クロッシング・ザ・ルビコン
神。それは天地を開闢したもうた全知全能にして唯一絶対の存在。人などという矮小な生命では一目見るどころかその存在を証明することすら出来ない。しかし、それでも人々は神を古来より崇め、畏れ、奉ってきた。見ることも理解することも出来ずとも、神を信じ続けてきた-・・・。
「それっなのっに!!あなったはっ!!自分っのつっ!!ワガっママっなんっかで!!!世界をっ滅亡のっ危機にっさらっしてぇ!!!!!!」
「ぎゃあああぁぁああぁぁ!!!!ごめんなさいいいいいいぃぃ!!!!」
銃撃のような破裂が響く。世界で最も尊い存在は今、世界で最も尊い尻をこれでもかと叩かれている。千か万か、ようやく叩き疲れてきたフレイヤが一息ついた。
「ふぅ・・・。少しは気が晴れました。」
「ううぅぅ・・・。お主は悪魔じゃ・・・。」
「まだ足りないようですね?」
「う、ウソ!ウソウソ!じょーだんじゃって!!」
フレイヤはまたふぅ、と溜め息をついて神に語り掛ける。
「さ、反省したならさっさとその世界は消滅させてください。今は私の力で一時的に時間を凍結させてますけど、それもそろそろ限界です。また地球と干渉してしまう前に、さぁどうぞ。」
促すようにずいっと、神の前に異世界(仮)を差し出す。しかし、何故か反応がない。フレイヤはこの時点で猛烈に嫌な予感を感じた。
「どうしたんですか?この世界は既に世界として確立してしまっています。お分かりのことと思いますが、こうなるともう神様以外には消滅させることは出来ません。ちゃっちゃと消してくださいよ。」
「・・・ゃ。」
「え?何ですか?もうちょっと大きな声で・・・」
「いやじゃ!!!!!!いやじゃいやじゃいやじゃいやじゃいやいやいやいやいやいやいやいやじゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!」
見た目も相俟って、まるで幼稚園児のようだ。しかし、神様の全力の駄々っ子は世界を震わし、次元を歪ませつつあった。そんな世界一迷惑な駄々っ子を止められるのは1人しかいない。
「・・・分かりました。」
「えっ!!本当!?」
フレイヤの一言でさっきまでの暴れっぷりが嘘のように止まった。
「つまりこういうことですね?・・・お尻をもっと叩いて欲しいと。」
「ちがぁう!分かっとらんじゃないか!!まだ叩くんかお主は!」
「ええ。神様が世界を消してくれるまで。」
「いやじゃい!!どれだけ叩かれてもコレは消さんぞ!!」
「じゃあちょっとそれが本当か試してみましょうか。とりあえず3日間程叩いてみましょう。」
「そんな叩いたらもう尻としての機能が果たせなくなるわい!」
「これからは太鼓かタンバリンとして生きていけばいいじゃないですか。」
「不敬が過ぎるぞお主!つーかここは消したくない理由を聞いてくれるところじゃろい!」
「だってどんな理由でも許さないですから。」
「少しくらい考えてくれてもいいじゃろうが!!」
「うーん・・・。少し考えたけどやっぱり理由聞くのはやめときますね。」
「そこじゃないわ!理由を聞いて考えてって言ってるんじゃ!」
馬鹿なやり取りにも飽きたのか、フレイヤは観念して聞きたくもない話を振ることにした。
「はぁ・・・。なんでそんなに消したくないんですか?」
その一言に待ってましたと言わんばかりの笑みを見せ、十分もったいぶって神はのたまう。
「それはなぁ・・・異世界ごっこがしたいからじゃ!!!!」
「・・・」
「どうじゃ!!予想だにせん理由じゃったろう!!まさに神のみぞ知・・・待て待て。お主そのハンマーはなんじゃ。落ち着け。一回しまえ。話し合えばわかる。いい子だからそのハンマーを・・・」
「えい。」
「させるかぁぁぁぁ!!!!」
可愛らしい掛け声と裏腹に、地球儀めいた世界にハンマーを振り下ろすという蛮行を阻止すべく神はフレイヤに突っ込んだ。すんでのところで世界を奪えはしたものの、間に合わなければどうなっていたことやら。
「自分では消せぬとお主が言うたんじゃろうが!!よく考えずにとんでもないことをするな!!」
「考えた結果、世界を壊すことは出来なくてもそこに住まう生命は絶滅させられるかなと・・・」
「お主は天使でなく邪神じゃ!」
半泣きになりながら文句を言う神。しかし自分の上司(?)に怒鳴られてもフレイヤの笑みは崩れない。
「正直、その理由は想定内でしたね。」
「な、なぬ!?」
「だって神様、大好きですものね。人間の、特に日本のオタク文化。」
「うっ!!」
「元々ただの概念であった私たちに人に似せた形と名前をお与えくださった辺りはまだよかったんですよね。あぁ神様は本当に人間を愛していらっしゃるんだなぁって。それが段々と可笑しくなっていっちゃって。よく分かんないまま日本企業に似せた勤務形態や作業場を設けたり、天使1人1人に個性を与えたり、果ては御自身すら肉体をもってしまわれて。」
「うぅ・・・。」
「なんですかその白髪幼女の出で立ち。まるでどこぞの小説から出てきたみたい。威厳もへったくれもありませんよ。」
「うえぇぇぇーん!!フレイヤがいじめるぅぅ!!」
とうとう神は泣き出してしまった。精神年齢は外見と釣り合っているようだった。
神が泣き止む頃合いを見計らって、フレイヤが問う。
「神様、一応確認致しますが、新たな世界を創るってどれくらい大変なことなのか自覚していますか?」
「グスングスン・・・ちゃんと面倒見るもん。」
「拾ってきた猫じゃないんだから・・・。仕事量が単純に二倍になるんですよ。主に私たちの。今でさえ限界間際なのに。」
「ううぅ・・・。」
目をうるうるさせながら見上げてくる幼女(神)。そのなんとも庇護欲を駆り立てる顔を見て、観念したかのようにフレイヤは告げた。
「はぁぁぁ・・・。いいです。分かりました。認めましょう。新たな世界の誕生を。」
「ほ、本当に!?やったぁぁ!!!フレイヤはやっぱり優しいのぅ!」
正に子ども!っといった具合に、自分のわがままをごり押し出来たことに満面喜色の神。しかしここで簡単に認めるほど神の側近は甘くなかった。
「ただし!私が出すいくつかの条件を守るなら、です!」
「やっぱり優しくないのぅ・・・。」
「え?何か?やっぱり世界を消す?」
「な、なんでもないわい!!条件とはなんじゃ!!早よう申せ!!」
「条件を言う前に、神様にいくつかお伺いしたいことがあります。その内容次第で条件を決めますが、今ここでどんな条件も呑むことを宣誓してください。それが出来なければこの話はなかったことにしましょう。」
フレイヤの話を聞いたとたん、先程までふざけていた雰囲気が吹き飛び、急に空気がぴんと張り詰めた。
「・・・フレイヤ。お主、何か企んでおるな?」
「いやですね神様、そんなの・・・」
そう言って一呼吸置き、神に向かって言い切った。
「企んでるに決まってるじゃないですか。」
更に追い討ちを掛けるように、満面の笑みで
「気になるなら、私の頭なり未来なり好きなようにお調べになったら宜しいじゃないですか。」
と言い捨てた。
この世に、フレイヤ以上に神を熟知するものはいない。フレイヤは知っていたのだ。神を相手に隠し事をするときは、“隠してはならない”ということを。
全知全能とは、何でも知ることが出来るし、何でもすることが出来るということ。しかし、“知ることが出来る”と“知っている”は違う。つまるところ神は全知全能であるが故に暇を持て余しているのだ。
だからこそ、異世界ごっこなるものをやってみたいと言い出したのだろう。つまり、これに関して神はその全知を一切行使していない。フレイヤはそこを見事についた。
「ふっ・・・ふっふっふ・・・アッハッハッハッハァ!!!やはりお主等に人格を与えたこと、間違いではなかったのう!よもや造物主たる我に対して謀事とは!よい!!よいぞ!!!存分に企め!!!我の倦怠を吹き飛ばしておくれ!!!」
「確かに拝命致しました。」
片膝を付き、恭しく頭を下げる。どれだけ無遠慮に接してもフレイヤは神によって生み出された存在。片時も主君への忠義を忘れたことはないのだ。
「では早速お伺いしますが、異世界ごっことは具体的に何をなさりたいのですか?」
「うむ!それはな!何か適当に地球から人間を連れてきて、我が何か適当にチートを授けて何か適当に無双する様を見てみたいのじゃ!!」
これほど漠然とした願い事もない。フレイヤは段々と頭痛すら感じてきた。
「そのためにこの世界“アガルタ”には、魔法とスキルが存在している設定にしたぞ!更に多種多様な種族も作り、果ては魔王まで・・・」
「分かりました分かりました。どうせ西洋の中世みたいな文明で冒険者ギルドもあるんでしょう?」
「おお!さすがフレイヤ!分かっとるのう!!」
つまり、そういうことだ。神様は、テンプレもテンプレ、手垢が付き過ぎたくらいの神話がお望みだ。で、あるならば、こちらが提示する条件はー・・・。
「神様、決まりました。条件は次の3つです。」
「おお!どんとこい!!」
己に課される条件を嬉々として待つ姿を見てフレイヤは確信する。神をハメるなら、この状況を最大限利用するべきだ。精々良い気分にさせてやろう。
「一つ目、主人公は私が厳選する候補の中から選んでいただきます。」
「え~我が手ずから選びたかったのにぃ。」
「ご安心ください。神様がお望みのテンプレは踏襲した人物を挙げてみせましょう。」
「う~む。そうじゃなぁ。その方が何が起こるか分からんし、楽しいかもしれんのぅ。」
よい傾向だ。何を言っても肯定的に考えてくれる。トドメを指すなら今だろう。そう考えたフレイヤは勝ちを確信して残るニつの条件を提示する。
「二つ目は、その主人公と共に神様も冒険に旅立つこと。」
「!!!!」
「三つ目は、その際に神様の御力を最大限封印した状態で冒険に臨むことです。」
「!!!!!!!!」
神は己が誕生してからというもの、ここまでの衝撃を与えられたことは数える程しかない。フレイヤが放った言葉は、神にとってそれ程のものだったということだ。
「・・・そ、それは本気で言っておるのか?」
「ええもちろん。神様の御力を封印などという大それたことは私の力では出来ませんので、御身でやっていただくことになりますが・・・。出来ませんか?」
「そこではない!そんなこと我にとって造作もないことよ!!そこではなくて・・・ぼ、冒険に出てもよいの・・・か?」
「ええ。構いません。やめますか?」
「やる!!やるやる!!絶っっ対やる!!」
神は諸手をふって喜んだ。そんな発想は一切もっていなかったのだ。他者の冒険譚に触れるだけで心躍った。自身も登場人物の一員になりたいと思うほどに憧れた。ところが、蓋を開けてみるとどうだ!登場人物どころか、物語の中心ではないか!!
頭の中はもうこれからの冒険でいっぱいだ。そして、その油断を見逃すフレイヤではなかった。
「お喜びいただけたようで何より。ではこちらの誓約書にサインを。」
「おお!喜んでサインしよう!」
ここではたと、すぐにでも物語を始めたい衝動を抑え、神は考えた。口約束でもいいものを、わざわざ誓約書?ははぁ、ここに何か仕込んだな、と。
しかし、フレイヤから手渡された誓約書には、怪しい部分は一切なかった。ただの紙に、今述べた条件が記載され、“以上の条件を何があっても遵守することを誓う”と書いてあるのみだ。
「・・・」
「大丈夫ですよ。そこに何も細工はしておりません。神様の御力で確かめていただいても結構ですよ。」
フレイヤがそう言うということは、恐らく真実なのだろう。仮にも天使、神に嘘をつくことは死んでもしない。だからといって、何も企んでいない訳でもないことは、本人自身が認めるところであるが。
「・・・よかろう!お主が出した条件を守ること、まさに我が名に誓おうではないか!!」
そう宣誓すると雑にでかい字で『神様』と記入する。これで賽は投げられた。物語はここから始まるのだ。
「では早速、神様の御力を封印してください。」
「なに!?もうか!?」
「ええ。もちろん。もう御身の冒険譚は始まっているのですよ。」
早速条件を行使しようとするフレイヤ。神としても封印するに吝かではないが、今封印したら自分が楽しみにしていたイベントのひとつが出来なくなってしまう。
「せめて選ばれた者に神の恩恵を授けるまで待って欲しいのじゃが・・・」
「ダメですよ。どんなチートを得るのか。そこから楽しみませんと。でもそうですね・・・。ではこうしましょう。主人公に授けるチートを今3つか4つか、選んでください。そののちに主人公に選ばれた人物に選択させる、というのはどうでしょう?」
「おお!名案じゃ!そうしよう!!では・・・」
神様が何やらむにゃむにゃと呟くと、その手には大量の紙束が現れた。
「これでどうじゃ!3つや4つとケチケチしたことは言わず、100個も用意してやったわ!」
「また大袈裟に・・・。」
フレイヤは何度目になるかは分からない溜め息をついた。これでは主人公たる人物も選ぶのが大変だろう。
「紙を破れば書かれたチートが手に入るようにできておる。それを選ばれし者に手渡すとよかろう。」
「何々・・・魔力無限に、時間操作・・・こっちは万物創造?」
「想像したものを何でも創造出来る力じゃ!」
「はぁ・・・神様も大概ですね。」
「大概とはなんじゃ大概とは。」
百のチート全てがそれひとつで世界の頂点に立てるもの。どれを選んでも冒険に苦労はなさそうだ。
「では、もう思い残すことはないでしょう?御身の力、封印を。」
「うむ、受け取れ。」
そう言って神は自身の胸に手をかざした。すると体から眩い光が発生し、気付いたころには白い玉のようなものを握っていた。それをフレイヤに手渡す。
「私に預けても宜しいのですか?」
「うむ!自分の内に封印するといざという時に封印を解いてしまいそうじゃからのう。」
神はこの遊びに本気らしい。自ら制約を厳しくする程入れ込んでいる。
「神様のご意志、確かに承りました。では早速、候補者を紹介致しましょう。」
「はやっ!!今決まったことじゃろうが!!」
「ええ。こんなこともあろうかと、以前から厳選していたのですよ。」
薄く笑って答える。つまりここまでの一連の流れは、フレイヤの手のひらの上だったということだ。しかし神は己が神性を封じたせいか、はたまたこれから始まる冒険が待ちきれないのか、それに気付くことがついぞ出来なかった。
こうして賽は投げられた。フレイヤが挙げる運命の候補者達。神は如何なる選択を下すのか・・・。
次回「ルック・オンリー・グッドポイント」
誰も読んでないから気軽に書ける。この矛盾。