変態に成り果てて
「孤独の姫に忠誠を」後日談です。
デビットの変態っぷりが増しております。
「デビット!」
と、お嬢様が自分を呼ぶ声を聞く度に胸が震える。
美しいアレグレットの姿に毎度のことながら見とれていると、闇を映す瞳がギロリと鋭さを増す。
「何をしているのっ? 私に見とれていないで仕事をなさい! 仕事を!」
細い腰に手を当てて、アレグレットはデビットを叱責する。
自分はいつからこんな変態になったのか。
怒っているお嬢様も見ていたいと思ってしまう。
「あーもうっ! そんなに見ないで頂戴!」
なんて可愛くその白い頬を桃色に染めるものだから、こちらとしては目が離せるはずがないのである。
そんなデビットを見て、アレグレットは呆れたように息を吐いた。
「あのね、あなたがそうして私のことを見ていると、いつまで経っても着替えが出来ないじゃないの!」
そう言われてやっと、デビットは朝に弱いお嬢様を起こしに来たのだと思い出す。
たしかに、寝間着姿をじっと見つめていたのは配慮が足りなかったかもしれない。
「申し訳ございません! お嬢様があまりに美しすぎるので、時を忘れて見とれておりました」
やっと言葉が通じたか、とアレグレットはほっと頬を緩める。
そんなアレグレットがまた可愛らしくて、デビットは内心で発狂していた。
(あぁぁぁ……! まさに天使っ!)
そうして床に拳を打ち付けるデビットに、アレグレットはふかふかの枕を投げつける。
「さっさと出て行きなさい!」
◆◇◆◇◆◇◆
今日も朝から幸せだ、などとデビットが幸せを噛み締めていると、不機嫌なアレグレットが食堂に下りてきた。
「おはようございます、アレグレットお嬢様」
今日のドレスは、ピンク色のフリルがたっぷりついた可愛らしいものだ。
元々素晴らしいスタイルのアレグレットをさらに美しく見せている。
侍従長ジョンの選んだ仕立て屋は実に腕がいい。
デビットが今朝のことなど忘れたようにアレグレットに振る舞っているのは毎度のことだが、美しいその顔には怒りの感情が露になっている。
どんなアレグレットでも大好きなので、デビットは気にせずに笑みを浮かべていたが、次の一言でその表情は一変することとなる。
「……デビット、私の部屋への入室を今後一切禁じます!」
ぴしゃりと言い放ったアレグレットの言葉に、デビットは机に並べていたフォークを落としてしまった。
その顔に浮かべていた笑顔は完全に固まっていた。
「そんなっ! あんまりです。僕はお嬢様がいなければ生きていけないのに……!」
「別に私がいなくなる訳ではないでしょう。今までは我慢していたけれど、男のあなたが私を起こしに来ること自体おかしかったのよ。もうこの屋敷には女性の使用人もいるのだから」
食堂のテーブルに座り、シャキシャキとした新鮮なサラダを口に運びながら、アレグレットが言った。
その声は非常に落ち着いていて、デビットが何を言っても無駄だと示しているようだった。
…………しかし!
お嬢様を好きすぎるデビットが簡単に納得できるはずがない。
「それは確かにそうですが、でしたら僕はどうなるのです? 朝一番にお嬢様の寝顔を見ることができなければ、その日一日仕事に身が入りません!」
「は? あなた毎日私の寝顔を見ていたの?!」
あり得ない、いや、デビットならあり得る……とぶつぶつ溢すアレグレットを見て、もしや入室禁止令を取り消してくれるかと思ったが、逆だった。
「……やっぱり、あなたほど危険で変態な男はいないわね。本当だったら私の前から消えてほしいところだけど、もうあなたは私のものだし……仕方ないわ」
『あなたは私のもの』という言葉に胸が踊るが、アレグレットの顔は真剣そのものだ。
このままでは、本当に屋敷を追い出される日が来るかもしれない。
デビットは逸る気持ちを落ち着かせ、口を開いた。
「今後、お嬢様の寝室には入りませんから! どうか部屋への入室を許してください! お嬢様の寝顔だけでなくお部屋でゆっくりと読書を楽しむ姿まで見ることができなくなるなんて、僕には耐えられません!」
床に跪き、真摯な瞳で懇願するデビットを見下ろして、アレグレットは開いた口が塞がらないようだった。
「…………あなたって、本当に私しか見ていないのね。少しは別のものにも目を向けなさい」
いい機会だわ、とアレグレットはデビットにとって絶望的とも言える言葉を呟いた。
(そんなぁぁぁぁぁ……!!)