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孤独の姫に忠誠を  作者: 奏 舞音
番外編
7/12

母と父の恋物語①

 深夜、アレグレットはベッドに自分以外のぬくもりがあることに気づいて目を覚ました。もぞもぞとアレグレットの体に近づき、あわよくば抱き枕よろしく密着しようとするデビットを間近に発見し、アレグレットは無言でその額をおもいきりぶった。


「いたたたっ……もぅ、何するんですか!」

「それはこっちの台詞よ! あなたこんなところで何を……」

 そう言いかけて、デビッドの体がまだ自分に触れていることに気づいてしまった。だめだ、このままでは流れてくる。暑苦しくて、うっとおしいほどの、夫の熱情が。


(何するかなんて決まってる! アレグレットの黒髪に顔をうずめ、その美しい肌に触れて、安らかに眠るその唇を奪いたいっ! あぁ、なんて眼で僕を見つめるんだ……止められない、止められるはずがない、だって、僕は、僕はこんなにも……)


「あなたを愛してるぅぅうう!!!」


 勢いよく抱きついて来ようとしたデビットの顔面に、アレグレットは羽毛枕をおもいっきり投げつけた。



 アレグレットは、ついこの間デビットと夫婦になった。婚約をして、婚姻届も役所に出して、結婚式をあげて、デビットと正式な夫婦になった。結婚して、デビットは「お嬢様」ではなく「アレグレット」と名前で呼ぶようになり、敬語も少しずつ取れてきた。二人の立場も、心の距離も、どんどん近づいていた。というか、デビットからの愛がバンバン近づいてきて、アレグレットには逃げ場がない。逃げることなど必要ないはずなのだが、どうしても及び腰になってしまう。


 そういうわけで、結婚はしたが、二人はまだ清い関係である。


 それに、アレグレットは極度の恥ずかしがりやで、恋愛経験もないため、どうすればいいか分からないのである。

 ちなみにデビットはといえば、かなり残念ではあるがアレグレットの気持ちを優先すると言ってくれた。


 しかしながら、夫婦となったにも関わらず、一人で寝るのはさみしいと度々アレグレットの部屋に浸入してくる。夫婦としては当然のことなのだが、アレグレットにとっては普通ではない。いくら力のコントロールができるようになったとて、人と触れ合うことはまだ苦手だ。冷静さを欠いていると、すぐに心の声が流れてきてしまうのだ。

 かなり欲求不満であるデビットの場合、その声は時としてアレグレットを羞恥においやる。彼が本気でアレグレットを襲えば、きっとアレグレットはひとたまりもない。

 しかし、デビットにされることなら、流れに身を任せてもいいかと思う自分もいる。


(デビットには絶対言わないけれど……)


 本当はもう、受け入れる心の準備ができている、なんてことをアレグレットが自分から言えるはずもない。そんなことを言った日には、デビットは狂喜のあまりおかしくなってしまうだろうし、何より恥ずかし過ぎて死ねる。


 そして、今日も今日とて愛する妻に愛を求めにやってきた夫は、ベッドの下に落とされる。


 しかし、今日は少しだけいつもと違うことがあった。


「どこへ行くの?」

 トボトボと腰を丸めて寝室の扉へと歩くデビットに、アレグレットが声をかけた。

「え、いや、自分の部屋に戻ろうかと……」

「そう……今夜は眠れそうにないわ。よかったら、私と話をしない?」

 そう言うが早いか、デビットは一瞬でベッドに戻ってきた。光の速さだった。餌をちらつかせた時、舌を出してハァハァ鳴いている犬のようだ。


 しかし、デビットは犬ではなく、アレグレットを愛してくれる人間だ。


「……そういえば、今日はお母様の命日でしたね」

 心を読めないはずのデビットが、優しくアレグレットの手を握る。

 大好きだった母に、デビットを紹介したかった。

 父は、アレグレットにデレデレのデビットを見て顔を歪めていたが、反対はしなかった。ずっと自分の殻に閉じ籠っていた娘が、人と関わるようになり、結婚したいと言い出したのだ。たくさんの心配をかけたから、父にはもう大丈夫だと示したかった。きっと、その想いを汲んでくれたのだろう。

 デビットの手から伝わるぬくもりが、アレグレットの心を落ち着けてくれる。


「ねぇ、デビット」


「なんでしょう?」


 問いかければ、答えてくれる人がいる。

 そのあまりにも甘く優しい声に、アレグレットは笑みをこぼす。デビットは本当に、何もかも受け入れてくれるような気がする。きっと、実際どんなものでもどんなことでも受け入れてくれるのだろう。


「私ね、お母様の命日にはいつも、暴走して、手がつけられなかったの。お父様にも、ジョンにも迷惑をかけてしまったわ。お父様なんて、自分も辛かったでしょうに……」

 アレグレットにとって、母がいなくなった日は自分の孤独に直面する日でもあった。アレグレットの不安に応じて力は強くなって、聞きたくもない心の声がたくさん聞こえてきて、暴れて、困らせていた。誰も、アレグレットを責めなかった。怒らなかった。そのことがまた、アレグレットには悲しかった。

「でもね、デビットが来てからは、母との思い出をよく思い返すようになったの。今まではずっと、悲しいことばかりだったのに、今は楽しい思い出ばかりが頭をよぎるの」

「それは、とても素敵な思い出でしょうね。あぁ、僕もその思い出の中に入りたいなぁ……小さい頃のアレグレットの側にいて、成長を見守りたい!」

「……ふふ、デビットがいたらもっと賑やかだったでしょうね」

 話しはじめてからも、デビットはずっとアレグレットの手を握ってくれる。アレグレットから母の話を出したのは、今日がはじめてだ。楽しいこと、面白かったこと、キラキラした思い出はすべて封じてしまっていたから。


「お母様は、どんな方だったんですか?」

 デビットはにっこりと微笑んで問う。

 今まで、母がどんな人かを他人に話すことはなかった。みんな、母を下に見ていて、母のことを責めたてていたから。

 でも、デビットは違う。

 純粋に、アレグレットの母のことを聞いてくれる。身分や生まれ、体裁など薄っぺらいものではなく、人間性を知ろうとしてくれる。


「お母様はね、とても強い方だったの。よく笑って、よく怒って、よく動いて、私とお父様を心から愛してくれる、そんな優しい母親だったわ」

 今、思い出すのは、母の笑顔。母を愛おしむ父の微笑み。

「さすがアレグレットのお母様だ」

「でしょう? それに、今は堅物に見えるお父様も、お母様にはメロメロだったんだから」

 そう言うと、デビットが驚きに目を瞬かせる。

「え、あのお義父様が?!」

 デビットの驚きも無理はない。父は、大事な娘を妻にした男に嫉妬して、話しかけるデビットに対して無視を決め込んでいた。結婚には反対しないが、お前のことなんか好きじゃないもんね! というような、あからさまな態度だった。


「だって、お父様はお母様と結婚するために、王位継承権まで捨てたんだから」


 そう言うと、デビットは口がぽかんと開いたまま静止し、次の瞬間には目をギラつかせて食いついてきた。


「その話、詳しく聞かせてくださいっ!」


 どうせ眠れやしないのだ、デビットに両親の恋物語を聞かせるのも悪くない。

「いいわよ」

 アレグレットはにっこり笑って、母から聞いた父との話を紡ぎ出す。




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