スタート・ビフォア・アドベンチャー
「さて、後は肝心の勇太じゃ。」
その後、ひとしきりシロを愛でてセーランが落ち着いたので、会議に戻った。といっても、シロの定位置がセーランの膝の上に固定されてしまったが、まぁ大局に影響はなかろう。
「勇太の師匠をセーランに頼むことも出来るが・・・」
「ママ」
「ゆ、勇太の師匠をママに頼むことも出来るが、それだと結局パーティ内で役割が被ってしまう。」
「え~いいじゃん別に。僕も魔法使いたい。」
勇太としては魔法を諦め切れないところがある。そもそも異世界行きを決めたのだって魔法を使ってみたいという思いが最初にあったのだ。
「気持ちは分かるが、今は我慢してくれぃ。1ヶ月後のローガリア祭までにパーティとして成立せねばならん。魔法ならその後でも学ぶことが出来よう。」
「う~ん。まぁ・・・シロの言う通り、だよなぁ。」
魔法は使ってみたい。しかし、それ以上に勇太は現実が見えていた。ゴブリンに負け、薬草の区別は分からず、冒険2日目にして2回は死にかけている。このままでは冒険の前に生活が出来ないのだ。
「ねぇ勇太ちゃん。ヤッくんに色々教えてもらうのはどう?」
「え?」
「はぁ!?」
セーランの突然の物言いに、むしろヤタの方が取り乱したようだ。
「や、やんねぇよ!俺ぁ弟子はとらねぇ主義なんだ!!大体なんだって俺がそんなことしなくちゃなんねぇ!!」
ヤタの反応を見るに、勇太の弟子入りは無理のようだ。
「まぁまぁ。そう言わずにぃ。いいじゃない勇太ちゃんにパパって呼んでもらえばぁ。」
「ば、馬鹿言ってんじゃねぇ!俺ぁガキが嫌いだっていつも言ってんだろうが!!」
「えぇ?でもぉ、この子たちにお料理してたヤッくん、楽しそうに見えたんだけどなぁ。」
「はぁ!?別に楽しんでなんてねぇっつうんだよ!!こいつらがあまりにうめぇうめぇとうるせぇから腹一杯にすりゃ黙ると思っただけだ!!」
正直意外であるが、夫婦の主導権はヤタではなくセーランが握っているらしい。強面のヤタがおっとりしたセーランにたじたじにされている。
そんな周囲の喧騒を脇に置き、勇太は自問自答を繰り返してひとつの結論を出した。
勇太は思う。確かに自分は変わらなければならない、と。
思えば自分は何事も人任せ過ぎた。冒険の方針もローガリア祭で勝ち上がる方法も全部シロが決めたことで、自分は文句しか言ってない。
今でさえ師匠をやってくれと交渉してるのはシロとセーランだ。当の自分がこれでは誠意に欠けるというものだろう。
「ヤタさん!!僕からもお願いします!!僕にこの世界で生きる技術を教えてください!!」
「うぉ!!何だ急に!?」
突然の勇太の大声にヤタは意表をつかれたようだ。見れば勇太が頭を深く下げている。
「いや、まぁ、何だ。その・・・。」
「お願いします!!僕もシロのように何でもするって誓います!!パパとお呼びします!!」
「パパはやめろやぁ!」
ヤタはすっかり狼狽している。ここからは男同士の会話だと感じたのか、シロとセーランは成り行きを見守ることにしたようだ。
ややあって、深く溜め息をついてヤタは語り出した。
「俺ぁ今までなんだって我流でやってきたんだよ。人様に何か教えられるほど上等じゃあねぇんだ。悪りぃこたぁ言わねぇから他を当たった方がいい。」
「そうは思いません。」
ヤタの言に、勇太は真っ向から反論した。その目には強い意志が伺える。
「ここに来たことやヤタさんに教えを請うことは、正直その場の流れかもしれません。でも僕は心からヤタさんに教えて欲しいと思っています。」
「何でだよ?駆け出しのおめぇに何が分かるってんだ?」
勇太の意志に応えるように、ヤタも真剣さを増した。元々鋭い目つきを更にとがらせて、勇太を見る。この眼光を前に、嘘は通じないだろう。
それに、そもそも勇太はここで言葉を飾るつもりなど毛頭ない。これは、正真正銘勇太の想いだ。
「ヤタさんの料理は優しかった。」
「・・・は?」
想定外の答えにヤタの口から煙草が落ちた。
「ヤタさんの料理、食べる人のことを真剣に考えて作っていることが伝わってきました。僕らみたいな子ども相手でも一切手を抜かずに。」
「この人案外子ども好きなのよぉ。」
「ば、おめぇは静かにしてろ!!」
焦るヤタに構わず、勇太は再び頭を下げて言う。
「それで思ったんです。僕もヤタさんのようになりたい。教えを請うならヤタさんがいいって。よろしくお願いします!!」
「う、ぐ、・・・っち!くそ!わぁったよ!途中で音を上げたらその時点で放り出すからな!!」
勇太の熱意に押されて、とうとうヤタが折れた。こうして半ば無理やりな形で二組目の師弟が誕生した。
「良かったのう勇太や。我からもよろしく頼むぞ、パパよ。」
「いきなり子どもが2人も出来て嬉しいねぇ、パパ。」
「俺をパパっつうんじゃねぇぇぇぇ!!」
「あはは・・・。」
どちらの組も師弟というよりは家族に近い、歪な形であったが、その歪さを本人たちは割合気に入っているようにも見えた。
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翌朝、4人は朝風の光亭の玄関先に集まっていた。4人のうち2人、シロとセーランは荷物を抱えている。
昨晩の内に夫妻で少し話し合いが行われたらしく、その結果シロはセーランが修業時代に使用していたローガル山の山小屋に籠もることとなった。
ローガル山は霊験あらたかな山らしく、山頂に近付くほどマナの溜まり場になっているらしい。まさに修業にはうってつけと言える。
「1ヶ月後まで、しばしの別れじゃな。」
「そう・・・だね。」
対して勇太は居残りだ。ヤタは朝風の光亭の営業の傍らで稽古を付けてくれるらしい。
朝風の光亭は一時的に食堂のみの営業としてくれた。それだけで本当に感謝しても仕切れない。
「おいセーラン。無理し過ぎるなよ。」
「あらあらぁ。ヤッくんたらパパの自覚が出てきたのねぇ。」
「言ってろ。・・・ったく。」
軽口を叩き合ってもいるが、流石夫婦だけあって互いの手腕には全幅の信頼を寄せているらしい。
「では行ってくる!勇太よ!修業をさぼるでないぞ!!」
「シロこそ!セーランさんに迷惑かけ過ぎちゃダメだよ!!」
別れの挨拶もそこそこにシロは真っ直ぐ駆け出した。あらあらと言いながらセーランも後を追っていく。そんな2人の姿を、勇太はじっと見送った。
振り返って見れば、これは必然の流れだったのかもしれない。有り体に言えば、2人には夢を語る資格がなかったのだ。
血が沸き、心が踊る冒険。しかし現実は非常で、力がなければ夢見ることすら許されない。
だから2人は力を付ける必要があるのだ。夢を現実に変える為に。
「・・・しかしまぁ、怖いもん知らずの嬢ちゃんだぜ。無事であることを祈るしかねぇな。」
「え?ローガル山ってそんなに危険なんですか?」
「あ?いやそら確かに山頂の方は危険だがよ・・・。は?何だ?もしかして何も知らないで弟子入りしたのか?」
「・・・え?」
勇太のきょとんとした顔に、ヤタは若干焦り出した。
「おいおいマジかよ?くそっ、セーランにもっと釘指しときゃよかった!おい大丈夫だろうな本当に・・・。」
「え?いや、何がまずいんですか?」
勇太の困惑に、ヤタはひとつ溜め息をついて答えた。
「セーランは世界でも三指に入る大魔法使いだぞ。それも人間と魔族ひっくるめてな。あいつ基準で魔法の修業なんぞ寒気がしてくる。」
「・・・え゛?」




