クラスメート
「それじゃ……お昼休みに……クエスト掲示板の前で……」
「うん。わかった」
「……さよなら」
「はいはい」
二人で朝食を食べたあと、それぞれのカリキュラムがあるので食堂の前で別れる。人前では俺と話すときよりも一層無口になる、そんなレアルは微笑ましかった。一度もこちらを振り返らずに廊下の角を曲がるレアルを見届けて、俺も自分の授業があるクラスへと向かう。
その途中。俺と同じ四年生の制服を着た集団が前から歩いてきた。その先頭に立つ肩幅の大きい男子学生は、肩を揺らしながら周りに視線を飛ばして歩いている。名前を、グロール=レヴァメント。頭の両サイドを刈り上げていて、顔には至る所に傷が入っている。俺に対して行われていた直接的ないじめを率先した一人だ。危ない橋を幾度も渡っているとか、どうも非合法な事に手を出しているとか、悪い噂には枚挙にいと間がない。
廊下を歩く学生は皆目が合わないように、肩を縮こまらせて脇に避け、下を向いて歩いていく。その目が廊下の真ん中を堂々と歩いていた俺とあった。一瞬驚いた顔のあと、憎悪の色が現れる。
「……邪魔だよ」
「……」
「ちっ……」
退く素振りを見せない俺にグロールはイラただしげに舌打ちをして、俺を避けるようにして脇を通る。俺も反対側にずれる。すれ違う腰巾着の奴らは、次々と俺に対して舌打ちをしていった。
(能天気だよなぁ)
多国籍軍がゼルファーを封印できていなければ、今頃対ゼルファーのために徴兵されていたかもしれないのに。下手したら、死ぬような目に遭っていたかもしれないのに。
(しかし……)
離れていく集団から視線を外し、ぐるりと廊下を見回す。道行く生徒はグロールたちがいなくなっても、下を向く。
(俺も変わらない……か)
なかなか虚しいものがある。まあグロールが恐れて突っかかるのをやめる相手、というだけでいささか恐怖心が芽生えるのだろう。いじめがなくなってようやっとまともな学園生活を送れると思っていたが、案外うまくいかない。結局友人関係もごく限られたものだ。話しかけてくる女子など、レアルしかいないし。
(我ながらさみしいなぁ……)
なんてことを考えている間に、教室についたようだ。扉を開けて中に入ると、たちまち教室の中の喧騒が静まっていく。クラスメートの好奇の目線が俺を指す。しかしそれも俺が頭を上げて教室を見回しただけで消える。恐れられているというこの感覚は、好きじゃない。 ちょっと気分がげんなりした時。
「よ!フォルス」
「おっと。……ようヤーン」
後ろから不意打ちで俺の背中を叩いてきたやつを見るために振り返る。俺の後ろに立っていたのは、俺と同じ四年生で相部屋のヤーンだった。褐色の日焼けした肌と見事にマッチした、夏の男といった爽やかな笑顔を見せてくれるが、教室に差し込む朝日に照らされて光る短く切った金髪が目に優しくない。俺に気後れなく話しかけてくれる友人の一人だ。
「オイラもいるからなあ~」
平均より少し背が高いヤーンの頭の上から、ぷっくりと膨れた顔ですこし髪に癖のある男の笑顔が見えた。野太く間延びする声の持ち主は、ヤーンと同じく四年生の相部屋のエルヴァだ。普段から常に笑顔で、体が一般の基準からしたらかなり大きい。噂では巨人族を祖先に持っているという。そして、その見た目に合わない綺麗な名前に茶化されることもあるが、茶化すと烈火の如く怒り狂うから、誰も言わない。
「おはよう。エルヴァ」
「むふふう」
ヤーンが、何か言いたげな視線と含みのある笑顔でこっちを見てきた。思わず後ずさりしてしまう。
「な、なんだよ」
「いや?朝からいい思いをしてきたようですなぁあ」
「だな~」
エルヴァも一緒にこちらを見る。俺の頭に浮かんだのは、レアルの顔だ。そりゃ、学生が集まる食堂で一緒にご飯を食べて、しかもその後、入口で別れたのだ。見られていてもおかしくはあるまい。
「一緒にクエストを受けてくれるよう、頼まれたみたいだな。いいねえモテる男は」
そっちか!
「二人共俺の後付いてきたのか!」
人の修練を覗き見るとは、いい趣味とは言えない。しかも最後のあの場面を見ていたのか!俺は二人共見ていたのかと思ったが、エルヴァは違ったようだ。
「オイラは違うぞ~」
「そ、そうかすまん。で、ヤーンお前……」
素直に謝り、軽蔑の視線をヤーンに向ける。
「はじめっから見ていたわけじゃあねえぞ。ほんとに最後のほうだ」
「変わらねぇよ!」
「ちなみにオイラは寝てたんだなぁ。戻ってきたヤーンがどういうわけか、体育座りでの字を書いているのを見て聞いたんだぁ」
「エルヴァ!それは秘密にするって約束だろう!?」
一人ベッドの上で体育座りをして拗ねるヤーンの姿を想像した俺は、潤む瞳と同情の念を禁じ得なかった。
「ヤーン……お前……」
「そんな目でこっち見ているんじゃねえよ!見るんじゃない!」
手を激しく左右に振って拒絶するヤーンだが、その様子を見て俺はさっきの仕返しをしようと思いつく。たっぷりと見つめてやろう。
「じー」
「じー、なんだな」
面白いと判断したのかエルヴァも加わる。その四つの同情の目に耐え切れなくなったらしく、
「畜生お前ら覚えていろよ!」
ヤーンは授業間近だというのに、照れ隠しなのか教室から飛び出して廊下を走って行ってしまった。
「ちゃんと帰ってくるのだなあ~」
ヤーンにエルヴァの声が聞こえたかどうかは、定かではない。俺は教室に戻りエルヴァに声をかけた。
「エルヴァ。俺たちは席に座ろう」
「だなぁ」
二人で席に向かう。
教室は、コロセウムのような形になっていて、一番下ステージにあたる部分が、教師が立つ場所。学生の席はそこから扇型に広がり、離れるにしたがってだんだんと高くなるように作られている。俺とエルヴァは席の一番後ろに向かう。なぜ一番後ろなのかというと、机と机のわずかな隙間を窮屈そうに歩くエルヴァのためだ。人よりふた回りも体が大きいエルヴァが前にいては、後ろのやつが授業を受けられなくなってしまう。
「ここらへんで大丈夫かな」
三人がけの椅子に座り授業開始を待つ。そのうち待っていると、ヤーンが戻ってきて、俺の隣に座った直後、きつく引き締められた口、細いメガネの奥で光る眼光、オールバックに固められた白髪。全生徒が絶対に逆らってはいけないと言われている、学務教頭のブレアデ先生が入ってきた。ざわつく教室。なぜなら、この授業の先生はモンスター学のヤザエ先生のはずだからだ。しばしざわついた教室も、何も言わずに立ち続けるブレアデ先生が放つ威圧感によって、静かになっていく。教室で喋る者がいなくなったのを確認して、彼は口を開いた。
「今日、この授業を受け持っていたヤザエ先生は、私情により欠席された。よって、次の授業は旧修練場での魔法練習とする」
クラスメートが何人か不服そうな顔をするが、口は開かない。俺もその一人であることは、言うまでもない。
「それでは、移動せよ」