後輩
「うわ。寒い」
一応ローブの下にも動きが鈍くならないところまで着込んできたのだけど、それでも寒い。
「今は一番寒い季節ですから……。フォルス先輩。準備体操で体温まるまでローブを貸してください」
「あいよ」
レアルはローブを受け取ると、いそいそと着込んだ。
「おお……」
その防寒性能に驚いたのかレアルは珍しく感情を顔に出した。これは非常に珍しいことなので、その顔をジッと見つめる。
するとやはり視線に気付いた彼女は一瞬で感情をしまい、無表情、いや不機嫌な顔に戻り、じろりとこちらを見てきた。
「何見ているのですか」
「いや、なんにも」
鼻歌交じりにそう答えた俺は、準備体操を始める。レアルも俺と向かい合わせに並び準備体操を始めた。体の筋を伸ばしていきながら、寒さで凍える体を温めていく。次第に体が熱を帯び始め、体が満足に動くようになると、俺は準備体操をやめてゆっくりと立ち上がった。それに続きレアルも立ち上がる。
「それじゃ、はじめるか」
「はい」
互いに腰に手をやり、俺は半年経過しているにもかかわらず全く萎えることなく、色落ちすることもないゼルファーの体毛を。彼女はその刀身が身長ほどもある切っ先が鋭く波のような波紋が鮮やかな刀を抜いた。
(ん?)
レアルが俺の右手に向ける訝しげな視線に気づいた。だがあえてそれを気にしないで構える。いつものことだし。
「いつか、その剣にクエスチョンマークが付いてしまうようなそれのこと、喋ってもらいますから」
「ふふ……。今日は機嫌がいいみたいだな?よくしゃべる」
「む」
レアルが武器を構えた。それを見て俺も構える。開始の一打を打ち込んできたのは、レアルだった。 朝靄が晴れ青空が覗き、目を覚ました鶏の鳴き声が聞こえるのと同じくして、体力が尽きた疲労困憊のレアルは、服が汚れるのも気にしないで地面に膝をついた。俺も額から流れ出る汗を拭き取り、地面に体毛を刺してそれを支えに一息つく。
レアルがそんな俺を地面に座ったまま、恨めしげに見上げてきた。
「なんなのですか……。先輩のそのスタミナの量は……」
「聞かれてもなあ。鍛えたから。としか答えようがない」
レアルは深い溜息をつくと、それを最後に押し黙ってしまう。俺は体毛をしまい、愛剣を取り出して素振りを開始する。勘弁してください……というか細い言葉を聞いたような気がしたが、努めて俺はそれを意識しなかった。
「あーもう……」
ゆっくりと立ち上がりヤケクソ気味に剣を振り始めるレアル。刀が風を切る音が耳に心地いい。
「何もかもを忘れてしゃにむに振るのだ。俺だって最初はそうだった」
レアルの横に並び同じように剣を振るう。次第にバラつきがあった風を切る音は重なっていき、ついにはその音を聞いた第三者が、一人が素振りを行っているように思えるほどにその音はシンクロしていった。
「フォルス先輩。初めてクリアしたクエストはなんでしたか?」
二度目の休憩。と言うより朝食の時間が近づいてきているから実質片付けの時間だ。二人で交互に交代してストレッチをしていた時、レアルが唐突にそう聞いてきた。俺は一瞬逡巡して、結局頭を振って話すことを決めた。
「そうか。レアルは今年から二年生だったな。……うん。俺の最初のクエストは、とあるクエストのアシストだったよ」
「アシスト……ですか?」
足を伸ばして、体をできる限り前に倒している俺に、背中から押してくれているレアルの顔は見えないが、きっと眉をひそめているに違いない。
養成学校の学生は、二年生になるまでクエストを受けることができない。まだ十分な力を持っていないと学校が判断するからだ。そして二年生になると、昇級試験として学校からクエストを受けるよう指示がある。そのクエストを無事にこなすことで、正式に二年生になることが認められ、それ以降二年生の間は定期的に学校からクエストが回される。そのクリア結果も成績に反映されるので、無視できない項目だ。
「ああ。当時の俺、今もだが……魔力不足でまともに魔法が使えない。それを知っている先生方は、俺単独のクエストを危険と判断して受けさせてくれなかったのだ。何度も抗議したのだが、結局危険とわかっているのにわざわざやらせる必要もないと、聞いてはくれなかったのだ。ちなみに、そのアシストしたクエストの内容は家畜を襲うモンスターの討伐で、確かグーロだったよ」
「そうだったんですか」
「それを俺に訊いてくるということは、最初のクエストが決まったのか?」
「はい……」
どことなく残念そうな声に今度は俺が眉をひそめた。机上の勉強はもううんざり、と、ついこの間までぼやいていたのに。
「どうした。嬉しくないのか」
「……」
答えは、返ってこない。気まずい沈黙が二人の間を漂う。一体何だというのだろう。
俺が体勢を変えるため立ち上がろうとした時、背中に手を置いたままのレアルが口を開いた。
「……本格的にクエストをやるようになったら、先輩とはこうしてお話する機会も減ってしまうのでしょうね」
体勢を変えることを諦め、元の体勢に戻る。
「そうだな。一日二日帰って来られないクエストなんて、ざらだしな」
「そうですよね……」
ピンときた俺は、言わなくてもいいことを気がついたら口走っていた。
「なんだ。俺と会えなくなるのが嫌なのか?」
少し笑いながら俺がそう言うと、俺の背中を押してくれていたレアルの力が、いきなり増した。突然の圧力に体がついていけず、というかもう曲がらないところまで来ている。俺は思わず悲鳴を上げてしまう。
「いだだだ!強い!」
だがレアルは力を抜こうとしない。聞こえていないのか。こんなにも近いのに。
「……!……!!」
「わかった!謝るから!せめて一言ぐらい喋ってくれ!無言はさみしい!」
俺の必死の呼び声が届いたのか。レアルは力を加えるのを止めた。相変わらず力は入りっぱなしだが。俺が再度抗議しようとしたとき、それよりも早く、レアルが叱責にも聞こえる大きくきつい声で俺を呼んだ。
「先輩!」
「はい!」
一瞬の間。
「私の最初のクエスト。一緒にやってくれませんか」
「いいよ!」
「いいんですか」
「うん!だから早く力抜いて!」
「……」
「え、なんで強くするの!いだだだだ!!」
「……先輩の……馬鹿」
結局レアルの謎の責め苦は、朝食十分前を告げる鐘の音が鳴るまで、続いた。