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夢の住人  作者: 七嘉
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はじまり

 廊下を慌ただしく駆け回る音が聞こえる。

 騒音を遮断しようと布団を深く被った途端、一段と大きな音が聞こえた。

「お兄ちゃん! 制服のリボンがないんだけど! 探すの手伝って‼」

「……ん、え?」

 どうやらその大きな音はリボンを探し回る妹が勢いよく部屋のドアを開けた音だったらしい。

「え? じゃないよ! リボンがないの! 早くしないと遅刻しちゃう」

 顔を歪めて早口でまくしたてる妹の姿に苛立つ。自分は一切関係ないのになぜ起こされなくてはいけないのだ。

香音かのん、俺はお前のリボンなんて触ってない。自分で探せ」

 香音は顔をさらに歪め怒鳴る。

「手伝ってくれたっていいじゃん! それにお兄ちゃんだって起きなきゃ遅刻するよ!」

 香音の言う通りそろそろ起きなくてはいけない時間だが、こんな風に起こされれば腹が立つ。それに起きたとしても香音のリボンを探すためではない。自分の支度をするためだ。

「俺は自分の準備があるから手伝えない。母さんに手伝ってもらえ」

「お母さんも探してるけど見つからないんだもん」

 すでに母にまで手伝わせているようだが、自分までリボンの捜索に加わるつもりは一切ない。

 夢藤叶都むとうかなとはわめく妹の声にうんざりしながらベッドから起き上がった。

「じゃあ、もし見つけたら教えてやるから、お前はとっとと探しに行け」

「絶対に探す気ないでしょ」

 面倒くさそうに答えた叶都に香音は不満そうにしながらもおとなしく部屋から出て行った。

 叶都は小さく溜息をつく。

今日のように香音が喚くのは珍しいことではない。すぐにものをなくす為、朝に走り回るなんてことは日常茶飯事だ。その度に今日のように起こされるのには参っていた。

 叶都は大きく伸びをし、学校に行く準備をするために制服を手にする。

 ゆっくりと着替え、身支度を整えてからリビングへと向かう。

 リビングでは母が朝食を机に並べていた。香音のリボンを探す手伝いは中断したらしい。

「おはよう、叶都。今日は早いね」

 母が笑顔で挨拶をしてくる。

「香音が大騒ぎして目が覚めたんだよ」

 うんざりしながら言った言葉に、母が納得したように頷く。いつものことなので母も大して動じない。

「朝ごはんできてるから、早く食べちゃいなね」

「うん、わかった。いただきます」

 自分の席に座り朝食に手を付ける。今日は叶都の好きな目玉焼きとスープだ。母特製の黄身にほとんど火を通さない半熟の目玉焼きにケチャップをたっぷりかける。目玉焼きにはケチャップをかけると友達に言ったときにありえないと返されたが、叶都からすればケチャップ以外をかける方がありえない。

黄身にフォークをさすと中身がとろりと溢れ出した。黄身と白身を一緒にフォークに乗せ口に運ぶ。おいしい。やはり母の料理は格別だ。

 食事を手早く済ませ、使った食器をシンクに置いているとリビングのドアが開いた。

「リボンあったー! 机の下に落ちてた」

 香音は笑いながらリボンがつけられた自身の胸元を指す。

「よかったね。……ほら、早くご飯食べて」

「はーい」

 香音が席に着き、パンを一気に口に入れる。口が丸く膨らんでいてリスみたいだ。

「あ、これ見たい」

 香音が流していたテレビを指して言った。

 今夜放送の番組のコマーシャルのようだった。超能力特集とテロップが出ている。

「透視だって。あ、テレパシーと予知夢もやるって」

「こういうのってどこまで本当なんだろうな。絶対嘘ついてるやついるだろ」

 香音の弾んだ声に叶都は興味がない様子で返す。

「まあ、中には超能力あるって嘘ついてる人もいるだろうね。まあ、面白ければ嘘だろうとなんでもいいや」

 香音は特集内容が真実だろうと偽りだろうと自分が面白いと感じればなんでもいいらしい。叶都もテレビ番組に関しては面白ければ真偽は問わないタイプだ。

 叶都は香音との話を切り上げ、支度をするために洗面所に向かった。いつまでも話していたら本当に遅刻してしまう。

 顔を洗った後に歯を磨き、髪をとかして身支度を整える。香音の準備は長いが叶都は数分で終えてしまう。男女の差なのだろうか。

 学校指定のバッグを肩にかけ、リビングに顔を出す。

「じゃあ、行ってきます」

「いってらっしゃい」

 叶都の言葉に母が食器を洗っていた手を止めて返事をし、香音は口いっぱいに料理を頬張りながら手を振って答えた。


 電車通学の叶都は今日もいつも通り電車に乗り高校の最寄り駅で降りた。改札を出て高校をめざしてのんびり歩く。

学校に近づくと校門の前で学生が集まっているのが見えた。いつもならこんなに混雑はしていないので叶都は首をかしげる。何かあったのだろうか。

近づいていくと教師の声が聞こえた。何やら声を張り上げている。

「今日は休校になりました! 生徒は速やかに家に帰るように!」

 いつも笑顔で授業をしている生物の教師が、顔をこわばらせて休校を伝えていた。

 ただ事ではない様子に叶都は戸惑い立ち尽くしていると、周りにいた生徒の1人が生物教師に声をかけた。

「何かあったんですか? いきなり休校って……」

「詳しい話は後日あるから、今日はとにかく帰宅してください」

 休校の理由は明かせないらしく、生徒から次々と出る同様の質問には帰宅しろとの一点張りだ。

 仕方がないので帰ろうとしたところ、肩を叩かれた。

「おはよう、叶都」

針也しんや。おはよう」

 そこにいたのはクラスメイトの綿里針也わたりしんやだった。針也も叶都と同様にひどく戸惑っている様子だ。

「休校ってなんでだろうな」

 叶都が疑問を口にすると針也は声を潜めて言う。

「なんか、人が死んだみたいだぜ。噂だから本当かどうかはわからないけど」

「え……」

 予想外の答えに叶都は絶句する。死人が出たなんて信じられない。

「自殺らしい。……まあ、真実は明日以降に先生が教えてくれると思うけど。とりあえず、今日は帰るか」

「……ああ、そうだな」

 2人は駅までの道のりを並んで歩く。いつもなら2人でいるときは談笑しながら帰るのだが、今日はにこやかに話すことなどできなかった。


 同じ高校に通う生徒の死。これは叶都の身に起きた小さな異変だった。この異変が今後叶都の身に起きる悪夢の始まりだとはこのときの彼はまだ気づいていなかった。


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