クエスト受注
午後になって。
俺が遅めのご飯を好奇の目線に耐えながらなんとか食べ終え、クエスト受注室の前に着くと、丁度クエストの更新時間だったようだ。先生方のインプ達がせわしなく動き回りながらクエストを更新したり、期限が切れたクエストを剥がしたりしている。
一階に設けられたこの円形のドーム型の空間には、壁全てに掲示板が設置され、多種多様なクエストが貼られている。新規のクエストは見やすく下から、受注されてから時間が経っているものはだんだんと上に上がっていく仕組みだ。見渡せばレアルと同じ二年生の制服が目立つ。そういう時期なのだから当然だが、各々掲示板からクエストを剥がし内容を読んでいる。一人で、あるいは二人三人、中には十数人で集まり、一人が音読して読み聞かせているような大人数のパーティーもいる。
そんな喧騒の中、俺は見慣れた栗色の髪を見つけた。
既にレアルは廊下の壁に取り付けられた掲示板の前に立っていた。掲示板を見ながら、何やら考え込んでいる様子だ。顎に手をやり、一枚のクエストを食い入るように見つめている。時折トントンと床を蹴るあたり、少なからずストレスを感じているようだ。
俺が近づいていくと、足音に気付いたのかこちらを振り向く。途端に、眉間に皺がより目が細まって不機嫌な顔になる。そこまで露骨な顔をしなくてもいいだろうと思うが。
「先輩……遅いです」
「ごめんな」
カリキュラムは学年によって微妙な時間差がある。一回の授業の時間が、まちまちなのだ。一時間の授業もあれば一時間半、二時間の授業だってある。事前に時間がわからない状態で履修届を出して決めているので、お昼時間に、なんて約束をしても一時間のズレがあるのは、そう珍しいことじゃない。何が言いたいのかといえば、俺は遅刻していないということなのだが、レアルは聞く気もないらしく、俺は素直に謝るのだった。そりゃ一時間も待たされれば誰だって機嫌ぐらい悪くなる。
「で、クエストはなんだ?」
早々に話題を変えたほうが良いと考え、俺はレアルが見ていた掲示板のクエストを見る。そこに書かれている内容に
「なっ……」
思わず絶句。レアルが覗き込んでいたのはトップランカーがやるようなクエストだった。特Aクラスのモンスター、ドラゴン、しかも名前付き。
「違います……こっちです」
情けないことに思わず固まってしまった俺に、レアルは掲示板から一枚のクエストを剥がして俺に見せた。二年生履修クエストと書かれている用紙には、モンスターの名前、討伐場所などが明記されている。どうやらいくつかある種類から一体を選ぶ形式のようだ。
「コカトリスか」
二年生の討伐対象としては、強くもないし弱くもない相手だ。しかし、油断が十分命取りになる。場所はここから片道一日ほどの場所。ほかに注意事項がないかと目を滑らせる。特に注意事項などもないようだ。
「これでいいんだな?俺は構わないぞ」
こくんと頷くレアル。俺の手を持つと、受付所まで引っ張っていく。その姿があまりにも子供っぽくて、少し吹き出しそうになって慌てて我慢する。こんなことで笑っていたらレアルに怒られてしまう。受付の先生から用紙をもらい記入項目を埋めていくレアル。受付の先生と目が合う。楽しそうだ。俺はバツが悪くなってそっぽを向く。
下級生の女の子と、上級生の男の子。やる気満々な一方に比べて、少し気恥ずかしそうなもう一方。はたから見たらさぞ可愛らしい光景なのだろう。ちらりと横目で見てみれば、異性とのクエスト出発項目もレアルはあっさりと埋めていた。それに、周りをふと見て俺は気づいた。やけに下級生と上級生の組み合わせが多いように見える。最近はそういう流行りなのだろうか?一年ほど前には単独クエストを受けるのが格好良いという流行りもあったものだが。同じような類なのだろうか。
レアルはできた用紙を受付に提出する。内容を確認し、受付は今度は俺に別の用紙を渡してくる。それは、クエスト期間中の授業単位を平均ラインで取得できるように保証するする用紙だった。クエスト期間中は授業にはもちろん出れない。だから、クエスト期間中の生徒に配慮して、このような制度が設けられている。かと言ってクエストばかりやっていると、平均で取れているはずなのに授業内容についていけなくなってしまうから、のちのち自分が困ってしまうので年中行っている者はいない。確か。
簡単な記入項目を埋め、受付に返す。それも確認して受付は頷くと、引き出しから二つのイヤリングを取り出した。
俺たちは受け取るとそれぞれ左耳に付ける。このイヤリングは期間中の生徒を監視するために用意されているものだ。音や映像を記録して、不正や犯罪行為をしていないか戻ってきたあと先生たちが確認するのだ。ここでなにかやらかしてしまっていると、クエスト自体が無効、期間中の扱いが欠席扱いに変わってしまい、それはそれは大変なペナルティを受けることになる。
「それでは、ご武運を」
俺たちはお辞儀をするとその場から離れるのだった。
「レアル。午後の授業はあるのか?」
午後になってから数時間。もう廊下を歩いている生徒はまばらだ。大体が午後の授業を受けているし、ない生徒は、寮か図書室にでも篭って勉強をしている。中には半日で簡単に済ませられるようなクエストを受けに行っている変わり者もいるが。
「私は……ありません。……フォルス先輩は?」
頭の中でパッと時間割を思い浮かべる。今日はちょうど午後の授業はなかった。
「俺も今日はもうないな。ちょうどいいか。出発は明日の昼だし、旅支度でもするか?」
「……はい!」
レアルの顔がパッと明るくなる。声もはつらつとしている。
「お?少し元気じゃないか。気合が入ってていいことだ」
しかし、途端に不機嫌な顔に。
「……」
(なんかまずいこと言ったか……?)
「……先輩の……馬鹿」
「またそれか!」