閑話1 やらかしマザー
こちら、閑話となっていますので、お間違えのなきようお願い致します。
その昔、ある小さな村に恐ろしい魔物が現れた。魔物は“邪竜プレイトデウス”と名乗った。プレイトデウスは村人に言った。
「月の出ぬ夜が来る度に若く美しい女を差し出せ。」
そうすれば村を襲いはしない、と。プレイトデウスは闇の眷族。夜になるほど力を増す種族である。特に新月の夜は甚だしい。
その力が最も高まる凶暴なときに美しい女を求めるというだけで、何が起こるかなど想像に難くない。ようは生け贄だ。全体の為に、個を犠牲にしろと言っているのだ。
最初の生け贄には村長の娘が選ばれた。なんと自ら立候補したのだ。己が身を差し出すことで村を守ることが出来るなら喜んで捧げよう、と。
村は初め、その申し出を拒否した。村長の娘だからではない。彼女が皆に愛されていたからだ。彼女は誰にでも優しく、慈愛に満ちていた。村の誰もが彼女を大切な存在として見ていたのだ。
しかし村人総出の説得虚しく、彼女は意志を変えることはしなかった。結局、村は彼女を尊い犠牲として受け入れるより他になかったのだ。
彼女だって命が惜しくないわけでは断じてない。ただそれ以上に彼女の愛が深かったのだ。村が彼女を愛していたように、彼女もまた村を愛していた。
彼女は震える足を叱咤しながら、プレイトデウスの元へと向かっていった。そもそも剣を持つどころかケンカだってしたことがない。花を摘み、鳥と歌うような生活を送ってきた彼女にとって、プレイトデウスまでの道行きはそれだけで人生最大の苦行だった。
こんな話を聞くと大方の人間はよくある昔話と思うだろう。普通ならこの後は勇者に助けられて恋に落ちるか、少しひねた考えの持ち主なら竜に食われる悲劇を想像することだろう。
しかし、実際はそのどちらとも違った。どちらの展開よりも陳腐でふざけた結末が待っていたのだ。
彼女はとうとうプレイトデウスの待つ湖にたどり着いた。あれほど美しかった湖も、プレイトデウスが住み着いたというだけで生命の存在を許さない毒の沼と化した。
彼女の気配を感じ取り、プレイトデウスが姿を現す。新月の中にあって、その鋭き双眸だけが輝いていた。黒き体躯に黒き八翼。もし月明かりが差していたら、その姿だけで卒倒していたことだろう。
彼女という美しい餌の登場に歓喜したプレイトデウスは雄叫びをあげた。地を震わせる咆哮。それとともに、プレイトデウスの魔力も嵐のように当たりに漏れ出てしまった。
常人が浴びたら、確実に絶命するであろう魔力の奔流を一身に受けて、彼女はとうとう気付いた。
━・・・あれ?これ勝てるかも?・・・━
五分後、そこには吐き出した炎ごと凍らされたプレイトデウスの姿があった。何のことはない。花を摘み、鳥と歌う生活しかしていなかった彼女は知らなかったのだ。
己がどれだけ埒外な魔力を宿していたのか、を・・・
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「えぇぇ・・・?」
「な?ふざけた話だろ?これがセーランの暴虐伝説の始まりだよ。そっからも気に食わねぇもん片っ端から氷漬けにするもんだから、ついたあだ名が“青氷嵐舞”だぜ。」
ヤタの語るセーランの姿は勇太の中の彼女とかけ離れているようでいて、妙に納得できるものもあった。
「あいつからこの話聞いたときなんて言ったか分かるか?“少しおっきいトカゲをアイスの魔法で倒した。”だぜ?アイスなんてお前、家の野菜やら肉やらが腐らないように冷やす為の魔法だぞ。」
ヤタは煙草を灰皿に押し付けて忌々しそうに語る。愛する妻の自慢話とは到底思えない顔だ。
「それでお前、あいつと結婚する前にあいつの実家に挨拶に行ったわけよ。するとどうだ?まだ残ってんだよ。竜の氷像が。」
「うわぁ・・・。」
「何が少しおっきいトカゲだよ。最初見たとき小せぇ山かと思ったぜ。あまりの迫力にその竜の氷像が観光地になって村が栄えちまったほどだ。結局本当だったのはアイスの魔法で倒したって部分だけ。そここそ嘘であれよ普通!」
そうして最後に、達観したような眼差しで締めくくった。
「そんとき心底思ったね。こいつを怒らせないようにしようって。うっかり夫婦喧嘩なんてしちまったら俺も観光地にされちまう。」
「し、シロ大丈夫かなぁ・・・?」
セーランは裏表のない優しい人だと信じているが、それでも今の話を聞いて勇太は不安を拭えない。
「あいつの尺度で修業が進むっつーのは嫌な予感しかしねぇが・・・。まぁ仮にも母親を気取ってたんだ。死にゃあしねぇだろう。・・・多分。」
「いや多分て。」
信じるしかあるまい。シロだって元は神だったのだ。勇太はそう思うことにした。
「ま、確実に言えることはひとつだけあるな。」
「何ですか?」
そこでヤタは憂鬱そうな顔を不敵な笑みに変えて言った。
「もし嬢ちゃんが無事に修業を終わらせたら、嬢ちゃんはかなりの魔法使いになってるってことさ。勇太、おめぇも人の心配なんてしてられねぇぞ。」
ヤタに言われ、勇太の体に緊張感が戻った。そうだ、確かにシロより弱い自分がシロの心配なぞおこがましい。先ずは自分を何とかせねば、修業を終えたシロに怒られてしまう。
「さ、無駄話も終わりだ。早速修業を始めるぞ。」
「はい!よろしくお願いします!!師匠!!」
勇太はヤタの背中について店の奥へと入っていった。
シロに釣り合う己となる為に。




