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IONシリーズ外伝一   作者: EVI
『護国の赤蛇』
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『護国の赤蛇』 序章

最強サイキョウ父親ファーザー、略してSF。

 『……何かをあがめずして人は生きられない。 その何かが、神であれ主義であれ信念であれ体制であれ運命であれ、崇めずに生きる事など出来はしない。 人は完全では無いからだ。

 これはある男の人生であると同時に、消えては浮かび、浮かんでは消える国々の興亡の歴史でもあるだろう。 ……その男は、「史上最強」と呼ばれた男である。 彼は最強に至るまでに、数多くのものを亡くした。 そして、たった一つこの残酷な世界での真実を得た――「強くならねば、誰も護れない」と言う真実を……』

――帝国(セントラル)貴族にして旅行家、そして歴史家バシレイオス・アグリッパ著『ローマ記』序文より――





 ……レッド・ヴァイパーは魔神であった。だが、彼の神殿がたったの一つも建てられないほど民から崇められていなかった。何故なら彼は臆病で有名で、とても弱かったからである。『逃げ足だけは世界一』と子供相手から嘲られるほど、彼は腰抜けだった。

レッド・ヴァイパーと言う名前そのものが蔑称であった。本来ならばレッド・ドラゴンと呼ばれるところを、彼はそう呼ばれていたのだ。彼の弱さは完全に事実であったため、反論の余地は全く無かった。それで彼自身、半分諦めの心地で自らレッド・ヴァイパーと名乗っていた。それでも辛うじて彼が魔神と呼ばれていたのは、彼が『(ドラゴン)』と言う魔族の中でもとても強力な種族に生まれていたからであった。

魔族とは人間と異なる種族であり、特殊な能力を持っている存在であった。中でも比類なき力を持った魔族は魔神や女神として人々から崇められていた。だがレッド・ヴァイパーは誰かから崇められた事など一度も無かった。彼はいつも何かに怯えている暗い顔をしていて、へっぴり腰で、何か言う前に必ず、ああ、とか、ええと、とか口下手を誤魔化すために言った。誰が見ても彼は弱々しくて惨めだった。更に彼には親類縁者もおらず、天涯孤独の身の上だったから、誰も彼を庇ったりしなかった。

いつでもどこでも、彼は大の弱虫で、たったの一人ぼっちであった。


彼は他の神々の神殿から『供犠』のおこぼれを貰おうと、その日もこっそりと出かけた。魔族は人間を、人体を食べる。だが、己を崇める民をむやみやたらに殺すような真似はせず、奴隷を食べたり、自ら供犠になろうと申し出てきた者を食べていた。もっともレッド・ヴァイパーを崇めるような変人は誰一人としていなかったが。

レッド・ヴァイパーは人気のない道をとぼとぼと歩いていた。彼から自尊心や自己愛と言ったものは徹底的に失われていて、代わりに諦念と孤独感だけが影のように付きまとっていた。

すると、若い女の悲鳴が前方から聞こえた。レッド・ヴァイパーは仰天して、逃げようかとも一度は思ったが、それでも恐々と木々の陰に隠れて様子を見た。

何の事は無い、奴隷であろう一人のみすぼらしい女が、ならず者らしき複数の暴漢に襲われていた。

レッド・ヴァイパーはどうしたものかと思った。女は奴隷、それでなくとも貧民であろう。対して暴漢達の身なりは相当良く、若くて……そして何より強そうであった。

レッド・ヴァイパーは何だか泣きたくなってしまった。彼は弱すぎて、誰も助けたり護る事が出来ないのだ。それでも、と彼は思った。もう自分の名誉は地に堕ちて、これ以上悪くなりようが無いくらいである。だったら、逃げ腰でも良い、助けに入る真似くらいはしても良いのでは無いか。

何より彼にはみすぼらしい女が、まるでいつも情けない自分のように見えてしまって、不憫でならなかった。


 ――彼は人の形から『変身』した。


『GOUGAROROOOOOOOOOOOOOOOOOOHN!』

暴漢達は辺りをつんざくような大咆哮に肝をつぶして、我先にそちらを見た。

巨大な赤い竜が、彼らを見下ろしていた。

「う」

「うわああああああああああああああッ!」

一瞬恐慌状態に陥った彼らだったが、彼らの首領らしき男が言った。

「落ち着け! コイツはきっと、あの腰抜けのレッド・ヴァイパーだぜ! ぶっ殺してしまえ!」

まずい。レッド・ヴァイパーは青ざめた。失敗した。逃げよう。逃げなければ自分が殺される。

彼が逃げようとした正にその時、女が叫んだ、

「助けて!」と。

女の視線と彼の視線が交錯した。女は涙で一杯の眼をしていた。

『――GOUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHN!』

彼は思い切って、心底からなけなしの勇気を振り絞って、雄たけびを上げながら暴漢達に突進した。

これは暴漢達にとっては完全に予想外だった。レッド・ヴァイパーは間違いなく逃げるだろうと彼らは思って、いや、信じ込んでいたのだ。戦場で誰よりも真っ先に逃げ出して、馬鹿にされ、陰気で友達もおらず、子供からすら嗤われて、どこに出しても恥ずかしいほど惨めで情けない、竜である事すらみっともない、魔族の恥さらしだと思い込んでいたのだ。

なのに、これである。

竜の巨体が迫ってきて、暴漢達が気圧された瞬間、竜は首を伸ばして、女を口にくわえた。そして、そのまま上空に飛び上がって、あっと言う間に逃げ去った……。

彼は、逃げ足の速さだけは、やはり世界一であったのである。


 木々に囲まれた、泉の側に竜は着地した。女を地面に下ろすと、レッド・ヴァイパーは人の形に戻った。

「ええと、怪我は、無いか?」

「ありがとうございます!」女は安心感から、ぼろぼろと泣き出した。「本当、お礼を申し上げます!」

女に泣きだされたレッド・ヴァイパーは困ってしまった。彼は、まさか自分の行為に女が感激して泣いているとは思わなかったのだ。今まで散々、男にも女にも子供にも老人にも馬鹿にされてきた彼ゆえに。

とにかく泣き止ませようとして、彼は言った、

「ああ、うん、これからは一人で出歩かないように、な? ああ言う連中は、大勢いるんだから、な?」

「……」女は頷いて、けれどそれから首を左右に振った。「それは出来ません。 私にはもう何も無いのです」

「え?」

「私には今や帰る国も……何も無いのです」

「まさか」とレッド・ヴァイパーは言いかけて、黙り込んだ。

イスラエル王国がつい先日カナンの地にある王国の一つを滅ぼした、と言う噂を彼も耳にしていたからである。その国も魔神や女神達を崇める多神教の国であったのに対して、イスラエル王国は唯一神を崇める一神教の国であった。イスラエル王国は滅んだその国の民を赤子から老人まで全て虐殺し、その死体をまるで山のようにいくつも積み上げた、と言う噂も、恐らく誇張はされてはいるものの、事実ではあるだろうとレッド・ヴァイパーも思っていた。

「……」

どうしたものやら。彼が黙り込んでいると、女は言った。

良く見れば、やつれてはいるものの、女は大変な美人であった。

「もしも貴方様が安楽に暮らしたいのであれば、ここでどうか私と会った事はお忘れ下さい」

「ええと……どうしてだ?」

「私の父が、カナンの国の守護神であったからです」

「バアル・ゼブルか!?」

レッド・ヴァイパーははっとした。魔神や女神の中でも最高位の者がその国や地域や都の守護神となる。そして、バアル・ゼブルは他国にも名高い、カナンの国の誇り高き守護神として君臨していた……のだが、

「……だが、滅んだからには、その血筋の者は皆殺されるな」

これが現実であった。敗者には慈悲など一切与えられないで、ただただ殺されるのだ。

「……」女は黙っている。

レッド・ヴァイパーは考えた。考えた挙句、こう言った。

「ええと、貴方は、私の事を知っているか?」

「いえ、存じ上げませんが……」女は不思議そうな顔をする。

「あ、うん、私はレッド・ヴァイパーと言う。 腰抜けの臆病者で有名だ。 誰も私の所に貴方が隠れているなんて思わないだろう。 もしも良かったら、ほとぼりが冷めるまで、私の所においでなさい」と。


 それはとても奇妙な生活だった。男と女がいるのに、二人は男女の仲にもならず、なのに一緒に暮らしている。

(この人は何なのだろう)女は今ではそればかり考えている。(私に手を出すでもなく、私をイスラエルに売り渡すでもなく、一体何がしたいのだろう?)

彼女の視線にも気付かず、レッド・ヴァイパーは内職をしている。

魔神の端くれなのに、彼は草木で籠を編んでは、それを売って暮らしていた。

「あ」とレッド・ヴァイパーはようやく彼女がまじまじと己を見つめているのに気付いた。「ええと、どうした?」

「……いえ、何でもありません」

「そ、そうか」と彼は黙々と作業を続ける。

彼の器用に動く手指を見つめつつ、まだ問いが問いの形にすらなっていないのに、女はレッド・ヴァイパーを不思議に思っていて、大きな謎を抱え込んでいた。

「……」

「……」

そうこうする間に、明日売りに行く籠が全て編みあがった。

レッド・ヴァイパーはそれを確かめると、疲れたのか、ござの上で寝てしまった。彼は寝所を女に譲って、自分は床に敷いたござの上に寝ていたのである。

だが女は疑問が膨らんでいく所為で、寝所の中でいくら丸まっても、目が冴えて眠れなかった。


 ちまたではいつものように罵声が飛び交っていた。

「やーいやーい、臆病者のレッド・ヴァイパー!」

「弱虫泣き虫ダメ男!」

「悔しかったら戦えよ!」

「やーいやーい! このビビリ魔!」

子供達の野次が飛び交う。蔑みの視線が大人達から浴びせられる。ひそひそと囁かれる影口。その中をレッド・ヴァイパーは市場へと向かった。

幸いにも籠は全て、日が一番高くなる前に売れて、彼は自分の家へと戻った。

女が、彼が帰るのを玄関から入ってすぐの部屋で待っていた。

「貴方は悔しくないのですか!」

帰ってきて、その部屋に入った途端の彼に、真っ先に怒声が浴びせられる。

「ええと、何が?」レッド・ヴァイパーは、本当に何が悔しくないのか分からなかった。彼にとってあれは当たり前、毎日毎晩の事であった。

女は目じりを吊り上げて、険しい声で問い詰めた。「あんな子供にまで嗤われて、貴方には誇りと言うものが無いのですか!」

「……誇りなんか、無い」レッド・ヴァイパーはぽつりと呟いた。「欠片も無い。 だって私は、実際、意気地なしのろくでなしなんだから、さ」

「ならば何故、変わろうとしないのですか! 何故!」

「……変わろうと思った事もあった。 でも、私は、正真正銘の臆病者なんだ。 だから」

そう言いかけた時に、強烈な往復びんたが飛んできて、レッド・ヴァイパーはよろめいてへたり込むように腰を落としてしまう。

その彼の胸ぐらを掴んで、女は感情的に言った。

「何で!」彼女は今にも泣きだしそうな顔をしていた。「何で! 見ている私の方が悔しかったのに! 貴方は私を助けてくれた、なのに!」

「……」しばらく唖然としていたレッド・ヴァイパーだったが、ふっ、と穏やかな、けれど心底嬉しそうな顔になる。「私なんかのために、『悔しい』と思ってくれたんだ、ありがとう」

「ッ!」

女は顔を真っ赤にして彼から手を離し、後ずさった。

レッド・ヴァイパーは起き上がって、ゆっくりと彼女に近づいて、抱きしめた。

それが、彼らが初めてお互いを異性として認識し、意識した時だった。


 ……それから何年が過ぎたか。レッド・ヴァイパーは相も変わらずに、臆病者として有名だった。けれど彼には護るべきものが出来ていて、苦しいまでに愛しい女がいて、だから彼はもう一番恐ろしい事からは逃げなかった。


 だが、彼らの幸せは長くは続かない。


 ……イスラエル王国が、彼らの暮らす国へ侵略戦争を始めた。その国の守護神は、瞬く間にイスラエル王国に味方する大天使(ラブ・マラキム)ミカエルにより殺された。大天使とは、唯一神に仕える絶大な力を持った存在だった。戦場で彼らと対峙して、生き残れた多神教の神々の方が少ないくらいであった。

イスラエルの軍勢が、ついにレッド・ヴァイパー達の暮らす街にまで迫ってきた時だった。

レッド・ヴァイパーは考えた。まずは安全な場所へ逃げよう、と考えた。イスラエル王国は異教徒を徹底的に弾圧する国である。安全な場所へ逃げねば、彼ら多神教の神々とその信者は全員滅ぼされてしまう。何より彼はサマエルと名付けた己の子供と、愛する女を護りたかった。それは他の人々も同じ事で、街からは逃亡者の列が出来ていた。その列の中にレッド・ヴァイパー達もいる。

――いきなり、列の前方から凄まじい絶叫と断末魔が響きわたった。

列の先頭から逃げ惑う人々が羊のように街へと戻ろうとして、辺りは大混乱に陥った。レッド・ヴァイパーが何事だと驚いた時、先頭から逃げてきた人々の叫びが聞こえた。

「大天使だ!」

「あのミカエルが降臨した!」

だが、列の後方、街の方角からも人々が真っ青になって逃げてきて、

「イスラエル軍がもう来た!」

「逃げろ、殺されるぞ!」

何て事だ、とレッド・ヴァイパーも青くなった。このままでは、幼いサマエルも妻も殺されてしまう。おまけに彼を除く多神教の神々は皆全て戦争に出向いていて、とてもここの救援には来られなかった。

「おとうさま」幼いサマエルが、人々が恐慌状態に陥った有様に怯え、レッド・ヴァイパーにしがみつく。「こわいよ、こわいよ、おとうさま!」

その瞬間、レッド・ヴァイパーは覚悟を決めた。

彼はサマエルを抱き上げると、じっとその顔を見て言った。

「良いかいサマエル。 お父さんと一つ、約束をしておくれ」

「なぁに?」

レッド・ヴァイパーは穏やかに笑って言った、「強くなるんだ。 自分の大事なものを、たとえ相手が何であろうと護れる強さを持ちなさい。 生きるべき時に生きて死ぬべき時に死ぬ、誇りと強さを持ちなさい。 そうすればお前は幸せに至るだろう。 いや、必ずお前はそうなるよ。 だってお前は、私の誇りと希望なのだからね」

「はい!」

元気よく返事をしたサマエルを地に下ろして、レッド・ヴァイパーはその頭を撫でた。それから妻に言った、

「この子を頼む」

「……」

彼女は、深く頷いた。もはや言葉は不要であった。

レッド・ヴァイパーは竜に変身した。

「わあ」とサマエルは無邪気に喜んだ。「どらごんだ、どらごんだ! おおきい! すごい!」

『GOUGOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHN!』

レッド・ヴァイパーは吼えた。

天地を震わせるほどに大きく、吼えた。

――そして目にも鮮やかに赤い竜は、天空へ飛翔し、あっと言う間にその姿を人々の視界から消した。


 逃げ惑う人々を片端から惨殺していたその青年は、黄金色の翼を背中に生やしていた。そして、天空から地の有様の全てを睥睨していた。

ぶちん、ぶちん、と虫を潰すように、人々が地べたに倒れては、見えない力によって潰されていく。ぺしゃんこの死体が地面に積み重なり、もはやそれは山となっていた。

「ふん、異端者め」

青年はそう呟くと、地に降りてきた。そして体を潰そうとする重圧から逃げようと必死にあがく人々の頭を踏みにじって、げらげら笑いながら言うのだった。

「我らが唯一絶対神を崇めぬゴミクズは、死ね! 貴様らの命など何ら価値が無い! 虫けら以下だ! 痛いか? 辛いか? 苦しいか? だがそれは我らが唯一絶対神に刃向った当然の罰だ! もっと絶望しろ!」

そして、ぐしゃりと踏みつぶした。まるで虫けらを踏みつぶすようだった。

その次の瞬間だった。

音速を超えた速度で飛んできたレッド・ヴァイパーの巨体が、彼に激突したのは。

「――ぐ、お!?」

青年――大天使ミカエルは派手に吹っ飛んだ。だが空中で翼を動かし、体勢を立て直す。

「竜、だと!?」ミカエルは驚いた。「魔神連中は全員迎撃に向かったはず――貴様は誰だ!」

『私はレッド・ヴァイパー』彼は空中に浮かび、ミカエルと対峙した。『かかって来い!』

「おいおいおいおいおい」ミカエルは邪悪に、それこそ並み居る悪党ですら顔負けに嗤った。「俺が誰だか知らないのか。 俺は大天使ミカエルだ! 我らが唯一絶対神の下僕(しもべ)だ! 貴様ごとき竜に勝てるはずがあるとでも?」

『……下僕? 唯一神に仕えねば生きていけない腰抜けの奴隷が何を言う。 私は、私達は、そこまで弱くは無いぞ! かかって来い奴隷風情が!』

「貴様ァ!」

奴隷風情と呼ばれ、ミカエルは激怒した。

「――『天地無用(カミニニタルハダレカ)』!」

ぐわんと空間が重力により歪んだ。それはレッド・ヴァイパーを直撃するかに見えた。だが、それよりも早くレッド・ヴァイパーは後方に避けている。逃げ足だけは速いのである。

『おやおや』小馬鹿にした態度でレッド・ヴァイパーは言った。『ものの見事に外れたな。 本当にそれでも貴様は大天使なのか?』

この挑発が、ますますミカエルを怒らせた。

「貴様! 貴様だけは首をねじ切ってやる!」

ミカエルはレッド・ヴァイパーを殺そうと迫った。だがレッド・ヴァイパーはすぐに逃げてしまう。ミカエルを挑発し、馬鹿にし、激怒に激怒を重ねさせながら。

――気付けばもう街は遥かに遠く、山をもいくつか超えて、丸一日が過ぎていた。

「貴様だけは殺してやる!」ミカエルは全速力で逃げるレッド・ヴァイパーを執拗に追いかけながら怒鳴る。「絶対にぶち殺してやる! ――おいサンダルフォン、ガブリエルの支援攻撃を寄こせッ!」

その途端、天空から小隕石がレッド・ヴァイパー目がけていきなり墜ちてきた。

『!』

レッド・ヴァイパーは辛うじて避けたものの、立ち止まってしまった。

「捕まえたぞ」

その背後で、彼に死刑が宣告された。

彼の尻尾をぎしりと掴み、ミカエルは悪魔のように笑った。

「天地無用!」

『――』

この時、レッド・ヴァイパーも実は笑っていた。心底愉快で可笑しくてたまらなかった。

彼はちゃんと護れたのだ。己の命よりも大事なものを護れたのだ。あの二人はきっと今頃は安全な場所へと逃げているだろう。逃げて生き延びているだろう。彼はここで終わる。だが彼の残したものは受け継がれていく。麦粒が地に落ちて死ぬ代わりに数多の豊穣を招くように、彼は死んでいくのだ。彼の人生は無意味なものでは無かった。彼の人生は意義があるものだった。

彼は大事な人を誰も護れない弱虫では無かったし、腰抜けでも無かったのだ!

レッド・ヴァイパーの巨体が地面に叩きつけられて、重圧に押しつぶされる。

凄まじい重力が彼の体を押しつぶしていく。

 ――ぐしゃり。

 ミカエルは潰れて死んだ赤竜の体を見下ろして、忌々しげに、

「貴様の考えている事などお見通しだ。 今頃はイスラエルの軍勢があのゴミクズ共を一掃しているさ。 貴様の護りたかったものも、全て浄化しているさ! 余程の幸運が無ければ死んでしまうさ! 貴様は無駄に無意味に死んだな、ぎゃはははははは!」


彼は護った。

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