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第9話 真実


「これで……良いか?」

 アーヴィンの口元が笑った。

『これで俺が撃てる』そう彼の眼は語っていた。

(これって、エルフィンが彼を撃つ為の……正当防衛にするの? そんな……そんなのイヤだっ!)

 二人には被害者と加害者、そのどちらにもなって欲しくは無い。

「駄目だよ!」

 僕はエルフィンをかばう心算でアーヴィンの銃口の前に立ちふさがった。

退くんだ! マック!」

いやだッ! 僕は……僕はもう誰かが死ぬのなんか見たくないよ!」

 僕は泣きながら懸命に二人を止めようとした。

「僕は身体を失くしちゃったけど、貴方はまだ生きているんだ! だから……」

 涙眼で訴えるのに、アーヴィンは突き刺すような視線で僕を見上げた。

 怖くなって僕ははっと息をむ。

「俺が生きているだと? ……ハッ! 今の俺は死にぞこないの抜けがらだッ!」

 アーヴィンは吐き捨てるように言い放った。

「違うよッ!」

「わっ?」

 たまらずニアが彼の首に両腕をまわしてすがり付く。

 一瞬アーヴィンは身体を強張らせた。

「ニ、ニア? はっ、放してくれ!」

 少し顔を赤らめたが、照れ隠しなのか強い口調で言い放つ。

「いや! 死に損ないだなんて……そんなコト言わないでよう……」

 不意を衝かれてアーヴィンは憮然ぶぜんとした。

 ほんのわずかな沈黙が流れる――


「……まさかとは思うけど、この状態は俺を動けないように拘束している心算なのか?」

 ニアは首を何度も振って否定した。

「アーヴィン、凄い汗だよ」

 耳元でニアが囁き、吐息といきが首筋に掛かる。

 傷の痛みとは別の何かが心臓の鼓動を速くしていた。

「痛っ……だから、離れろって」

「やだっ!」

「頼むから」

「絶対にイーヤ!」

 ニアの腕を強引にほどこうとアーヴィンは片手を伸ばした。

 肩に触れそうになる寸前、その指先が止まった。

 ニアの小麦色に日焼けした肌にはみにくあざが幾つもあった。

 腕だけではない。

 身体の至る所にそれは広がっている。


 アーヴィンは視線を僕に移した。

 ニアと痣の位置が左右対象になっている僕が居た。

 場所によっては紫色になって腫上はれあがっている箇所もある。

「……」

 アーヴィンの眼が細くなる。

 それはある程度は覚悟していたものの、今回の事件に巻き込んでしまったと言う心苦しさか、被害を被って負傷した僕達への謝罪にも取れた。

「……撃つ気なんて、無い癖に」

 エルフィンの銃を持っていた腕が下がった。

 彼女は今にも泣き出しそうだ。

「さあ……そいつはどうかな?」

 ニアに翻弄ほんろうされて困っていたアーヴィンの顔が急に真顔マジになった。

 エルフィンに向けていた銃口をほんのわずかにらし、彼女の後姿を映していた室内鏡に向けて何度も引金を引く。

 僕とエルフィンは表情を凍らせたまま全く動けないでいた。

 何かが裂けた様な音がして、そこから何者かの血飛沫ちしぶきが散った。

 割れて飛散した鏡の向こう側にぽっかりと穴が空いている。



 アーヴィン達を撮影していた画面が一瞬でブラック・アウトした。

「あの野郎、勘付いた!」

 コントロールモニタをのぞいていた一人が唸った。

「327頭部損傷」

 相方が状況を伝える。

「接続回線D‐38からサブに変更」

「了解……327システム切り替え完了」

 モニタに映ったドール327の制御機能が赤色から青に変わった。

「了解」

「D装備なのは、迂闊に銃を持った生身の人間が奴に近付けないからか?」

「……多分」

「殺気が……判るのか? この若僧に?」

「さあ……そう言う事なんじゃないのか?」

「しかし……相手はドールだ。操作しているこちらの気配までは気付かんだろう? 普通。余程訓練を重ねないと……いや、積み重ねたとしてもだ……」

「だから野放しに出来ない? 奴の身柄確保の理由は……まあ、そんな処だろうな?」

 モニタを見ていた二人がお互いに囁き合った。

 アーヴィンの勘の良さに舌を巻く。

「327の状況は?」

 それまで黙っていた上官が口を開いた。

「は! 制御機能に若干のエラーが発生しましたが、操作上は問題ありません!」

「よし、行け」

「了解」



 アーヴィンは全弾を撃ち尽すと、ベッドのサイドテーブルに叩き付けるようにして拳銃を置いた。

 自分の時計と携帯を引っ手繰たくる。

 そしてニアの肩を引いて自分の身体でかばうと、素早く無防備のドクター山崎の右腕を逆手さかてに捕り、人質としてたてにした。

「無駄だよ」

「何ッ?」

 ドクター山崎の冷静な言葉にアーヴィンの表情が凍り付く。


 次の瞬間、ドアが爆破されて吹き飛んだ。

 武装した何人もの兵士が乗り込んで来た。アーヴィンが撃った室内鏡の穴からも銃口が覗く。

 彼等のマシンガンが火をき、室内を掃射そうしゃした。

「うあ?」

 僕はエルフィンを庇う心算でいたのに、彼女の方が僕より先に動いていた。

 彼女が僕の頭を抱えて床に伏せた為、自然に彼女の胸の谷間に顔を埋める状態になる。

(うわあぁ?)

 僕の心臓が爆発する。

 エルフィンは僕を庇ったまま上体を起こして彼等に向かって引金を引いた。

「あッ!」

 銃は武装兵によって、き腕ごと撃ち落される。

「エルフィン伏せてッ!」

 僕は歯を喰いしばって彼女の身体を引き倒した。



 朝日に照らし出された病院の外壁が純白に光ってまばゆい位だ。

 不意に何発もの銃声が病院の建物から木霊こだまする。

「……始まったか」

 車のドアに手を掛けた署長は、聞えて来る銃声にその動きを止めた。

 眼を細めて最上階にあったアーヴィンの病室を見上げる。

 その胸中は複雑だった。

 アーヴィンが居た最上階の病室を中心に、窓ガラスが壊れて無くなっている部屋が幾つも見える。

「署長!」

 取り乱したライナスの声が彼を引き止める。

「待って下さい! 署長!」

「質問は無しだ! ……署に戻るぞ」

 署長はきっぱりと言い切ると、彼を無視して車のドアを閉めた。

 一緒に来ていた五、六人の部下も署長にならって其々(それぞれ)の車に乗り込む。

「……」

 ライナスは唇を噛締かみしめてアーヴィン達のいた病室の窓を見上げた。

 手榴弾しゅりゅうだんでも使ったのか、病室から黒煙と炎が噴き出して一際大きな爆発音が響いた。

 頭上で搬送用の軍用ヘリの爆音が轟く。

高千穂(たかじょう)……頼む!)

 ライナスは心の中で、先程携帯で話していた男の名を呼んだ。

 そして、眉間みけんに深くしわを刻みながら、祈るような面持おももちで覆面ふくめん車両のドアを閉めた。



 武装した特殊部隊のドールはマシンガンで容赦ようしゃ無く部屋中を掃射した。

 アーヴィンの居たベッドと点滴一式が無残に撃ち抜かれて四散し、室内にあったあらゆる物が粉砕ふんさいされる。

 僕はエルフィンを庇ったまま、硬く眼を閉じて悲鳴を上げた。

(このままだと皆が殺される!)

 ニアとは反対の左手にしてあるインターセプタが熱い。僕のインターセプタがその効力を発揮しているんだ。

(ニア?)

 はっと目を見開いた。ニアのインターセプタが反応した様子が無い。


(間に合うか?)

 雪崩なだれ込んだ武装兵のった行動に、アーヴィンは瞬時に反応した。

 エルフィンが彼等を引き付けてくれたお陰で一瞬の間が取れる。

 一度人質としたドクター山崎に軽く足払いを掛けて片手で簡単に引き倒し、同時にニアをもう片方の腕で抱き込むようにして庇って二人の上におおかぶさった。

 アーヴィンは彼等の使用している口径に自分の持っている腕時計のシールドでは太刀打ち出来ない事を瞬時に覚ったが、シールドスイッチを時計ごと強く握り締める。

「!」

 アーヴィンの背中を銃弾が擦過する。身体が弾けた。

(駄目か……)

 諦めがアーヴィンの脳裏を掠める。


 ニアの目の前でアーヴィンの血が飛散した。悲鳴を上げて彼の首に追い縋る。

(死なないで!)

 ニアの心が直に僕の心に響く。僕は左手首のインターセプタを右手で力一杯握り締めた。

「ニア達を助けて! ……動け! 動いて!」

 耳をつんざく銃声に負けないように僕は必死に叫んでいた。

「死んじゃやだ! お願い! 殺サナイデ!」

 ニアの右手にあったインターセプタが呼応するように強烈に光った。

 黄緑の鮮やかな蛍光色のサイコ・シールドが、既に発動している僕の周囲とニアの居る二箇所に出来る。

 その間にも銃弾は部屋中の物をぎ払い、鉄筋コンクリート製の壁を容赦無く削り取った。

(殺サナイデ!)

 銃弾の雨に包まれながらも、僕は薄っすらと眼を開けた。

(何かが飛んでる……?)

 シールドの外で大人の掌位の大きさの光が不規則に飛び交っている。

 それも、もの凄い数だ。

 それらが次々に銃口を向けて来た彼等に襲い掛かる。

(これは……僕? ……いや、違う。僕じゃない)

 僕は顔を上げてニアの方を見た。

 アーヴィンに庇って貰っているニアの周りが一段と強烈に光を放っている。

(ニア? ……あれはニアが遣っているの?)

 不思議な事はそれだけでは無かった。

 武装兵の一人が急に仲間を銃撃し始めた。

 倒れた一人の手から、コロコロとピンの抜けた手榴弾が転がる――

 僕とニアの悲鳴がハモった。

「!」

 エルフィンとアーヴィンは爆発の衝撃に備えて、僕達を庇っている腕に一層力をめた。

 銃弾の雨が止み、強烈な閃光が辺りを呑み込んだ。



「おいっ! 誰が実弾を装備させろと言った!」

 モニタで状況を確認していた男が慌ててえた。

「そんな! ……確かに装備Eにして……」

「早くドールを停めろ!」

 男はこぶしで非常停止のハードカバーをたたきき割り、レバーを引いた。

「やっている! ……ええっ? 停止信号を受け付けない?」

「馬鹿な! ……全員死ぬぞ……」

 あわてた彼等のすぐ後ろで、銃の弾倉(マガジン)を交換している音が聞えた。

 目の前で隣に居た相方の頭に二発の銃弾が撃ち込まれた。

 コントロールモニタが血飛沫で染まる。

(え……?)

 男は恐怖に顔を引きらせ、我が目を疑うようにすぐ後ろに立って居る上官を振り返った。

 彼の背後にも同様に頭部を撃たれて事切こときれた仲間が無残なしかばねさらしている。

 気付くのが遅かったのは、彼等がドールのコントロールに集中していた事と、上官がサイレンサーを使用していたからだった。

「な……」

 そこまでだった。二発の銃声で彼の目の前が真っ暗になる。


「動くな!」

 突然、ドアが乱暴に蹴破られ、左手で銃を構えた男が入って来た。

 男はたった今部下を殺戮さつりくした上官に、何の躊躇ためらいいも無く銃口を向けた。

 上官ははっとして、現われた男を振り返る。

「……遅かったか」

 車内の惨状さんじょうに男は軽く舌打ちした。

 粗野な感じの背の高い男だ。

 右手首を負傷しているのか白い包帯をしている。

 アーヴィン程ではないが、日焼けしたような肌に黒い髪。

 そして相手の殺気さえも瞬殺しゅんさつする様な眼光――

「レイナ!」

 男はパートナーを呼んだ。

「もう! ちゃんとドアを開けてから入ってよ!」

 彼女にそうは言われても、男の右手は既に負傷しているので、両手がふさがった状態だ。

 悪態をいて壊れたドアに苦労しながらも彼女は車内に入って来た。


 腰のあたりまで伸ばしたつややかなハニーブロンドに、雪のような白い肌。

 瞳は鮮やかなアメジスト。

 まるで人工的に創り出された人形のような容姿だった。

 エルフィンをずっと大人っぽくした女性だ。

 ただ、彼女には人の気配と共に、別のもう一種の何かが混在こんざいしているように感じられた。

 むしろ、それはけものが持つまされた気配に近い。

 その為彼女はどこか近寄りがた妖艶ようえんな雰囲気を持っていた。


 レイナは車内に入るなり、その惨状と血の匂いに顔をしかめて口元を押さえた。

 彼女と上官との視線が合う。

「違う、彼も偽者だわ」

 刺すような一瞥いちべつを送ってレイナはあごを引いた。

「コイツもか? これで四人目だぞ? 一体何人ダミーを創れば気が済む?」

 男は銃口を上官に向けたまま、うんざりして天を仰いだ。

 一瞬、男の気がれたと思ったのか上官の腕が動いたが、それよりも早く男の手が反応した。

 上官のひたいの真ん中に赤い点が刻まれ、力無く崩折くずおれる。

「警告したはずだ」

(ダミーに言っても無駄か)

 慣れた手つきで銃を納め、倒れた上官に視線をわす。


 上官はカッと目を見開いたままで事切れていた。

「早くドールを停めろ! もうヤバイ事になってる」

「制御コードが書き換えられているわ。E装備が実弾装備に変更されているのに、変更表示のメッセージが出されていない……これ、どう言う事?」

 戸惑ったレイナは男を振り仰いで意見を求めた。

 しかし、男も彼女と同様で、皆目見当が付かないとばかりに肩をすくめて見せる。

 指示を受けるドールは、安全装置代わりに通常とは違う指示を入力しても受け付けないように設定されている。

 しかし、ここにあったドール総てが変更後の表示を出さないようにプログラムが書き換えられていた。

「マズイぞ。一体でも良い、制御出来ないか?」

「さいわね! やってるわよッ!」

 レイナは目にもまらないブラインドタッチでキーを叩く。

(……あった。一体だけ制御可能だわ。頭部を損傷しているのね)

 モニタにスキャニングしたデータが表示され、制御可能なドールの識別コードと状態が映し出される。

 レイナはすかさずその一体にリンクさせ、ドールを操作した。


 制御不能である他のドールを破壊する――

 現場の状況を映すべく、モニタを切り替える。

「何? これ……」

 映り具合が不鮮明ではあったが、彼女が制御しているドールの視界には幾つもの光の球が不規則に飛びい、次々とドールを襲っていた。

 光と接触した部分の電子機能がバックファイアを起こし、ドールは機能を落して倒れて行く。

「あっ!」

 ものの数秒でレイナの手が止まった。

 ドールからの映像が消える。

「ははっ、殺られたか」

「笑い事じゃないわ!」

 レイナが男の不謹慎ふきんしんさに眉を顰めてぴしゃりと言い放った。

「!」

 一瞬の間を置いて、二人の居る車の上空……恐らくはすぐ隣の病院の上階で、何かが爆発音と衝撃が感じられた。

「何? 爆……発?」

 不安そうにレイナは男を見上げた。

 たちまち男の表情がくもる。

「……遣ったな」

 男は上空の爆発に気を取られながら、上の空で呟いた。

 しかし言葉とは裏腹に素早く運転席に滑り込み、エンジンを始動させる。

「掴まっていろ!」

 レントゲン車に偽装させた軍の車両はその車体をきしませ、タイヤから白煙を立ててバックで急発進した。

 空を切って幾つものコンクリート塊やガラス片が降って来た。

 たった今まで軍の偽装車両が停まっていた処にも、ほぼ車両と同じ大きさの塊が落ちて来る。

 レイナが悲鳴を上げ、長い金髪を振り乱してコンソールにしがみ付く。

 男は運転席から頭上と車両後部とを忙しく交互に確認しながら、ハンドルを左右に切って激しく蛇行を繰り返す。

 唐突に車両が停止して、レイナの身体が一瞬浮いた。

 男は短く口笛を吹く。

「……?」

 そっと頭を上げたレイナは、車外から見える、落下して来た残骸に一瞬言葉を失った。

「こちら高千穂(タカジョウ)。手遅れだった。奴はダミーだ。引き続き、A‐251へ急ぐ。先程手榴弾にると思われる規模の爆発を確認。至急シュライバーをってくれ」

―「了解」

 男はえりに付けていた小型通信機で状況を報告すると、大きく深呼吸をした。

 心持ち首を左にかしげて煙草に火を点ける。

 青白い煙が細く棚引き、男の身体にまとわり付いた。

「岬、これ……」

 レイナが彼に振り返ってモニタを見るように促した。

 が、彼を見るなり視線が一層険しくなる。

「岬! 煙草! 任務中よ!」

「う……はいはい。で? どうした?」

 火を点けたばかりの煙草を面倒そうに車両の内壁で揉消もみけすと、彼女の向かっている画面を覗いた。

 ぐっと顔を寄せて来た岬をけるようにレイナは上体を引き、煙草の臭いに顔を背けた。

 片手で口元をおおう。

「止めて、生理的に受け付けないのよ煙草の臭いが」

「あぁ? 生理がどうしたって?」

「馬鹿ッ!」

 赤面したレイナの平手が飛んだ。


 画面には旧式の監視衛星が映し出されていた。

「……いつからだ?」

 左頬に彼女の手形がくっきりと残ったまま、それでも岬は何も無かったように続けた。

「軌道修正は岬が彼を射殺した直後……この上空まで、あと十分も無いわ」

「ダミーが殺られたら即、実行か。なら、コイツが最後の一体だな」

 岬はふんと鼻を鳴らして、床に転がっているダミーの遺体を一瞥する。

「解除にどの位掛かりそうだ?」

「分からない。これは大戦前の旧式A・Iよ。識別コードが現行で使用されているどのタイプにも当てまらないわ。どの位掛かるかなんて……」

 レイナは手を休めずに答える。

 鮮やかなブラインドタッチで何度も種類を替えて解除コードを送信しているが、衛星は全く受け付ける様子はない。

「ヤバイな。待ってられない……か」

 岬は自分の不注意で左の利き手に付着した隊員の血をじっと見詰めた。

「テッド! シュライバーはまだか?」

 岬はもう一度催促をしながら、血の付いた手を車の内壁にこすり付ける。

―「今着いた。お前達の上空(うえ)だ。降ろすぞ」

「了解。シュライバーを降ろしたら、大至急この空域を離脱しろ」

―「何ィ?」

「十万先から病院ごと狙われるぞ」

 車外で相当な質量の物体が上空からふわりと降りて来た。岬の言っていたシュライバーだ。

 それは救助(レスキュー)用ロボットだった。


 平たい卵形のずんぐりとしたボディに昆虫の様な節足を六本持っている。

 それらの先端には皆同様に鋭い鍵爪かぎづめが有り、爪を収納すれば反対から移動に便利な小型のタイヤが出て来る。

 頭部には短いアンテナがあり、正面にはボディとほぼ同じ大きさの巨大な大顎おおあごのハサミがある。

 大顎は、胴体から脱着可能でワイヤでつながれており、牽引けんいん用アンカーにもなる。

 漆黒のボディはそのままでも巨大なクワガタ虫だ。

 シュライバーはパラシュート代わりに左右に拡げていた二つの金属翅を閉じた。

 昆虫型とはいえ、落下速度を抑える事は可能だが、飛翔する事は出来ないらしい。

 シュライバーはギギギと一声鳴くと、まるで動物が身震いするように、身体を左右に振った。

 岬は車外を用心して何度も首を巡らしながら、降りて来たシュライバーを確認する。

「行こう」

 岬は、モニタに向かって猶も夢中で解除コードを掛けているレイナの二の腕を、いきなり逆手で掴んで軽く引いた。

 不意を突かれて、レイナが驚き短く声を上げる。

「何するのよッ!」

 もう一発レイナの平手が岬の左頬に炸裂さくれつする。

 今のは効いたらしく、一瞬岬は顔をしかめた。すぐには左目が開けられなくてウインクした状態になる。

 岬の意思では無かったが、レイナは彼が揶揄ふざけているように思えて、余計苛立ちに拍車はくしゃが掛かった。

「……すっげーご機嫌斜めでない?」

「当たり前だわ! 一刻を争うのに何悠長に構えていられるのかしら? 一体どういう神経しているのよ?」

「って、こういう神経ですけど?」

 左の親指を立てて平然と自分を指す。

 岬の受答えが気に入らなくてレイナはツンとそっぽを向いた。



 ニアがアーヴィンの首にすがり付いてすすり泣いていた。

「ニア……無事か?」

 ニアの耳元でそっとささやく。

「う……ん」

「そうか、良かった」

 ほっと胸を撫で下ろす。

 ニアが無事ならばマックも大丈夫だ。

 アーヴィンは身体をニアから退けた。

 ニアがゆっくりと起き上がる。

「アーヴィ……ン」

「え?」

「し、しな……し、死なないで」

 しゃくり上げながら、ニアは必死で訴えた。

「……」

 ずっと以前にも、誰かにそう言われた気がして、胸が熱くなる。

「死なない、で……お、お願、い……だから。死んじゃ、やだぁ!」

「ニア……ごめん」

「へ、変なの。な、何でアーヴィ……が、あや、謝るの?」

「俺がニアを泣かせたから」

「ばかっつ!」

 照れ隠しにニアがアーヴィンの背中を叩く。

「痛ってーっ!」

 ニア達を庇って撃たれた銃創が背中にあった。

 丁度大きな鍵爪で背中を引っ掛れた様な擦過傷だ。

 そこを容赦なく叩かれた。

 痛みが脳天まで駆け上がり、思わず仰け反る。

 その視界にドクター山崎が壁に寄り掛かっている姿が飛び込んだ。

 うつろで覚束おぼつかないドクター山崎の視線がアーヴィンの視線とからみ合った。

「……君には礼を言わなければならんようだな? ニアとマック……二人のお陰で計画が随分と変更してしまったが……」

 皮肉交じりにそこまで言うと、ドクター山崎は苦痛に顔をゆがめた。

 背中から銃弾数発をまともに受けている。

「どこの……部隊です? 貴方にまで容赦無かった」

 き込んでうめきながらもドクター山崎を見上げたが、彼の平然とした表情にはっとする。

「まさか貴方は……貴方まで……」

 ドクター山崎の口元が笑った。

「可能性として有得る事だとは思わんかね? 私はニアの……」

「言うなッ!」

 アーヴィンはドクター山崎の言葉を鋭く制した。そして何度も咳き込む。

 ニアが驚いてアーヴィンから手を離した。

 ドクター山崎の携帯電話が鳴る。


「……そうか……分かった」

 ドクター山崎は手早く用事を済ませると再びアーヴィンに向き直った。

「三島からだ。たった今、諮問委員会が君への決議を撤回した」

 アーヴィンはあえぎながら、身体を返して大の字になる。

「遅せぇよ……」

 呟くように言った。

(撤回? ……馬鹿な! 幾ら三島さんが昼行灯ひるあんどんだってそんな後ろだてが……)

 アーヴィンは四年前に起こったまわしい出来事を思い出していた。

(いや、あるのか? 三島さんにはれなりの後ろ楯が……だから……)

「オースティン、君にはもう一つの選択肢が与えられた」

 苦痛にえながらもアーヴィンはドクター山崎を見据える。

「一つはこれまでと状況は同じだ。そして、もう一つは軍に……」

「誰が戻るか!」

 ドクター山崎が言い終わらない言葉を、アーヴィンはさえぎった。

 傍に座り込んで泣いていたニアの肩が、びくっとね上がる。

「私は君がどう選択しようと構わん。ただ、君が前者をったとして、ニアやマックはどうなるのかね?」

「俺はこの子達の保護者じゃない」

 きっぱりとそう言って二人に視線を向けた。

 目の前で座り込み、しきりにこぼれる涙をぬぐっているニアと、少し離れたところでエルフィンに抱き締められてぐったりしているマックがいた。

「そうだ。だが、結果としてこの子達に君が「知識」と「(すべ)」を与えてしまったのは事実だ。もう以前のように三島の養子では居られない」


 ニアの心に不安な影が降りた。

(それって、どう言う事なの? また、マックと二人きりになっちゃうって事?)

「何が言いたい!」

 彼のもどかしい言葉に苛立いらだって、アーヴィンは怒鳴った。

 だが、傷が痛んで身体をかがめる。

「アーヴィン! ドクターも、もう止めて!」

 見兼ねてエルフィンが口をはさむ。

「……ドクター?」

 エルフィンはドクター山崎が被弾しているのに気付いて息を呑んだ。

 ある程度の医療知識があった彼女はそれがかなり深手であることを覚り、言葉を失う。


 僕はエルフィンにずっと抱かれたまま、半分意識が跳んでいた。

 彼女の胸に圧迫されて息が出来ない。

(でも、このままなら死んでも良いかな……待てよ? 僕って一度死んだんだよね? こんな事考える僕って不謹慎……なのかな)

 僕はあたりの空気が掴めないまま、暢気のんきな事を考えていた。


「以前にも、俺は三島さんからある条件を突き付けられた。ごたごたで結局はそれが何だったのかは聞かなかったが、多分今と同じ内容だと思う。俺がここで助かっても、どうせまた軍で汚い仕事をさせられるに決まっている! 俺が承知しない事を見越して、今度はニア達を人質に取引か? 汚いぞ!」

「君がニア達をそうさせてしまったのだ。私にあたるのは筋違いだ。それに今更取引なぞする心算は無い」

「何だと?」

「既にニアとマックに関して軍は承認済みだ」

 駄目だと言い掛けたアーヴィンの言葉を無視して、ドクター山崎は続けた。

「これは前々から決っていた事だ。それを三島の奴があれこれと難癖なんくせを付けて引きばしおって……」

「エルフィンに盗聴器を仕組んだのはやはり貴方か?」

 ドクター山崎は肩をそびやかした。

 今更何を言っているとでも言いたげだった。

「ドクターお願いです。もうお話にならないで早く処置を……」

「エルフィン、君は少し黙っていて貰おうか?」

 ドクター山崎はエルフィンをぐっと睨んだ。

 そしておもむろにアーヴィンに向き直る。

「もう一つ、君には思い当たる節があるのではないかね? お陰で防壁をしていなかったサイバノイド二体のA・Iが駄目になったよ」

(何て奴だ。俺が勘付いていた事まで……全てお見通しか)

 アーヴィンはドクター山崎のてのひらもてあそばれている不快感といきどおりを覚えた。

「君は軍の任務が汚い仕事だと言っていたが、それは君達が「特殊な例外」をしていたからだ。軍にも規律はある」

「……何を言ってる? これが「特殊な例外」じゃなくて何なんだ!」

 アーヴィンは外部との壁が無くなり、吹き抜けのフロアと化した室内を指差した。

 僕達を襲った何人ものドールが、残骸となって瓦礫がれきうずもれていた。

「今迄、こんな事を俺はやって来た。ドールなんかじゃなく人間を相手に。命令は絶対だった。完遂出来なければ俺が消される。俺達がモノとして扱われても疑問を持つことさえ許されなかった……なのに自分達の手に負えないと覚った奴等は、自我が目覚めて軌道を逸脱いつだつしてしまった俺達を消した……今度はニアやエルフィンまで巻き込むのか? あんただってニア達が居なかったら消されていたんだぞ! 解っているのか?」

「君はそう思うのかね?」

 ドクター山崎の口元がゆるんだ。

うるせえッ!」

(何を言っている? ドクター、本気で俺達と死ぬ気だったのか? それとも、俺の目の前に居るドクターは「あの時のニア」と同じクローンなのか?)

 アーヴィンは混乱した。

 不意にドクター山崎の上体が壁伝いに崩れた。

 彼の背中と接していた壁にはおびただしい大量の血痕が付着している。

「ドクター! ……被弾していたのか?」

「悪い事は出来んな。私は……自分の野心の為に三島さえも裏切った。これは……天罰かも知れん……」

 ドクター山崎はそう言って笑うと苦痛に顔を歪めた。

「黙っていろ! 早く処置をしないと、ヤバイぞ」

 アーヴィンもエルフィンと同様にドクター山崎が危険な状態だと覚る。

「構わないでくれ。もう時期彼等がここに来る……それよりも、君に一ついても良いかね?」

 ドクター山崎はアーヴィンに向かって穏やかに話掛けた。

(「彼等」? また何処かの新手がここに来るって言うのか?)

 アーヴィンはいぶかって眼を細めた。

「君は何故未だに銃を携帯している? 何故危険と隣り合わせの軍事関係のカメラマンなんぞになっているのかね?」

「今、そんな事を訊いている場合じゃ……」

(何を言い出すかと思ったら……)

「目上の者の問い掛けには答えるものだよ。オースティン」

「何、揶揄ふざけた事を……」

 ドクター山崎の言いようにアーヴィンはムッとなる。

「私は至って真面目だよ?」

 即答出来ずに、アーヴィンはドクター山崎から眼を逸らせた。


 軍にその存在を抹殺されても猶、アーヴィンは身を隠すどころか銃さえも手放すことは無かった。

 何故自分達が抹殺されなければならなかったのか……?

 アーヴィンは自分が納得出来る真実ほんとうの理由を導き出す為に、えてこの業界を選択した。

 もとより危険は承知の上だ。

 確信は持てなかったが、その理由如何りゆういかんによってはキョウと同じく、自分も軍の連中に復讐していたのかも知れない。

 それが気付けば、本来の意図していた事とは別の他の事にまで介入している自分が居た。

(ドクターの言う通りだ。口では軍に戻りたくないと言っておきながら、自分の遣っている事は程度の違いさえあれ、以前の俺と同じだ)


 職業柄、よく傭兵ようへいとも話したことがある。 

 殆どの者が生活の為だったが、中には『今在る自分の為だ』と言った者も居た。

『戦争屋は戦争をするしか脳がねぇんだよ。血の臭いを覚えてしまった者はそれが忘れられずにいるのさ』

 日に焼け、汗とほこりまみれたその髭面ひげづらほこらしげに笑った。

(俺も……そうなのかも知れない)


「所轄の調書では報道カメラマンとなっているが、君が今までに取材して来た物の殆どがが軍の機密事項に抵触ていしょくするかしないかのギリギリのものだった。だが、マック達の件であれ程三島が釘を刺しておいたのにも関わらず、君は其れを無視して極秘だったミューズ社内部を公表した。軍の失態もえてな。

 軍は君の捜索に本腰を入れなければならなくなった。何人かを内偵させたそうだが、いつも肝心の所で逃げられていた。だが、もう……観念したまえ」

「……相手が悪かったかな」

 諦めとも取れる言い方だった。


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