買い物
ラナキュリア養成学校が置かれているラナキュリアは、学園都市と言っていいだろう。都市の主な収入源は、学校の運営資金から来ているし、住民もほとんどが学校になにかしら関わりがある人たちだからだ。しかも、クエストのために様々な道具を準備しなければいけないから、自ずと色んな業種の商人が集まるため商業都市としても発展している。武具だったり、薬草だったり、魔法書だったりと、多種多様だ。中心にある学校を起点に波紋状に広がる町。方角に合わせ四方向に伸びる大通りに、大通りを繋ぐように円を描く一回り小さい道。その道には、隙間なく商店が軒を連ねている。
「コカトリスはどんなモンスタ-だ?」
目的の店までの道中、レアルに簡単なテストをしていく。
「コカトリスは……鶏の頭に体……蛇の頭の尻尾を持つ、毒を吐くモンスター……」
「正解。鶏の頭からは霧状に広がる毒を吐くし、尻尾からは粘度の高い液体状の毒を吐く。だから一番にしなきゃいけないのは、その毒に対する防御策を練る事だ。普段だったら回復役が一人いれば十分だけど、今回は二人共攻撃役なので、薬草を使う」
立ち止まった目の前のお店は、丁度薬草屋。ニルルの薬草店という名前だ。大通りからかなり離れているから、街の喧騒は嘘のように静まり返っていて、店と店の間にある路地裏には、小間使いのゴーレムや使い魔が駆け回っている。薄暗い道に、少し鼻につく異臭がする。
「俺がアンサーになった頃からずっとお世話になっている。ちょっと店主に癖があるが……。薬は効果はいいけど高いからな。安価な薬草のほうが経済的に優しい」
扉を開けると、カランコロンと鈴が鳴った。
「いらっしゃいませー。今手が離せないから、ちょっと店内を見ていてくださーい」
主の居ないカウンターの奥の扉からそんな声が聞こえてくる。
「それじゃお言葉に甘えて。今回はコカトリスだから、耐毒の薬草と、解毒の薬草、あとは回復の薬草を買っておく」
耐毒の道具を解説しながら歩いていく。普通の薬草屋ならこんなことをしようものならうるさいと追い出されてしまいがちだが、この店はそんな事を気にする輩はいない。というか、俺たちしかいない。閑古鳥が鳴いている。ニルルの薬草店は、そんな店なのだ。まぁ店主がまだ見習いの薬草師だから、仕方がないといえば仕方ないことなのだが。命に関わるものだし、ちゃんと実績があるところで買いたいのが当たり前なのだ。
レアルは俺の説明を聞きながら店内を見て回っている。時折しっかりと俺が言ったことをメモに取っていたりと、熱心な様子だ。
そうこうしている間に店内をあらかた回りつくしてしまい、俺とレアルは商品を手に持ったまま立ち尽くすことになってしまう。
その頃になってようやっと、扉が開いて女性が現れた。
腰まで伸びる毛先が丸まった金髪に、高めの身長、そして男が皆虜になるであろうサキュバスを彷彿とさせる艶かしい四肢を包むのは、非常に表面積が少ない服。
俺と目が合うなり、疲労の色が濃かった目に生気が宿る。
「きゃー! フォルスじゃない! 久しぶりー!」
「げ!」
女性はためらいなくカウンターの上に乗ると、そのまま宙を舞い、俺へと飛びかかってきた。
「!?」
横でレアルが目を見開く。
女性がはち切れんばかりに育ったたわわな胸を激しく揺らしながら突っ込んでくる。タイミングが悪かった。俺は両手に商品を持っていたし、すぐそばにレアルがいたりと逃げ場がなかった。結果。俺はなすすべなく、女性に押しつぶされることとなった。
「あーもう! 本当に久しぶりね! 元気にしてた!? 元気にしてたからここに来てくれたのよね!? いやんうれしー!」
「は、離せ!」
商品を放り投げどうにか女性を引き剥がそうとするが、完全に相手が優位になっている。
「離さないー!」
女性は俺を押しつぶしても満足しなかったのか、頭に手を回し自分の胸に俺の顔を押し付ける。
「毎回毎回ふざけんな!」
なんとか顔だけを出して抗議の声を上げると、女性は満面の笑みを浮かべながら唇を近づけてきて、
「……」
白銀に輝く白い刃が、女性と俺の間に割って入った。持ち主を見てみれば、背景が歪んで見えるほどに濃い魔力を吹き出している。陽炎のように揺らぐ魔力は、天井近くまで立ち上っていて、怒りの度合いが、よくわかる。
「……離れて」
「なーによう。別にあなたに迷惑は「離れて」……はいはい」
立ち上がりパンパンと服の埃を落とす女性。そのなんでもない仕草でも、見える太ももや腰が誘惑しているように見えるのだから、天性というやつなのだろう。
「助かった……ありがとう」
レアルはこちらに目を向けない。真っ直ぐに女性の方を向いている。抜いた剣は真っ直ぐに女性の喉を狙っている。
「あーレアル。悪い人じゃない。一度剣をしまってくれないか」
「……悪い人です」
「レアル」
「……はい」
二回目にしてようやっとレアルは剣をしまった。
「改めて。この店の店長、ニルルだ」
「どーもおチビちゃん。よろしくねっ」
一歩踏み出すニルル。それに対し、
「レアルと言います。よろしくお願いします。」
人見知りで寡黙だと思っていたレアルの聞いたことのない話し方。ニルルと同じく一歩踏み込んで、睨みつける。二人の身長差は実に三十センチ以上。言わずもがな、見上げるのはレアル。