て、絶句する以外何も出来ない。


 有り得ない。信じられない。脳から理解を拒む。形容し難い感情が自身の心の中でのたうち回る。


「う、嘘だ・・・。そんな・・・このアタイが、こんな若造に・・・。」


 ノワールが地面に膝をついた。彼女もまた、目の前の現実を許容出来ないようだった。


「勝負あり、ですね。約束通り今後ちょっかい出すのはやめてください。」


「ぐっ・・・!・・・ワッカ!リヤス!!」


 ノワールは配下にある2人の名前を叫んだ。しかし、望む反応は得られない。


「あば、あばばばばば・・・。」


「・・・。」


 片や白目をむいて痙攣し、片や押し黙って応えない。


「何してんだいグズどもが!!さっさと判定を覆しなぁ!!」


「無理っす・・・。姐さん、負けを認める、しか・・・ありません。」


 激昂するノワールに対して、絞り出すようにリヤスは答えた。そう、この勝負の審判役を務めたのは他ならぬワッカとリヤスなのだ。完全に出来レースの環境を、勇太は容易く覆してみせたということだ。


「や、ヤッくん。これって・・・」


 戸惑うセーランとは対照的に、ヤタは結果が分かりきっていたかのように落ち着いている。紫煙とともに、弟子の出来を噛み締めているようだ。


「勇太の実力は置いといてっつったろ。相手もそれなりにやるようだが、それでもやりゃあ勇太が勝つのは目に見えてた。なんつったってあいつぁ・・・


この俺と肩を並べる実力を手に入れたんだ。」


「ヤッくん・・・。」


「ったく。何が凡人だよ。とんでもねぇ化け物じゃねぇか。完全素人の状態からたったひと月でこの俺に並ぶたぁな。ふふっ、これじゃあ師匠の面目丸つぶれだなぁ。」


 言葉とは裏腹に、ヤタは嬉しそうに目を細めた。弟子の成長が嬉しいのか、それとも孤高であった己と競うことのできる強敵ライバルの誕生が嬉しいのか。あるいはそのどちらもか。


「有り得ない・・・。そんな・・・。」


 裏社会に精通している人間程、退き際を弁えているものだ。それはノワールとて同じことだが、今回ばかりはどうしても納得出来ないようだ。


 あの美しくも危うい雰囲気はどこへやら。往生際が悪過ぎて見る影もない。必死な形相で誰に向けているかも分からない自己弁護を繰り返した。


「そんな馬鹿な、そんな、そんなアタイが・・・アタ、アタイの・・・





アタイの『ジェネラルゴブリンの丸焼き』より旨いものなんてあるはずない!!!」


 そう叫んで、ノワールは拳を地面に叩きつけた。そんな彼女に勇太は告げる。


「確かにあんたの料理はうまかったよ。でもさ、あれはあんたが上手いんじゃあない。食材が旨かっただけさ。」


「そ、それが何だってんだい!うまきゃあどっちでも同じことだろう!?」


「いいや違うね。そんなことだからあんたは僕に・・・俺に負けたんだ。あんたの料理には、決定的に欠けているものがある。」


 勇太の目には信念が宿っていた。誰が相手でも退くつもりは毛頭ないような燃え上がる信念が。


「・・・はっ!そんなのがあるなら是非ご教授いただきたいね!教えておくれよ!!アタイの料理に足りないものを!!」


「愛が足りない。」


「はっ・・・?」


 青臭いにも程があるそのせりふを、勇太は臆面も無く言った。ともすれば勝者の死体蹴りともとられかねない主張を、真っ直ぐにノワールにぶつけた。


「・・・は、ハハハ。アハハハハ!!こいつぁ傑作だ!!」


 まるで冗談のような暴論にノワールは笑い出してしまった。ひとしきり笑い終われば、残るのは先程を凌駕する怒りだけだ。


「ふざけんじゃないよぉ!!世間も何も知らないクソガキが偉そうにぃ!!!愛だぁ!?それで料理の味が変わるなら料理人なんてこの世にいらないんだよぉ!!」


「・・・あんたさ。俺の食材見たとき、笑ったよな?その理由を教えてくれよ。」


 鬼気迫るノワールを前に、勇太は一歩も譲らない。青臭い暴論を吐いたなら、最低でも舌戦に応じる責任がある。そのように勇太は考えているのだ。


「あぁ!?決まってんだろう!ローガルフィッシュなんか持ち出してくるからさ!あれを見たときアンタがズブの素人だって確信したね!」


「なんで?」


「それみろ!そんなことも分からないじゃないか!ローガルフィッシュなんか泥臭過ぎて煮ても焼いても食えやしないんだよ!」


「そうじゃない。なんで、煮ても焼いても食えやしないと決めつける?」


「あぁ!?」


「この辺りで新鮮な魚を食おうと思ったらローガルフィッシュくらいしかない。それなのに、たかが泥臭い位のことで食べるのを諦めるだって?俺には理解出来ない。」


「なっ・・・!じゃ、じゃあアンタは見つけたってのかい!?ローガルフィッシュの食べ方を!?」


「そんなの簡単な話だよ。綺麗な水で5日ほど育ててやればいいだけだ。」


「綺麗な水で・・・育てる?」


 ローガルフィッシュは、ローガリアの近くにあるローガル池に生息している。しかしこの池、実はかなり泥の含まれた水質であった。


 その池が問題なら後は簡単。綺麗な水で育てれば魚から泥が抜けるはずだ。厳密に言えばそこまで単純な話ではないが、それでも試行錯誤の果てに勇太は泥臭さを克服するに至った。


 対して、ノワールでは捻ってもそんな発想は出て来ない。彼女にとって食材は切って焼く。ただそれだけ。育てるなんていうのは自分の範疇には置いていない作業だ。


「食べてくれる人がいる。自らの為に食材となる命がある。そう思ったら、もっと食材を研究するもんだ。」


「ぐっ・・・!!たかだか魚1匹で偉そうに!!」


「ローガルフィッシュだけの話じゃない。あんた、なんでジェネラルゴブリンを丸焼きにしちゃったんだ。インパクトのある旨味も、調理の段階で肉汁とともに流れ出ちゃったじゃないか。せめてステーキくらいにすべきだったと思う。」


「う、うるさいんだよクソガキがぁ!あんたのチマチマした料理よりアタイの料理の方が絶対に旨いに決まってるんだ!!」


 この期に及んでまだ負けを認められないノワールに、勇太は一皿を差し出した。


「なら、食ってみてよ。俺の『ローガルフィッシュのソテー』を。」


「な、なんだとぉ・・・!?アンタの料理を食えばアタイが負けを認めるとでも思っているのかい!!料理の神か何かになったつもりかい!!アンタの料理はそれほど・・・!!!」


食即解くえばわかる


 ここまで言われて、ノワールは引き下がることは出来なかった。己の料理人としてのプライドにかけて、目の前のコレ(・・)を認めるわけにはいかない。口汚く罵ってやる、と心に決めたものの、料理を自らの口に運ぶその手はプルプルと震えてしまっていた。


「こんな・・・こんな料理・・・。」


 鼻を通り抜ける香り。食欲を刺激する見た目。


「こんな・・・こんなの・・・」


 舌に広がる未知の旨味。優しく、温かく、蕩けるように口内全体に広がっている。


「こん・・・な・・・の・・・。」


 ノワールは今や、清流の中にある。味が、ローガルフィッシュ本来の旨味が、まるで清流に身を任せ漂う自分を連想させる。この旨味はとても落ち着いていて、インパクトがあるわけではない。それなのに、

蕩ける舌が、胃が、脳が。本能が叫んでしまう。


「こんなのうますぎいぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!」


 バァン!!と、激しい破裂音が響いた。あまりの旨さに、負けを認めるだけでなく、ノワールの衣服が弾け飛んだのだ。


 そして勇太は、全裸になって痙攣するノワールにその辺りにあった布を被せながら振り向く。後は一言、決め台詞だ。





「おそま「言わせるかボケぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」つぶふぇぇぇ!!」


 ここまで沈黙を守っていたシロの、堪忍袋の緒がとうとう切れた。修行の成果なのか、その時の神☆跳び膝蹴りは勇太の顔面を捉えるほどの高さであった。


「さっきから黙って見てれば何をしとるんじゃお主はぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」


「え、ちょ、ちょっと待って。何?何を怒られてるの?待って分かんない。勝ったよね僕?」


「勝ち負けの話はしとらんわぁ!!勝ち方の話をしとるんじゃクルァァァァ!!!」


 シロは思う。過去何度勇太に切れたか分からない。その度に今までで1番の怒りを感じていたつもりだったが、それは勘違いであった。今この瞬間、この瞬間の怒りこそ頂点だ。これから先、この怒りを超えることがあるなど考えたくもない程だ。


「か、勝ち方?あの女の人の服が脱げちゃったこと?しょ、しょうがないんだって。なんか本気を出してヤタさんに教わった通りに料理を作ると何故か女の人だけああなっちゃうんだよ。」


「ヤッくぅん?」


「やめろ勇太ぁ!!俺を巻き込むんじゃねぇぇ!!」


 嫁のアイアンクローを食らって3センチ程宙を浮いているヤタに見向きもせずに、シロは怒りをぶちまけた。


「そこじゃないわぁぁぁ!!服が脱げたことも!途中で口調が変わったことも!中華〇番みたいなことを言いだしたことも!ツッコんでいたら日が暮れるんじゃいバカタレがぁ!!!」


「え?口調変わってた?それに何?中華・・・何って?」


 戸惑う勇太を無視して、シロは体躯に似合わぬ威力の震脚をし、凄みを効かせて勇太にひとつだけ問うた。


「おい勇太。絶対に違うと思うが。いや、違うと信じておるが・・・。まさかお主、この1ヵ月。・・・料理の修行だけをしておった訳ではなかろうな?」


 この問いは、ある種の願いだ。違うと言ってくれ。否定してくれー・・・・。元神から人の子への願いだ。そんな怒りと願いの入り混じった問いを受け、勇太は少し考えてから言った。






「・・・・・・・あれ?僕また何かやっちゃいました?」


「殺すぞお前ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


「おぶふぇ!!」


 神☆正拳突きが、またも勇太の顔面を捉えた。


「な、なんで怒るの?シロの言う通りに決め台詞言ったのに!!」


「やめろ!二度とその台詞を言うでない!!お主がその台詞を言うと我の全身が燃え上がるような怒りに包まれるわ!!つーか何かやっちゃいましたじゃないわぁ!!何もやっとらんじゃろうが!!」


「い、いやいや!やったから!!血の滲むような修行だったからね!!」


「そうだぜ嬢ちゃん。勇太はよくやった。それは俺が太鼓判を押してやる。見てもないのに否定するようなこと言っちゃならねぇ。」


「ヤッくんは少し静かにしてようねぇ。」


「あだだだだ!」


 ヤタのフォローも意味をなさない。未だ嫁の右手から逃れられていない男のフォローなどその程度だろう。


「料理の修行をしてどうするんじゃいボケェ!お主は冒険者じゃろうが!ヤタに刀の扱い方を習わなかったんかい!」


「いや、僕も最初はそう思ったけどさ。何かヤタさんが包丁渡してきて”相棒と思え”とか言うから・・・。あれ?もしかしてまた僕察せてなかったのかな?って思って。思い返してみればシロも言ってたし。”強くなる前にまず料理だ”って。あと”魔法より熱中できるものがあるかも”って。確かに今はもう魔法いいかなって思うよ。それより料理の腕を磨きたいね。」


「お主・・・なんという・・・。」


 絶句するシロを尻目に、強い絆で結ばれていたはずの師弟が醜い争いを始めた。


「はぁ!?お前料理人になるんじゃねぇのかよ!?俺の料理に惚れたとか言ってたじゃねぇか!!紛らわしい言い方すんじゃねぇ!!そもそも修行始める前に言えばいい話だろうが!!」


「いやいや!ヤタさんが異論あるなら修行やめるみたいなこと言うから!!てっきり僕はお店を手伝うことが先なのかと思って従ってたんです!!弟子ですから!!」


「お、俺のせいにすんじゃねぇよ!!何が従ってただ!?料理の修行にノリノリだったじゃねぇかお前ぇ!!」


「習う以上は真剣になってただけですから!先に勘違いしたのはヤタさんですって!!」


「き、汚ねぇ!師匠を犠牲にするつもりかお前!なんでこんな怒られてるのか知らねぇが全責任もってここで切腹しろコラぁ!!」


 ヒートアップしていった見るに堪えない口喧嘩も、そろそろ終わりを迎えるようだ。


「ヤッくん。言い訳はパパとして情けないよぉ。・・・・お仕置きが必要、だね。」


「勇太・・・。とりあえずお主は・・・いっぺん死んどけ!」


「「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」


 こうして、勝者無きまま戦いは幕を降ろした。2人の断末魔をエピローグとして。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「えい!やぁ!とぉ!」


 馬鹿師弟への制裁を済ませ、幾分か留飲も下げたあとは、現状の課題を解決しないといけない。とりあえず勇太の実力や才能を確認するため、他の3人の立ち合いのもと、勇太は裏庭で刀の素振りをしている。


「せい!えいやぁ!!・・・はぁ、はぁ。どうですか?師匠!」


 3分程度素振りをしたところで、勇太はヤタを見た。シロとセーランの視線も集中する。ヤタは、今の光景を十分に反芻して、紫煙を吐き出してから確信をもってこう答えた。


「うん!お前凡人!なんも才能ないわ!」


「ですよねぇ!」


「「あっはっはっは!!」」


「笑っている場合じゃないじゃろうが!!」


「ヤッくん真剣にやんないと観光地の刑だよ?」


「「すみませんでした・・・」」


 師弟というより親子のようという例えは、どうやら悪いときほど当てはまるらしい。頭を下げる姿は2人ともよく似ている。


 頭を挙げて真剣に悩んだ後、ヤタは大きなため息をついて正直に答えた。


「しかし実際、凡人であることは事実だ。勇太にゃ悪いが本当に才能の欠片もねぇ。」


「いえ。僕もそう思います。料理をしているときは、修行を始めたときから何か歯車が噛み合うような感覚がありました。でも刀をいくら振ってもその感覚を得られないような気がします。」


「そう・・・。ヤッくん、何とかならないのかなぁ・・・?」


「刀の道を極めるっつーなら別に止めはしねぇよ。ただ・・・そうだなぁ。それこそ血の滲むような修行を続けて、寝ても覚めても刀のことだけを考えて、それを人生の終わりまで続けたとしたら。まぁ俺にひとつくらい傷をつけられるようにはなるかもしれねぇな。」


「それってつまり実質諦めた方がいいってことじゃないですか。」


「お前ぇの進む道を俺が決めるようなこたぁしねぇがな。刀にこだわりがないならやめといたほうがいいと思うぜ。魔法の方はどうなんだよ?」


 ヤタはセーランに話を振った。セーランは勇太に申し訳なさそうな顔を向けて、弱弱しく言った。


「魔法も多分・・・同じだと思う・・・。使えないわけじゃないとは思うけど、向いてないと思うなぁ・・・。ごめんね、勇太ちゃん。」


「いえ、正直に教えてくださってありがとうございます。」


 セーランの悲痛な顔に、むしろ勇太は救われた思いだ。これから冒険に出ようとする者に過信は禁物。甘い慰めは勇太にとって毒でしかないことを、セーランは理解していた。そして勇太も、セーランが理解していたことを理解した。


「じゃあどうせぇっつーんじゃ・・・。ローガリア祭は明後日には始まっちゃうんじゃぞ・・・。」


「・・・。」


 力なくうなだれるシロに、勇太は掛ける言葉が見つからない。自分の弱さが原因なのだから、何も言うことは出来ない。


「・・・ひとつだけ。ローガリア祭で結果を残すという1点に話を絞るなら、ひとつだけ考えがないわけでもない。」


「なに!真か!?」


 ヤタの発言に、嬉々としてシロは顔を上げた。しかし言葉とは対照的に、ヤタの表情はあまり明るくない。何か危険な方法をとるのでは、と思う程だ。それを察したのか、ヤタはまず否定から入った。


「あぁ違う違う。別に違法や外道に手を染めるわけじゃねぇ。まぁ邪道っちゃあ邪道だろうがな。」


「なんじゃその方法は!?早く教えてたもれ!!」


 焦るシロをなだめるように、ヤタは秘策を授けた。



 そして、舞台は2日後。ローガリア祭へと変わる。







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