テンペスト・オブ・チャーハン
ゴブリン集団にミンチにされるすんでのところで助けてくれた女性の名はセーランと言うらしい。ローガリアで宿屋を経営している女将さんで、ローガル山に山菜を採りに来た帰りらしい。
「あ、知ってますよ“朝風の光亭”!知人が凄くおすすめしてました!料理がおいしいって!!」
「あらあら。ありがとう。主人が喜ぶわぁ。」
先程のゴブリン集団を亡き者にした実力はどこへやら。こうして話しているとただのおっとりとしたお姉さんだ。
「旦那さんが料理をなさるんですね。」
「えぇそうなのよぉ。私が下手なのもあるけどぉ、主人はコックさんなのぉ。」
照れるようにセーランは言う。きっと暖かく優しい家庭なのだろう。勇太は朝風の光亭に行ってみたくなった。
「しかしお主!相当な実力じゃな!!詠唱もなしにあれほどの魔法を放つとはのぅ!!」
シロは目を輝かせてセーランを見ている。元々魔法使い系統の職業に就くつもりだったのだ。きっとセーランに憧れたのだろう。
「あらあら。ありがとうねぇ。でもシロちゃん。少しだけいい?」
何故か困ったようにセーランはシロの方を向く。
「なんじゃ?」
「あのねぇ。こう見えてもおばさんねぇ。もう40近いのよねぇ。」
「「40!?」」
勇太とシロの声が被った。正直さっきから違和感は感じていたのだ。どう見ても20代前半にしか見えないというのに、セーランは自分をおばさんと呼んでいた。しかしそれにしてもまさか40とは・・・
「世界の神秘だ・・・。」
「あらあらあらあら。照れちゃうからおばさんを持ち上げちゃダメよぉ。」
セーランは本気で照れているらしい。顔を赤くして否定している。その様子だけ見れば下手したら勇太と同年代と言っても通る。
「は、話を戻すけどぉ・・・。おばさんこれでも40近くになるんだけどねぇ・・・。魔法を使うときに詠唱してたのって私のおばあちゃん世代よぉ。」
「・・・は?」
「だからねぇ。おばさんに限らずぅ・・・今は詠唱してる人は全くいないわぁ。」
シロの体がプルプル震えている。セーランが告げた事実がうけいれ難いようだ。
対して勇太にとってはむしろ納得のいく事実らしく、大きく頷いている。それも仕方ないことだろう。なにせ、アガルタに来て1番最初の戦闘では、詠唱が長くて死にかけたのだ。
「う、嘘じゃ・・・。わ、我が寝る間を惜しんで考えた数々のカッチョイイ詠唱が・・・今や廃れているなどと・・・」
「じゃあセーランさんはどうやって魔法を使ったんですか?」
「魔法具を使ったのぉ。」
そう言って、左手の指輪を2人に見せた。指輪には青色の宝石がはめられていた。
「この宝石に詠唱の言葉が刻まれていてねぇ。この指輪に魔力を通すと詠唱なしで魔法が使えるのぉ。」
「ははぁ。それは便利ですねぇ。」
「でしょぉ?」
そんな利便性などものの数ではないのだろう。シロがセーランに噛みつくように反論し出した。
「で、でもでも!それだと刻まれていない魔法は使えないということじゃろ!!じゃあ魔法具なしで使える詠唱にも意味があろう!!」
そんなシロをあやすように、なるべく優しく、傷つけまいとセーランは話す。
「うーん。シロちゃんの言う通りなんだけどぉ。魔法具に込められる魔法ってひとつじゃなくてぇ。」
「!!!」
「おばさんの指輪にはぁ、氷の魔法がほとんど入ってるわぁ。後はねぇ、頭の髪留めにぃ、風の魔法でしょお?ネックレスには火の魔法が込められているわぁ。」
「なん・・・じゃと・・・」
「わぁ、すごいですね。セーランって今使おうと思えばいくつくらい魔法使えるんですか?」
「えぇっとねぇ。300くらいかなぁ。」
「300!!すごっ!!ものすごい実力じゃないですか!!」
「もぉもぉ。ダメだってぇ。勇太ちゃん、誉めても何にも出ないわよぉ。」
「いやいや本当に凄いですって!ねっ?シロ?・・・シロ?」
目を真っ赤にさせながら、こちらを睨みつけている。あっこれは!と、勇太は察した。察せない男が僅か2日目にしてこの後の展開を察したのだ。素晴らしい成長ぶりだ。
今から自分が発するひとことを間違えたら肉体言語の刑。
それを、それだけを察した。後は正解を出すのみ。会話の流れ、シロが怒っている理由、欲している言葉・・・。全てを総合して、勇太は答えを
出した。
「あんな面倒くさいの言わなくなって良かったじゃん。」
「死にさらせ!!」
「ちくしょぶぺらぁぁ!!!」
あと1歩というところで選択肢を間違えたようだ。勇太は奮闘虚しく神ドロップキックによって地に沈んだ。
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あの後、魔法具を使うにしろ使わないにしろ、今は目の前のクエストということで、街に帰りがてら薬草の採取をすることになった。
「あぁ、シロちゃんそれはカリの葉ねぇ。薬草じゃないわぁ。毒があるから取っちゃだめよぉ。」
「う、うむ!分かったのじゃ!」
「セーランさん本当にすみません。命を助けていただいたうえに薬草を採るのもお手伝いいただいて。」
「いいのよぉ。むしろ私こそ手伝ってもらってありがたいわぁ。あ、シロちゃんそれはカブトダケっていう猛毒キノコよぉ。」
「え!?す、すまんかった!」
「はい、セーランさんローガの実。」
「ありがとうねぇ。勇太ちゃん。」
薬草の採取を始めから発覚したことが2つある。1つ目は、わざわざローガル山のふもとまで行かなくても薬草はその辺りに自生しているということだ。セーランが教えてくれた。
2つ目は、勇太とシロには薬草と雑草の区別がつかないということだ。冒険者として致命的とも言える。
とりあえず今回はこれもセーランに教えてもらうこととなった。しかしさすがにこれだとセーランにおんぶにだっこ状態なので、セーランが必要としている山菜等も一緒に採取することとなった。
「でもなぁ・・・。薬草も見分けられないってかなりアウトだよなぁ。」
「あらぁ。そんなことないわよぉ。長年やってる冒険者さんでも魔物を倒してばっかりで薬草の区別がつかない人はいるわぁ。」
例えば、といってセーランは両手に一束ずつ野草を握った。
「これ、どっちが薬草かわかるぅ?」
勇太は左右の野草をまじまじと見つめたが、違いは分からなかった。全く同じ種類の植物に見える。
「う~ん。・・・全然分かんないですね。右ですか?」
「あらぁ。正解よぉ。勇太ちゃんすごいじゃなぁい。これはエスナ草といって痺れとかに効く薬草ねぇ。」
適当に言ったが正解したようだ。ということではい、とセーランがエスナ草をくれた。
「あ、すみませんありがとうございます。ちなみに左の野草はなんですか?」
「あぁ?これねぇ。エスナモドキって言われる植物でねぇ。見た目はエスナ草と同じなんだけどぉ
、口にすると5分くらいで死んじゃうわねぇ。」
「危険にも程がある!!」
「そうよぉ。魔物の毒攻撃で痺れた冒険者さんがぁ、このエスナモドキを食べちゃうって事故がねぇ、毎年後を絶たないわぁ。下手するとぉ、お店で売ってるエスナ草にもぉ、混じってるときもあるくらいよぉ。」
冒険者家業というものは、自分が思っている以上に過酷なものだという現実を、勇太は実感せざるを得なかった。
「セーランセーラン!これは!?」
「あらぁ。よく見つけたわねぇ、シロちゃん。それはバクレツドングリって言ってぇ、とってもレアなのよぉ。」
「ほ、本当か!?」
「そうよぉ。めったにお目にかかれないのぉ。ちなみにぃ、食べたらお腹の中でぇ、大爆発するからぁ、食べちゃダメよぉ。」
「なんじゃこれも食えんのか。」
「シロ、とりあえずどぎつい色の植物を採るのをやめなさい。」
セーランとシロがキャッキャと嬉しそうに植物採取をするのを横目に、自分たちの冒険の今後がどんどん心配になっていく勇太だった。
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「はい、お疲れでした。クエストの完了を確認致しました。報酬をお受け取りください。」
半日以上を費やして、死にかける目にあって、ようやく手に入れた本日の稼ぎ。
「銅貨・・・2枚・・・じゃと・・・!?」
「ねぇシロ。銅貨1枚で大体いくら位なの?」
「千円と言ったところじゃ・・・。」
「じゃあ今日の稼ぎは二千円か・・・。」
力が抜けて驚く気にもなれない。これでは2人で一泊することも難しい。幸い勇太の衣服を売って得た銀貨がまだ2枚残っている。
しかし、いつか底をつくことは明白であった。どうにかして安定した収入を確保しなければ冒険どころかその日の生活も危うい。
「シロ。」
「なんじゃ?」
「冒険って、思ったより世知辛いんだね。」
「そうじゃな・・・。」
なんか思ってたのと違う。2人の心は奇しくも重なった。
「とりあえず今日の宿を探すか・・・。」
「そうだね・・・。」
世間の厳しさを背負い、2人はとぼとぼと歩き出した。
少し道に迷いながらも、2人は目的地にたどり着いた。その建物は細い路地を抜けた先にひっそりと建っていた。
「ここが“朝風の光亭”か。」
「なんて言うか、隠れ家的な宿だね。」
少し小さくも感じるが、必要以上に主張していない簡素さに、勇太の心は惹かれていた。
「おい、ぼっとしとらんと。早よう入るぞ。」
「あ、ごめん。そうだね。・・・おじゃましま~す。」
中に入ると、こじんまりとした食堂が広がっていた。どうやら1階が食堂で2階が客室らしい。
食堂の中央にあるテーブルに、ひとりの男性が座っていた。勇太は最初他の客かと思ったが、コック服を見るに、どうやらここの従業員のようだ。
「あ、なんだてめぇら。ガキがなんの用だ?」
従業員らしからぬぶっきらぼうな物言いに、少し意表をつかれてしまった。彼の見た目も一因かもしれない。
コックにふさわしくない無精ひげと煙草。アガルタの文化レベルでは煙草も粗悪なのだろう。結構強めな臭いが漂っている。率直に述べるなら、明らかにガラが悪そうだ。
意表をつかれ固まっているうちに、コックはさっさと話を進めていった。
「・・・あぁ、そういやセーランのやつが客が来るとか何とか言ってたな。おめぇらがそうか?」
「え、あ、はい。多分そうです。」
「我がシロでこっちが勇太なのじゃ!!」
シロに怖いものなどないのだろうか。隣にいるこっちがハラハラしてしまう。
「ちっ・・・。ガキは嫌いだってのにセーランのやつ・・・。しゃーねぇ、オラ突っ立ってねぇでここ座れ。」
そう言ってコックはさっきまで自分が座っていたテーブルをバンバン叩いて2人を促した。シロなど言われるがまま席に駆け寄っていくので、勇太は尻込みも出来ない。
「し、失礼します・・・。」
「おう。で、何にする?」
「へ?」
「料理だよ。さっさと言え。」
客と従業員の会話とは思えない話しぶりだ。そもそもメニューもない。水もない。何より勇太にはそれらを指摘する根性がない。
「えっと・・・じゃあおすすめとかありますか?」
「あん?めんどくせぇな。いっちゃん上手いもん出せってか?」
「い、いや、無理なら別に。」
「無理たぁ言ってねぇだろ。そっちの嬢ちゃんは?」
「我も勇太と同じの!!」
「はいよ。作ってくっから、ここで腹すかせて待っとけ。はぁ・・・ったく。」
そう言ってキッチンに入っていった。すかさず2人は顔を近づけてひそひそ話し出した。
(何じゃあの態度?もうちっと愛想良くせぇっちゅうんじゃ。)
(シロ、聞こえるからやめなさい。・・・でも確かに怖そうな人だったね。)
正直勇太にとって食事や宿なんて、生活出来ればどこでもいい位の考えだった。だからこそ従業員の態度が悪いくらいで怒りが沸いたりしない。
対照的に、腹が減ってるからなのか、シロは怒りの火をメラメラと燃やしていた。
(ビビるな勇太や!あんな風に俺出来る感出しとるやつに限って大したことないんじゃ。どうせ料理も大したことないぞきっと!)
(ぼっこぼこに否定してるけど、多分あの人セーランさんの旦那さんだよ?)
(それとこれとは話が別じゃ!出てきた料理が少しでも不味かったらクレームつけてやるのじゃ!)
(やめなってもぅ・・・。)
そうこうしてる間に、どうやら完成したようだ。コックが皿を持って2人のテーブルにやってきた。
「ほれ。考えるのめんどくさかったからとりあえずチャーハンにしといた。」
そう言ってテーブルにチャーハンを置く。勇太としてはアガルタにもチャーハンがあることにまず引っかかったが、深く考えるのをやめた。どうせこの世界を作ったのはシロ、時代感を指摘する方がナンセンスなのだろう。
「ふん。見た目は普通のようじゃのう。おい勇太、まずはお主が食ってみぃ。」
「なんでそんな上から目線なんだよ・・・。じゃあいただきます。」
「おう食え食え。さっさと食え。」
コックに急かされるように、目の前のチャーハンを口に運んだ。
「あっ!!すごっ!!!うまっ!!これうまっ!!!」
「なぬ!?」
「あん?ガキの世辞なんて要らねぇんだよ。」
「いやいやこんな旨いチャーハン食べたことないですよ!!すげぇ!!一粒一粒がパラパラしてる!!」
勇太はどんどんチャーハンをかき込んでいく。口では否定をしながらも料理を誉められてコックは満更でもないらしい。
「か、かっ!こんなチャーハンが人生で1番たぁ、抜かしてくれるじゃねぇか坊主!」
「いやいや、本当ですって。・・・あれ?もしかしてこのチャーハン、昼間にセーランさんと採ったローガの実が入ってます?」
「お?おめぇ良い舌してんじゃねぇか。そうだよ。風味付ける為にちっとな。」
「あぁ道理で。口の中に入れたときふわっと感じましたよ。」
怖いだなんだ言っておいて、勇太はすっかりコックと打ち解けてしまった。
「ふ、ふん!勇太の舌はお子様じゃからな!何を食っても旨いしか言えんのじゃ!」
「あ?別にそらぁ幸せなことなんじゃねぇの?」
「我の舌は厳しいぞ!そんじょそこらのチャーハンじゃ納得なんて旨すぎるのじゃあぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「屈するのはえぇなおい。」
きっともう少しもったいつけたかったのだろうが、シロの腹がそれを拒否した。気付けばチャーハンが口に運ばれ、体裁を整える間もなかった。
「ね?この人のチャーハンおいしいでしょ?」
「うむ!これはもはや神!これよりお主の作るチャーハンはチャーハン界の頂点!神チャーハンを名乗るのじゃ!!」
「仰々しいんだよ。・・・ったく。」
そう言ってふらりとキッチンの方に歩いていってしまった。騒ぎ過ぎていやになったのだろうか?2人は少ししんとなってコックを見た。
「これだからガキは嫌いなんだ。この程度でギャーギャーとうるさいったらねぇ。・・・デザート持ってくるから待ってろ。」
「「Fooooooo!!」」
その後、しばらくして外での仕事を全て終わらせたセーランが帰ってきたが・・・
「あらあら?」
「「おかわりぃぃぃ!!!」」
「うるせぇぞガキども!!・・・ちっと待ってろ!!」
「ずいぶん仲良くなったのねぇ。」
彼女の目には、手のかかる子どもが2人と子煩悩な父親がいるように見えた。子どもがいない彼女にとって、すごく幸せな光景が広がっていた。




