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孤独の姫に忠誠を  作者: 奏 舞音
番外編
9/12

母と父の恋物語③

「デビット、どうしたの?」


 両親の話を終えてふと隣を見ると、デビットがアレグレットをうっとりと見つめている。それはいつものことなのだが、その目には涙が浮かんでいた。


「……いえ、あの。アレグレットがどれだけ愛されていたのかが分かって、嬉しくて……それに、ユリア様をどうしても手に入れたいというオルディス様の想い、本当によく分かります。今こうしてアレグレットと一緒にいられることが幸せ過ぎて……!」


 感極まって、デビットが号泣している。


「もう、そんな大袈裟な……」


「大袈裟ではありません! きっとオルディス様も全く気持ちを明かしてくれないユリア様に何度絶望を味わったでしょう……」


「え、デビットも絶望を味わったの?」


「もちろん! 僕はアレグレットにふさわしくあろうと努力したけど、アレグレットに拒否されたらその努力は水の泡……あなたに近づきたくて、必死でした」


 と、熱心に訴えるデビットを見ながら、アレグレットはため息を吐く。

 拒絶は何度もした。嫌がらせもした。追い出すようジョンに何度も訴えた。

 それでも、居座り続けたのはデビットの方だ。

 どれだけ強い心だろう、と思っていたが、デビットはアレグレットへの想いだけを胸に留まっていた。


(迷惑だと思っていたけれど、デビットが私の拒絶を無視してくれたからこそ、今こうしていられるのよね)


 諦めない、本気の想いが、人を変えることがある。

 アレグレットは、遠ざけようとしていた他人、デビットを愛している。

 それに、こんな素直になれない自分を、深く愛してくれるのはデビットだけだ。何があっても、デビットはアレグレットと共にいてくれる。そう信じられる。

 

「……ありがとう」


 愛しい夫の頬に、アレグレットはキスを落とした。



 * * *



 ユリアが亡くなってすぐの頃、オルディスは悲しみに暮れるあまり、娘を一人にしてしまっていた。アレグレットが人の心の声を聞く力があり、そのことに深く苦しんでいることに気づけないでいた。母親が亡くなった悲しみと不安は、オルディス以上にあったはずなのに、自分は仕事に逃げてしまった。

 ユリアがいた頃は、よく笑い、よく泣く、素直な性格で、少しツンツンした態度をとることはあっても、とても可愛らしかった。ユリアとオルディスの幸せの象徴がアレグレットだった。

 しかし、喪服のような真っ黒のドレスを身に纏い、にこりともしなくなった娘を見て、オルディスはは激しく後悔した。何故、側にいてやらなかったのかと。アレグレットは屋敷に引きこもり、他人との関わりを絶った。独りならば、心の声を聞くことはないから。

 そんな娘の姿を見て、オルディスは胸が痛んだ。

 後悔しても、時は戻ってこない。

 だから、オルディスは娘の側にいることを決めた。しかし、アレグレットは父の仕事のことをよく理解していて、国民のためにも、自分のためにも王宮で頑張ってほしいと言ったのだ。娘にそう言われては、断れなかった。

 時々、屋敷に帰ると、アレグレットは嬉しそうにかけ寄って来てくれるが、昔のような笑顔は見ることはできなかった。

 どんどん閉じられていくアレグレットの心を心配していたオルディスだが、突然やって来た使用人がアレグレットの心を開いたということを聞いて、今度は別の意味で心配になった。その使用人が男だったのだ。それも、アレグレットに異常な執着を示しているらしい。

 心配でたまらなくて、屋敷に帰る頻度が多くなり、オルディスはついにメーデル家の屋敷で過ごすようになった。

 報告されていたデビットという男は、一見するとまともな人間に見えるが、アレグレットを前にすると変態と化す。

 しかし、アレグレットが昔のようによく笑うようになり、デビットに対して怒ったりしているのを見て、本当に彼のおかげで娘の心が救われたのだと思うと複雑だった。

 アレグレットの喜ぶ顔が見たい、というだけで結婚を認めてしまったが、まだ娘が結婚することに気持ちがついていかない。

「ユリア、どうして先に逝ってしまったんだい?」

 愛しい妻の肖像画を見つめ、オルディスが息を吐く。


 ーーコンコン。

 静かな部屋に、ノックの音が響いた。

「誰だ?」

「デビットです」

 聞こえてきたのは、娘を奪った男デビットの声だ。



「オルディス様、こんばんは」

 デビットは、にっこりと爽やかに微笑む。

「何の用だ?」

「用、という訳ではないのですが、アレグレットのことで」

 もう結婚したのだから呼び捨てにしているのは問題ないのだが、オルディスは気に入らない。

「なんだ」


「オルディス様、アレグレットと一緒にユリア様のお墓参りに行ってもらえませんか?」


 その一言に、オルディスの表情は固まった。

 ユリアが病気で亡くなって、オルディスは一度もユリアの墓参りに行ったことがない。それは、ユリアの死を認めたくなかったから。それに、墓に行ってもユリアの温もりを感じることはできない。

 アレグレットが今まで一人でユリアの墓参りに行っていることは知っていた。

 そのことを知った上で、デビットはオルディスを墓参りに誘ってきている。アレグレットのために。

 オルディスが無言でユリアの肖像画を見つめていると、デビットが沈黙を破った。

「実はさっき、アレグレットにユリア様とオルディス様の話を聞いてしまって、どうしても会いたくなったんです。アレグレットを愛し、育ててくれたお二人に。僕は、アレグレットが愛するものすべてを愛し、大切にしたいと思っています。ですから、僕はオルディス様とお近づきになりたい」

 駄目ですか? そう言って頭をかいたデビットの苦笑に、オルディスは立ち上がった。


「とんだ下心の持ち主だな。まぁ、私もユリアに近づくために根回しをしていたがな」




 

 白み始めた空の下、黄や赤、ピンクなど色とりどりの花束を持ってアレグレットは冷たい墓石の前に立っていた。

「お母様に紹介したい人がいるのだけれど……どこに行ってしまったのかしら」

 腰に手を当てて頬を膨らませていると、後ろから足音が近づいてきた。

 ようやく来たか、と振り返ると、そこにはデビットとあるはずのない父の姿があった。


「お、お父様っ!?」

「アレグレット、遅くなってすまない」

 優しく微笑む父の隣では、デビットが嬉しそうに笑っていた。

「あの、大丈夫ですか?」

 父は、母を愛するあまり墓参りに来ることができなかった。だから、アレグレットはいつも一人で母の墓に会いに来ていた。

「大丈夫だよ。いや、でもユリアには怒られてしまうかな……ずっと、会いに来られなかったから」

「そんなことはないと思いますわ。だって、お父様はお墓に会いに来なくても、お母様に会えるんでしょう?」

 母と父の強い絆は、娘であるアレグレットが一番よく知っている。

「なんだか、少し羨ましいですね。僕たちも、心で繋がっている……そんな関係になりたいものですね」

 そう言って、デビットはアレグレットの手をとった。優しい眼差しに見つめられ、アレグレットは頷く。



「ユリア、あなたが言った通りだよ。私が口を出す必要はないようだ……」

 オルディスは墓石に向かって呟いた。

[ユリア・メーデル]

 美しい文字で綴られた、愛しい妻の名前。

 ずっと来ることができなかったユリアの墓は、優しくオルディスを迎え入れてくれた。

『もちろんよ、私たちの子ですもの』

 一瞬、優しいユリアの微笑みが見えた気がした。


「デビット、アレグレット。私とユリアは二人の結婚を心から祝福するよ」


 大切な娘と、その娘を大切にしてくれる男に、オルディスは穏やかな笑みを向けた。


 


End

読んでいただき、ありがとうございます!

題名の通り、アレグレットの両親のお話でした。

ずっと書きたかったお話なんですけども、楽しんでいただけたでしょうか……。

ほとんど自己満足な気もしますが、書けてよかったです。

本当にありがとうございました。


奏 舞音

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