夏の暑い日
先輩後輩短編その4。いつもと構成違います。決してネタ切れなんかじゃありません。ないんだからね!
一応話に互換性はないとは思います。
「あ゛づいよ……」
ジンジンと蝉が鳴く中、とうとう暑さに耐えきれずに文句を言う。先輩の方はというと、涼しげな表情で本を読んでいる。
「先輩、暑くないんですか?」
「ええ、勿論暑いわよ」
よく見ると、首筋に汗が滴っている。やはり、この気温では流石の先輩も暑いんだな。よかった。最近、ちょっとこの人本当に人間なのかな、なんて思ってたのだが、やっぱり人間だったみたいだ。
「……ねぇ、知ってる?私くらいになると、モノローグも読めちゃうのよ?」
「やめて!メタな発言は読者離れるって偉い人が言ってたから!」
閑話休題。
「でも、確かにこの気温は異常よね。流石に気が滅入るわ」
「ですよね~なんでこの教室、クーラーないんでしょう」
「まあ、それはしょうがないわ。元々、何にも使われていない教室を無理やり貸してもらっているよなものだから。扇風機なら何とかならないこともないんだけど」
「去年はどうしてたんですか?今年までとは言わないまでも、大分暑かったですよね」
「去年?そうね、家に帰っていたわよ」
なるほど。冷静に考えてみれば。
「あー、そうですよね。どうせ、一人だったんでしょうし、わざわざここで何かする必要もないですよね」
「……今日は随分と勇ましいのね。蛮勇という言葉の意味を教えてほしいのかしら」
ゾクっと背筋が冷えた。まるで、獲物を見つけたライオンのような目つきの鋭さで僕を睨みつける。さっきまでは暑さでの汗が大量だったのが、一瞬にして冷や汗に変わる。
「あ、あはは……」
「笑ってんじゃないわよ」
「はい。すいませんでした」
どうしてこう余計な事を言ってしまうのだろうか。どうせ敵いっこないのが分かっているのに。
「全く、そこは泣いて感謝するところでしょう。僕のために待っていてくれて、先輩、ありがとうございます、って」
「はい。ありがとうございます。って、わざわざ僕のために?」
「そうよ。生憎と、今年は一人ではないからね」
「だから僕が悪かったですから!」
「まあ、あなたの失礼な発言は後でまたゆっくりと説明を聞かせてもらうことにして」
「あ、はい。そうなっちゃう感じですね。分かりました」
「そろそろ夏休みにも入ることだし、いいわ、明日からは解散ね」
「そうですね……運動部どころか、部活にすら所属してないのに熱中症になりました、なんて、迷惑極まりないでしょうしね」
実のところ、少しだけ残念だったりしたのだが、それ以上に暑さが勝ってしまった。これはダメだ。人が人として生きられる最低限度の生活が保障されていない。つまり、人権侵害……?閃いた。とりあえず、アメリカ辺りにいって訴訟を起こしてみよう。タバコ吸って肺がんになりました~で賠償金支払い命令が出る国だ。上手く行けば、億万長者も夢じゃない。
「大丈夫?ものすごくだらしない顔になっているけど」
先輩の言葉に我に返る。あまりの暑さにトリップしていたようだ。あーアイス食べたい。
「……あまり大丈夫じゃなさそうね。いいわ、今日はもう解散しましょう」
「はい。僕はクーリッシュなんかが結構好きなんですけど、先輩は何が好きですか?」
「どこをどう聞き間違えたらそうなるのか説明してほしいのだけど」
あれ、なんか僕間違えたみたいだ。手を額にあてて呆れたように顔を横に振っている。なんでだろうなぁ。もしかして、先輩もクーリッシュが好きなのかな。そうか、じゃあ今度クーリッシュを買ってみようかな。あ、でも何味が好きなんだろう。
「ね……ちょ……だ……ぶ」
先輩が何か言っているようだけど、はっきりと聞き取れない。あれ、何の話してたんだっけ。というか、先輩の顔もぼやけて見える。何だか必死そうな表情だけど、どうしたんだろう。僕は大丈夫ですよ。あれ、声ってどうやって出すんだっけ。
次に目が覚めたのは、ベッドの上だった。
「あれ……ここ、どこですか?」
「私の家よ。さっきまでは保健室で寝かせていたんだけど、落ち着いてから運んでもらったの」
ここは先輩の家なのか。どうりで、どことなく高級感あふれているなぁ、と思っていたところなんですよね。えぇ。
「あら、あまり驚かないのね。とりあえず、もう少しだけ横になっていなさい。家の人には連絡しておいたから」
「はい。ありがとうございます。えっと、って、ここ、先輩の家ですか!?」
我ながらベタだなぁ。
「まだ頭が追い付いてないようね。とりあえず、冷たい麦茶持ってきてあげるから、少し待っていなさい」
そういうと、さっさと部屋を出て行ってしまった。
「ここが、先輩の家かぁ……」
ついつい、辺りを見回してしまう。先輩のイメージ通り、あまりものがなく、とてもスッキリしている。ただ、やはりというか、本棚にはびっしりと詰まっていた。
「何か興味あるものでもあった?」
じっと本棚を見つめていると、いつの間にか戻ってきたようだ。
「あ、いえ。やっぱり本多いなぁ、と。いつも何かしら読んでいますし」
「そうね。父からのお下がりも多いのだけど、こっちの本棚は全部自分で集めたものね」
なん…だと…僕が見ていたのは一つ目の本棚で、先輩が指さす方を見ると、もう一つ。え、これ軽く千冊は超えていませんかね。
「なんというか、その。凄いですね」
これくらい普通じゃない?なんて顔をして僕に麦茶を手渡してくれる。それを一息に飲むと、ようやく人心地つく。
「あ、そういえば、今更なんですけど……どうしてここに?」
「あなた、熱中症で倒れたのよ。幸いそんなにひどくはなかったみたいだから、保健室で少しだけ寝かせた後、家に連れてきたんだけどね。本当はいけないみたいなんだけど」
うぅむ、それならなんでわざわざ家に連れてきたのか。
「その疑問に答えてあげるわ。それはね、単に迷惑だったからよ。分かるかしら。運動部でも、それこそ部活にすら所属していない子が教室で勝手に倒れたなんて、学校側からしたら迷惑極まりないでしょう?それに、大事にされるともうあの教室使えなくなっちゃうかもしれないし」
「はい。仰る通りでございます」
耳が痛かった。
「あなたの家に連れて行っても良かったんだけど、家に電話しても誰も出なかったみたいだからね。勝手に携帯を触るのは少し忍びなかったから、私の家に連れてきたって訳」
「なるほど。何から何まで、すいませんでした」
「本当よ。言ったそばから熱中症になるなんて」
今回の件で、完全に先輩に頭が上がらなくなってしまいそうだ。いや、元々上がらなかったんですけどね?
「まあそんなにひどくはないようで安心したわ。もう少ししたら送っていってあげるから、帰る支度しなさい」
「いえ、そこまで迷惑かけるわけには……」
「もしまた帰り道に一人で倒れでもしたら、私の寝覚めが悪いのよ。いいから大人しく送られなさい。分かった?」
「迷惑かけます……」
「もう十分にかかっているから、気にしないで」
そう言われると余計に気にします。多分、わざと言ったんだろうけどね……
状況の一段落がついたところで、僕は、ある重大な事に気が付いた。それは――ここが、先輩のベッドの上だということ。これは非常事態であります。なんで今まで気づかなかったんでしょうか。こんなシチュエーション、滅多にないんだからね。
なんか意識しだしたら急に恥ずかしくなってきた。どうしようか。何とかして、先輩に気付かれないようにベッドを抜けられないだろうか。ちらりと様子を伺うと、どこから出したのか、早速本を読んでいる。そうだ、本があった。
「先輩」
何?と目だけでこちらに返事する。
「ちょっと本棚見てもいいですか?こんなに沢山量があると、気になっちゃって」
「いいわよ。そうね、こっちの本棚のこの列の本なんかは結構読みやすいんじゃないかと思うけど」
何とか怪しまれずにベッドから抜けだすことに成功した。なんだ、案外僕もやるもんだな。
「そうそう、言い忘れていたんだけど、ベッドのシーツも掛布団も全部取り替えてあるから気にせず使っていいわよ」
こちらをチラリとも見ずに、本のページを捲りながらさらっと言い放つ。そんなに僕分かり易かったんでしょうか。
それはともかくとして、本棚に興味があったのは事実なので、じっと眺めてみる。僕の知らない本ばかりだ。
「そういえば、あなたは活字は得意なのかしら」
「得意ってほどでもないんですが、割と好きな方ではありますね。最近はそんなに読んでいないんですが」
「そう」
本の閉じる音が聞こえたかと思うと、僕の横まで歩いてきて本棚を漁りだす。
「ジャンルは?どういうのが苦手とか、そういうのはあるのかしら」
「強いていうなら、詰まらないのが苦手です」
「えらく抽象的ね。まあいいわ。とりあえず、この辺りから読んでみる?」
手際よく5冊ほど本を抜くと、僕に手渡す。そのどれもが知らないタイトルだった。
「とりあえず、これ読んできなさい。そうね、夏休みの課題図書なんて洒落てるんじゃない?そうそう、課題図書なんだから、感想文とは言わないけど、きちっと感想なり批評なりを用意してくること。そうじゃないと、本当の意味で本を読んだことにはならないから」
えらくハードルがあがったようで、急に手の上にある本がずっしりと重くなった気がした。
「大丈夫よ、そんなに肩肘はらなくて。正解なんてないんだから。まあ、私と受けた感想が違ったなら、思いっきり叩きのめしちゃうかもしれないけど」
それが一番怖いんです。
「冗談よ……半分だけね」
「えっと、半分本気ってことですよね、それ」
「そうともいうわ」
そうとしか言えません。今まで、あんまり考えて本読んでこなかったからなぁ。読書感想文なんてあらすじを読んで書いていた派だから。大体、なんだって興味のない本の感想文なんて書かせるのか。全く理解に苦しみます。
「さて、もう体調もそこまで悪くないみたいだし、さっさとそれ鞄に入れちゃいなさい」
「はい。ところで、もしかして普段話してくれるネタなんかはやっぱり本から?」
「そうね。ネタ元なんかももしかしたら分かるかもしれないわよ。まあ、私なりに訳してる部分があるから、全部が全部一緒ってわけじゃないんだけどね」
なるほど。やっぱりというか、全部が全部オリジナルで話してくれているわけではなさそうだ。そう考えると、先輩のお話は大抵面白いものが多いので、少しはやる気が湧いてきた。
「それは楽しみです。で、夏休みに入っちゃうと思うんですけど、いつ返せばいいですかね」
「そうね……二学期に入ってからでもいいんだけど、その本以外も読んでみたいかしら」
「そうですね、少し、興味はあります」
「じゃあ、毎週水曜日は大体予定が空いているから都合がつくときにきてくれて構わないわよ」
なんだか知らないけど、夏休み中に会う口実が出来たみたいだ。あれ、これフラグ立ってる?
でも、そういえば僕先輩の連絡先知らないんだよな。急に予定が入ったりしたら不便だろうし、やっぱりここは聞くべきだろうか。
……そうだな、家にきていいと言われているくらいだし、このくらいの事で怖気ついていたってしょうがない。
「えっと、でしたら、連絡先を教えてはいただけないかなぁ、と」
「ああ、そうね。何時くらいに来れるかとかメールしてくれたら、次に貸す本でも準備しておくから。こっちからも、都合が悪くなったら連絡するわ」
「分かりました」
そうして、なんやかんやと連絡先ゲット。ヤバい、口元にやけてないかな。
「思ったより遅くなっちゃったわね。早く帰りましょう。いくら連絡しておいたとはいえ、流石に心配しているでしょうし」
それからは特に何事もなく、あっという間に家についてしまった。もう少しだけ、一緒にいたかったかなぁ、なんて。
「今日はありがとうございました」
深々とお辞儀する。今日一日だけで随分いろいろな事で迷惑をかけてしまった。まあ、そのおかげで先輩の家にいけたり連絡先ゲットできたり、僕としてはいいこと尽くめだったのだが。
「気にしないで、って言ってるのに。私の方も一人じゃなくなって少しは楽しんでいるから、大丈夫よ」
……まだ根に持っていました、その証拠に、心なしか眼光が鋭く……近づけたのは嬉しいけど、やっぱりちょっとこの人怖い。
「それじゃ、今日はちゃんとゆっくりしなさいね。それと、明日も無理はしない事。いいわね」
「分かりました」
それだけ言うと、さっさと帰ってしまった。さて、僕も早く家に入ろう。
夜。少し眠りすぎてしまったのか、中々寝つけずに携帯を開く。多分、まだ熱中症で火照った体が冷め切っていないんだろう。少しだけ、体温が上がった気がした。
「ふう」
部屋について、一息つく。今日は一日色々な事があった。まさか、熱中症で倒れるだなんて。
「ふふっ」
つい、思い出して少し笑ってしまった。あんなに取り乱してしまっただなんて。我ながら、まだまだ精進が足りないみたいね。まだ出会ってから3か月くらいだっていうのに、随分と気に入ってしまったみたい。
今まで私に近づいてきた男は沢山いたけれど、あの子みたいなパターンは初めてで。少しは下心あるみたいだけど、必死に隠してて、そこが少し可愛い。
そういえば。さっき交換した番号を見る。もしかして、あの子の番号が初めてなんじゃない?
確認してみても、他に同年代の男の子の番号は一つもない。別に、拒否していたわけじゃないけど、なんだか、少しくすぐったい。
あーあ。ベッドに転がり込んで、携帯のカレンダーを見る。ちょっとだけ、ちょっとだけだけど。水曜日が、少しだけ待ち遠しいな。