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心に咲いた花

 デビットがメーデル家に来てから、一か月が経とうとしていた。


 アレグレットはあらゆる手を使ってデビットへ嫌がらせをしてきたが、彼がメーデル家を出て行くことはなかった。

 それどころか、ますますアレグレットに懐いているような気がする。


「無視しても喜ぶ、暴言を吐いても喜ぶ、物を投げつけても喜ぶ、噴水に突き飛ばしても笑っていて、逆に私の心配をする……。心を読んで弱点を探っても、気持ちの悪いことに私のことしか考えていない。一体、何をすれば私の側から離れてくれるのかしら?」

 広い庭園のベンチに座りながら、可愛らしく咲く花を見つめる。

 しかし、アレグレットの花を見る目は冷たかった。

 花は、根っこの泥にまみれた醜い部分を表面には出さず、綺麗で可愛い花の部分だけを見せる。

 人間が笑顔という仮面で本音を隠しているのと同じように。

 花を引きちぎってしまえば、その姿はいとも簡単に醜い部分をさらけ出す。

 それなのに、デビットの花は何をしても引きちぎることはできなかった。

 アレグレットも、極悪非道な人間ではない。

 嫌がらせをして罪悪感を持たない訳ではないが、いくらやっても怒ったり嫌になったりしないデビットを見ていると、つい意地になってしまうのだ。こうなれば、どこまで彼が耐えられるのだろう、と試してみたくなる。


 アレグレットの力のことを知れば、さすがに怖気づくだろうか。


「お嬢様~! 探しましたよ!」


 最終手段を考えていたアレグレットの前に、問題の人物デビットが現れた。

 太陽の日差しに、彼の金色の髪が輝く。白いカッターシャツに紺色のスーツを着て、侍従生活を満喫している彼は本当に幸せそうに笑っている。

 しかし、急にその笑顔がしゅんとしぼむ。


「……僕は、もう少しで死んでしまうところでした」


 珍しく落ち込んだような声でそんなことを言うものだから、アレグレットは少し心配になっていつになく優しく問いかけた。


「どうしたのよ?」


「お嬢様のお側を一時でも離れると、僕は死んでしまうようにできているんです!」


「はぁ?」


 心配して損をした。聞くのではなかった。

 様々な後悔がアレグレットの心の中に浮かんでくる。

 本当にアレグレットの側を離れると死んでしまうなら、今までどうやって生きてきたというのだろう。

 アレグレットは呆れて言葉も出ない。


「本当ですよ! 僕はお嬢様と一心同体なんですから!」


「気持ち悪いこと言わないでよ。あなたと一緒なんて死んでも嫌だわ」


「死ぬ時は一緒です! というか、お嬢様の命は僕が命に代えて守り抜きます!」


「……。私に人の心を読む力があるって言っても?」


 デビットは少しきょとんとした後、満面の笑みで答えた。


「もちろんです! お嬢様にどんな力があったとしても、僕はずっと側にいてお嬢様を守ってみせます!」


 心を読む力があるなんて普通信じないだろうに、デビットは全く疑っている様子もなく、真っ直ぐな目でアレグレットを見つめている。

 彼の本心を知るためには、その身体に触れればいい。

 しかし、アレグレットはそうはしなかった。

 そんなことをしなくても、デビットは嘘をつかないと信じていたからかもしれなかった。


  *


 おかしい。絶対におかしい。

 アレグレットはいつもの様に黒のドレスに身を包み、カーテンを閉め切り、薄暗い部屋の中で本を読んでいたのだが、どうにも落ち着かない。

 いつもなら、朝からうっとおしいぐらい眩しい笑顔で勝手にアレグレットの側をうろちょろするあの男が昼間になっても現れない。


(……私の力のことを知ったから?)


 あんなにアレグレットの側を離れないと言っていたのに、人は簡単に離れてしまうものなのだ。

 デビットを追い出すためにあれこれ画策してきたのに、本当にいなくなってしまうとペースが狂う。いつの間にか、デビットがいる日々に慣れきってしまっていた。デビットがアレグレットを裏切ることはない、側を離れる訳がない、と思い込んでいた。


「馬鹿な私……」


 アレグレットは何をする気にもなれず、ただじっとベッドの上で横たわっていた。母を亡くして閉じ籠っていた時のように。


 その日の夜。

 突然、大勢の人間の足音が響いた。

 浅い眠りについていたアレグレットはその足音で目が覚めた。


「……これは、どういう状況なのかしら?」


 窓から見える光景に、アレグレットは固まっていた。

 屋敷の広い庭に、黒い服を着た人間が十数人ほど、何やら筒のようなものや丸いものを大量に抱えてテキパキと動いている。それを指示しているのは、消えたと思っていたデビットだった。

 その隣にはジョンもいて、何やら二人で真剣な顔をして話している。

 アレグレットはどういうことか説明してもらおうと、急いで部屋を出て庭に向かった。


「ちょっと! 一体何をしているの?」


「お嬢様っ! 寝間着姿を見るのは初めてですね。あぁ、そんな無防備なお嬢様も可愛らしい!」


 寝間着にガウンを羽織っただけの姿でこの男の前に来たのは失策だった、そう後悔してももう遅い。諦めて、アレグレットはデビットに詰め寄る。


「で、これはどういうこと? 何をするつもり?」


「お嬢様には心を読む力があって、僕には分からない苦しみがたくさんあったことでしょう。でももう、お嬢様の沈んだ顔は見たくないんです! だから、笑顔になれるプレゼントをお持ちしました!」


 いつの間にか庭に並べられていた、いくつもの黒い円筒。

 一体何が始まるというのだろうか。


 ヒュー……ドンっ!


 円筒から出た導火線に火をつければ、玉が打ちあがる。

 そして、真っ暗な夜空に赤や黄色の大きな花を咲かせた。


「……綺麗」


 思わず呟いたアレグレットの言葉に、デビットはにっこりと笑った。

 何発もの花火が、夜空を彩る。


「人の心は、暗い闇ばかりではないはずです。花火だって、火薬は真っ黒なのに、こんなに鮮やかで綺麗な花を咲かせるんですよ。人の心の中にも、花火のように明るくぱっと咲く花があります。それを教えてくれたのはお嬢様なんですよ。お嬢様の中にある光が、この花火よりも強烈に僕を導いてくれたんです」


 人の心の中にも光はある。

 そして、暗い闇の中にいたアレグレットの心の中にも光があるとデビットは言う。

 どうしてデビットは、こんなにもアレグレットのことを思ってくれるのだろう。


「僕は昔、天使に命を救われました。真っ暗な人生が嫌になって、生きることを放棄していたんです。でも、そんな僕の目の前に天使が現れてこう言ったんです。『生きなさい! これは命令よ!』って。僕は、その天使を生きる光にして今まで生きてきました」

 今こんなに眩しいデビットも、闇の中にいたのだということに驚きを隠せないが、それ以上に天使の言葉に何故か覚えがあるのはどういうことだろう。


「僕を救ってくれた天使はあなたです。アレグレットお嬢様。お嬢様の力に、僕は助けられました。僕はあの時から、お嬢様にすべてを捧げようと決めていたのです」


 真っ直ぐにその視線はアレグレットを射抜き、徐々に記憶の紐が解かれていく。


 約十年前だろうか。

 確かにアレグレットは少年を助けた。

 母と共に下町援助に行った時、工場の爆発事故に居合わせた。

 もう中に人はいないと思われていた時、工場の中から絶望の声が聞こえてきたのだ。

 そして、アレグレットは何も考えずに工場に飛び込んだ。この行動については母に心配をかけて怒られてしまったが、人の命の方が大切だったのだから仕方ない。


「あの後、どうなったのか気にはなっていたけれど、まさか私のストーカーになってしまうなんて……」


「はい。お嬢様があまりにも眩しかったものですから!」


 ストーカーという言葉を否定もせずに笑顔で肯定を示すデビットに、アレグレットはやっぱりこの男は気持ち悪いと思う。

 でも、そこにどうしてか嫌悪感というものは全く感じなかった。


(私も馬鹿になったのかしら……)


 アレグレットの口元は自然と緩んでいた。

 そのあまりに可愛らしい笑顔に、隣にいるデビットは悶絶しているのだが、アレグレットは気が付かない。


「仕方がないわね。あなたのことを追い出そうとするのはもうやめてあげる。そのかわり、黙って私の前から消えたら許さないから」


 照れを最大限に隠し、つとめて冷静に、本当に仕方がなく言ったのだという態度を貫く。


「……ぃよっしゃぁぁあああ!! いますともいますとも! お嬢様の側に四六時中いますとも! 何せ僕はお嬢様の側を離れると死んで…」


「もういいわ!」


 予想以上にデビットの興奮は大きくて、アレグレットは思わず叫んでいた。

 夜空には、二人を見守るように大きな大輪の花が咲き誇っていた。

 

  *


 メーデル家の屋敷から美しい花火が上がった次の日。

 あの大量に張られていた張り紙はなくなって、お嬢様は新しい侍従を側に置くようになった。

 毎日お嬢様は罵声を浴びせ、侍従はそれに悶絶する日々を送っているのだとか。

 そんな毎日の様子を侍従長からの手紙で知った公爵は、娘のことが心配で仕事を放って屋敷に帰って来ることが多くなったという。


 真っ暗だった屋敷には暖かな光が差し込み、優しい温もりに包まれていた。

 そして今日もまた、お嬢様と侍従の賑やかなやりとりが始まる。


 


 


 最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます! 


 この作品はコバルト短編新人賞に応募したものです。

 残念ながら何の足跡も残せませんでしたが、少しでも多くの人に楽しんでもらえたらと思います。


 よろしくお願いします。


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