教官の話
委員面接が終了した。この面接から1ヶ月前後が、仮退院日の目安となる。成人の懲役刑と違い、少年の場合は、原則仮退院日のその直前まで告知されない。懲役刑の場合、有期刑ならば、刑が確定すると出所日もわかる。少年院を仮退院する者は3日前に個室に移り、当日に着る服を用意したり私物をまとめたりするが、この時点ではまだ正式に仮退院決定の告知はされない。
仮退院日を迎える朝に正式に少年院院長より仮退院決定の告知がなされる。
私は、この初等少年院に入院してからは、極力、他の収容生と会話を交わさないようにした。どんな場面でも無口を通した。
口を開いて喋ることは、墓穴を掘ることにつながると他の収容生を見て考えるようになった。べらべら喋ってトラブルやケンカになった者が多くいたからだ。それに、話をすれば仲良くもなるが反面気も使うようになる。また、人が集まれば必ずといっていいほど他人の噂話や陰口が出てくる。それに同調すれば、今度は私が言われるようになるし、トラブルに巻き込まれる恐れがある。
私のいた第3寮は収容人数が役30名弱いたが、いろんな人を観察して身につけた、私の初等少年院における唯一の処世術のように思える。
しかし、勉強の方は全くダメで、唯一、足し算や引き算、掛け算九九が少し解るようになっただけだった。
ある日、担任の教官から呼ばれた。
教官室に入ると、パイプ椅子に座るよう指示された。
一瞬、初めてこの第3寮に足を踏み入れた日のことが頭をよぎった。
( 確か、すぐにこの教官室に入ってこの古いパイプ椅子に座るよう指示された。そして部屋長を紹介されて… )
寮に降りた日のことを思い出していると、
「もうすぐだな」
と、教官が声をかけてきた。
「はい。先生には大変おせわになりました」
私は続けた。
「先生にも反抗ばかりして、ホントすいませんでした」
教官は腕を組み、
「まあ、お前の言いたいことは、よく分かっていたが…」
「しかしな、今田」
「世の中に、言いたいコトばかり言っているヤツなんてあんまりいないぞ」
「全員が全員、言いたいコトばかり言っていては世の中が成り立たない」
「今田、これからは、10言いたいコトがあったら、8は我慢しろ」
私は黙って頷いた。
教官は最後に、
「もう、お前と会うこともないだろうが、頑張れよ。勉強なんて、どうにでもなる」
私は、この時の教官の言葉を今でも忠実に守って生きている。
10言いたいコトがあったら8は我慢することを




