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アクチュアリー・・・

 すっかり日も沈み、辺りには夜の帳が降りてきた。焚き火を囲んで、3人は成果の報告をし合っているが、あまり芳しくないようだ。


「結局なんにもなし、か・・・。」


 勇太がそう呟いた。それに2人は答えることもなく、呟きは暗闇に霧散した。


 実はあの後「馬宿周辺だけでも探索してみよう」と勇太が提案したのだ。シロが見つけたスキルの書の破片は、既に使用済みだ。しかし、他のスキルの書が近くに落ちているかもしれない、と。


 可能性は低かったが、有り得ない話ではない。5枚のスキルの書は、遥か上空で手放してしまった為、風に飛ばされ散ってしまった。しかし、1枚がこの近辺に落ちていたのだ。もう1枚くらいあっても不思議ではない。


 本来なら無関係のマリアまで協力してくれて、3人で手分けをして日暮れまで探索を行った。が、結局のところ何も見つけることは出来ず、肩を落としていたのだ。


「ねぇシロ。シロが見つけたスキルの書はさ、何のスキルが込められてたか分かる?」


 場の空気を少しでも明るくしようと思ったのか、それともやっぱり空気が読めていないのか。勇太はのほほんとシロに聞いた。


「・・・いや、分からんのぅ。何せ選択肢が多過ぎる。」


 シロは少し思案してそう答えた。マリアも興味があるようで顔をシロの方に向けている。


「でもさ、僕がフレイヤさんからスキルの書を貰ったときさ、少し中を覗いたじゃん?そん時確か“魔法”って書いてあったんだよね。魔法関連のスキルだとすれば、結構絞れるんじゃない?」


「いや、仮に頭文字が魔法だとしても候補は幾らでもある。魔法力無限、魔法吸収、魔法反射に珍しいものでは魔法ハックなんてのもある。」


 指折り数えながら、シロはスキルについて教えてくれた。知識皆無な勇太からしても、字面だけでとんでもないスキルということが分かる。


「すみませんシロさん。その、魔法ハックとはどんなスキルなのですか?」


 マリアが口を挟んできた。この世界に住むマリアでさえ分からないのだから、相当珍しいのだろう。


「使用前、もしくは使用中の魔法のコントロールを奪うスキルじゃ。暴発させるもよし、狙いを変更させるもよし。しかもMPは魔法を使った者が消費する。対魔法使いにおける最強のカードの1つじゃな。」


「強過ぎでしょそれ・・・。」


 本来なら喜ばしいはずのスキルスペックも、今となっては恐怖以外の何者でもない。


「頭文字が魔法ではなかった場合は更に選択肢がひろがる。魔物使役、魔神召還、魔性の魅力・・・。考えるだけで恐ろしい。」


「何だよ魔性の魅力って・・・。」


「決まっておろう!異性にモテモテになるスキルじゃ!」


 それのどこが世界を左右する程のスキルだというのか。勇太には理解し難い話であった。


「ちなみに、スキルの書をお作りになったのはシロさんなんですよね?」


「そうじゃよ。我が3秒で100個ほど作った。その中からこやつが5つ適当に選んだのじゃ。」


「3秒で100個もよく思い付くね・・・。」


 感心して良いのかどうか、判断に困る話だ。勇太は、さすが神様とでも思っておくことにした。


「ちなみに、その100個の中で最も強いスキルは何なのですか?」


「うぅ~ん・・・。難しいのぅ。どれも我にとっては自信のある最強スキルなのじゃ。互いに相性の良し悪しはあるが、使い手の実力もあるし、一概に決めることは出来んのぅ。」


 魔性の魅力もその中に入っているのかと考えたが、勇太は聞くのをやめておいた。“魔性の魅力”の魅力を熱弁されてもどうせ理解出来ないだろう。


「では、シロさんにとって最も恐ろしいスキルという考え方ではどうですか?例えば、敵として相対した者が絶対に持っていて欲しくないスキルとか。」


「持っていて欲しくないスキル、か・・・。そういう考えであるなら、ひとつ思い浮かぶのじゃ。」


「へぇ。どんなスキルなのさ、それ。」


 制作者であるシロが最も恐れるスキルとは一体どんなスキルなのか。2人の注目がシロに集まった。


 シロは考えただけで恐ろしいのか、脂汗を急にかきだした。それ程のスキルだというのだろうか。


「そのスキルは“運命の寵愛を受けし者”という。今となっては語るのも恐ろしい・・・。」


「ど、どんなスキルなんだよそれ。」


「お主らは知らんでえぇ。そもそも100あったスキルからたった5つ選んだ中に、そのスキルがあるとは限らないのじゃ。ただもし、そのスキルが選ばれていたなら・・・。」


 そこで言葉を切って、今までにない真剣な顔で2人に告げた。



「誰かの手に渡る前に何が何でも見つけ、即刻処分せねばならん。」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 話し合いも終わり、3人はテントの中に入った。と言っても、勇太はシロ、マリアとはカーテンで区切られたスペースにいる。


 マリアがいつの間にかグレードアップしたこのテント、本当に質のいいものらしい。広さもさることながら、男女でテント内を仕切る贅沢な機能。しかも入り口は男女で反対側に設けている徹底ぶり。相当高いテントだったに違いない。


「マリアさんには本当に申し訳ないな。頭が上がらないよ。」


 そう呟くと、「いえいえ~お構いなく~」という声が隣から聞こえてきた。カーテンで区切られただけでは、声は筒抜けのようだ。勇太は少し気恥ずかしくなった。


 (あっ、そういえば・・・。)


 勇太はここで、とあることを思い出した。そういえばアレやってない、と。この後とった行動が後に自分の首を絞めることになるのだが、それが分かるのは随分先の話であった・・・。


 一方隣の女子部屋の2人は、簡素な布を布団代わりにして、既に横になっていた。


「いやいや勇太の言うとおりじゃ。こんないいテントをありがとうの。」


「いいんですよ。お二人に助けていただけなかったら、私は今頃ゴブリンのお腹の中ですから。」


 そういってマリアは謙遜している。シロは重ねて質問した。


「なぁ、マリアよ。お主は今後どうするんじゃ?まさか我らの冒険に付いて来る気か?」


 その質問に、マリアは少し考えているようだ。


「う~ん・・・。それはとても魅力的な案なのですが。お2人といるとすごく楽しいですし。ですが、私にもやらなければならないことがありますので・・・。寂しいですが、明日にはお別れかと思います。」


 そう言って、済まなそうに答えた。対するシロは、マリアをじぃっと見つめている。


「・・・そうか。てっきり我らに付いて来ると言うかと思ったが、思い過ごしじゃったか。」


「あれ?そう言ってほしかったんですか?」


「お主のようなストーカー女、願い下げじゃ。」


「あら、辛辣ですね。ストーカーという言葉の意味は分かりかねますが。」


 言葉とは裏腹に、マリアは楽しそうに微笑している。シロはそんなマリアと真っ直ぐ向かい合い、マリアに向けて告げた。


「なぁマリア。いい加減何を企んでいるか言ったらどうじゃ?」


「あら、まだ私のこと疑ってたんですか?何も企んでいませんってば。」


「まさかその言葉で逃れられると思っとらんじゃろな?勇太みたいなボケが服を着ているような男と我を同じと思うなよ。何が狙いかは知らんが、見た目が幼女と思うて侮ったらいかんぞ。」


 そう言って、シロはマリアを睨みつけた。シロにも矜持というものがある。例え神の力を封じても、神であった経験が無くなるわけではない。そんじょそこらの人間に出し抜かれるシロではないのだ。


 しかしマリアはどこ吹く風で、わざとらしくシロに尋ねた。


「あら?そうだったんですか?てっきりシロさんはもうおねむかと・・・。夜更かしは美容の天敵ですよ?もう眠りましょう。そうしましょう。」


「そんなんで騙されるわけがなかろう!バカにしとんのかお主!!こんな状況で眠くなる・・・わけが・・・。」


 急にシロの視界が歪みだした。強烈な眠気に襲われ、瞼を開けておくのも難しい。


「マリア・・・お主・・・なに・・・を・・・。」


「私は何もしておりませんよ。何も企んでいません。はい、復唱してください。」


「マリア・・・は、何・・・も・・・企んで・・・ない・・・。」


「はい、お上手です。次にお会いしたときは、私に対して警戒心を抱かないでくださいね。」


「わかっ・・・た。」


「良くできました。では、おやすみなさい。」


 マリアがそう告げると、シロはすとんと眠りに落ちた。よく見るとテント内に白く発光する小さい泡のようなものがそこかしこに浮いていた。


「ふふっ。少なくとも寝顔は可愛い少女ですね。」


 そう言って、シロに布団をかけてやると、マリアはテントを抜け出した。


 闇に紛れながら、馬宿を出て林に入る。月以外の光は一切ないと言うのに、迷うことなく進んでいく。


 程なく、マリアは馬宿に1番近い川のほとりにたどり着いた。そして、馬宿の方角に向き直り、一言こう言い放つ。


「スリープ。」


 すると、マリアの体が白く光り、先程テントの中に浮かんでいたのと同じ泡のようなものが出現した。


 それらの泡は馬宿の方に飛んでいき、馬宿を含む辺り一帯に降り注いだ。


 マリアが使用したのは“スリープ”という魔法。相手を眠らせる単純な魔法だ。しかし、実は使い勝手が悪く、自分よりレベルが低い者でないと効果が薄い。また、範囲を広く取ると効果がガクンと下がる。


 にもかかわらず、マリアの放ったスリープの範囲内にいる全ての生物は深い眠りについた。つまりこれは、マリアの実力の高さを証明している。


 スリープの魔法を散布し終わると、川の方に向き直り、膝を付いて頭を下げた。そして、誰もいない空間に恭しく告げる。


「報告が遅くなって申し訳ありません。魔王様。」


 驚愕のひとことが闇に溶けていく。すると、誰もいないはずなのに、声が聞こえてきた。


「よい。大儀であった。それで、どうだった?」


 その声は地の底から聞こえてくるような恐ろしさを内包していた。声と共に、人型の薄い陰のようなものが、川の上に現れた。


「はっ。魔王様の仰る通り、異世界より2人の来訪者が来たようです。名を勇太とシロ、と言います。シロの方は、元は神だったと言っておりました。」


「ふむ・・・。神か。」


「信じるのですか?」


「あぁ。この世界に異物が入り込む前より、この世界を調整している者の気配は感じていた。恐らくそれがその者だろうよ。」


 魔王を名乗るその陰は、どことなく楽しそうにしている。顔には一切出さないが、マリアは珍しく思っていた。普段からあまり感情を表に出さない主が、勇太とシロに興味津々の様子だ。


「勇太とかいう方はどうだ?」


「なんの変哲もない青年です。しかし、ステータスには異世界からの来訪者と明記されておりました。」


「ほぅ。やるな。ステータスを見ることが出来たのか?どれぐらい強かった?」


「レベル1でした。」


「はっ?」


 マリアの一言に、陰は揺れた。追い討ちをかけるようにマリアは告げる。


「ステータスはオール5。こちらが仕込んだゴブリン一匹と死闘を繰り広げ、危うく負けるところでした。」


「・・・ふっ、ふふっ、アッハッハッハ!!」


 マリアは今こそ驚愕した。永きに渡って主と共にいたが、ここまで笑い声を上げたのは数回程度だ。何よりもマリアを驚愕させたのは、話の内容である。


 魔王は強者を好む。魔王が笑みをこぼすことがあるのなら、それは強者と相対したときだけだった。勇太のステータスを伝えれば興味を無くすと思っていたの、だが・・・


「ハッハッハッ!!はぁ、いやいや、済まなかった。続けてくれ。」


「・・・勇太に興味があるのですか?」


 マリアは聞かずには居られなかった。無礼を承知で魔王に質問を投げかけた。


「ん?・・・あぁ、興味があるな。」


「魔王様の歯牙にかけるような青年ではないように思いますが・・・レベル1ですし。」


「ぶふっ、ふっ。・・・ふぅ、おいマリア、これ以上笑わせるな。話が進まん。」


「失礼致しました。」


 どうやらレベル1という単語が魔王のツボに入ったらしい。全く理解出来ない。


「俺が興味をもったのはその弱さよ。今まで俺は数多くの強者と刃を交え、その全てを屠ってきた。どれだけ強かろうと俺に膝をつかせることすら出来ない。ただ一組を除いてはな。」


 その言葉に、マリアは10年前を思い浮かべる。魔族を統べる四大魔王、その一角がとある2人組の冒険者に封印された事件。

 その一角こそマリアの主にして目の前の魔王なのだ。


「あの2人、特に剣士の方は明らかに今までの敵の中で最も弱かったはずだった。一目見てそれが分かった。そのはずが・・・この通りよ。」


 魔王は両手を広げてみせる。自身の敗北を語っているはずなのに、随分楽しそうだ。


「あれほど楽しい時間はなかった。あの2人に敗れ封印される間際などは、清々しさすら感じたものよ。」


「清々しさ、ですか。」


「あぁ。お前は俺の封印を解こうと必死になってくれたようだが、正直俺はあまり乗り気ではなかった。」


 それはマリアも感じていた。我が主を助けようと躍起になっていたが、主は焦っていない様子だったのだ。


「お前から俺を封印した2人組が隠居したことを聞いたことで、世界に面白さが失われたことが分かったからな。どうにもやる気が起きなんだ。しかし!」


 魔王は感情を爆発させる。敗北し、封印されたこの10年で、魔王は少し変わったようだと、マリアは感じた。


「この世界が震えた時に、新たな面白さが生まれたと感じたよ!」


 喜びに打ち振るえている。マリアは勇太に感謝した。経緯はどうであれ、魔王は再び世界に興味をもってくれたのだ。


「ただ強いだけならもう十分!どうやら世界には、俺の知らん強さがあるらしい!世界を震わせる程の存在でありながら、レベル1だと?興味が尽きんよ!ユータとやら!」


 魔王に魅入られたことが、勇太にとって幸か不幸か。それは言わずもがなだろう。少なくとも、平穏に冒険を楽しむことは諦めた方がよい。


「マリアよ。決めたぞ。お前の言うとおり、復活するとしよう。」


「その御言葉、心よりお待ちしておりました。約一ヶ月後に、御身にかけられた封印を解く手筈が整います。」


「お前を俺の右腕として良かったよ。宜しく頼む。」


「もったいなき御言葉。・・・ちなみに、シロと勇太の2人は如何致しましょう?」


「ん?あぁ、放っておけ。俺と出会う前に死ぬのなら結局その程度だったということだろう。そうでないことを祈るとしよう。」


 そしてまたくつくつと笑い出す。そんなつまらない展開にはならないことを確信しているようだ。


「承知致しました。」


「では、俺は封印の中に戻るとしよう。」


 すっかり満足したように、陰はゆっくりと薄れていく。


「お待ちください、魔王様。最後に1つ、御身に献上したいものが御座います。」


「ほぅ・・・?」


 そう言って、魔王の陰は笑みをこぼした。マリアは懐に入れていた紙を1枚取り出して、魔王の陰に差し出した。


その紙にはこう書いてある。




  “運命の寵愛を受けし者”、と。

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