閑話2 やらかしファザー
その昔、とある冒険者がいた。その冒険者は同業者から忌み嫌われていて、常にソロで活動していたそうな。
嫌われる理由は大きく分けて2つあった。その内のひとつ。それは、
「魔物を・・・殺さない?」
「えぇ。必要がないなら、だけどねぇ。」
彼は無益な殺生を嫌った。それは、周りの冒険者からしたら不愉快以外の何物でもなかった。
そんな甘えた偽善を吐いていけるほど、この世界は優しくない。
魔物を殺す自分達が悪いのか。人を害する魔物を殺すことの何が悪というのか。
お前が殺さぬ魔物が、明日には無関係な人間を襲うかもしれぬ。お前の偽善が誰かの命を奪うことになるのだ。
彼を否定する声はそれこそ、枚挙に暇がない程だった。
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「ま、はっきり言って周りの奴らが正しいと俺も思うぜ。強いて言うなら別に善と思ってやってるわけじゃねぇから、偽善じゃなくて純粋な悪だってとこくれぇかな?反論できるのは。」
ある晩、珍しく酒を飲んで気を良くしたのか、少し思い出話をしてくれた。恥ずかしがってはいたが、酒が進むとともに、とつとつと語り始めた。
「じゃあなんでそんなことを・・・。」
勇太には分からない。善と思って、正しいと思って抱いた正義でないのなら、何故嫌われてまで悪と思うことを為したのか。
「そう決めたからだ。俺自身が決めた。そうあろうと。そうやって生きていこうと。」
己自身に立てた誓いは、取り立てて他人に語ることではない。むしろ口に出すことで価値が下がると思う男は多い。だから男がこんな話をするのは、決まって酒の席だけだ。
「俺ぁよ。生まれは東方の国“ジパング”らしいんだがな。物心ついたときにゃ、スラムに捨てられてたんだよ。」
ゴミを漁り、物を盗み、悪党の小間使いをして日銭を稼ぐ日々。先のことなど考える余裕はなかった。
そしてとうとう、自分よりも悪党なやつに騙され、魔物への囮に使われて、街から遠く離れた平原に捨てられた。
「あんときゃあバカな俺でもすぐ分かったね。何かしねぇと明日の朝日は拝めねぇって。だから近くのゴブリンを殺すことにした。」
「え!?勝てたんですか!?」
「あたぼうよ。3回ぐれぇ死ぬかと思ったがな。それでさっそくゴブリンの肉を食ってみたわけよ。そしたらこれがまじぃのなんのって。」
本当は笑い事ではないのだろう。しかしヤタは笑っている。吹っ切れた証拠か、それとも笑わないとやっていけないのか。
「そんときに決めたんだ。まず、ゴブリンの肉を旨く食える男になるって。まぁつまり、料理人になるってな。そしてもうひとつ。食う以外の理由で魔物は殺さないって。」
「前半はまだ分かりますが、後半は何故・・・?」
「いや本当、何でだろうな?自分でも上手く言葉に出来ねぇが・・・。なんて言うか、そうしねぇと食った魔物に申し訳ねぇと思ったのかな。ま、とにかく俺は決めちまったのさ。」
食わないやつは死んでも殺さない。
殺したやつは死んでも食らう。
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「ヤッくんはねぇ。本格的に冒険者として活動するようになってからぁ、生まれ故郷のジパング製の“カタナ”という武器を使っていたらしいわぁ。」
「おぉ!刀!我も好きじゃぞ!」
「あらぁ。さすがシロちゃんは物知りねぇ。じゃあもう知ってると思うけど、カタナって扱い難くて人気ないのよねぇ。」
駆け出しの冒険者が生意気にも扱いの難しいカタナを使ってる。しかも、無闇に魔物を殺さないときた。力不足故の方便だと周囲が決めつけるのも無理はなかろう。
故に、“カタナシのヤタ”。
基本のなっていない型無し(カタナシ)。
カタナなぞ持っていないのと同じ、刀無し(カタナシ)。
「つまりは蔑称なんじゃのう。可哀想に。今度会ったら慰めてやらんとのう。」
「それは是非やってあげて欲しいけどぉ。皆に嫌われちゃったのはぁ、もうひとつの理由がすごく大きいのよねぇ。」
「ふむ、なんじゃ?もうひとつの理由とは?」
「ヤッくんはねぇ・・・とんでもなく強かったのぉ。」
「・・・へ?」
ヤタは生来からレベルの上がりにくい体質であった。加えて、不殺の信念。レベルは平均よりも滅法低かったという。
「今でも多分12くらいなんじゃないかなぁ。レベル。」
「12ぃ!?そんなんが師匠で大丈夫なんか勇太は。」
「大丈夫よぉ。ヤッくんはねぇ。そういうのに囚われない人だからぁ。」
ヤタは信念にしても武器にしてもレベルにしても、方々から舐められまくりだった。しかし恐ろしいことに、相手が人だろうが魔物だろうが、レベル差が10あろうが20あろうがヤタは負けなかったのだ。
「ママはこう見えてもねぇ。レベル53あるんだけどねぇ。」
「ごっ、53!?」
「生涯で負けたのはヤッくんだけかなぁ。しかも当時10もレベルのなかった、ね。」
「は、はあぁぁぁ!?」
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「元々俺ぁよう。俺が手前ぇの都合で生かすだの殺すだのやってることにつっかかってくる奴。そういう輩にゃあ文句はねぇんだ。」
見るからに度数の高そうな酒を、舐めるようにチビチビと飲みながら語る。正直酒を飲む大人に良い印象をもっていない勇太であったが、何故かヤタの酒を嗜む姿は格好良く映るから不思議だ。
「しかしよぅ。連中、大抵俺のレベルの低さと絡めて煽って来やがる。そこは別個だろうよ。」
仕方ないからヤタは売られたケンカの全てを買った。荒くれ者でも、上級冒険者でも、国家に使える騎士でも。
「全てのしてやったぜ。俺にとっちゃあレベルが高いだけのやつなんざぁ物の数じゃあねぇ。俺に負けるっつうのはレベルにかまけて基礎を疎かにしてる証拠さ。」
故に、“カタナシのヤタ”。
レベルという型に嵌まろうとしない型無し(カタナシ)。
侮蔑はいつか嫉妬に変わり、粗方敵をねじ伏せた辺りで羨望へと変わっていた。
「元々冒険者始めたのも自分の店持つ為の金欲しさだったからよぅ。天下だのなんだのに興味は無かったわけよ。だから周りの有象無象になんと思われようと関係なかったのさ。」
「へぇ~。かっけぇ~!」
「馬鹿言え。若気の至りってやつだ。だからまぁ、おめぇにもひとつ言っとくぞ。」
酒に酔ったことを微塵も感じさせない真剣な顔で、勇太に言った。
「レベルだけで何でも物事を図ろうとすんじゃねぇ。レベルが例え100あったとしても、俺なら1分で今日の晩飯にしてやる。レベルじゃ図れねぇようなことを1番大事にしろ。」
これは、年長者からのありがたい説教なのか。それとも何時までもレベルが1のままの勇太への不器用な気遣いなのか。
「・・・ありがとうございます。師匠の言葉、この胸に刻みます。」
「・・・けっ。うるせぇ。殊勝なこと言ってんじゃねぇぞ。ガキのくせに。」
「・・・あれ?師匠、泣いてます?」
「はっ、はぁ!?ばっ、馬鹿言ってんじゃねぇクソガキ!!これぁ、あれだよ!!酒が目に入ってだなぁ!!誰がお前如きに涙腺刺激されるっつうんだ!!セーランに言ったら殺すぞお前!!」
「は、はぁ。分かりました。」
やっぱりヤタも酒が入れば普通の酔っぱらいらしい。言ってることが支離滅裂でよく分からない、と勇太は思った。
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「そういう訳でねぇ。勇太ちゃんはあんまりレベル上がってないと思うのよぉ。」
「なる程のぅ。むしろレベルが低ければ低いほどヤタの力を継いだとすら言えるかもしれんのぅ。」
「ヤッくんはぁ、型無しって言うか型破りな所あるからぁ、普通に考えるのは難しいんだけどねぇ。それでもぉ、勇太ちゃんも少し同じところあるように思うわぁ。」
確かに、勇太にも似たようなところがある。と言っても常識知らずという観点での話であるが。
「どちらにせよ、レベルでなくその行いで成長を感じねばならぬと言うことか。裏を返すと我も修業の成果は行動で示さねばならぬの。ママに申し訳が立たぬ。」
「な、なんてママ想いの優しいシロちゃん!!大好き!!」
「わ、分かったから!首、首が絞まるのじゃ!」
シロちゃんのいけず、と文句を垂れるセーランを引き剥がし、近く再開する勇太を思う。
「待ってろよ勇太や。お互い成長した姿で会おうぞ!!」




