欲望に忠実に
ふぅ……とアレグレットは私室にて溜め息を吐く。
入室禁止だと言いつけたが、果たしてデビットが守ることができるのか。
「……無理ね。絶対入ってくるわ」
アレグレットは一人呟く。
あの異常なまでの愛情はどうにかならないものだろうか。
アレグレットが関わらなければ、デビットは仕事もできて、ルックスもよくて、頭の回転もいい、非の打ち所のない好青年なのだ。
まだ怖くて社交界には顔を出していないが、父が帰って来る時には簡単なパーティーを開くこともある。
その時、若くて格好いい仕事のできる侍従だと色んな方に誉められていたのに、アレグレットが姿を見せた途端にいつもの異常行動が出てしまい、彼は変態のレッテルを貼られてしまった。
ただただ、デビットがお嬢様を好きすぎるが故の失態なのだが、アレグレットは自分の責任でもあると感じていた。
だから、アレグレットに対するデビットの行動を制限していこうと考えたのだ。
最初から上手くいくとは思っていない。
しかし、デビットには少しぐらいまともな人間になってほしい。
そうすれば、社交界にデビットを一緒に連れて行けるから。
◆◇◆◇◆◇◆
一方、大好きなお嬢様に入室禁止令を出されてしまったデビットは、使用人の部屋で真っ黒なオーラを纏っていた。
「デビット様、そんなに落ち込まなくても……」
と、デビットに声をかけてくれたのは、アレグレット付きの侍女となったフローラだった。
フローラの母は昔メーデル家に仕えていたのだが、お嬢様が使用人を追い出した時に一緒に追い出されてしまったのだという。
デビットに少しだけ心を開いてくれたお嬢様は、かつてメーデル家のために誠心誠意尽くしてくれた使用人たちを呼び戻した。
しかしフローラの母はもう亡くなっていて、代わりに娘である彼女がやって来たのだ。
歳が十八とお嬢様と近いため、フローラはお嬢様の侍女となった。
「君はいいよ。お嬢様と四六時中一緒にいても何も言われないんだから……あぁ、今僕は初めて自分が男であることを呪っているよ」
絶望的な声音で、黒い羨望の眼差しをフローラに向けると、彼女はそそくさと出て行った。
「……侍女であればお嬢様は気兼ねなくいられるのか?」
とにかくお嬢様に近づきたいと考えるデビットの頭の中には、羞恥心や常識などは一切なかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
コンコン、と軽快なノックの音がする。
読書に勤しんでいたアレグレットは、その音に顔を上げた。時計を見ると、もう3時だった。
昼食も食べずに本にかじりついていたために、かなりお腹が空いている。
おそらくフローラが昼食兼おやつを持ってきてくれたのだろう。
デビットには隣街まで買い物を頼んでいるし、すぐには帰って来られない……はずだ。
「どうぞ、入って」
アレグレットの声を聞いて開かれた扉から入って来たのは、メイド服を着た…………誰だろう。
フローラではない。彼女は背が低く、少しぽっちゃりしているのだ。
しかし、入って来た女性は背が高く、なんだかがっしりしていて、顔はもっさりした黒髪に隠されている。
嫌な予感がする。
アレグレットはじぃっとその女性?を睨んだ。
「ねぇ、私の命令はどうしたのかしら?」
「め、命令ですか? なんのことでしょう?」
アレグレットは、明らかに地声ではない裏声で素知らぬ顔をする侍女のもっさりした髪の毛を思い切り引っ張った。
ぱさり、と長い黒髪のカツラが床に落ちる。
そこに居たのは言わずもがな、メイド服を着たデビットである。
「あなた何をしているのっ!! 女装までして恥ずかしくはないの?!」
呆れ果てたアレグレットの叫びは、屋敷中に響きわたった。