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IONシリーズ外伝一   作者: 2626
『護国の赤蛇』
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『護国の赤蛇』 第十三章

アマゾネスはもっと登場させたかった。

 後方支援は完璧と言って良かった。開発された街道は食料や武器防具、医療品に至るまで、様々な品を満載した荷馬車や貨物船を導きつつ、各都市の間を結んでいた。対イスラエル戦前線基地となるアエギュプトゥスとペルシスの二つの都市には、それらの順調な行き来の報告が来ていた。狼煙による各都市の間の連携は、密接かつ迅速で、万が一イスラエル軍にローマ軍が圧倒されそうになった場合、即座に援軍を派遣する事になっていた。二方面からの最大の構えと攻囲で、ローマは強大なイスラエル王国とその首都エルサーレムを陥落させようとしていた。

「いよいよだ」前線部隊を指揮する女戦士にして黒き女神ペンテレイシアは、夜明けを待つ陣中で呟いた。夜明けと同時に、彼女らはイスラエルの都市を攻め落とすべく出陣する。武者震いが止まらないのは、幼少から彼女に戦士として生きるべく叩き込まれた英才教育の所為だ。「アマゾネスの雄姿、嫌と言うほど見せつけてやろう」

「油断するな」サマエルは、冷静に言った。「大天使が降臨する可能性がある。 その場合は即座に撤退し、私を呼べ」

サマエルとペンテレイシアは、本日、それぞれ別の都市を同時に攻める事になっていた。

「承知」ペンテレイシアはそう言って、愛馬に跨って弓矢と剣を携えた。既にほのかに空の果てが青く輝きだしている。「いざ、進軍せよ!」

 ペンテレイシア達は、彼女達を迎撃するべく都市の城壁の門が開いたのを見て、まずは強弓を構えた。アマゾネス達は、誰もがこれを得意とする。遠方から雨のように矢を降り注がせて、敵に被害を与え、戦意を失わせ、混乱状態を引き起こす。そこに突撃するのが、彼女達の戦い方であった。

「放て!」

ペンテレイシアの高らかな一声で、矢の雨がイスラエルの軍隊に降り注ぐ。

――だが、矢は全て空中で停止した。

「あはははははは!」いやに陽気な顔をした美青年が、イスラエルの軍の真上の空からゆっくりと降りてきた。「そうです、そうですとも、ウリエル様! 僕はただお一人であらせられる神を信じます! ですから、どうか、僕に平安の時をお恵み下さい!」

『――良かろう。 アポロンよ、貴様は我らが唯一絶対神に帰依した。 ならば我は貴様に力を貸してやろう』

青年の頭上に、黒茶色の翼を持つ大天使が現れる。

ぐるん、とそれまで空中で待機していた矢が反転した。

「なッ」他のアマゾネスのように、ペンテレイシアも目を見張った。その、彼女達が放った矢が、彼女達に降り注いできたからである。それと同時にイスラエル軍の放つ矢が、彼女達に襲いかかってきた。

「矢が効かぬのか!」だが、ペンテレイシアの率いるアマゾネス達はこの程度では怯まぬ強者ぞろいで、果敢だった。「ならば剣で勝負するまでよ!」

そして彼女が雄たけびをあげるのに続いて他のアマゾネスも咆哮し、一斉に突撃した。両軍は激突するかに見えた。兵数はほぼ互角であり、アマゾネスの士気は高い。戦況はローマに利がある。

『ふん』と大天使ウリエルは、だが、この状況を鼻で笑った。『アポロンよ。 石つぶてを投げるのだ』

「はい!」アポロンは、まるで従順な奴隷のように頷いて、足元に転がっていた拳くらいの大きさの石を拾って、投げた。

 ……その石ころ一つで、よもや精鋭中の精鋭であったアマゾネスが壊滅するとは、この時にはローマ軍の誰もが予想していない。


 「アマゾネスが壊滅……だと!?」その知らせを受けたサマエルもさすがに動揺した。敗軍からの伝令が、ちょうど今になって来たのだ。「大天使サタナエルが降ったのか!」

「い、いえ、ペンテレイシア様の最期のお言葉では」と言いかけた傷だらけの若いアマゾネスの一人アンティオペーが涙ぐみかけて、だが歯ぎしりしてそれに耐えた。「大天使ウリエル……だとおっしゃっていました」

「……そうか。 分かった」サマエルは言った。そして大天使達に激しい憎悪を抱いた。だが、この時の彼はまだそれを理性で殺している。

「サマエル様!」負傷者の手当てや物資の補給などのために陣中へとやって来ていたダイモスが、真っ青な顔をして彼の元へ走ってきた。「ペンテレイシア様達の、な、亡骸が、亡骸が! な、な、亡骸が!」

その先の言葉がつっかえているほど、ダイモスは動揺していた。

「どうされたのだ!? 詳しく言うのだ!」

「て、偵察の者からの情報なのですが――アマゾネスの方々の亡骸が晒し者にされております、鳥の餌にされております、都市の城壁から吊るされて……!」

「……敵とは言え、果敢に戦った者を死後も侮辱するとはな」サマエルは激怒した。彼は卑怯が大嫌いであった。そして死ぬまで勇ましく戦った相手を、死後に辱めるなどと言う行いを、心底憎んでいた。「私が出よう。 そして奪還する」

 翌日、サマエルは出陣した。攻撃目標の都市にローマ軍を率いて接近していくと、ローマの兵士達が次々と悲鳴やそれに近い無言の叫びを上げた。

城壁から、ずらりと、彼らの友軍であったアマゾネスの死骸が、ぶら下げられていたのである。それらは鳥につつかれていた。

ローマの兵士は何も残虐な行いを見慣れていない、と言う訳では無い。偵察の者がこう言う有様だと言っていたのも先に聞いている。元々ローマの闘技場で血なまぐさいものにも見慣れていた。たが、ただでさえここは敵地であり、そしてアマゾネスの強さを彼らは良く知っていたのに、その彼女達がこんな有様になっていると分かると、恐怖はどうやっても抑えきれないのだった。

「あ、あはははははは!」

その彼らの上空から、男が降りてきた。その声を耳にした瞬間、サマエルはあの悪夢を思い出す。我が初子を殺された、あの瞬間を思い出す。

「アポロン……!」

「あはははははは!」アポロンは壊れたように笑う。笑っている。「死ね、サマエル! 貴様が生きている限り、僕は幸せになれないんだ!」

「貴様はあの時処刑しておくべきだったな」サマエルは淡々と言った。「ペンテレイシア達のためには、焼き殺しておくべきであった……!」

「今の僕には大天使ウリエル様が憑いていらっしゃる! 貴様なんか、もう相手じゃない! ウリエル様、ガブリエル様のお力をどうぞお貸し下さい!」

天空から小隕石が無数に降ってきた。それは途中で軌道を変えて、ローマ軍に猛雷のように襲いかかる――と思いきや、爆発して全て消えた。

そして、盲目なる魔神は毅然と、厳然と、彼らの前に存在している。

『ふむ』と大天使ウリエルの声が響く。『どうやら我々の攻撃の通用する相手では無いようだ。 我もガブリエルも撤退するとしよう』

アポロンの顔に浮かんでいた、余裕のある笑みが、消えた。真っ青になった。

地に落ち、四方八方を見て叫ぶ、

「ウリエル様!? ウリエル様ッ!? ど、どうして――!?」

「行け」とサマエルは隣にいたアンティオペーに言った。「ヤツの身柄はお前達アマゾネスに委ねよう。 生かすも殺すもお前達に一存する」

「御意に!」

生き残っていたアマゾネスが、我先にアポロンに襲いかかった。

「一思いに殺してなどやらぬわ!」アンティオペーらはアポロンを暴行し、口々にそう言った。「生き地獄を味わえ!」

「では」とサマエルは全軍に指令を出した。「かかれ!」

イスラエルの都市が陥落したのは、それから半日後であった。

サマエルはアマゾネスの亡骸を埋葬し、更に進軍した。


 ローマの進軍は順調であった。進軍していく間に分かったのだが、現イスラエル王ソロモンは大変に英明な君主であったらしい。だが、今では老いぼれたただの暗愚な老人になっているそうだ。

「あれでは我らが唯一絶対神に、見捨てられる」と言う噂が流れていた。そして見捨てられかけている証に、ローマの侵略を神が見過ごした、と。

いよいよイスラエル王国首都エルサーレムに、ローマ軍が近付いて来ていた時だった。

「――きゃはははははー!」

急に天から笑い声が降ってきて、軍の誰もが天を仰いだ時、それは夜のように黒い六対の翼をはためかせて降りてきた。それは非常に愛くるしい幼女の姿をしていて、だが、その目は漆黒に輝いていた。

「……貴様が大天使サタナエルか」サマエルは冷えた声で訊ねた。感じるのだ。この幼女から、とんでもないけた違いな『力』の気配を。

「そうだっぴょーん! おれちゃまは我らが唯一絶対神様から遣わされたんだぞ、えっへん!」と幼女は平らな胸を張った。

「何故アレクサンドリアを殲滅した」

「神様を信じない悪いヤツはみんな死んじゃえば良いんだもん!」

「信仰心の有無が生殺与奪に関わるのか」

「うん。 だって神様は偉いんだ、立派なんだ、凄いんだぞ!」

「それがどうした。 貴様らがアエギュプトゥスへやったあの行いを、正当化しようとするのか」

「だってお前達なんかごみなんだもん。 死んだ異教徒(ごみ)だけが良い異教徒なんだぞ!」

そう、無邪気に、言うのである。何の悪意も無く言うのである。無垢な子供が虫を殺すのと似ていた。言い換えれば虫を殺すように人を殺せる、最もおぞましい存在であった。

「あれ?」とそのサタナエルが突然首をかしげた。「さんだるふぉん、神様がそうおっしゃっているの? 撤退しろ? はーい、分かった!」

そしてサタナエルは空中へ舞い上がった。

「えーとね、サマエルだっけ? 命拾いしたねー、神様、イスラエルのソロモン王を見捨てるってさ。 良かったね、おれちゃまが本気を出したら、お前なんか即死していたもんね! それじゃ、ばいばーい!」

「待て!」とサマエルは追いかけようとしたが、サタナエルは姿を消してしまった。

 ――イスラエルをローマは征服した。イスラエルの民から激しい抵抗があったが、それも弾圧して、数年で静まり返った。

ローマはソロモン王の建てた壮麗な宮殿を破壊し、そこにサマエルら多神教の神々の神像をすえた神殿を建設した。

最後まで抵抗していたソロモン王を捕虜として、サマエル達は見事にローマに凱旋を飾った。

「一つ聞きたい事がある」とサマエルは今やただの老人となったソロモン王に訊ねた。「何故貴様らイスラエルはアレクサンドリアを焼き討ちにした? 略奪ならばまだ理解は出来る。 だが貴様らはあの図書館を、あの都を徹底的に焼き払った。 何故だ?」

「人の叡智など下らぬもの」ソロモンはしわがれた声で言った。「神のみぞが真理を知る。 たかが人の分際で、神の智の領域にあそこは踏み入れようとしていた。 全くもってけしからぬ場所であった。 だからだ」

「……」サマエルはソロモンを牢獄に入れて、幽閉しろと配下に命令した。そして、一人呟く、「何が『全くもってけしからぬ場所』だ。 今思えば、あそこは、人が、己の理性と知性で唯一絶対の神に立ち向かう場所であった。 この世には神の代わりに運命と真理があると突き詰めるためにあった……」

噛ませ犬じゃなくてね。

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