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第5話 持てる力


「お前、それ……」

「?」

 大男はニアの顔と右腕のリストバンドを交互に見て、信じられないという表情をした。

 ニアは自分の手首から視線を離して大男を見上げる。

「それが、使えるのか? ……単独のリストだけじゃ役立たねぇってのに」

「これが何だか知ってるの?」

 ニアは自分が殺されそうになっていた事も忘れて大男に問い掛けた。

「それは……」

 言い掛けて我に返った。

「じ、冗談じゃねえ! 知っていたってお前に教える義理はねえ!」

(ニア!)

「え? マック? ……痛っ!」

 いきなり頭の中でマックの声がした。

 ニアは顔をしかめて頭痛に耐える。


(うわ?)

 僕がニアの中に戻った途端、ニアの右手にあったリストバンドが一層強く光り輝いて、辺り一面を照らし出した。

 リストバンドはそれ自体が鼓動しているように淡い黄緑色に輝き、ニアの身体を包み込んだ。

「きゃん?」

 ニアの体がすうっと宙に浮かび上がった。

 まるで無重力に居るみたいに。

「何だ? 何が起こった?」

 大男がニアの様子に驚く。

「ちょっとぉお! 何これ?マックなのぉ?」

 ニアは手足をバタつかせた。

(うわ、何持っているの? 早く(インターセプタ)外して! それに何だよその格好はァ!)

 僕は慌てた。

 目の前に敵が居るのに隙だらけだ。

 これじゃあ殺って下さいと言っているのと同じじゃないか。

 しかも、胸まではだけて。

(何やってんだよ! 恥しいとか思わないのかよ? もお!)

(別にィ。勝手に遣って来てイキナリそれは無いでしょ?)

(べっ、別に……って……)

 僕は唖然とした。

 僕に対してだけなのか、それともニアには羞恥心なんて欠片も無いからそんな事が言えるのだか全く理解出来ない。

「ふぅ〜んっだ」

 ニアは手早く破れたTシャツの裾をへその上で結んだ。

(助けを呼んだのは自分だろ?)

 僕はムッとなった。

(何ですってぇ? アンタなんか呼んじゃいないわよ!)

 お互いがムカッと来る。

 

「インターセプタの末端にこれ程のパワーは無いぞ。どう言う事だ?」

 大男が宙に浮かび上がったニアをあおぎ見て呟いた。

「へえ〜これって、インターセプタって言うんだぁ」

(んな事言ってる場合じゃ無いよ! うわああ! 来たァあ!)

 大男は隙だらけのニアにやいばを振り下ろす。

 ニアは身体をかがめ、両腕をクロスさせて顔をかばった。

 刃はニアの身体までは届かなかった。

 僕達二人の力で発動したインターセプタの強力なシールドが張り巡らされていたからだ。

 刃を何度も狂ったように振り回して打ち下ろすが、結果は同じ事だった。

 ニアの身体を通して、僕は何となくこの「インターセプタ」の使い方が解った気がした。

 インターセプタの光に包まれたまま、ゆっくりとニアの身体が床に降りる。

 まるで無重力空間に居るみたいに。


 ニアに投げ飛ばされた少年ともう一人の男が左右から飛び掛って来た。

 咄嗟とっさに僕はニアの身体を通して彼等に向かって左右に手をかざした。

(止まれ!)

 翳した両のてのひらに「気」を高めて集中させると、二人の動きがピタリと止まった。

 そのまま翳した手を水平にぎ払う。

 二人の身体は何かのトリックにでも掛かったみたいに引っ張られ、崩れたドラム缶の山に物凄い勢いで飛ばされた。

「やった!」

 ぐっと拳を握る手に力がこもる。

(ちょおっとお! 勝手にニアの身体使わないでよ!)

 ニアが怒った。

「助けて遣ったのに、それはないでしょ?」

 僕は横柄に言い放った。

(今の僕は以前の僕じゃない……これ……これが僕の力なの? 全身にパワーがみなぎって来る……す、凄い……何て凄いんだ!)

 僕は自分の思い通りになる力と、このニアの身体に軽く興奮気味だった。

(何ですってぇ!)

 ニアの声が悲鳴のように聞こえた。

「しゃらくせぇ!」

 大男の両肩が開き、体内に装備していた機銃を撃って来る。

 弾は全てインターセプタのバリアに命中した。

 その威力はインターセプタに保護されていたニアの身体ごと吹っ飛ばす。

 そのまま廃屋の古惚けた壁面に激突して大きな穴を穿った。

 機銃の硝煙と埃で辺り一面にもうもうと白煙が立ち込める。

 煙に咳込みながら、ニアの身体を支配してしまった僕はすっくと力強く立ち上がった。

 でも次の瞬間、大男の背後に円筒形の水槽が置かれているのを見てしまった。

 僕は息を呑んだ。

 「彼等に勝てるかも知れない」そのおごった自信は、物の見事に一瞬にして粉砕されてしまった。

 言い表しようの無い不快な感覚に、思わずよろめいて二、三歩後退った。

 僕が、その用意された水槽が何を意味するのかを理解してしまったからだ。

(イヤだ……)

 僕は無意識に首を横に振っていた。

『タスケテ……』

 全身に激痛が奔って、僕の身体は中の溶液と入り混じり、文字通りに分解された……僕の身体を失った時のあの忌まわしい記憶がフラッシュバックして鮮明によみがえる。

『タスケテ……』

(イヤだ! もうあの中には入りたくない!)

 心臓の鼓動が早くなり、息が詰まって苦しくなった。

 恐怖で押し潰されそうになり、全身ががくがくと震え出す。

『タスケテ……』

(駄目だ。ここで後ろを見せちゃ駄目だ……殺される前にればいいんだ……そうさ、ればいいんだ! 今の僕になら出来る……きっと出来る!)

(マック! 何を言ってんのよ? 自分が何を言ってるのか解ってンの?)

 僕の中のニアが叫んだ。

 けど、もう遅い。

 僕は完全にニアと入れ替わってしまっていた。

 僕は怯えながらも大男を真正面から上目遣いで睨みつけた。

 別に上目遣いをしようとしてやったんじゃない。ただ、僕との身長の差があり過ぎたからそうなっただけなんだけど、大男はそれが気に入らなかったらしい。

「ほぉお、俺から逃げ出さねぇとは良い度胸じゃねえか。上等だ」

 大男が唸った。

 高い所から僕をクズか何かの様に見下して余裕たっぷりにニヤリと笑う。

(逃げるな……逃げるな僕……)

 僕は暗示を掛ける様に心の中で何度も同じ言葉を繰り返す。

(逃げない。僕は逃げない……逃げるものか!)

 呼吸が荒くなり、全身が軽く痺れる様に麻痺した。

「うわああああ!」

 僕は大男に向かって突進していた。

「舐めるなあ!」

 大男のゴツイ腕が大きく振りかざされると、向かって来た僕に容赦無く振り下ろす。

 身体が軽い。

 僕は幾度と無く大男の攻撃をかわし、相手の力を受け流した。

 ニアがオースティンさんから教わって来た全てをこの身体に覚え込ませている。

 僕はニアの力を引き出しさえすれば良いだけだ。



っ……」

 アーヴィンは一瞬、何が起こったのか把握出来ないでいた。

 気が付くと、物凄い勢いで投げ飛ばされていたからだ。

 彼は頭から無様にドラム缶の山に突っ込んでいた。

 投げ飛ばされた衝撃で視力が中々回復して来ない。

(……これは「俺」……なのか? )

 次第にノイズじりだが映像が結ばれて行く。

 目の前に自分の片手を翳してみた。

 少年の手があった。

 日焼けをした様な赤銅色の肌が一層手を細く華奢きゃしゃに見せる。

 そこには何年か前の自分が居た。

―「アーヴ! 何をしている? いつまでも寝てんじゃねえ!」

 ぎょっとしてび上がりそうになった。

 頭の中で大男――キョウの声が響く。

(そうか、俺のI・Dを持ったサイバノイド(ドール)に換装出来たのか)

 アーヴィンは上になったドラム缶を押し退けて立ち上がろうとした。

 途端に何かが自分の上に落ちて来た。

 彼は、再びドラム缶の中に埋もれる事になる。

 落下して来たのは、自分と同じグレネイチャの容姿を持った少年と、彼よりも年上の東洋系の男の二人だった。

「トム……なのか? それに、イェン」

 言った自分の声の高さに驚いて、思わずのどに手を当てた。

 変声期前の声だ。自分のものだとは言え何だか猛烈に気恥ずかしくなった。

 一体、いつ頃の自分の姿をコピーしているのだろう。

 他のメンバーを捜して辺りを見廻したが、残る二人が見当たらない。

(ダグとラジェットは三島さん……か)

 二人が三島の殺害に向かったであろう事は解っていた。

 既に手は打っており、エルフィンに策は伝えてある。

 不本意ではあったが、自分があれ程嫌っていた軍の力を頼る以外、今は三島を護る為には外に手段は無かった。

(けど、どうしてキョウ自身が行かない?)

 キョウの性格から考えてもに落ちなかった。

 自らの手を汚し、人殺しを一種のゲームとして楽しんでいたキョウが、あろう事かダグ達他の者に一任している。

 アーヴィンは心の片隅に何か引っ掛るものを感じていた。

「アーヴ、退け!」

 トムが無表情で言った。感情が全く無いのがコピーA・Iのサイバノイド(ドール)の特長だ。

「あ? ああ」

 落下した衝撃でアーヴィンがトムの上に入れ替わって乗る形になった。

 慌ててトムの上から退く。

(トム……)

 胸が熱くなった。

 少し掠れた少年の声。

 二度と耳にすることは無いと諦めていた懐かしい声が聞こえた。

 本来のI・Dを持たないドールであったとしても、彼にとっては四年前そのままのトムの姿だった。

 アーヴィン達はドラム缶の山を脱出した。

 そして、思っても見なかった光景を目にする。

(あれは……インターセプタ?)

 白煙に包まれて鉄筋製の廃屋が次々に壊されて行く。

 その中で闘っているキョウとニアの姿があった。

 体格も、パワーの上でも全く話になる筈の無いニアが、見覚えのある強烈な発光体に包まれて、大男のキョウと対等に相手をしている。

 ニアは優れた敏捷性びんしょうせいを発揮してはいるものの、紙一重でキョウの圧倒的なパワーにモノをいわせた攻撃を何とかかわしている状態だった。

 何度もキョウを捕まえて動きを封じ込めようと試みてはいるが、ニアの手ではキョウの太い腕は捕まえられない。

 捕まえそこねるたびにニアの身体は投げられ、廃材の山に放り投げられ、叩き付けられた。

(本当にニア……なのか?)

 何度目かに立ち上がったニアの凄惨せいさんな顔付きは、アーヴィンでも退いてしまいそうになった。

 微かな笑みを浮かべている口元と鼻からは流血し、その瞳には狂気に似た光が見て取れる。

 その右手にインターセプタが拍動するように光を放っていた。

(ニアがリスト単独で作動させた? ……! まさか、マックと入れ替わって……)

 アーヴィンの推察すいさつ通り、マックが死からの強い脅迫観念と「インターセプタ」のパワーでニアと交代し、彼女を内に封じ込めてしまった状態だった。


 何度もキョウに投げ付けられ、その度にニアの身体は廃屋の柱や壁、資材等に叩き付けられる。

 たとえインターセプタのサイコシールドで保護されていても限界はある。

 外見上では異常が無くても、内部にはかなりのダメージがある筈だ。

 ずっと強い衝撃が続けばニアの体が持たない。

まずいぞ。あのままではニアが……)

『助けて……』

 アーヴィンには聞こえる筈の無いニアの声が、悲鳴のように聞こえていた。

―「くそぉ! トム! アーヴ! イェン! コイツを撃て」

 ニアに梃子摺てこずりながらキョウはアーヴィン達に命令を下した。

「うっ!」

 目の前が真っ赤になった。

 同時に強烈な眩暈めまいがアーヴィンを襲う。

 恐らく、キョウの言った言葉がキーワードになっているのだろう。

 立って居られず、思わず両眼を押さえてひざまづいた。

 それまで蒼かったアーヴィンの瞳がまたたく間に真紅に染まり、ニアの身体を包んでいる光と同じ光が彼の身体をおおう。

(ブラッディ・アイ! ……インターセプタか?)

 トムもイェンもアーヴィン同様に内蔵されていたインターセプタを発動してはいるが、アーヴィンとは違って覚醒剤のブラッディ・アイによる副作用など微塵みじんも見受けられ無い。

 素早くイェンが銃の安全装置を外した。

 トムも彼にならう。

(ヤバイ!)

 自分の意思に反して、勝手に右手が拳銃を抜いている。

 キョウに腕をこわされる前の自分のI・Dをコピーされていた。

 視界にグレーのフィルタが降りて、ターゲットをとらえる白いクロスポイントが現れる。

 アーヴィンは辛うじて動く左手で自分の右手を押え付け、本来のA・Iにあらがった。

 トムとイェンがニアに向けて発砲した。

 ニアの身体が吹飛ばされ、辺りに硝煙しょうえんが立ち込める。

 アーヴィンはキョウの命令を振り切ろうとするが、身体がコントロール出来ない。

 キョウが不自然な動作をするアーヴィンの様子に気が付いた。

「どうしたアーヴ? 不具合か?」

「!」

 目の前が真っ暗になった。

 急に身体がずしりと重くなり、制御出来なくなった。

 え切れずに崩れるように倒れる。

(A・I機能を落としたのか?)

 脳裏にサイバノイドに換装したマックの顔が浮かんだ。

(……誰かがこの眼を盗み見ている)

 アーヴィンは機能を落された時に、何処からか自分の眼を使って状況をのぞき見ている者が居る事に気付いた。

 逆に相手のセキュリティに介入するウィルスを送る――


 程無くして立入っていた者は接続を切った。

(誰だったんだ……? このドールに仕組まれているって事はトム達も同じか?)

 心の隅に引っ掛りを感じながらも、アーヴィンは自分のドールを設定起動させた。

 キョウからの制御機能解除にやや時間を要したが、これでアーヴィンは彼の操作から解放される。

(ボディはミューズ・バイオロジカル・テクノ社製か。しかもインターセプタ内蔵ときた。おまけに……)

 アーヴィンは右目をおおったまま、荒い息を吐いた。

 四年経った今でもこの薬物は彼の体質には合わない。

 ブラッディ・アイのお陰で視界がぐらぐらして定まらないし、気のせいか気分まで悪くなって来た。

 立ち上がったアーヴィンに気付いたトムとイェンが振り返る。

 一番驚いていたのは他ならぬキョウだった。一瞬の隙にニアの蹴りが鳩尾みぞおちに入り、キョウは苦痛に身体を折った。悪態を吐いてニアに向き直る。


「……トム、イェン。二人でキョウを食い止められないか?」

 無駄だとは思ったが、思い切って言ってみた。

「アーヴ? 俺の聞き間違いか? それともお前がおかしくなったのか?」

 無表情のトムが小首を傾げる。

(駄目か)

 トムがアーヴィンのこめかみに銃口を向けた。

 彼の表情には躊躇ためらいの断片さえうかがえない。

 元々、ドールには感情や表情までは表現出来るほど繊細には造られてはいない。

 ドールとは文字通りの意味で、本来のオリジナルからのI・Dをコピーしただけのただの機械人形だ。

「その、どっちでも無い」

 ゆっくりと両手を上げかけていたアーヴィンの左肘が動いた。

 素早くトムの腕を銃ごとね上げる。

 トムの手から銃が捥(も)ぎ取られた。

 イェンが銃口をアーヴィンに向ける。

 立て続けに撃った二発の銃弾がスローモーションになって見える。

 勿論、インターセプタを使用している二人にとっても同じ事だ。

 二人は全弾を撃ち尽くすと拳銃を捨て、脚部に内蔵されていた長剣を鞘走さやばしらせてアーヴィンに襲い掛かった。

 アーヴィンは素早くバック転で間合いを取るが、着地の瞬間にバランスを崩して足元がふらついた。

 電子脳が揺れているのか、それとも自分の視界が揺れているのか定かでは無かったが、モノが二重にダブって見える。

「二人共……止めろ!」

 視界が極度に揺らめいて、立っているのがやっとだった。

 この状態でまともにトムとイェンの二人を同時に相手出来るとは思わなかったし、争いたくも無い。


(アーヴの奴、どうしちまったんだ……)

 キョウは三人を目の前にして呆然と立ち尽くした。

(制御装置を切っているのにどうして動いている? )

 二人に一方的に押されて後退しているアーヴィンを怪訝けげんそうに見詰めた。

(……そういや以前、誰かに聞いたことがある。人の魂が同じI・Dを持ったドールに憑依ひょういするって話……あれは迷信じゃなかったのか?)

「トム! 俺だ!」

 アーヴィンは彼等のやいばを何度もかわしながらも必死に訴える。

 イェンの一振りが足元を狙う。

 かわされた刃先が床に刺さって固定され、イェンの動きが止まった。

 アーヴィンはタイミング良く剣の側面を真横から蹴った。

 剣の刃が真っ二つに折れる。

 本来、人間の持つことが出来る以上の力がサイバノイドにはある。

 一般のサイバノイドは力を抑制するリミッタが内蔵され、法的にも厳重に規制されているが、この場に居合わせているどのドールにも抑制装置などの仕様はほどこされてはいない。

 アーヴィンはバランスを崩したイェンの右頬に、左のストレートをお見舞いした。

 イェンの身体は廃屋の外壁を穿うがって外に放り出された。

 トムが水平に大きく剣をぎ払った。

 アーヴィンは彼の渾身の一振りをかわそうとしたが、間に合わない。

 アーヴィンは決して武器は手にしないと固く誓っていた誓いがもろくも崩れた事で顔をしかめた。

 尤も、アーヴィンの換装しているドールに表情機能は無いので、心の中で顰めただけだ。

 アーヴィンは剣の柄に手を掛け、さやから半身はんみを出してトムの剣を受け止めていた。

「どうした? 抜かないのか?」

 無表情のトムが言った。

「……」

「丸腰で俺に勝つ心算か?」

「だったら?」

「舐めるなッ!」

 トムの剣に加わる力が一段と増した。

 振り下ろされる度にアーヴィンは鞘から出さない半身の剣で受け止める。

 何度も火花が散り、金属の鋭い音がした。

 逆上したトムの剣先が、アーヴィンの剣をからめるようにして弾き飛ばした。

 剣の切っ先が目の前に迫って来る。

「この……」

 アーヴィンを仕留しとめた心算だったトムの声が呻くようにれた。

 彼の両手がトムの剣を左右からがっちりとはさみ込んでいた。

 けれど、変声期より以前の小柄だった姿をしたドールのアーヴィンと、既に体格の良かったトムとでは力の差は歴然としていた。

 トムは全体重を掛けて剣を押した。切先きっさきがアーヴィンの額を傷付ける。

 真っ赤な擬似ぎじ体液が模造もぞう皮膚からあふれ出し、眉間みけんに流れる。

 轟音がして、二人の居るすぐ傍の壁が大破した。

 放り出されていたイェンが飛び出して来る。

 気合と共に、折れて寸足らずになった剣をアーヴィンの頭部目掛けて水平にぎ払った。

 アーヴィンはトムの剣をまだ両手ではさみ込んでいて身動きが取れない――

 イェンの折れた剣が目の前に迫る。

 金属の鈍い音がした。

 アーヴィンは動けないにも関らず、イェンの剣を自分の口で受け止め、噛み砕いていた。

 勿論、人造人間のドールとはいえアーヴィンが無傷で居られるはずは無い。

 左右の端が裂け、口中が疑似体液で真っ赤に染まった。

 口中の剣の破片と疑似体液を乱暴に吐き出す。

 アーヴィンは剣を引き抜こうとするトムの力を利用して手を放し、すかさずイェンの鳩尾みぞおちに左の足刀(そくとう)を放つ。

「く」の字に曲がったイェンの後頭部にするどかかとを落した。

 イェンは腹部から青白い放電を出して不自然な動きをする。

 頭部を遣られて機能制御にエラーが発生した。

 トムは自分の力を利用されてよろめき、尻餅をついた。

 アーヴィンはトムの剣をにぎった手を逆手さかてって、彼の動きを封じ込めようとした。

 剣はトムの手から滑り落ち、床に突き刺さる。

 背後からイェンの踵落かかとおとしが来た。

 アーヴィンは捕えていたトムの鳩尾をり、自分もその場を離れた。

 イェンはトムごとアーヴィンを狙っていたからだ。

 凄まじい轟音と白煙に包まれて廃屋の床が抜け、イェンの身体が地下にみ込まれる。

 トムはアーヴィンに蹴られて背中から壁にぶつかった。

 剥き出しになっていた支柱の一部が肩にさり、串刺しの状態になる。

 一時的に身動きが取れなくなった彼の背後に素早く廻り込み、右腕を固めた。

 トムは唸り声を上げて捕らえられた自分の右腕を自らが折り、アーヴィンの拘束から逃れた。

 痛覚の無いドールだから出来る芸当だ。

 尤も、こんな無謀な事をする者を見たのは、彼の知る限りではニアの次に二人目だった。

「おおお!」

「トム!」

 不覚ふかくにもアーヴィンに捕らえられたのが気に入らなかったようにも見えた。

 トムは突進していどみ掛かって来る。

 アーヴィンは崩れかけた廃材を足懸りに昇り、廃屋の天井付近まで追詰められて行った。

「止めろッ!」

(無理なのか?)


 何度目かのトムのこぶしと蹴りがアーヴィンの上段じょうだん(=顔)を狙う。 素早く腰を落して軸足じくあしになっているトムの足首を内側からはらった。

 バランスを崩したトムが十メートル近くある天井付近のはりから落下した。

 轟音と大量のほこりがもうもうと立ち込める。

 彼の質量が見た目とかけ離れている事が解る。

 アーヴィンはトムを追って、回転を加えて身軽に飛び降りた。

 落下したトムがニアの方へと向かったからだ。

「うわ?」

 床に着地したと思った途端とたん、金属で補強されていたはずの何十センチもの厚さのコンクリートの床が抜けた。

 事前に階下に爆薬が仕掛けられていたのかと思う程の凄まじい破壊力だ。

 そのまま身体がイェンと同様、地下室にみ込まれる。

 先にトムが落ちた事で床の強度がもろくなっていたのかも知れない。

(何てェ質量だ……)

 予測不可能だった出来事にアーヴィンは慌てた。

(これがサイバノイドの姿なのか? 厳重に規制を掛けなければならない理由はコレなのか?)


 サイバノイドが開発されたのは、ほんの数年前の事だった。

 身体の殆どの機能を失い、バイオノイド処置が不可能になった場合にのみ適応される処置。 脳核に電子制御機能を移植して、ごくわずかな本人の細胞とナノマシンを併用させるがその大半は所詮しょせん機械に他ならない。

 この処置方法が確立されて以降、当然の事ながら死亡者が激減した。

 しかし、近年になって一部の世論にサイバノイドの全面廃止を呼び掛けた動きが目立って来ていた。

 その理由の一つに、「死」という概念がいねん希薄きはくになり、命の尊厳そんげんが軽んじられ始めて来た事が挙げられる。

 殺人事件には決まって頭部を破壊する凶行が続発した。

 脆弱ぜいじゃくな肉体を自らが放棄し、高価なサイバノイドに換装する事が若者の間で一種の流行にさえなりつつあった事も問題視されていた。

 もう一つに、医学倫理上許される事の無かったオリジナルのサイバノイドのコピーが現れ、問題が起こるようになった事が挙げられる。

 このコピーが当初、「ドール」と呼ばれていた。

 ドールが現れたのはある意味必然的だった。

 サイバノイドには機械と同様、何年かに一度のメンテナンスが必要だ。

 その際に培養ばいよう保存されていた本人の細胞機能が汚染されずに正常に働いているかどうかを見極みきわめるテストが実施される。

 このテストを行う為のダミープログラムを持っているのがドールだ。

 使用者一人々に合ったオーダーメイドのサイバノイドを造る為にはかなりの金額を要する。 しかもメンテナンスもとなれば更に費用は懸かる。

 国が多額の費用を負担して援助するとは言え、やはり一般市民がサイバノイドに換装出来るのはまだ先の事だ。

 当然、オリジナルである使用者が何らかの理由で死亡すれば、それまで保存されていた細胞やドールは法律上破棄処分となる。

 場合によっては使用者が換装すれば良いだけの待機状態になっていたドールもまれに存在していた訳だ。

 法の網をくぐって生身の人間が他人の臓器を売買するのと同じく、ドールとなったサイバノイドも臓器と同様の道を歩む事になる。

 I・Dの全く違う他人のドールを手に入れて自分がサイバノイドとして成りすまし、換装する。

 ただし、購入者の気を惹くように、違法にチューンナップされていたり、銃や刃物等凶器を内蔵していたりと、悪質に改造されたものばかりが出回り、これらが犯罪に深く関与されているのも否めない事実だった。

 

 今、アーヴィンが換装しているドールは、違法に流出された物でもなければ規制を掛けられている正式なドールでもない。人間を意図も簡単に殺戮さつりくする道具としてのドールだ。

「……」

(生身の人間が嫌う筈だ)

 アーヴィンは眼を伏せた。

 自分を含めた彼等全員が死亡しても猶、殺戮の道具として扱われている事実を知り、哀れに思った。


 トムはサバイバルナイフを取り出し、唸り声を上げてアーヴィンに襲い掛かった。

 容赦の無い攻撃にアーヴィンの左腕が折れ、右膝が裂けた。

 模造皮膚の中からショートした火花が散る。

 ナイフが何度もアーヴィンを狙って弧を描き、空を切って一閃した。

 全身至る所を切り裂かれるが、それでも致命傷にはならない様に必死でガードする。

 サイバノイドのマックの身体ほど精密では無かったが、疑似血液が勢いよく噴出する。

 トムの顔にアーヴィンの返り血が散った。

 薄暗い所であれば猶の事、人間のそれと同じに見える。

 換装しているアーヴィンにとっては、まるで局所麻酔を全身に処置された状態だった。

 自分の身体として動かす事も物に触れたりする感覚も認識出来るが、痛覚だけが無い。

 局所麻酔なら、今までに幾度と無く体験して来た。

 勿論、治療の為の処置で一時的なものだ。麻酔が切れた後の代謝後も暫らくは鎮痛剤を投与しなければ、猛烈な激痛に襲われる。


 不思議な感覚――

 夢だとも思いたかった。

 いや、夢なのだろう。

 現に自分の身体はマックとまだあの拘置所に居るのだ。

 痛みは無いが、精神的に与えられるダメージはそれなりに大きい。


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