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第6話 ドール

(きゃあああ!)

 頭の中でニアの悲鳴が聞こえた。

 一瞬の間、僕は意識を失っていたみたいだ。

 何だか周りの様子が変だ。

 僕はやっとの思いで廃屋の壁にめり込んだニアの身体を引きがした。

 目の前に映ったものは、同じグレネイチャのサイバノイドに一方的に攻撃され、刃物で切り刻まれているあの人のコピーI・Dを持ったサイバノイド(ドール)だった。

(仲間割れ?)

 最初はそう思った。

 でも、オリジナルじゃないドールにそんな事が出来るだなんて聞いた事が無い。

 大体、人間の持つ複雑な感情までは忠実に復元されていない筈だ。

(だったらオースティンさんは……?)

「うっ……」

 突然、胸に不快感を持った僕はたまらずに吐き戻した。

 床にどさりと真っ赤な塊が落ちる。塊は床に平らになって飛散した。

(……血の塊!)

 僕はそこで初めて正気に戻った。

 これはニアの身体だ。

 僕の身体じゃ無い。

 右手の甲でぐいと口元をぬぐった手が止まる。

 手には勿論拭った血が付いていたけど、その腕にも全身にも……至る所に内出血のあざが無数に出来ている。

(……ごめん)

 僕は自分を見失い、インターセプタとか言う装備の威力にたより切って無茶をしていた。

 これがニアの身体だという事さえも忘れてしまって……

(ニア、ごめん……)

 彼女の身体を傷付けた後ろめたさにさいなまれる。

 どうしてかな? 僕はずっと謝ってばかりだ。

(マック! 彼を助けて!)

(彼? ……あの、オースティンさんそっくりの?)

(うん)

 僕は躊躇ためらった。

『……本当は、俺が行ってどうなる事でも無いんだ。俺が全員の後輩だし、一番の根性無しだったからな。実際、サイバノイドであっても元は仲間だった。その連中に俺が銃を向けられるのか、正直言って自分でも分からない。自信は……無い……偉そうな事を言って済まなかった。けど、お前達を逃す事なら出来るかも知れない。チャンス位ならきっと出来る』

 頭の中で、オースティンさんが言った言葉がよみがえった。

『お前達を逃す事なら出来るかも知れない。チャンス位ならきっと出来る』

 最後に言った彼の言葉が何度も頭の中を駆け巡る。

 幸い、大男はオースティンさんに気が向いている。

(逃げ出すのなら今だ!)

 これ以上ニアの身体を傷付けたくは無かったし、既に闘争心の欠片かけらさえ失ってしまった僕は恐怖にられていた。

(あの人、きっと殺されちゃうよぉ!)

(そんな……僕だって、怖いんだ。行けばこっちが殺されるよ)

 僕は二、三歩後退ると彼等に背を向けた。

(マック! あの人を見殺しにする気? 許さないよ!)

「あっ!」

 身体中が燃えるように熱くなった。それこそ、ニアの身体がけてしまいそうなくらいに。

 僕は思わず両腕を抱えてひざまづいた。

(彼を見捨てる心算なの?)

 ニアの怒りが伝わって来る。

(待って、落ち着いて。今しか逃げるチャンスは無いんだよ?)

(駄目、駄目だよ! そんなコト絶対に許さないからね!)

 解ったのかな? あの少年がオースティンさんだって。

 けど、ニアは人間(ノーマル)とサイバノイドの区別さえ出来ていない筈なんだ。そのニアに、ドールの少年が換装したオースティンさんだと判る訳無い……多分……

(ニア、何をそんなに怒っているのさ。あれはタダのドールじゃない?)

 僕はなおも平静をよそおったけれど、無駄だった。

「え?」

 それまで自在に操ることが出来ていたニアの身体が、急に云うことを効かなくなった。

 耳鳴りもする。

 金縛りって、こんな状態なのかな?

(ニアを馬鹿にしないで)

 すぐ目の前の床が裂けた。そこからすごい勢いで人が飛び出して来る。

 悲鳴を上げながらも、ニアの右手が動いた。

 飛び出して来た人はニアの渾身こんしんの一撃を喰らい、そのままの勢い……いや、それ以上の勢いで優に十メートル以上もありそうな吹き抜けの屋根を突き破った。

「……」

 僕はただ呆然ぼうぜんとして大きな穴が空いた天井を見上げていた。

 あまりの速さに僕は何も反応出来ないでいた。

(い……今のは……ニアがやったの?)


 トムの片手がアーヴィンの顔面を鷲掴わしづかみにしていた。

 アーヴィンは彼の手から逃れようと必死にもがいているが、ガッチリと捕らえられたままで逃げ出すすべが無い。

「このまま握り潰してやる!」

 アーヴィンの頭部がメキメキと物凄い音を立ててきしむ。

 今にもアーヴィンの眼球が飛び出して頭部が砕かれてしまいそうだ。

(マズイ! このままじゃ……)

 アーヴィンのA・Iが異常を来たし、視界に映像が入らない。

「トム! 俺だ!」

「!」

 アーヴィンの必死の呼掛けに応えるようにして、一瞬トムの動きが鈍った。

 アーヴィンは隙を突いてトムの片手を両手で掴むと、中段(胴体)を両脚で蹴って逃れた。

 十分な間合いを取る。

 万力まんりきのように締め付けられていたA・Iは、自動修復機能をフルに発動させる。

 アーヴィンの視力は回復したが、それでも視界が揺らめいているのは治らない。


「ドールが……?」

 キョウはほうけたようにアーヴィンを凝視してつぶやいた。

 彼の制御機能を停止させてからそれ以降、利き手が何故か左手に替わっている。

 トムのフェイントを掛けたローキックが来る。

 アーヴィンは一歩退いてかわす。

 トムは ローキックを引かずにそのまま重心を移して廻し蹴りの体勢に入った。

 彼よりも逸早いちはやくアーヴィンは上段の回し蹴りを放つ。

 トムは辛うじて蹴りが顔面に決まる瞬間、体勢を崩してかわしたが、前のめりになって倒れた。

 キョウはトムの動きに精彩せいさいさが無くなっている事に気付いていた。

「トムまでもか? ええい一体、奴等に何が起こったんだ?」

 キョウは苛立いらだち、自分の周囲を警戒する事をおこたった。

「動くな!」

 甲高かんだかい、りんとした少年の声が庫内に響いた。

 アーヴィンは顔をせたまま、彼の左前方に居るキョウに拳銃を向けていた。

 キョウの方を向いていないのに銃口は正確に彼の胸元をとらえている。

 アーヴィンは視界の焦点をしぼらずに広範囲を見ていた。これなら周りの状況も瞬時に把握し、対応する事が可能だ。

 アーヴィンの正面で、手をいて立ち上がろうとしているトムの動きが止まった。

「う……」

 アーヴィンの赤く見えている視界がかすむ。

 まばたきを何度しても同じだった。

(タイム・アップ……?)

 眩暈めまいは依然続いていたが、無理をしてでもこの時を逃せば次は無いと直感的にさとった。

 徐々にではあるが、同調していた意識が消えかかっている。

 アーヴィンは自分の身体が危険な状態におちいっている事を本能的に感じていた。

 不意をかれたキョウの顔がゆがむ。

「……どういう事だ?」

「俺が知りたいね。三島さんの奥さんと娘さんを何故手に掛けた?」

「お前……I・Dが……」

 キョウの両目が大きく見開かれる。

「答えろッ!」

 苛立つ様に叫んだ。

 アーヴィンの口調は彼の声質と容姿には全くそぐわないものだった。

 おもてを上げてキョウに真正面から向き合った。

 蒼い筈の瞳が、使用されたブラッディ・アイによって真紅に染まっている。

 彼の気迫に呑まれてキョウは気後れした。

 傍目はためから見れば、子供に銃を向けられて脅迫されている大男だ。


「クソッ……」

(ザマぁ無えな)

 キョウは毒づきながらも軽く両手を挙げた。

「言えよ!」

 アーヴィンの狙った銃口がキョウの胸から眉間みけんへと移動する。

(他の連中には銃が向けられなくても、この俺には向けられる……か)

 命令一つ取っても、素直には「はい」と答えなかった昔のアーヴィンそのままだ。

 真っ紅な彼の瞳が自分にれる事無く、真っ直ぐに向けられている。

(しかも、ご丁寧に俺が奴に組み込まれていたインターセプタを作動させちまった……)

 今、ガタの来ているアーヴィンとここで戦っても、自分に勝算が有るようには思えなかった。

 力の差は歴然としていたにも関わらず、キョウは彼の気迫に完全に呑まれている。

(馬鹿だな俺は……)

 キョウは自らを嘲笑あざわらった。

「……気に……」

「?」

 アーヴィンは目を細める。

「……そうさ、気に入らなかったんだよ! 何もかもが! 全部が!」

 投げ遣りに答えた。

「……たった、それだけで?」

「ああ! 皆、俺達には腫れ物か何かを見るような目で見た! そんな目でしか俺達を見なかった!」

「そうしたのは誰だ? 他人からそんな眼で見られるようにしてしまったのは自分じゃないか!自分の力におごり高ぶって必要以上に傷付けて……相手を恐怖でおさえ付け支配しようとしたのは誰でもない。キョウ、お前自身だ!」

 キョウは悪怯わるびれて眼を逸らせた。

「……ああ、俺だ。そうさ、俺がした事だ。なのに三島は……」

「三島さんは違っていた……?」

「そうだ。でも、あの二人は同じだった。いや、娘の方は別の意味で少し違っていた」

 キョウはそこまで言うと眼を伏せた。

「……堪らなかった。いっその事三島の存在さえわずらわしく、鬱陶うっとうしくさえ思った」

 両膝を着いて力無く項垂うなだれる。

「どうしようもなかった。無闇むやみに連中を止めれば今度は俺が舐められる。恐喝、暴行なんぞ当たり前。俺達が遣って来た事は数え上げればキリが無い。今更どうやって止められた? だが三島の娘だ。相手が悪い」

「だから殺った……か?」

 アーヴィンはキョウの言葉を引き継いだ。

 キョウは黙ってあごを引く。

「後でセキュリティのデータを書き換えておいた。俺達は此処へは来なかったとシラを切り通す心算だった」

「三島さんを甘く見るなよ。唯の事務職だとでも思っていたのか?」

(あの人が昼行灯ひるあんどんと呼ばれていた訳を……こいつ……何も判っちゃいない)

「だからあの日のうちに三島も殺る心算だった」

「馬鹿な……大切な人の存在さえ目障めざわりだったのか? ほんの一握りでも自分達を解ってくれようとしている人が……居てくれる事さえお前は拒絶したのか?」

 キョウは声も無く肩を揺すって笑っていた。

「その挙げ句がこのザマだ。時を同じくしてアーヴ、お前とトムが起こした傷害事件で俺達の存在が明るみになった。」

「待ってくれ。俺達は傷害事件なんか起こしていないぞ!」

「表向きには警察沙汰になっていなかっただけだ。四年前、お前とトムは数人の男共にからまれていたグレネイチャの女を逃がした事があった筈だ」

「あ? ……ああ」

 思い当たる節があった。


 アーヴィンとトムはよく夜中に抜け出しては、峠で車やバイクの運転技術を競い合っていた。

 そこで知り合った何人かと夜更けに一緒に居た時、四、五人の男達に絡まれていた自分達と同じグレネイチャの女性を助けたのだ。

 一緒に居た者達は彼等が大人で人数でも不利だと二人を引き止めたが、二人は見てみぬふりをする事が出来なかった。

 格闘技の有段者になると、それを喧嘩等で行使すれば逮捕されるが、アーヴィン達は充分な技量を持っているにも関わらず、有段者である登録の一切を受けてはいなかった。

『軍にバレる心配は無い。絶対にアシは付かない』

 アーヴィン達はそう思っていた。

「そいつ等の一人に軍のお偉いさんの馬鹿息子が居た。俺達の事もある。元々俺達の処遇しょぐうを持て余していた軍は、手っ取り早く金も時間も掛からない処分する方法を選んだのさ。俺は自分の身体と仲間を……失くしてから……解った。だが、後戻りは出来ない」

(……罠?)

 アーヴィンはキョウを見詰めながら眼を細めていぶかった。

 偶然にしては余りにもタイミングが良すぎる。

 既に自分達の抹殺が目的ならば、理由はどんな些細ささいな事でも事足りる。

(俺達はめられたのか……?)

 アーヴィンはキョウを狙っていた銃口を逸らせた。

「どうしてそう思う? 後悔はしたくない。で、そのままなのか? それで終わりなのか?」

 以前、初めて会ったニアの特殊な能力に少なからず危機感を覚えたアーヴィンは、ニアを殺そうとした。

 その自分の姿とキョウがダブって見えた。

「アーヴ、俺は人が死んじまうとその魂が自分のI・Dに近いサイバノイドに憑依ひょういする事があると聞いた。そんなモノは唯の迷信だと思って馬鹿にしていた。けど、俺の目の前にいるドールは俺の知らない間にI・Dを持っている。どういう事だ? もしかしてお前、死んじまったのか?」

「いや、まだだ。ま、似たような状況にはなっている」

(もう時期本当のお迎えが来るかもな?)

「そう……か。お前とはずっと擦れ違ってばかりだった。お前は気が付いていなかったみたいだが、質量や力に任せていた俺達よりもお前は遥かに格闘・操縦技術どれを採っても素質があった。今更だが、俺はお前のその技量に嫉妬しっとしていたんだ。

 お前が俺達の所に来た頃は、俺は指導員の補佐を勤め始めた頃だった。連中にお前が俺よりも優れている事を見抜かれたくない。その一心でお前をつぶしに掛かったのも事実だ。丁度、お前はトムと同じくグレネイチャだ。お前達を俺がどう扱おうと、連中はそれだけで納得した」

「こんな所で懺悔ざんげかよ! らしくないッ!」

 アーヴィンはカッとなってそっぽを向いた。

(……? 何だ? コイツ、本当にあのキョウなのか?)

 アーヴィンは自分の記憶に残っている、残虐で冷徹なまでのキョウの姿と、目の前に居るキョウの姿が同一人物だとは思えなくなっていた。

「この前、三島の屋敷に忍び込んでお前の姿を見かけた時、俺は自分の目を疑った。もう一度、生きているお前に会えれば良いが……」

「俺は御免だ」

 あっさりと拒絶されてキョウは苦笑した。

「そう言ってくれるな。指導者側にも立場って言うものがある。決して弱みを見せられない。掴まれない。俺の場合連中が足枷あしかせだった。俺はそんな脅迫観念から自分自身を演じていた。結局はいつの間にか本来の自分を見失ってしまった。本当の俺は……」

 キョウが言い掛けた時、廃屋の上空をヘリの轟音が通過して、彼の言葉をさえぎった。

 まるで、それ以上言うなと止められたように――

 二、三機は飛んでいる。それも、低空飛行で。

 強烈なサーチライトで廃屋ごと照らし出された。

 表の方も俄かに騒がしくなって来る。

(やっと、片付いたか……)

 安堵あんどにも取れた溜息がアーヴィンから漏れた。

 眩暈はやわらいだものの、今度は耳鳴りのような症状が出始める。

(……いよいよヤバイ……な)



「無事だったかね?」

 背後から聞こえた声の主が、毛布に包まっていたニアの肩をポンと叩いた。

「きゃっ?」

 いきなり見知らぬ人に肩を叩かれて、コンコンと咳き込んでいたニアは飛び上がった。

 ニアに戻っていた僕には面識があった。

 あの髭面ひげづらの警察署長さんだ。

「お? ……おう? こ、これは失礼。君は行方不明になっていた三島部長の双子の……娘さんの方だな? 流石にマック君とそっくりだ。そう言えば、マック君はここにいる筈が無かったな」

 署長さんにとっては、一度僕と面識があったから、そっくりだったニアに親近感を持ったのだろう。

 彼は不躾ぶしつけに話し掛けた事をびた。

「ニア……です」

 慌てて口元をぬぐった。

 口の中がまだ血の味で一杯だった。

(? 誰?)

 ニアは軽く会釈えしゃくはしたものの、いぶかって警戒けいかいする。

 見掛けは強面こわもてで悪役って感じだけれど、この人は警察署長さんなんだけどなぁ。

 外見でかなり損しているよ。

「この辺りの地区の警察だよ。顔色が良くないが大丈夫かね? すまないが……私達に付き合って貰いたいのだが良いかね? それも急いで」

「……はあ」

「大至急行って貰いたいのだ」

 切羽せっぱ詰った内容なのに、言い方が落ち着き過ぎて変だ。

「?」

 ニアは署長さんにうながされて、スポーツタイプの白い覆面ふくめん車両へと向かった。

 そして、開いたドアの前で立ち止まり、何気なく後ろを振り返る。


 僕達を襲ったサイバノイド達が両腕を後ろに拘束されて、丁度護送車両に乗車しているのが見えた。

 幾ら、ドールだからと言っても、僕達と大して歳が変わらない少年達だ。

 その一番後ろに、オースティンさんが居た。

 彼だけは全身がひどく壊れていたせいか、何も拘束されてはいなかった。

 まともに歩けない為に二人の警官に支えられている。

 あの大男は既に別の車両に乗せられていた。

 神妙な面持おももちで何か独り言を呟いている。

「アーヴィン……」

 ニアが独り言のように呟いた。

(駄目だよ。そんな小さな声じゃ届かないってば……)

 事後処理に辺りは喧騒けんそうとしていた。

 引っ切り無しに通信が入り、照明とパトライトに照らし出されて警官が慌ただしく行き来する。

 すぐ傍に居ても、大声を出さないと聞こえない位の騒音だ。

 なのに――

(……え?)

 絶妙のタイミングでオースティンさんが此方を振り向いた。

 その視線の先にはニアが居る。

(どうして? ニアの声が聞こえたの? 聞こえる筈……無いのに)

 彼の唇が動いた。

 何かを伝えているように。

「何? ……聞こえない」

 彼は警官に急き立てられ、押し込められるようにして車両の中へと消えた。

 乗車する瞬間、気のせいか僕には彼が微笑したように見えた。

 彼が換装しているのは感情や表情の表せる筈の無いドールなのに……

 僕はぐっと胸が締め付けられた気がして堪らなくなった。

(『アリガトウ』……なんて。どうして……どうしてそんな事言うんだよ)

 嫌な予感がする。

 彼の後を追って、二人のサイバノイドの警官が乗り込むと、護送車の観音開きになっていた後部ドアが無情にも閉まった。

「……聞こえ……ないよ」

 ニアの視界がにじんだ。

 ドアを持つニアの手がぎゅっと強く握り締められる。

めてよ……僕までも暗くなっちゃうじゃない……)


 連れて行けとオースティンさんはそう言った。

 だけど、本当に出来るとは思っても見なかった。

 彼に手を貸したのは僕だ。元に戻れなくなるかも知れないのはお互いに解っていた筈だ。

 なのにどうして『アリガトウ』なんて言えるんだよ。

(……何だよもう! 勝手に……勝手にそんな事言うなよ!)

 彼の消えて行ったドアを見詰めているうちに、僕は何故だか無性に腹立たしくなった。

 そして僕は彼を元の身体へかえそうともせずに、それが出来ないと決め付けて諦めている自分にも腹が立っていた。

(……残酷なのは僕だ。このままオースティンさんを見殺しに……するの?)


 急に護送車の周囲が騒がしくなった。

 周辺を取り巻いていた警官は何事かと警戒する。

 僕ははっとして事の成り行きを見守った。

「逃走か?」

「車を廻せ! 横付けにして進路を断て!」

 護送車のドアが乱暴に開けられ、後から乗り込んだ警官二人が放り出されると、再びドアが乱暴に閉まり、内側からかぎが掛けられる。

 運転手が悲鳴を上げて車両から逃げ出した。

「中にはドールしか居ないのか? 手引きをしている者がどこかに居ないか?」

 指揮していた武装警官が口から泡を飛ばしながら怒鳴った。

「はっ! まだA・Iを落していないのが一体……」

 投げ出された警官が腕をかばいながら答える。

「居たのか? 何故切らなかった?」

「我々が最後に連れて来たドールです。既に酷く壊れていましたので被害者ではないかと」

「何だとぉ?」


 辺りに緊張が走った。

「そこ! 除けろ!」

「何をやっているッ!」

「来るぞ!」

 怒声が行き交う。

 大半の警官が護送車を遠巻きにして車をたてに拳銃やライフル銃を構え、逃走を阻止しようと身構えた。

 一触即発の雰囲気――


(? 何これ)

 僕は、我に返った。

 車の中が見える筈無いのに、僕には中で何が起こったのかが見えていた。

 僕自身が無意識のうちに勝手に意識を飛ばしているんだ。

 目の前に、拘束され制御機能を落とされて横たわった四体のドールがあった。

 うち、二体は先に乗せてあったものらしい。

 彼等には見覚えが無い。

 オヤジさんを狙っていた人達だったのかも知れない。

 全身がひどく焼けただれて未だに白い煙を引いてくすぶっている。彼等のA・Iは既に焼切られていた。

 その四体の傍らにオースティンさんが立っていた。

 今にも倒れそうな身体を車にもたれ掛らせて、黙って彼等を見下ろしている。

(……涙?)

 オースティンさんの紅くなっている眼から何かがこぼれていた。

 泣いているのだろうか? 

 でも、肩が震えている訳じゃない。

 しかも、全く表情の無いドールの眼から……

(僕の見間違いなのかな……?)

 そして、オースティンさんは彼等の上におおかぶさるようにして、力無く倒れ込む――

(あっ! )

 僕は息を呑んだ。


 一瞬、護送車が落雷に遭ったのかと思った。

 窓という窓がオレンジ色の爆風で吹飛ばされた。

 内部の急激な圧力に車両が揺れ、あっという間に炎が車体を包み込んだ。

 炎が護送車の燃料に引火して誘爆し、黒煙を禍々しく巻き込みながら巨大な火柱となって明け方の夜空を照らし出した。


 ドールの自爆――

 けれど、その場に居合わせた人達は、I・Dの存在しないドールが自爆をしたとは誰も考えつかなかった。

 僕とニア、そして大男のキョウを除いては――

「きっ、貴様ァ!」

 キョウと同乗していた警官が、その光景を見て彼の胸倉を乱暴に掴んで締め上げた。

「お、俺じゃねえ! 俺は何もやっちゃいねえよ!」

 キョウ自身が一番驚いていた。

「嘘を吐け! あの中にはI・Dを持ったサイバノイドは居なかったんだぞ! お前がやったとしか考えられん! 時限装置か何かを持たせたな! それとも他に……」

「本当だ! 絶対に何もやってねえよ。信じてくれよ!」


 オレンジ色の巨大な炎が、五体のドールを乗せていた護送車を呑み込んだ。

 ニアはその光景に目をみはって立ち尽くす――

 僕はその一瞬の時ですら、心の片隅で未だにオースティンさんに心を開こうとはしないかたくなな何か……意地みたいなモノがわだかまっていたのに気が付く事が出来なかった。

 ……彼なんか、何処かへ行ってしまえばいいんだ。 

 消えてしまえばいい……そんな自分勝手な気持ちがまだくすぶって残っていたんだ。

 オースティンさんはそんな僕の気持ちを察したのだろうか? だから仲間と一緒に自分までも消し去ったのだろうか……?

『馬ぁー鹿、そんなんじゃねーよ』

 僕はオースティンさんにそう言われたような気がした。


 魂が抜けたように呆然ぼうぜんとしたまま、ニアは拘置所からオースティンさんが運ばれて行った警察病院へと連れて行かれた。

 途中、オースティンさんが意識を取り戻したという病院からの連絡があった。

(助かったんだ)

 ほっとした。

 彼が自力でかえれたのか、僕が無意識に手を貸したのかは分からないけど、とにかく戻って来られたんだ。

(良かった)

「どぉして? ……ニアはワケが分かんないよぅ」

 ニアは車のシートの上で膝を抱えてて丸くなった。そしてべそをきながら呟いた。


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