衛生係はつらいよ
受刑者の中には、いろいろな人間がいる。
刑務所は、犯罪者の集まりであり、その犯罪者どうしが、四六時中一緒に居るわけである。
その中における対人関係ほど難しいものはない。
一般社会では、会社勤めが終われば、あとは、比較的自由を満喫する事が出来る。酒を飲もうが、パチンコを楽しもうが、誰にも文句は言われない。そう、社会にはある程度のストレス発散の場がある。
しかし、当然だが、刑務所内にはそのストレス発散の場がない。
一般の成人刑務所は、少年刑務所と比べ、ケンカ等の規律違反行為も少なく、ストレス発散を読書に向けたり、写経に専念したり、また法律の勉強に励むなどして己を殺し、刑務所を精神修行の場と位置付ける者が多い。
しかし、現在私が収容されている刑務所は、26歳未満の集まる少年刑務所。血気盛んな若者が多く、頭で考えるよりも先に手が出る世界。
『 なめられたらお終い 』
の世界である。
金属工場である第8工場に抜擢された私は、当時まだ22歳。
工場の中で1番歳が若かった。そのせいもあってか皆から可愛がられ、いじられる存在だった。しかし、歳が若いうえに、工場の衛生係を任された私は、年上の兄ぃたちに随分と気を使った。
衛生係とは、一般受刑者が従事する刑務作業には就かず、工場内の至る所の掃除。その日の洗濯物の回収。工場内の食堂で食べるオカズの盛り付け、日用品の仕分け。戻ってきた洗濯物をきちんとたたんで各自に与えられたロッカーに間違えなく収納するなど、息をつく間も無いほど忙しい。
その中でも、特に気を使ったのが、昼食のオカズの盛り付けである ( 主食は容器に入っているのでテーブルに並べるだけだが、オカズは各工場の衛生係が盛り付ける )。
平成6年当時は、まだ主食である麦飯が、1等飯から、5等飯までの、5段階に別れており、それぞれの等食により主食の量が定められていた。
1等飯は、重労働の受刑者 ( 特に定められた重労働作業 )
2等飯は、立ち作業の受刑者 ( 第8工場はこれに当たる )
3等飯は、座り作業の受刑者 ( 洋裁作業など )
4等飯は、個室作業の受刑者 ( 工場に出ないで房内で行う作業 )
5等飯は、懲罰受刑者
に、分類されており、1番量の多い1等飯は、当時まだ使用されていた、
『 もっそう 』
という、どんぶりが、縦に長くなったような容器に、びっしりと麦飯が詰まっていた。
私が食べていた2等飯でさえ 『 もっそう 』 に詰められた麦飯の量はかなり多かったが、平成7年に入り、あまりにも食事のバランスが悪いということで、等食は廃止になった。
代わりに、A食、B食、C食となり、主食を減らし、副食を良くするという現在のスタイルに変わったのである。
話は元に戻るが、昼食は、主食は容器に入れられていたので、それをテーブルに並べるだけで済んだが、オカズの盛り付けは、衛生係である私がやらなければならなかった。
オカズの盛り付けの分量の違いにより、大きなトラブルに発展する事が多い。
『 なんで、俺のオカズが、アイツよりすくねぇんだ! 』
が、
『 なめられてる 』
に、繋がる恐れが十二分にあった。その、怒りの矛先は衛生係である私に向けられるのである。
刑務所は、タバコも酒も、何もない世界である。
食事だけが唯一の楽しみであるが故に、毎日、胃の縮む思いで、受刑者のオカズを盛りつけた。




