疑惑
(しまった!)
腕を振り抜いてすぐ、俺は猛烈に頭を抱え込みたい衝動に駆られたが、それをどうにか抑え、いかにも動じていない風を装いながら立ち上がり、ゼルファーの体毛をしまった。火球を打ち込んだ女子生徒は、ブレアデ先生による拘束の魔法で身動きを封じられている。
(危なかった……)
あともう一瞬反応が遅れていたら、俺は今頃ブスブスと煙を上げる真っ黒焦げの死体となっていただろう。しかし、安堵したのもつかの間、突き刺さるような好奇の視線と、ひそひそ話で自分が何をしてしまったかを再確認する。
魔法を切れる剣など、普段お目にかかることはない。なぜなら、それらは等しくオリハルコンで作られたものしか有り得なく、オリハルコンの価値が途方もない数字だからだ。本当に大きな国か、アンサーの中でもトップクラスの連中でようやっと持っているかいないかという代物だ。噂によれば、オリハルコンの塊を手に入れることができれば、国を作ることもできると言われている。
それほどのものを、落ちこぼれの人間が持っている。この事実は、見学していた生徒たちにとっては、異常でしかない。
やってしまったという後悔はもう遅いが、後から後から津波のように押し寄せてくる。
とにもかくにも、俺の出番は終わった。端に避けて座り込む。すぐに両脇にどっかりと座ったのは、ヤーンとエルヴァだ。
「それ、お前がしばらくいなかった時と関係があるのか」
思わぬ鋭い一言に、生唾を飲み込む。心臓がばくばくと激しく脈打っている。バレても何の問題もないはずなのに。全然、疚しい事ではないはずなのに。動揺する。それはきっと、親友だと思っていた友からの疑惑を受けているからだろう。存外、死地をくぐっても俺の肝っ玉は小さかったようだ。
「どうしてそう思ったんだ?」
俺の言葉は、喉は、震えていないだろうか。ちゃんとまともに話せているだろうか。それすらも、きちんと判断ができない。
「オリハルコンの剣なんて、そうそう見ないんだな。まして、話に上がるその姿は、白い光を放って闇を切り裂く黄金の剣と言われているんだな。フォルス。真っ黒いオリハルコンの剣なんて、聞いたことないんだな」
エルヴァも、よく見ていた。俺は一瞬だけのつもりだったのだが、しっかりと見ていたようだ。
隠しきれない。それはもはや自明のことだ。けど、この二人に話したあと、この話はどこまで大きくなる?クラスメートは言わずもがな、二人からも話が広がるだろう。どんどんどこまでも広がっていった先に、どんな未来が待ち受けているだろうか、いやきっと、ろくな未来ではないだろう。それだけは、はっきりとわかる。
「ごめん。言えないんだ」
「なんで」
「なんでなんだな」
ほぼ同時に口を開くヤーンとエルヴァ。俺はでまかせを言った。
「これをくれた奴との約束なんだ。決して、言えない」
俺はそれ以上口を開かなかった。その様子を見て二人もこれ以上聞いても空気が悪くなるだけだと察してくれたのだろう、再度の質問はなかった。俺は、親友に嘘をついたことと、今感じるゼルファーの体毛が連れてくるであろう厄災に、一人背筋を凍らせた。