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夢の住人  作者: 七嘉
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都市伝説

 突然休校になった翌日、叶都はいつも通り学校へ行った。

 校舎内に入り、2階にある自分の教室に向かうため、ゆっくりと階段を上っていく。階段を上ってすぐの左手側が叶都の教室だ。

 ドアをくぐり教室内に入ると目の端に白い物体が映った。顔をそちらに向け確認するとその物体は白い花束だとわかった。生徒の机に置かれている。その机の周りには数人の女子生徒が集まっており、涙を流している。

 叶都は瞬時に休校の理由を理解した。その席の持ち主の死が理由だろう。休校にまでなったのだから、きっと校内で亡くなっていたはずだ。針也の話だと自殺らしいが、クラスメイトが自殺したとは俄かには信じがたい。

 叶都が教室の入り口付近で立ち止っていると背後から声がかけられた。この声は針也だ。

「おはよう、叶都。……で、なんでお前そんな所に立ち止まってるんだ?」

 その質問に叶都は花束に視線を向けることで答える。針也はその視線の先の花束に気づき眉を下げた。

「……あの噂は本当だったのか。やっぱり自殺なのか?」

 潜めた声での質問に叶都も声を小さくして答える。

「自殺かどうかは分からない。亡くなったのは事実みたいだけど」

「あの席って学級委員の井上だよな」

 叶都は小さくうなずく。

 井上志緒子いのうえしおこ。叶都は特別深い関わりがあったというわけではないが、何度か言葉を交わしたことがある。責任感のあるしっかり者で頼れる存在だった。自殺するようなタイプだとは思えない。

「事故か何かか? 特別仲が良かったわけじゃないけど、やっぱり悲しいな」

 叶都の寂しげな言葉に針也は頷く。

「そうだな。まさかクラスメイトが死んだなんて思ってなかった」

 2人が暗い顔で話していると教室に担任の教師が入ってきた。

 叶都たちはそれぞれ自分の席に着く。

 教壇に立った担任が苦しそうに口を開いた。

「皆さん、おはようございます。本日は悲しいお知らせがあります。このクラスの井上さんが亡くなりました」

 担任教師のその言葉でクラスにいた全員が息を呑む。どの生徒も花束があったことから大体の想像はついていたようだが、言葉に出されて事実を突きつけられるとやはり衝撃的らしい。

 担任教師は顔を伏せて言葉をつづけた。

「井上さんのお母様から、井上さんの親しかった何人かには昨日のうちに連絡がいったようですが、知らなかった人も大勢いると思います」

 連絡をもらった幾人かとはきっと先ほど机の周りで泣いていた生徒たちだろう。親しい人物の死に直面し、今もなお涙を流している。

「死因は自殺のようです。美術室で亡くなっているのを他の先生が見つけました。首を吊って亡くなっていたとのことです。手首には刃物で切り付けた跡もあったそうです」

 担任教師は肩を震わせ涙を流しだした。

 担任教師の言った自殺という言葉に、叶都は思わず肩を震わせる。

「私が、もっと早く異変に気づいてあげてれば……。自殺をする前に思い留まらせることもできたかもしれない。非常に……残念です」

 涙声で必死に言葉を紡ぐその姿は痛々しく、普段の堂々とした様子は一切ない。

 叶都は自分の目頭が熱くなっていくのを感じた。だんだんとクラスメイトが死んだという実感がわいてきた。周りの生徒たちも叶都と同じ気持ちらしく、あちらこちらで嗚咽が聞こえてくる。

「このあと、井上さんの件でのお話で臨時の全校集会があります。もう少ししたら体育館に移動しますので準備してください」

 いつもなら教師から移動の準備を言われたら、皆てきぱきと動くのだが今日は動きが遅い。

 叶都は体育館シューズの入っている袋をゆっくりと取り出して机の上に置く。

 その数分後、教師の指示に従い、叶都たちは体育館へ向かった。


 集会では校長によるお悔やみの言葉と死体の発見状況が語られた。

 先ほど担任教師に聞いた通り、美術室で首を吊って亡くなっており、左手には切り傷があったそうだ。死体の近くには血の付いた彫刻刀が落ちており、手首の傷はそれによりつけられたものらしい。警察の報告によると手首を切ったが死ねなかった為、首を吊った可能性が高いとのことだった。

 集会が終わり、教室に戻ってきた叶都たちは誰1人として言葉を発しなかった。皆何をするわけでもなく、自分の席に座っている。まだ担任教師は戻ってきてないが、とても雑談などできる気分ではない。

 静まり返った教室で誰かが口を開いた。

「志緒子が死んだのは“夢の住人”のせいだよ」

 叶都は思わず声のした方に顔を向ける。声が聞こえたのは後方からだ。

「だって、自殺なんてするタイプじゃないし、夢の住人に会ったって言ってたもん」

 声を発したのは先ほど志緒子の席の周りに集まっていたうちの1人だ。

 集まっていたメンバーのもう1人がその少女に心配そうに声をかける。

「でも、夢の住人なんてただの都市伝説だし……」

 その言葉に少女は泣きながら反論する。

「志緒子、言ってたじゃん! “夢の住人に会っちゃって、そいつに1週間以内に死ぬって言われた”って! 5日前にそう聞いたもん」

 少女は泣きながら夢の住人という言葉を繰り返している。

 夢の住人とは何だろうか。叶都には耳慣れない言葉だ。

 叶都の疑問に気づいたのか、1つ後ろの席の針也が耳打ちする。

「夢の住人っていうのは最近話題の都市伝説らしいぞ」

「都市伝説……?」

 首をかしげる叶都に針也は説明する。

「あまり詳しく話知らねぇけど、その夢の住人っていうのに会うと必ず1週間以内に死んじゃうらしい」

 針也の言う夢の住人とやらのことが、叶都には全く信じられなかった。その話はあくまで都市伝説であり、作り話に決まっている。

「ありえないだろ」

 呆れた顔をする叶都に、針也は真面目な顔で反論する。

「でも現に井上は死んでるんだぞ。あの井上が」

 確かに志緒子は自殺しそうなタイプには見えないが、意外とそういう人間がストレスを抱え込んでいる可能性もある。そのようなオカルト話を聞かされても簡単に信じることはできない。

「夢の住人ね……。あんまり怖そうな名前じゃないな」

「確かに都市伝説にしては妙にファンシーな感じだけど」

 声を潜めて夢の住人について話していると、教室に担任教師が入ってきた。そろそろ授業が始まるようだ。

 2人は話を切り上げ、姿勢を正した。


 その日、集会以降の時間は普通に授業が行われたが、クラスメイトは全員どこか上の空だった。

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